「あ、このバイパーって招木さんすか」
パネルに武器とポイントが表示されている。そのうちの一つを指差して出水がぼそっと言った。隣に立つ招木が手元を覗き込んで「そうだよ」と肯定する。
出水は招木と何度か対戦したことがあり、ほとんど勝っている。二人の間には純然たる実力差があるからだ。
ちなみに数少ない敗北は、彼女の幸運体質が発揮されて流れを持っていかれた時のものだ。それも初期の話で、天才肌の出水が成長するにつれて招木は手も足も出なくなった。
彼もまた太刀川のように、招木を転ばさせる名人である。
「今までアステロイドでしたよね。切り替えたんです? 4000点まであとちょっとだったでしょ」
「うん。けどそっちの方がいいと思って」
「へー。それっておれが理由?」
出水は最近バイパーの特訓に励んでいる。考えることが多くて扱いも難しいが、自分の思惑通りに弾道を描けるのはとても楽しかった。
今は変化弾に特に夢中になっているが、ある程度したら今度はハウンドも研究したいと思っている。彼が弾バカと呼ばれる所以だ。
自分の顔を指差して出水は聞いた。冗談のつもりだった。しかし、招木はケロッとした顔で頷く。
「うん。君の弾道の引き方は参考になる」
「えー嬉しー」
「今はそっちを試したいの」
招木はさらっと肯定した。出水も大袈裟に反応することはない。なんとなくそう返ってくるだろうと思ったので、予定調和の声色だった。
「んー、これおれの勝手な独り言なんで無視していいんすけど」
招木の過去の記録をパッパッと映し出して出水が切り込む。
「今バイパー使い始めるのってかなり不自然すよね」
招木がパッと出水の顔を見たのがわかった。そっちから言い出しておいてと不満げだ。
出水はあくまでフラットに話している。詰めるような緊迫感はない。明日の天気は何かなみたいな、会話を終えると忘れてしまうような温度感だった。
「や、試したいって気持ちはわかりますよ。おれも似たようなもんだし。でも正隊員昇格直前で新しいトリガーにするの、意味わかんないし」
出水は招木より二つ下の学年だが、彼女相手に歳の差を意識したことはなかった。
ズバズバ言いたい放題であるが、招木もそれを咎める性格ではない。のんびりと一度まばたきを挟んで「そう?」と言った。
「あ。独り言に返事をしてしまった」
「んは。あんま言っちゃいけないかなーと思ってその設定にしてたんで、答える気があるんならありがたいです」
「私は君がどうしてそう思ったのか気になるな」
「いやー他の人たちがどう思ってるかわかんないすけどね」
もう一度パネルを操作する。「1135」という数字は、新人訓練生としては妥当な数字だ。
しかし当人は入隊して一年以上経過している。アステロイドでやっと正隊員入りの数字が見えてきたのに、あっさり捨てたのが気になった。
思い切りが良いと言えば良いのか。それともどうでも良かったのか。
「正直サクッと正隊員になってからバイパーに手を出す方が効率的だと思います。実践で積める経験の方が圧倒的だし、トリガーだって自由に組み込めるんだから。アステロイド外す選択肢を選ばずとも、両方を使うことできるんだし」
「うん」
「まあ正隊員になるまでちょい時間かかるだろうけど、それよりも得られるメリットがでかい。昇格目前でわざわざ捨ててるのが気になるなーって」
「そうだね」
「加古さんは何も言わなかったんすか」
「あなたの好きにしたらって」
「あー、ぽいわ」
「私もそう思う」
「で、なんで?」
「?」
「最近バイパーに切り替えた理由」
「さっきも言ったよ。今は先にそっちを試したいって」
「はぐらかしてる?」
「いいえ」
珍しい。招木は素直なので聞かれたことには大体答えてくれる。正直に言わなくていいことまで言う。
たまに解答がズレることはあるが、それは対人関係の経験不足が引き起こすからで、答えるという項目はいつもクリアしている。
しかし今の問答はそういうのとは違う気がした。招木が意図的に答えないようにしている。出水はそう感じた。
となると、気になる。招木が答えたがらない理由を知りたいと思う。彼は好奇心が強く、相手が執拗に避けるからやめてあげようと思うほど優しくはなかった。
相手が招木だからというのもそれの一因だった。
後頭部をガシガシかいて提案する。
「んー、じゃあソロ戦付き合って。んでおれが勝ったら教えて」
