メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ   作:ひのき

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 ということで、戦闘だ。

 

 私を無理矢理連れてきて、夜蛾さんの言いつけを破って呪霊との戦いをさせようとする彼――五条さんには色々と言いたいことがある。

 でも、こうなってしまった以上はやるしかない。

 文句は後だ。

 

 周囲は暗闇の中にある。

 呪霊を祓う際は、一般人に見られないように侵入を防ぎ認識を阻害する結界『(とばり)』を下ろすのが、呪術師にとっての決まり事だとか。

 五条さんが『帳』を下ろし、周囲は夜のような暗さになっていた。

 その結界の中に私と五条さん。

 そして、呪霊がいた。

 

「ファイト〜!」

 

 私の後方で五条さんが、気の抜けたようなのんきな声で応援をする。

 この人は、もうこういう人なんだろうな。

 

 五条さんから意識を外し、前方を見やる。

 

「…………二級呪霊」

 

 ずんぐりとした体は私の身長よりも倍以上に大きく、顔は目や鼻がなくのっぺりとしていて、裂けるような大きな口がついているだけ。

 後ろ足がカエルのように筋肉質で発達している。

 

 強そうだ。

 前に夜蛾さんから聞いたけど、私が今まで倒してきた呪霊の等級は三級までだったらしい。

 大物と、呼んでいたのがそれだ。

 だから二級呪霊と戦うのは初めてで、たしかに強そうな感じはこうして相対してひしひしと感じる。

 

 でも、五条さんは二級呪霊が相手なら私の方が強いって言ってたけど。

 うん。

 実際、脅かされるような感覚はしないかな。

 

「…………!」

 

 呪霊が足に力を込める。

 

 来る、とそう思った直後に呪霊は高く跳びはね、頭上から押し潰さんと攻撃をしかけてきていた。

 

 対して私は、焦ることなく呪力で身体能力を強化する。

 身体強化は呪術師の基本的な技術で、呪術覚えたての私でも簡単に習得できた。

 

 そもそも私は普通よりも身体能力が高い。

 おそらくそれは、この体がメルトリリスであることが理由。

 本来のメルトリリスと比較したらかなり劣るだろうけど、特に速度に瞬発力や反応速度といった部分はトップアスリートすら凌駕してると思う。

 反面、筋力は体力テストで優秀って程度だけど。

 概ね、ゲームで見たメルトリリスのステータスが、スケールダウンした上で反映されていると言って良いだろう。

 

 で、それで何が言いたいのかというと。

 元から高い身体能力に呪力による身体能力が加われば、体格的にも身体能力的にも人間とは比べ物にならない二級呪霊の相手も、問題ないかなって話だ。

 

 実際、相対してよくわかった。

 

「やあっ!」

 

 頭上から押し潰すように飛びかかってくる呪霊の攻撃を、優れた動体視力を以て最小限の動きで回避。

 そのまま流れるような動きで、私は呪霊の側頭部へとカウンターの蹴りを叩き込んだ。

 

 何百キロはありそうな巨体が、私の蹴りによって大きく吹っ飛ばされていった。

 

「おお、やるねえ!」

 

 五条さんがひゅう、と口笛を鳴らす。

 完全に観戦気分だ。

 ポップコーンでもあれば、ポリポリと食べてそうなのんきさである。

 

 本当、なんだこの人。

 

「まだ息はありそうですね」

 

 吹き飛んだ先。

 ダメージは受けつつも、問題なく起き上がってきた呪霊を見やる。

 

 足を剣にしてれば今の一撃で首を斬り落として、それで終わりだったと思う。

 でも、夜蛾さんには申し訳ないし、五条さんの言う通りなのも癪だけど。

 他にも試したいことはあったからそうしなかった。

 

「身体強化を試したから、次は術式です」

 

 私は頭の中に刻まれた術式を起こす。

 

「――『溶月』」

 

 クラゲの姿をした式神が現れる。

 

 『溶月』、と名づけたこの術式はすでにある程度いろいろと試してみたりしていた。

 もちろん、実戦は初めてだけど。

 

