メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ 作:ひのき
頭の中に強制的に情報が流れ込む。
「???」
術式の開示?
それともパチンコルールの開示?
私は混乱の中にあった。
領域展開。
己の生得領域を展開するそれは、発動した時点で勝敗を決する必中必殺の呪術の極致。
固有結界と似て非なるモノ。
私もまだ習得ができていない術式の最終到達点だ。
それを高専に入ったばかりの新入生が習得してる。
びっくり。
普通に考えたら絶対にありえない、ありえてはいけないことだけど、現に目の前で起こってる。
本当にびっくりだった。
びっくりしすぎて、幻聴かと自分の耳を疑った。
五条さんが言ってた私とは違う方向性のすごい才能の持ち主って秤君のことだったんだ。
びっくりするだろうって、そりゃそうだよ。
ついでにその領域の内容にもびっくりだよ。
なんで領域でパチンコしてるの?
でも、そんな驚愕や混乱はありつつも、私の頭は冷静に状況を分析し、体は迷いなく動く。
「…………必殺のない領域? それ自体に相手に対する害がなく、術式を開示するだけ。その代わり展開が早くて、多分、押し合いにも強い」
必中だけの領域。
そういうのもあるのか、と感心する。まったくの未知の技術であり、常識を打ち破るような領域だ。
だけど、それと同時にこうも思う。
「――それなら、恐るるに足りません」
必殺でないならばどうとでもなる。
実はこっそりと開発しておいた私
どうやら、秤君がこの領域内のパチンコ(意味不明)で大当たりを引けばボーナスが始まるらしい。
ボーナスがいったいどのようなものなのかは開示されてないからわからないけど、大当たりを引くまでにはどれだけ運が良くても時間がかかるはず。
その時間を秤君は稼ぐ必要がある。
ここは彼の領域内。
生得領域によるステータスバフはあるだろうけど、別に無敵になるというわけではない。
大当たりを引くまでに何分がかかる?
五分? 十分?
もしかしたら、一分以内かもしれない。
一分以内に倒してしまえばいい。
「裏月、ギャンブルは好きか?」
「やったことないです」
「ギャンブルはいいぞ。生きることはギャンブルだ。賭けをしている瞬間こそ、人は秘めた欲望と情熱を剥き出しにする。自らのすべてを運に任せ、敗北を恐れず勝利を掴もうとする。その瞬間の"熱"が俺は好きだ」
「秤君。同い年ですよね?」
「正確には中学ダブってるから歳は一つ上だな」
「…………そですか」
どっちにしろ、パチンコとかしていい年齢じゃないと思うんだけど。
不良だなあ。
でも、不良は不良でも、意味もなく暴れたり他人に迷惑をかけるような不良ではなさそう。
しっかりと自分の芯があるんだね。
でも、それはそれとして、やっぱりその歳でギャンブル通いはダメだと思う。
「スタートだ」
演出が始まる。
「付きあう理由はありませんね」
さっさと、秤君が大当たりを引く前に倒してしまおう。
演出が妨害するように私を狙うけど、その程度で止まってあげるわけがない。
地面を蹴る。
より速く、より強く。出力をさらに上げて、呪力を回して体を強化する。
演出が終わるより速く。
リーチがかかる余裕すら与えない。
次の瞬間には秤君の目の前に移動した私は、そのまま彼に有無も言わせず、防御も回避も許さないままに流れるような速攻でその頭へと蹴りを叩きこんだ。
さっき以上の威力。
弱点への攻撃。
その一撃は秤君の脳を激しく揺らし――領域が砕けた。
決着。
「…………ふう」
領域が消え、秤君がたしかに気絶していることを確認し、元に戻った景色の中で私は息を吐く。
「ま、桜が勝つよねえ」
そんな私に五条さんが声をかけてくる。
「びっくりしました。秤君は領域展開ができるんですね。こんなの予想外です」
「言ったでしょ? すごい才能がいるって」
楽しげに笑う五条さんをじとっと睨め付ける。
すごいなんてものじゃないよ。
「二人ともヤバ…………え、嘘でしょ。これからこんなのとやるの?」
星さんが、呆然とした様子で私と倒れてる秤君へと視線を向けた。
その姿に同情してしまう。
私は我ながら規格外な存在だと思うけど、秤君の方もたいがいにとんでもない。
これからそんな二人と模擬戦をするのが確定している星さんの心境は、いったいどんなものか。
ちょっとかわいそうだった。
そこ、笑ってるけど全部五条さんのせいだからね。
「ちなみに星さんも領域展開が使えたり、反転術式あたりが使えたりする感じですか? それとも、黒閃が出まくる体質だったりとか」
念のため聞いてみると、星さんは首がもげるんじゃないかって勢いで首を横に振るのだった。
さすがに、イレギュラーすぎるのは秤君だけらしい。
その後、秤君が気絶から目覚めるのを待ってから模擬戦を再開。
私が星さんに勝ち、秤君も勝ち。
最終的には私が二勝、秤君が一勝一敗、星さんが二敗という形で終わるのだった。
模擬戦を終えた後、私たち三人は感想戦のような感じで座り込んで話をしていた。
五条さんは先生なのに私たちを放置してどっか行った。
「二人とも強すぎー」