「無理やり口を割りにきたね」
「いーじゃん。ついでにおれから何か教えられるヤツ教えるんで」
「どうしてそこまでする? そんなに気になるの?」
「同じ射手としてラッキーガールの幸運を打ち砕きたいんすよ」
これは本心だ。出水が笑って言うと、続いて声を潜めた。
「あとさっきテキトーにおれをだしにしたの、ちょっとムカついたのもあります」
「君から言ったことなのに」
「で、どうなの。やります?」
「うん。今ので断る理由がなくなった」
だしにしたのを、悪いとは思っているらしい。
初めて出水が招木と対戦した時、彼は招木を舐めていた。
当時既に出水の方が招木より個人ポイントが上だったし、ランク戦を申し込まれてOKを出しただけだったのだ。
相手は自分と同じ射手の訓練生。強さや厄介さで有名なら絶対に知っているはずだし、自分の記憶にないということは、警戒するような相手でもないだろう。
ボーダーに入隊して天才と持て囃された出水は、ちょっとだけ調子に乗っていた。何故なら当時の彼は負け知らずだったのだ。
『じゃ、よろしくお願いしまーす』
『……』
いや何も言わないのかよ。別にいーけど。年上っぽいくせに礼儀のなってない奴。そんなことを思って出水は駆け出した。それから数分後。
『えっ、』
舐めてかかったら運でひっくり返された。それだけのことだった。
気づけば緊急脱出後のベッドの上で、出水は目を開いて天井を見上げていた。
何が起きたかはわかる。自分が放ったアステロイドを相手が躱して、逆に攻撃をモロに食らったのだ。鮮やかな負け方だった。けど納得できない。だって、あんなの。
すぐに二本目が始まる。今度は油断しない。そう思って臨むと、あっさり勝利した。立て続けに四本とって、結局4-1で出水の勝利で終わった。
慌てて部屋を抜け出し相手を探す。対戦相手は用が済んだとばかりにスタスタ歩いており、出水は大声を出した。
『ちょ、待った! あんた、あ名前なんですっ? おれ出水!』
『……』
『は!? 無視? そこのついさっきおれと個人戦やったヤツ!』
追いかけて肩を掴む。予想外に骨の感触がリアルで少しドキッとした。ようやく相手が振り返る。
迷惑。黒々とした目にはっきりとそう書いてあって、思わず怯みそうになる。
しかし出水は負けじと努めて明るい声を出した。
『名前。なんすか? 教えてください』
『招木』
『招木さん! もっかい戦りましょ、五本勝負』
『どうして? 何の意味もないのに』
『意味、て……』
冷えた目に捕捉されて、勢いが萎んでいく。
『どうして一本目負けたのか、気になるんでしょ。理由は一つ、私の運が良かったからだよ』
『はっ? 運って。たまたまってこと?』
『そう。事実、君が気を引き締めた二本目からは勝てなかったしね』
たまたま、なのだろうか? 確かに自分は油断していたし、相手は本気だった。
でも招木が何もない場所ですっ転んで弾道がズレた結果、自分の急所に的中するなんて。
出水のプライドを刺激する敗北の仕方だった。当時の出水は運も実力の内と片付けることはできなかったし、あんな無様な動きをした相手に初めて負けた自分が嫌だった。
けれど。
『私の運に再現性はない。君の実力は正しいよ』
招木はそう言い残して立ち去っていく。追いかけることはできなかった。自分以上に悔しそうな目が印象的だったのだ。
それから少しして、自分が対戦した相手がラッキーガールだという噂が流れた。
出水が取り戻せなかったプライドのカケラは、彼女がもたらす幸運を挫くことで、やっと埋め合わせられる気がした。
「開始早々射線ガン無視アタックされると思わなかった」
勝負を終えて通路を歩く。今日も出水の圧勝だった。招木がバイパーを使っているのを見るのは初めてだったが、驚かされたのは無茶苦茶な弾道である。
幼稚園児が画用紙にクレヨンで自由に殴り書きしたような感じ。無計画で無秩序で、本体があまりに無防備だった。
「それもあっさり攻略されてしまったね」
「流石にあれに負けるのはない。被弾前提で動いてたじゃん。全部テキトーに設定してブッパしてるくせに、どれかは当たると思ってる感じだった。逆におれの攻撃は当たらないとたかを括って物陰に隠れることもしなかったし。おれじゃなかったら、ふざけてるのかって言われちゃいますよ」
「出水が相手だからね」
「嬉しくねー」