 まず戦闘能力としては正直そんなに高くない。

 力は強く、打たれ強い。

 ただしその反面動きは遅く、普通に殴り合ったりとかはあまり得意じゃなさそうだった。

 サイズは調整ができ、手のひらサイズの小さいものから、家くらいの大きなサイズまで、消費する呪力量によるけどかなり自由度が高い。

 それと、同時に複数呼ぶことも可能だった。

 

 用途としては、ゲームで言うところのタンク役的な立ち位置になると思う。

 削れても自己再生できるし。

 あとは大きなサイズで出せば質量攻撃もできるから、戦闘力は低くても攻撃力はかなり高いかな。

 

 でも、この『溶月』の何よりの強みは別にある。

 

 それは、その体が『メルトウイルス』で構成されていることだ。

 

 起き上がってきた呪霊が、敵意と殺意を増して再び跳躍する。それに対して私は、今度はカウンター狙いの回避ではなく『溶月』の式神を前に出す。

 呪霊の攻撃を真正面から受け止めたクラゲの式神は、体を削られながらも耐えきった。

 そしてその体がゲル状に変化し、ずぷり、と底なし沼のように接触した呪霊を呑み込み拘束する。

 

「終わりですね」

 

 こうなったらもうあとは簡単だ。

 

 呪霊の体は、クラゲの式神という『メルトウイルス』に包み込まれて生きたままドロドロに溶かされていく。抵抗などまったくの無駄。

 触れた先から溶けていく。

 そうして、あっという間に養分になって終わりだ。

 

 これがこの式神の強いところだ。

 

 自分からの積極的な攻撃手段は持たないけど、触れた相手へと『メルトウイルス』という致死の毒を侵食させ、瞬く間に溶解させてしまう。

 触れたら終わり。

 この式神を相手に、接近戦をした瞬間に敵の死の運命が決定する。

 強力な盾にして無慈悲な死のトラップ。

 

 遠距離攻撃手段がなければ勝ち目はほぼなし。

 

 『溶月』という術式は、そういう能力だった。

 

「…………呪力量にしましょうか」

 

 式神が抱き込んでドロドロに溶かした呪霊を、そのまま吸収させる。

 そしてその情報を私に還元。

 

 今回は呪力量をドレインすることにした。

 

 オールドレインによって吸収できる要素は多岐にわたるが、本来のメルトリリスがドレインしていたのは基本的に『経験値』か『容量』。

 それに加えて、呪術師としてやっていくことになった私は呪術関係の要素も吸収できる。

 

 主に呪力量と呪力出力だ。

 学んだばかりのことだけど、呪力量はそのままの意味で絶対的な呪力の総量のこと。

 呪力出力は一度に扱うことのできる呪力の量のこと。

 この二つは呪術師にとってとても大事な要素で、強さに直結するものだ。

 

 噛み砕いて例えるならば呪力量はスタミナで、呪力出力はパワーといった感じ。

 呪力量が多いほど継戦能力が上がり、呪力出力が高いほど短期決戦に向いている。

 どちらも優れていれば継戦能力が高く、かつ息切れすることなく大技を撃ち続けることができる、と。

 多分そんな感じ。

 そんな呪術師はかなり限られてるみたいだけど。

 

 なにせ、呪力量にしても呪力出力にしても生まれの才能による部分が大きく、術式のことも含めて呪術師がいかに才能主義なのかって話であった。

 でも、私は例外だ。

 オールドレインによって呪力量も呪力出力も強化できるし、もしかしたら私の体との相性次第では術式をドレインすることも可能かもしれない。

 

 とまあ、そんなところで。

 

 私は今回のドレインを身体能力を強化できる『経験値』ではなく、『呪力量』にしたわけである。

 今後、基本的には『経験値』と『呪力量』と『呪力出力』をバランス良く上げていく感じになるかな。

 

「五条さん。終わりましたよ」

 

 戦闘が終わったので、振り返って後ろで見ていた五条さんにそう伝える。

 しかし五条さんは、なぜか心底から驚愕したような顔をして私を見ていた。

 

