あっ幸運体質だ、ラッキー!   作:睡眠人間

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『門発生、近隣の皆様はご注意ください』

「お、トリオン兵出たな。俺らが一番近い。行くぞてめーら!」

「了解!」

「了解」

 

 諏訪隊として防衛任務にあたる日常はすっかり招木の生活に染み込んでいた。

 シフトが隊単位で回るようになったので、自然と諏訪隊の面々と一緒にいることが増える。となると会話も増えて必然のように仲良くなった。

 

 諏訪とは前から親しい関係だから大きな変化はない。あるとすれば、堂々と諏訪隊を名乗れるようになったので招木が目に見えてご機嫌になったことくらいだろうか。

 堤は純朴な雰囲気とは裏腹に招木のラックに興味があり、いつか機会があれば……と誘われたのが競馬場とパチンコだった。それ以外は優しく穏やかな性格なのに、ギャンブル要素だけは抑えられなかったらしい。なお本人は乗り気だった。

 小佐野は気怠げでいい感じに力が抜けており、招木にくっついてアレコレ話すようになった。芸能事務所に所属しているのでオシャレに詳しく、招木の私服を見てショッピングモールに連れ出してくれた。

 世話焼きのメンバーが揃っているので招木はそれらを享受するのみである。放し飼いされる室内犬みたいな感じだった。

 

『お疲れー、そろそろ交代の時間だよ』

「うし、報告して引き継ぎすっぞ」

「次の担当どの部隊だっけ」

「太刀川隊」

 

 東隊と対戦したい太刀川も隊を作った。出水、烏丸、オペレーターに国近というなかなかに強いメンバーを取り揃えている。

 近々ランク戦を控えているので、この二つのチームの激突が一番注目を集めるだろう。

 とはいえ他の隊もやる気十分である。特に招木は初めてのランク戦ということで気合が入っていた。

 

「招木はこの後も訓練?」

「うん。メインとサブの合わせが難しくて」

 

 そう言うと、堤が「わかった。オレも訓練付き合うよ」と返答する。となると諏訪も「俺もやっか」と怠そうに言い、小佐野が「やるかー」とのんびり笑う。

 招木が非常に意欲的なので影響されているのだ。訓練をして戦術を分析して自分たちの動きのパターンに当てはめる。この手探りの感じが、招木はとても楽しかった。

 自分だけならわかりきった結果を拾うだけだが、他者が関与してくるとその結果すらひっくり返る。その偶然性が好ましかった。

 その試行錯誤に存分に付き合ってくれる隊員たちも、招木は気に入っていた。

 チームというのはいいものだな、と居心地良く思うばかりである。

 

 

 

─────────

 

 

 

 諏訪隊は銃手二人、射手一人で構成される。銃手二人のトリガーは散弾銃型。威力重視・射程短めで相手に近づく必要があった。近接寄りの武器である。

 対して招木はアステロイド・バイパーを構成する射手だ。射程範囲は広く、どちらかといえば招木が後方に下がって二人をサポートする役目を担うのが自然の流れだった。

 しかし、ここで大きな問題が起こる。

 縦横無尽に弾道を引くバイパーが、味方を巻き込みそうになるのだ。

 

「アステロイドなら平気なのに。やっぱりまだ熟練度が足りていないね。幸運体質に振り回される。もっと使い慣れたらさっきみたいな事故は減ると思う」

 

 特訓中、的ごと堤を穴だらけにした招木が淡々と言った。

 

「いつ見ても意味わかんねー弾道だな」

「あれって何を考えて引いているんだ?」

「ええと、勘」

「勘で相手だけじゃなくて俺らも被弾したらギャグだろ」

「味方の弾に当たって緊急脱出って今まで記録にありましたっけ」

『あたしが知る限りなーい』

「じゃあ今回が初めてになる?」

「初めてにさすなバカ」

 

 招木は諏訪に頭を軽く叩かれた。諏訪隊結成時の「意図しない攻撃をしてしまうから連携が得意ではない」発言はこれだった。

 幸運体質により「攻撃を絶対当てる」ために体が勝手に動いてしまう。その情報は諏訪も堤も把握していた。

 しかしこのラックはあくまで本人にだけ適用されるものであり、味方の存在を無視したものとは知らなかった。

 密集した陣形だと味方ごと撃ち抜いてしまうだなんて。

 