横に並んで歩いていたので、出水は軽く招木に肩をぶつけた。
相手が出水だからというのは、甘えというより見くびっているからのように感じた。招木のほうが圧倒的に弱いのに、出水は招木に軽んじられていると感じていた。
招木は少しよろけて、それから躊躇いがちに口を開く。
「嫌だった?」
「無理やり答え合わせしたがったんで、このくらいは」
「そう。ごめんね」
「でも嫌な気持ちになったのはマジ。ジュース奢ってください」
「わかった」
「やりー」
目的地が自販機に変更される。解散するまでの時間も引き延ばせた。軽い口調で会話をしながら、その合間に出水は乾いた唇を舐める。
色々言いたいことはあるけれど、どれから言えばいいかわからなくて目の前の本題にばかり意識が向いてしまう。
あんた初対面の時から随分変わりましたねとか。
今は負けても悔しそうにしないんすねとか。
ずっとドライな関係だったから、改まって言うのも変な感じがした。出水はカラッとしているし招木も冷めている。熱が生まれない無遠慮な一定の距離感を、壊す勇気が彼にはなかった。
「で、教えてくれます? なんで急にバイパー使い始めたんすか」
今度は鋭い口調だった。招木は観念したように小さく息を吐く。
「先に言っておくけど、実験のためにバイパーをセットしただけですぐ戻す予定だよ。正隊員にはなりたいからね」
「あ……そうだったの? おれの早とちり?」
「やっぱり。私が本格的にバイパー使いになると思った? 試したいからって言ったよね」
「もっとわかりやすく言ってくれれば……まあいいや。言葉が足りないのはいつものことだし」
タイミングが良くなかった。4000点まであと少しという時に別のトリガーに切り替えたら、普通何か深い理由があるんじゃないかと疑ってしまうだろう。
だが招木に普通を解いても仕方がないのはわかっていたので、勘違いした自分を棚に上げて出水は流した。
「じゃあ何を試したかったんです? 勝負らしい勝負もできなかったですけど」
「使い慣れたアステロイドと初心者同然のバイパーだと、サイドエフェクトの発現に違いがあるのか気になって」
招木はあっさり白状した。
加古に弟子入りし特訓に付き合ってもらって、招木は実力を伸ばしている。まもなく正隊員にもなれるくらいには苦手なことを克服していた。
よって今まではサイドエフェクトが発動することで招いていた結果を、今の招木は実力で引き起こすことができる。
攻撃に回避する場面では、かつてはコケていたのを、今は冷静に軌道を見極めて退避し成功させている。
一方、攻撃を当てる場面では、偶然相手の急所を狙って撃っていたのが、今では狙って相手の懐に入ることで同じ結果を出していた。
もちろん格上相手にはまだまだ敵わないけれど、同じ訓練生同士なら良い勝負ができるくらいになっている。
素晴らしいことだと思う。諏訪も加古も「強くなった」と褒めていた。だけど招木の胸に引っかかるものがある。
「以前より転ぶ回数が減って、戦いに集中できるようになった。アステロイドの技術も高まっている」
「いいことじゃん。流れが中断されなくなるし、受け身も取れるようになってるし」
「逆だよ。サイドエフェクトに体が突き動かされているのに変わりはない」
「……?」
「転んでいたのは、生身の身体能力と乖離していたが故のバグだよ。改善された今、転ばなくなった今が本来の形に近い」
つまり、招木は自分の行動のどこまでが本来の意志で、どこからがサイドエフェクトによる侵食かを判別することができなくなった。
すっ転ぶというわかりやすい境目が失われつつある現在、彼女の思惑は不明瞭になっている。
思ったより深刻な状況だった。出水の顔が少し引き攣る。
「それは……わかんないじゃん。招木さんが強くなったから、今まで避けられなかった攻撃を回避できるようになったんでしょ。記録見ていつも思うけど、招木さんの個人戦、回避率異常ですし」
太刀川クラスの攻撃を毎回躱しているのは、すごいことだと思う。
それがサイドエフェクトに導かれたものだとしても、強くなったことは素直に誇っていいものだと出水は言った。
しかし招木の考えは逆である。
「君は攻撃を躱す時、いちいち考えているの?」
「えっ?」
「考えることもあるだろうけど、多くの場合は反射で回避しているよね。思考より先に体が勝手に動いている。私にとってそれは、幸運体質が導いたのか自分の判断でできたのか、区別がつかないんだ」
