メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ 作:ひのき
車に乗せられた私は、東京の郊外へと連れて来られていた。
それはそれは、大きな施設だった。
どうも古めかしい感じの木造建築が中心で、敷地内にはいくつもの建物があり。
東京という街ではなかなか触れられない、雄大な自然にも満ちたなかなかに素敵な場所だった。
私を連れてきた夜蛾さんは、ここは『呪術高専東京校』であると教えてくれた。
年頃の呪術師たちがこの高専で呪術を学び、卒業した後もここを拠点として呪術師の活動をする。
その説明を聞いた私は、なるほど呪術専門の時計塔みたいな研究機関かと納得した。
私の知る型月の知識にそんな存在は覚えがないけど、ロンドンに時計塔があるならば、東京に呪術の学校があってもたしかにおかしくはないかも。
「神秘の秘匿は大丈夫なんですか?」
「呪術高専には結界が張られている。呪術規定に反するようなことにはならんよ。…………呪術について無知だと思っていたが、妙な知識はあるのか?」
私の質問に簡潔に答えてくれた夜蛾さんは、どこか不思議そうに呟いていた。
夜蛾さんに案内されて、校舎の一つ、小さめの教室へと入った私は、幼い体には少し大きな高校生用の机と椅子に苦戦しながら着席する。
教卓を挟んで、黒板の前に立った夜蛾さんはさっそく本題だとばかりに口を開いた。
「――端的に言うと、スカウトだ」
「私、まだ小学生ですよ」
「将来的に、という話だ。裏月、呪術師になるかどうかは自由だ。入学に際してはテストと、適正も見させてもらう。だが、どちらにせよその才にすでに覚醒し、実戦を経験しているお前は呪術について正しく知らなければならん」
「えっと…………才に覚醒してる?」
「呪霊を祓っていただろう」
「じゅ、じゅれい…………幽霊のことかな」
「ふむ。無意識で呪霊に呪力を叩きつけて祓ったのか。やはり呪術の知識は何もないと。無理もあるまい。環境的にも呪術に触れる機会はなかっただろうからな。だが、それにしては秘匿を気にするとは」
釈然としない顔をする夜蛾さん。
「まあ良い。最初から順を追って話そう」
それから、夜蛾さんは話してくれる。
私には呪力という力が宿っていて、それを操って呪霊を祓うお仕事をする人が呪術師。
呪霊というのは、人の負の感情が澱のように集まって誕生する化け物。私が幽霊と呼んでいた、あいつらの正体こそが呪霊らしい。
私は無意識で呪力を体から出して、それを攻撃と同時に叩きつけることで呪霊を祓っていたのだとか。
「呪力、ですか。魔力ではなく?」
「…………ああ、ゲームやマンガの話か。まあ認識としては似たようなものだな。お前のような若いやつには、そういったモノに絡めた方が理解しやすいか」
「えと、そうじゃなくて」
「?」
「魔力とか、魔術とか。ほら、呪術っていうのはあくまで魔術の形態の一つで、ロンドンの時計塔とか、アトラス院とか、あとは…………そうだ、根源の渦とか!」
私はなんとか伝われ、と知っている限りの魔術関連の言葉を言ってみる。
特に根源なんか重要だ。
魔術師ならば、呪術師だろうと何だろうと目指す先は等しくそれのはずだし。
夜蛾さんも、この言葉には心当たりがあるはずだ。
しかし、彼はいまいちピンとこない様子。
え、そんなことある?
だって根源だよ。
魔力や魔術に反応しないのもおかしいけど、根源目指さないなら何のために魔術、じゃなくて呪術やってるの。
ああ、いや。
あれか、魔術使いってやつだ。
根源目指さず、それ以外に利用するために魔術を使う魔術師もいるもんね。
そっか夜蛾さんもその類か。
…………いやでも、やっぱりそれでも根源の単語すら知らないっておかしくないかな!?
「――ああ、そういうことか」
そんな風に私が内心でひどく混乱していると、何を思ったか夜蛾さんは納得したようにうなずく。
そして、生暖かい視線を私に向けた。
「年頃だもんな。秘匿の件も……そういう"設定"か」
「っ!?」
――ちゅ、厨二病扱いされてる〜〜!?!??
「や、あ、あの違くて、えと」
「いや、わかってる。ロンドンの時計塔だったか? それと、根源の渦? うむ。良いワードセンスだ。なかなかにワクワクする言葉じゃないか」
そう言う、夜蛾さんはとても優しい目をしていた。
「〜〜〜!!!!」
私は顔から火が出そうな気持ちだった。
なんだ、これは。
こんなひどい辱めが許されていいのだろうか。
違うのよ。
私は決して厨二病ではないのよ。
もしこれがそうだというのであれば、真に厨二病なのは私ではなく菌糸類なのよ。
「まあだが、今はとりあえず呪術についての話をさせてくれ。お前の話は後で聞こう」
「い、いえ、もう結構です! 呪術の話だけしましょう!」
「そうか? 遠慮しなくていいんだぞ」
「いいんですっ!」
夜蛾さん、優しい。
面倒見の良さと慈愛を感じる。でもそんな風に優しくしないでほしい。
恥ずかしい。
なんで私が厨二病扱いされてるんだ。
別に作り話とかじゃないのに!
だって私は、メルトリリスなんだからさあ!
メルトリリスがここにいるんだから、じゃあこの世界はFateでしょってなるじゃん!
私別に、おかしなこと言ってないよ!
その後。
夜蛾さんは他にもいろいろと話をしてくれたけど、あまりの羞恥にまともに聞くことはできなかった。
とりあえず、将来的に呪術高専に入ることを視野に、毎週末に呪術を教えてもらうことになった、という点に関してはちゃんと把握した。
無闇に振り回すのではなく、コントロールしないと自身も周囲も危険だから、と。
その考えは理解できる。
今回教えてもらったのは、あくまでも呪術に関するさわりのような部分だけ。
より詳しいことは後日、改めて。
そうして私はやってきた時と同様に、運転手さんの運転する黒塗りの車で帰宅した。
突然の夜蛾さんの訪問。
呪術に呪術師、呪霊といった日常の裏に潜む非日常の存在。
そして夜蛾さんの反応。
魔術師ならば知っていて当然な言葉に対する、あのまったく心当たりがなさそうな反応。
家に着いて、冷静になった私は今日の出来事を振り返ってぼんやりと考える。
この世界に存在する呪術。
存在しない魔術。
私の体に流れるのは魔力ではなく呪力であり、ロンドンに時計塔はなく、東京に呪術高専がある。
見聞きしたそれらの真実を咀嚼して。
考えを整理して。
私は、導き出したその考えを小さく呟いた。
「…………この世界。Fateでも型月でもない。多分まったく別の、私の知らない世界だ」
果たして、私を待っていたのは。
聖杯戦争ではなく、人理焼却でもなく、
私にとって、完全に未知な世界。
「よ、喜べば良いのか嘆けばいいのか…………判断に困る」
Fateの世界は過酷だ。
ここがそんなやばい世界でないのだとしたならば、それならそれで私にとっては朗報だった。
誰が好き好んで、あんな世界で生きたいと思うのか。
かと言って、だ。
危険な世界であるのか、そうでないのかまったく知らない世界で生きていくというのも。
それはそれで、なかなかに怖いかもしれない。
「予想外すぎるなあ…………」
私は一人、頭を悩ませるのであった。