「おまえのバイパーは撹乱向けだな。すげー目立つしどこ向かってくるかわかんねーから、咄嗟の判断力を奪うのに向いてる」

「相手が幸運体質を知っていたら、確実にどこかに当たると身構えますからね」

「身構えるというか、実際そうなると思うよ。トリオン切れも狙いやすいかな。そこまで私を見逃してくれれば、だけど」

「でも味方も当てたらヤベーだろ。当てねー設定にしろ」

「難しいことを言うね。密集した時は制御できるアステロイドをなるべく使うよ。バイパーは1対1の、周りに味方がいない時に撃つ」

 

 招木も諏訪や堤に当てたくて放っているわけではない。敵に当てようと幸運体質に身を任せて(といっても考えずとも体が勝手にそうなるわけだが)いたら、自然とそうなってしまうのだ。

 以前は抗おうとしたが、今や幸運体質は彼女の一部である。切り離せないので、仕方がないものとして付き合っていくしかない。

 招木はそう思っていた。だが諏訪は違う。

 

「まあ、オレたちが仕事しやすいように盤面を整えるという場面ではコントロールが効いてるし、遠くから招木に敵を誘い出してもらい、近づいてきた獲物をオレたちでトドメ刺す、みたいな戦法になりますかね」

「そーだな。本来の射手らしい使い方だ」

「全体を見て動かなければならないね。ドリームマッチでの課題だった。小佐野、克服に付き合ってくれる?」

『任せろ』

「基本パターンはそれでいく。ただランク戦にゃ心許ねえ」

 

 頭にある考えは一旦置いておいて、諏訪は別軸の方針を打ち立てる。

 

「もう一つは、招木もガンガン攻め込むパターンだ。そのためにスコーピオンをサブトリガーにセットしたろ」

「うん」

「おめーの考えは? 射手が攻撃手に突っ込むっつーポジション殺しの作戦を選んだ理由はなんだ」

「基本パターンとは逆で、私が乱した陣形の隙をついて二人にトドメを刺して欲しい」

「結局相手を討ち取るのはオレたちか。招木の役目は?」

「囮」

 

 幸運体質のおかげで異様な回避率を誇る招木は、この中で一番囮適性が高い。

 単体で見ればさほど強くないくせに、チョロチョロひらひら躱しまくるのでうざったいことこの上なかった。

 こんなのがレーダー上にいてチラチラしていたら叩き潰したくなるだろう。蚊みたいなものである。

 

「さっきの話にもあったけど、どんな状況でも相手に攻撃を当てる・攻撃を回避するのが私の幸運なの。言い換えれば即死しないし、時間稼ぎには自信がある。もちろんラックを上回る物量でゴリ押しされたら負けるけど」

「おお」

『ゴリ押しって例えば?』

「色々あるけど、二宮の両攻撃。躱すにも限度があって削り殺された。あとは太刀川かな。躱す速度を上回る剣捌きで真っ二つ」

「その二人に捕まったらオレたちだって終わりだよ」

「やられるまでの時間を稼げるのがおまえの武器だ。相手に捕まったとしても俺らんとこまで引っ張ってこれるか?」

「できると思う」

 

 ものすごい自信である。

 

「スコーピオンを導入したのも、シールドで完全に防御するより反撃する手段が増えた方が相手への威嚇になるかなって。少し試したけど、体のどこからでも自由に生やせるから幸運体質と相性良いみたい」

「想像だにしない位置から飛び出してきたから、びっくりしたな」

 

 実験台になった堤が笑った。

 メイントリガーのバイパーで相手の気を引きつつ、サブトリガーのスコーピオンが即座に伸びていく。しかも招木は幸運体質持ちで必ず攻撃を通してくる。その意識が判断力に揺さぶりをかけてくるのだ。

 射出するまでにアクションを挟む射手用のトリガーと違って、スコーピオンにラグはない。しかも形に制限がないので攻撃面以外での活用も見られた。

 