「……、」
「それが私にとっては一大事なの」
まもなく休憩スペースに辿り着き、招木は出水が好きなドリンクを購入する。ピピピと当たりが出て、同じ飲料水を二本手に取った。
あまりに自然な動きだから、自販機で当たりが出るなんて珍しい光景のはずなのに、普通に見逃してしまいそうになる。
「でもさ。やっぱりおれは招木さんの実力だと思うよ」
差し出された当たりのペットボトルを受け取って、その目を見つめて出水が言う。
「転ばなくなったし、ちゃんと回避できるようになったし、攻撃も狙って当てられるようになったでしょ」
「アステロイドならね」
「じゃあ順調に強くなったんじゃん」
「そうだね」
「なのに何が不満なんすか」
沼の中にいるような気分だった。
招木は自分が綺麗に回避できるようになったことを、サイドエフェクトによるものなのか、自分の実力によるものなのか、判別できないでいる。
でも出水にとってはどちらも同じことではないかと思う。
サイドエフェクトも回避技術も、どちらも招木の能力の一部だと思うからだ。
さっきと同じようなことを繰り返し言ってしまう。それを自覚できないくらい、出水は焦っていた。何故かはわからないが、招木が幸運体質に否定的でいることが、出水には許せないことだった。
「結果が同じだから」
「同じ?」
「転んで当てていたのが、転ばずに当てられるようになった。偶然避けていたのが、狙って避けられるようになった」
「うん。それは、強くなったからで───」
「でも最終的な結果は同じだった。勝率が目に見えて上がるわけでも、相手を瞬殺できるようになったわけでもない。変わらないんだよ」
「あ……」
「私の努力は何を変えたんだろうね」
ついに出水が沈黙した。
招木がここまで語るのが珍しいと思ったし、何を言えばいいかわからなくなってしまった。
彼女は今の自分を嘆いていて、出水の言葉を真っ向から跳ね除けるくらい強固な意志を貫いている。ここまでわかりやすく感情が伝わってくると、どうしていいかわからなかった。
さっぱりした関係の中で初めてのことだった。
「今日、バイパーで君と戦って。無茶苦茶な戦法だったのにダメージが通って、転んで、攻撃を躱す度に」
「……」
「実力がついたと思ったのに、アステロイドで積み重ねたのに。スタートラインに戻されたとわかる度に」
招木は手の中にある飲み物を掴み直して、ぽつりと言う。
「運なんてなくても強い君が、どうして蹴散らしてくれないのと思った」
その言葉に、出水は大きく目を開く。そんなことを思われているとはつゆほども感じなかった。
招木は出水に完敗したかった。実際その通りになっているが、彼女が求めていた過程は違う。
幸運体質が発揮されないくらい徹底的に追い詰められたかったのだと知って、心臓がドクンと大きく跳ねた。
「……なんであの時招木さんが悔しがっていたのか、今わかった」
出水が初めて招木と対戦した時。4-1で招木が敗北し、眉をグッと寄せて屈辱を露わにしていたのは、試合に負けて悔しいからではないと、ずっと確信していた。
あれは、あの時は、まだサイドエフェクトに頼らず純粋な実力で強くなれると思っていたんじゃないのか。
だけど順調に強くなって能力に適応した結果、サイドエフェクトは暴走するどころか大人しくなった。大人しく彼女の体を奪っていった。
だから招木は自分の内に解決策を求めるのをやめた。悔しがらなくなったのは、諦めたからだ。
自分の今までの努力が無駄だったとわかってしまったから。
強くなったところで、自分の実力をサイドエフェクトが侵食するから。
「無茶言うなよ」
震える声だった。
「招木さんが制御できないものを、おれがどうにかできるわけないでしょ」
今度は外に糸口を見出そうとした。その一番目が出水だった。
何故、と思う。彼女にとって自分はたまに対戦するだけの隊員だろうに。
「なんでおれなんですか。他にも、師匠の加古さんとかめっちゃ強い太刀川さんとかいくらでもいるのに。あの人たちには頼めないから? 頑張って教わったこと不意にすると思ったから?」
誰でも良かったんじゃないのか。自分じゃないといけない理由が欲しくて、出水は責めるような言い方をした。
受け取ったまま開封されることのないペットボトルから、雫が一滴地面に落ちる。
