メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ 作:ひのき
それから。
私はほぼ毎週、週末に呪術高専へ呪術を学びに来るたび五条さんに荷物のような扱いで誘拐され、呪霊との戦いに駆り出されるようになった。
「――デジモン育ててるみたいで楽しい」
とは、五条さんの談だ。
なにそれひどい。
まあ、オールドレインの機会が得られるならと抵抗する気がない私も私だけど。
夜蛾さんも最初の頃は五条さんにブチギレまくっていたが、最近はもう諦めているみたい。
私が抵抗してないのもあって、もう勝手にやってろって感じのスタンスになってしまっている。
夜蛾さんの私を見る目が、五条さんに向ける問題児を見るようなそれと同じになってしまったことはとても胸が痛かった。
結局お前もそうなるのか、と目が語っていた。
一応、申し訳ないとは思ってるよ。
本当だよ。
「桜の呪力はさ、水みたいだよね」
ある週末の日。
五条さんから指導を受けている最中、思いついたように彼は私にそう言った。
「水、ですか?」
「うん。呪力操作が上手いじゃん? 呪力の流れに一切の澱みがなくてスムーズ。そんで、速い」
「そうなんでしょうか…………?」
どうやら私は呪力操作が上手いらしい。
でも、実感はない。
なんだかんだとちゃんと指導をしてくれる五条さんだけど、未熟な私でもわかるくらいに彼の呪力操作が卓越しているから。
それと比べたら私はまだまだだ。
そして、私の周囲には他に比較できる対象なんていないし。
夜蛾さんも最近は、私の指導をほぼ五条さんに任せてるからあの人の呪力操作もほとんど見たことがない。
「まあ、まだ発展途上だけど。桜は僕の次くらいには呪力操作が上手くなれる素質あると思うよ」
「五条さんの次」
「つまりは、世界で二番目ってことだね」
「一番にはなれないんですね」
「もちろん。僕は最強だから」
――最強。
その言葉の意味を五条さんと初対面の時は知らなかった私だけど、あれから半年くらい経った今の私はその意味をよく知ることとなった。
呪術界に片手の指でも余るほどしかいない特級術師。
呪術御三家、五条家に生まれた相伝『無下限呪術』と特異体質の六眼を併せ持った天才。
正真正銘の最強。
それが、目の前の五条悟という呪術師なのだ。
特に私が衝撃を受けたのは彼の目だ。
特異体質の六眼。
その目の性質は、端的に言うと呪いに関するあらゆる事象を視認し解析する魔眼の類だ。
相手の呪力を解析し、その対象の実力や術式の構成を見抜き、超高精度に予測することができる。
さらには、相手の呪力を解析するだけでなく、自分自身の呪力を原子レベルで緻密に操作し、ロスなく運用することすら可能とする。
私が言うのも何だけど、ひどいチート能力だと思う。
五条家相伝の『無下限呪術』は強力無比な術式だけど、その分扱いが極めて難しくて、この六眼がなければ満足に扱うことすらできない。
だけど、『無下限呪術』と六眼が揃いさえすればその五条の呪術師は無敵の力を得られる。
それが現代最強の呪術師――五条悟なのだ。
「…………六眼」
「ん? そんな恨めしそうに僕を見てどうしたの」
「いえ、何も」
どうしたの、と言いながらどこか面白がるようにニヤニヤと笑う五条さん。
私はそんな彼から顔を背けて、ため息を吐く。
バレてるだろうなあ、って。
初対面の頃は、五条悟という最強のことや六眼のことなんて何も知らなかった。
だから何も警戒してなかった。
私は彼の目の前で普通に術式を使って、『メルトウイルス』で呪霊を吸収して、呪力が増えたことを察知した五条さんに適当なことを言って誤魔化した。
でも、多分。
あの瞬間から五条さんにはすべてがバレているのだ。
私の術式である『溶月』の持つ毒は術式や呪術由来のものではなく、ドレインして自分を強化する能力はそこにはなく、私の足は呪術によるものではなく。
そんなのは五条さんの六眼を以てすれば容易く見抜けるのだ。
ちなみに、何度目かの実戦では普通に足の魔剣や槍を使うようになっていた。
その時の説明はこうだ。
『式神の触手のようなものです。それを限定的に足に展開して武器にしてるんです』――と。
別に、そんなに変な言い訳ではない。
剣とか槍の部分から毒を出せるし、それは『溶月』の式神の触手からでもできること。
実際は順序が逆なんだけど。
そういうこともできる術式だ、と言えば他ならぬ本人である私以外にその真相はわからない。
わからない…………はずだったのです。
思えばあの時、五条さんは笑っていた。
否、嗤っていた。
全部見透かして、滑稽に嘘を吐く私を、何もかもわかっていながら何も言わずに見せ物のように楽しんでいた。
腹立つ〜!!
「まあ、もしも僕が死ぬことがあって、桜の能力で自分のものにできそうなら、これ、あげてもいいよ」
「六眼を?」
「そ、もったいないでしょ? 普通に移植しても定着するかはわからないし、桜の能力でドレインする方が可能性は高いと思うんだよねえ」
「よくそんな話できますね。自分が死ぬ仮定なんて。それにドロドロに溶かされて何もなくなっちゃいますよ?」
「別にいいんじゃない? 土に返すよりは有効活用した方がいいでしょ。何なら、遺書書いておこうか。五条本家がうるさそうだし」
「…………ちょっとヒくんですけど」
「あはは! そもそも僕は死なないけどね。僕が死ぬなんて、それこそ世界滅亡の瞬間くらいさ」
さすがに冗談で言ってるのだろう。
だからって自分が死んだらなんて、そんなバカみたいな冗談はひどい。
これも最強だからこその傲慢なのだろうか。
五条さんは何も言わない。
私の体に流れる世界を溶かし尽くす無慈悲な毒も、異形の足も、それを知った上で何も言わない。
誰に明かすこともない。
正直、何を考えているのかはわからない。
それでも、すべてを知りながらこうして普通に接してくれているという事実は思いの外、嬉しかった。
心を閉ざしてしまったかつての少女はここにいない。
だけど、ついぞ誰にも受け入れられることのなかった少女の呪いのような悲鳴は
だからか私も、少しだけ恐れていた。
でも、五条さんは受け入れてくれた。
何を言わずに、何も気にせずに、私のことを導くべき一人の子どもとして見ている。
まあ、その導き方はどうかと思うけど。
とにかく、嬉しかった。
ありがたかった。
そんなほんの少しの恐れはなくなった。
この世界――呪術師の世界ならば、私は受け入れられ幸せに生きていけるかもしれないと。
五条さんのおかげで、心の底からそう思えた。
「――じゃあ、指導はここまで。そろそろ
「………………」
「デジモンだったら、そろそろ次の進化が見えてくるかな〜」
感謝は、言わないけどね。
だってこんなやつに感謝とか、悔しいじゃん。