「だからって無闇矢鱈と相手に突っ込むんじゃねーぞ」

「うん。加古に指摘された。あくまで私の役目は囮だからね。危険と判断したら距離をとって射手の強みを活かす。近接だろうと中距離だろうと、回避率に差はないから」

「仕留められんなら仕留めてくれ。その方が俺たちが楽だ」

『すわさんもやりなよ』

「おー、そういう状況を整えてくれ」

 

 小佐野の軽口に言い返しながら、諏訪は少し疑問に思う。招木は敵を討ち取ることに消極的だな、と。さっき引っかかった部分だ。

 今まで見守ってきた間でも、一撃で頭や胸を貫くことはほとんどなく、ジリジリとトリオン体を削って粘り勝ちする場面が多かった。

 幸運で相手に必ず攻撃を当てると言っても手足や体のほんの一部だけだ。一撃で緊急脱出に追い込むほど弾を当てるシーンは、弱い相手にしか見たことがない。

 攻撃手や狙撃手用のトリガーに比べて威力が低いのが中距離用のトリガーなので、当然といえばそれまでだが。

 ……まあ幸運で「相手に大ダメージを与える」なんて発動したら、無法もいいところだ。

 幸運の上限が今の段階だと招木も話していたし、実力以上の動きを瞬時に実現できる時点で、欲張りなのかもしれない。

 

「ところでさっき、バイパーの熟練度が足りなくて事故る率が高いという話だったよな」

「うん」

「じゃあスコーピオンもそうなのか?」

「うん」

「またオレが巻き込まれるのか……」

『つつみんファイト。巻き込まれる可能性はすわさんも一緒だから』

「バイパーよりは限定的な使い方だし求めるラインは低いよ。ランク戦には間に合わせる」

 

 だが諏訪は欲張りなので、招木にさらなる飛躍を求める。

 

「招木。おまえコーヒーは好きか? カフェオレでもいい」

「両方とも普通かな。炭酸の方が好き」

「じゃあなんで俺や風間の好きな飲み物を買う時、当たりを引けた」

 

 急に飲み物の話をし始めた諏訪に、招木は素直に答えた。

 

「それが私にとっての利益になるから」

「俺らの好きなもんを渡せるから?」

「そうだね。君たちに好かれたいし」

「じゃあ戦闘でも同じことができるはずだ」

「諏訪さん? 突然何を……」

「まあ聞けよ」

 

 声をだんだん低くしてく様子に、堤が声を上げる。構わず諏訪は招木に顔をグッと近づけた。

 

「おめーは既に周りのために動くことを幸運と認識している。自分の好きじゃない飲み物の当たりを引けるんだから、どうでもいい課題の選択問題も満点にできんだろ」

「それは、太刀川で試したときに無理だったと証明している」

「あの時のは招木に得がなかったからだ。たとえば満点回答すればウメーもん食わせてやるとか、そういう条件があれば多分クリアできる」

「!」

「つまりまあ、好きな相手に好かれるためとか、この後褒美があるとか、認識次第で自分以外の要素を幸運に巻き込める、と俺は思う。……そのはずだ」

「……、」

「だったら戦闘でも同じことができんじゃねーのか」

 

 招木のサイドエフェクトは自分中心に回っている。自分の危険。自分の攻撃。自分の生存。それらに強く作用する。

 逆に周りのことには無頓着だ。目の前で味方が狙われても、招木が神がかった動きで阻止することはない。奇跡のような回避率は本人にのみ適用される。密集した連携に向かないのも、幸運体質が周囲を全く考慮しないからである。

 諏訪はサイドエフェクトには詳しくないが、他者に干渉するものは聞いたことがないので、むしろ自然な成り行きだろう。

 しかしそれを打ち崩すヒントを諏訪は既に得ている。

 

「味方が落ちれば戦況は不利になる。自分の利益にはならない。じゃあ自分のために味方を守る。……そういう考え方があれば、幸運がうまいこと働くかもな」

 

 今の招木にそういう考えがないとは思わない。戦略としては頭に入っているはずだ。

 しかし実戦的な経験に欠けている。諏訪隊初のランク戦が控えているからだ。そこで体験すれば何かが変わるかもしれない。

 あの驚異的な対応力が味方に向けば、チームの生存率は抜群に高まる。敵に招木にはどうせ回避されるからと近くの味方を狙われたとき、招木がシールドを展開するとか、そういう場面が生まれる可能性だってある。