「不可解なタイミングでバイパーに切り替えたら、君が釣れると思った。私だと気づかれなくても、今熱中しているバイパー使いが現れたら出水は必ずチェックする」
「……別にアステロイドのままでも、誘われたら戦ってましたけど」
「それだとあんなに幸運を捩じ伏せようとは思わなかったでしょ」
「!」
「アステロイドならまだしも、自分が先に使い始めたバイパーであっさり負けたら悔しいものね。相手がただの運で勝つのならなおさら」
出水は招木の幸運体質を好ましく思っていない。調子に乗っていた時に初めて敗北した原因だったし、勝ったくせに招木が全然嬉しい顔をしやがらなかったからだ。
すごいものを持ってるのに、それでおれに勝ったくせに、自分は弱いと思い込んでいるから。
彼女が悔しそうな顔をしても、それが自分に向けられることはないから。
「君は私の幸運を砕きたいと言ってくれた」
そう思っていたのに。
自分だけが彼女の能力を疎ましく思っていたはずなのに。
「それに君は天才だから」
同じポジションで、あまりに才能が違くて。
そう苦悩するのは自分だけではなかったらしい。
もしそれが自分と同じ感情なんだとしたら。
これは嫉妬だ。
「天才の君がだめなら、これは私の運命なんだと思えると思った。何をしてもしなくても、結果は変わらないと。……諦められると」
「……、」
つまり。
自分が縛られる"強運"抜きに天才とされる出水に「君の努力は意味がない」と言われたかったのか。
自分の幸運を心から崩してやりたいと思っている相手に、そう言われたかったのか。
おれに結末を委ねたいと思ったのか。
それに気づいて、出水はまず言いしれぬ高揚感に全身が包まれた。腹の底から湧き上がってくる激情に、拳を強く握る。
それから、すっと頭が冷えた。
身勝手だと思ったのだ。
「おれに言われたかった? 兄貴分も師匠も、ちゃんと言ってくれる人だと思うけど」
「諏訪も加古もちゃんと言ってくれるけど、言わせたくないと思った」
「おれは傷つけていいと思ったんだ。おれに傷つけられても」
「そうだね。出水にならいいと思った。君でなければ、とも」
招木の視線が揺らぐ。今日はずっと彼女の珍しいところばかりを見る。
出水は一歩下がって、手で口元を隠すようにして目を細めた。少し歪んだ唇からは存外蕩けるような声が出る。
「え嬉しー……」
嫉妬とかいう感情があるんだこの人。
てかそんなこと思うくらいおれのことちゃんと意識してたんだ。
小さな声だったので招木は聞き取ることができず「何?」と聞いたが出水はスルーした。
ん、んん、と咳払いをして真面目な顔を作る。
「じゃあお望み通りに言いますね」
「うん」
「調子乗んな!」
「うん」
「頑張ってることはちゃんと誇っていい!」
「え?」
「いや頑張ってる人に頑張んなくていいって言いたくないすよ。おれ招木さんが努力してんの知ってるし」
シリアスな空気が霧散する。出水はやっと奢ってもらった飲み物を口に含む。招木は納得していない顔だった。
「今までとは勝手が違う。変えられるかもしれないと期待する努力と、無駄になるとわかった上でやるのは別物だよ」
「だけど、やるんですよね」
「……」
「おれが見てきた招木さんはそういう人だ」
ずっと見てきたから知っている。今まで一方的だと思っていたけど、招木も出水のことを見ていたらしいから、上手い反論が思い浮かばないようだ。
何と返せばいいかわからず沈黙している。
「あとトドメを刺すんなら」
「?」
「言葉じゃなくて、実戦がいーな」
この人の最後を自分が握っていると思うと、加虐心が疼く。
今まで自分が知らなかった感情だ。それをさっさと終わらせてしまうのがもったいない気がして、執行猶予をつける。
出水の言葉は残酷だった。幸運体質によって決まりきった結末を見据えて、それでも抗えという意味なのだから。
出水はまだ招木のラックを上回っていない。
それを達成するまで、絶対に走り続けることをやめるなという押し付けだった。
彼にはどうしても譲れない射手としてのプライドがあったのだ。
招木の幸運体質は「本人の意思や行動に関わらず一定のラインに強制的に持っていく」イメージです。次回解説あります多分。
出水は天才肌射手なので、彼に招木の射手としての道を殺されてほしいな〜と思って書きました
嫉妬の感情を表に出せるようになったらいよいよですね