「俺としては、まさか同級生に負けることになるなんて思わなかったけどな」
「私も新入生ですけど、小学生の頃から実戦に出てたので二人よりも呪術師としてやってきた歴があります。負けるわけにいかないのは私の方ですよ」
それに、二人ともまだまだ強くなると思うし。
秤君なんて鍛え方次第で手がつけられなくなるかもね。今回あっさりと勝てたのは、まだ彼が本格的に鍛える前の一年生だからだろう。
地力をつけて、大当たりを引くまでの時間を稼げるようになるだけで大きく変わるよ。
ちなみに二人の術式については感想戦の中で教えてもらった。
でも星さんのはちょっと難しくて、正直何を言っているのかわかんなかった。
反対に秤君の方は複雑そうに見えて単純。
領域がデフォルトで備わっている術式で、大当たりを引くと一定時間呪力無限で不死身になるんだって。
強すぎる。
正直、領域がデフォルトとかパチンコで大当たりとか何それって感じだけど。
何より私が強すぎると思ったのが、確率の超低い大当たりを引くのが前提のオールオアナッシングな術式で普通に戦うことができる豪運。
普通の運じゃこの術式は役に立たないよ。
それにしてもこの二人揃って、変な術式だよね。
普通なのは私だけじゃんね。
「ねえ、結局使わなかったけど桜ちゃんの術式はどんなの?」
私の術式について聞かれたので、わかりやすく『溶月』の式神を小さく召喚してみせる。
「『溶月』って言います。この通り、クラゲの姿をした式神を呼び出す術式ですね」
「へえ、かわいいね」
「具体的には何ができるんだ?」
「主に毒です」
「おお……」
かわいい、と言って式神を撫でようとしていた星さんがぴたっと動きを止めて手を引っ込めた。
「名前はなんて言うの?」
「『溶月』です」
「違う違う。術式じゃなくてこの式神の名前」
「? ないですけど」
「えー! ないの!?」
星さんにびっくりされてしまった。
式神の名前なんてないよ。
別につける必要もなかったし、つけてなくても不都合なんて何もないし。
「付けてあげなよ、名前!」
「おいおい、裏月。それは少し薄情じゃねえか」
「え、秤君まで?」
まさかの秤君まで乗ってきて、私の式神に名前をつけてあげる感じの流れになってしまった。
でも、名前かあ。
クラゲの式神。クラゲ、クラゲっぽい名前とか、あんまり思い浮かばない。
適当でも良いかな。
と、そこでふと思いついた。
「じゃあ…………リヴァイアサンで」
メルトリリスと言えば、だよね。
本来はペンギンだけど。
一応、このクラゲも従者というか、眷属的なものである点は同じだ。
海にいるというところを考えると似たようなものだし。広義的に考えたら、クラゲもペンギンの一種として考えることができなくもないかもしれない。
じゃあ、実質ペンギンだ。
うん。
ぶっちゃけ考えるのめんどくさいから、リヴァイアサンにしよう。
というかよく考えてみたら、本来も何も本来のリヴァイアサンはリヴァイアサンであって、ペンギンはペンギン、ペンギンはリヴァイアサンではない。
ならばクラゲもクラゲであって、リヴァイアサンではないのだけど、ペンギンがリヴァイアサンということになるのならクラゲがリヴァイアサンになっても構わないだろう。
???
頭がごちゃごちゃしてきた。
とにかく、これからお前はリヴァイアサンだ!
なんだか、いざ名前を付けてみると愛着が湧いてくるような気がしてきた。
かわいいし、強いし、便利だし。
式神――改めリヴァイアサンも、そこはかとなくその偉大な名に恥じない風格を漂わせ始めた。
「よろしくね、リヴァイアサン」
そう言って撫でてみる。
すると、なんとなく喜んでいるような気がした。
「リヴァイアサン」
「リヴァイアサンか…………」
しかし、星さんと秤君は私の名付けを聞いて、二人ともどこか微妙な顔をする。
そして、揃って優しげな顔をして私に言った。
「か、かっこいいね!」
「そういう年頃だもんな。良いと思う」
――ちゅ、厨二病扱いされてる〜〜!?!??
何年ぶりかの衝撃に、私は愕然とするのだった。
そんな風に、わずかに私がダメージを負いつつも三人で交流を深めていると。
途中でどこかへと行っていた五条さんが帰ってきた。
「入学祝いに焼肉行くよ〜!!」
と、やたらテンション高く張り切る五条さんの奢りで私たち三人は焼肉へ。
しかもお高い焼肉だ。
すごい。
うまい。
そうして、入学初日。
私たちは戦って、話をして、みんなで焼肉をして、たった三人の同級生は一気に距離が縮まった。
最初の印象通り星さんとはすぐに仲良くなれたし、最初の印象に反して秤君も決して悪い不良ではなく、善良さのある接しやすい人だった。
なんだかんだ模擬戦もしてよかったかも。
二人の実力を知れたし、戦うことで人となりというものも見えてくる。
特に秤君なんてわかりやすかったし。
何はともあれ、こうして高専入学初日は順調な滑り出しを見せた。
「君たちは僕の世代以来の黄金世代になるかもね〜」
なんて、五条さんは言う。
それはさすがに難しいんじゃないかな。
と、思いつつも。
否定するのも何なので、何も言わずに黙々とお肉を口へ運ぶ私であった。