 他に見たことがないくらい、比喩ではなく文字通りの宝石みたいな青い目を見開いて。

 ガン見。

 びっくりした表情で、穴が開いてしまうのではないかと錯覚してしまいそうなほどガン見してきていた。

 

 なんだ、その反応は。

 二級呪霊なら問題なく倒せるって、そう言ったのは五条さんの方でしょ。

 

「あの、終わったんですけど」

 

「あ、うん…………ねえ、桜。今君の呪力が急に増えたみたいなんだけど、どうしてかな」

 

 あ、そっか。

 たしかに呪力量って普通増えないから、目の前で呪力量増える人いたら驚くよね。

 

 でも、倍とかになったわけでもないちょっとした変化なのに五条さんはよくわかったなあ。

 まあでも、大丈夫。

 強くなるためにはオールドレインは必須だから、今後隠して使用を躊躇うようなつもりなんてなかった。

 だからあらかじめ、言い訳は考えておいたのだ。

 

「『溶月』の効果の一部ですよ。毒で倒した相手の力を一部吸収するんです」

 

 これだ。

 術式というのは多種多様で、いろんなものがあるみたいだから相手の力を奪うものがあっても別におかしくはないだろう。

 

 正直、オールドレインやら『メルトウイルス』の真実を説明するのは良くないと思ってる。

 人間じゃないみたいに怪しまれるかもしれない。

 それは嫌だし、危険だ。

 

 だから、全部術式の力ってことにするのだ。

 オールドレインも、『メルトウイルス』も、ついでに変形する鋼の足にして魔剣も。

 すべて含めて、そういう術式なのだ。

 

 それなら問題ないだろう。

 どうせ、他人の持ってる術式を本人から聞いてもいないのに()()()()()()()()()()()()なんてできるものじゃないし。

 ただ、シンプルに。

 とっても強い術式を持ってるんです、とそういう形で説明できる話でしかないわけだ。

 

 もしも、仮に。

 他人の術式を見破る術式とか、それに類する特殊能力を持った人がいたとしたらバレてしまうけど。

 でも、そんなピンポイントなことはそう簡単には起こらないはずだ。

 もしそんな力を持っている人がいて、私のことがバレてしまったらその時はその時。

 そんなあるかもわからない低い可能性を過剰に警戒して、オールドレインの使用を控えるなんて無意味。

 愚の骨頂だもんね。

 

 優先度はつけないと。

 

「へえ、術式の効果ね」

 

「そうなんです。なかなかすごい術式ですよね?」

 

「うん。少なくとも僕は他に見たことないかな。ん〜……ま、強ければなんでもいいや!」

 

 そう言って、五条さんは笑う。

 

「ごめん、桜。ナメてたみたいだ。こんな弱い二級呪霊で試すなんて、君からしたら不服だよね」

 

「え、別に……」

 

「桜のこと、僕ますます気に入っちゃったよ。いつか君は僕と同じレベルの呪術師になるかもね!」

 

 つまり、最強にってこと?

 

 たしかにまあ、私も強くなっていけばいつかは最強を自称できるくらいになるかもだけど。

 いや、驕るつもりはなくて、客観的事実として。

 だってメルトリリスだし。

 

「よし! じゃあ、次は準一級行こう!」

 

「!?」

 

「こうなったらとことん、今の桜がどこまでやれるのか試してみようか!」

 

 と。

 めちゃくちゃ機嫌の良い五条さんにまたも荷物のように担がれて、私は再び空の旅をすることになるのであった。

 

 その後、準一級を倒し。

 一級をちょっと手こずりつつも無事に倒し、そこで満足した五条さんにやっと解放してもらえた。

 とりあえず、五条さんがロクでもない人間だということはこの一日でよくわかったよ。

 謎に気に入られちゃったけど、普通に嫌だ。

 複雑だ。

 

 まあでも、なにはともあれ。

 こうして私は不本意で予想外ながら呪術師として初めての実戦――初陣を終えたのであった。

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