 

「絶対できるとは言わねー。けど可能性があるなら探るべきだ」

 

 ヒントを出し過ぎただろうか。いや、方向性を示すのは隊長の役目だ。チームを勝利へと導くのも。諏訪の立場には責任があり、部隊のために動くのは必然だった。

 話し終えると、諏訪は少しばかり緊張していたことに気づいた。招木は諏訪の目をまっすぐに見上げている。

 その瞳が、まるで蕩けるように優しく細められた。どろっとした感情がさざめく。諏訪が初めて見る表情だった。

 

「わかった。君たちのためになるよう祈るよ」

 

 昔、家族に強制された台詞と同じ言葉を招木は言った。

 

 

 

─────────

 

 

 

 ランク戦の全日程が終了したが、招木が他者を巻き込んだ幸運を戦闘面で発揮することはなかった。

 彼女の幸運は彼女のためだけのものだった。そうだったのか、と諏訪は納得する。期待していたわけではないから落胆もない。事実として認識して受け取るだけだった。

 

「私、結構怒ってるの」

「オメーらが勝ったくせに怒んのかよ。有終の美。めでたいこった」

「おちょくってる?」

「招木が俺の隊に入ったからか」

「そんなの前からわかってたから、心動かされないわ」

「じゃあ何だ」

「諏訪さんが許した招木ちゃんの戦い方について怒っているのよ」

 

 加古がモニターを見ながら頬杖をついたまま言った。あからさまに不機嫌である。これ相手すんのかよ、と諏訪は内心面倒だった。

 諏訪隊が結成して初めてのランク戦。結果は正直かなり良かった。

 だが最強と呼ばれる東隊には届かない。同じ舞台には立てなかった。そして今期をもって東隊は解散する。伝説となったのだ。

 

「どっちだよ。サポートか囮か」

「囮」

「あれはアイツが提案した作戦だ。異様な回避率を逆手に取り、相手が招木に乱されている間に俺と堤で囲んでフィニッシュ。それで点をとった場面もある」

「ええ、記録で見てたわ」

「それに招木の戦いを初めて見たとき、あー、まだ派手にすっ転んでたときな。当時格上も格上の太刀川の攻撃を躱していた。その時点でこの方向性は見えていた」

「……」

「俺は囮性能に目をつけていて、招木は自分を分析して考えてチームのために提案した。双方の意向が合致したんだよ」

 

 懐かしいとさえ思える記憶だ。招木は訓練生で、諏訪が観客席にいたあの模擬戦。

 あの時すでに、招木は使い方次第では、強い駒を足止めする弱い駒として運用できるかもしれないと思っていたのだ。

 あれから状況が変わり絶対的に弱い駒ではなくなったが、相対的に弱い駒に収まる場面での招木の活躍は目覚ましかった。

 

「実際手応えは招木も感じてたよ。囮としてどんどん邪魔くさくなりてえって、今度三輪に鉛弾教わりに行くってよ」

 

 諏訪は怒られる理由がわからなくて、そっけない声を出す。

 成績は上々だが、隊長としてもっとやれることがあったのではと後悔する気持ちもある。自分も強くならなければならない。

 

「あいつの負担が大きいことを怒ってんのか? あいつがやれるっつったんなら、やらせてみりゃあいいだろうが。引き際を見極めるのが俺の役目だ。そんで俺が"引け"っつったら、招木は従った。問題はない」

 

 招木が無理をした場面は一つもなく、冷静に状況を判断し、自分にできることに黙々と取り組んでいた。指示を無視することはないし、サポートか囮か別の手段か、考えて発言する機会も多かった。

 よくやったとこの手で頭を撫でてやったくらいだ。

 諏訪が言葉を並べていく間も、加古の張り詰めた雰囲気が解かれることはない。

 

「……そうね、それは、成長したと褒めてあげなきゃ」

「あ。そういやおめーに指摘されたとか言ってたな。闇雲に突っ込むな、みたいな。なんだ、同じ考えしてたじゃねーか」

「ええ。危ないことをしちゃいけないって教えたの。二度としてはいけないと」

「過保護だな」

 

 諏訪が突っぱねるように言う。彼は放任主義者だ。仮に招木に首輪がはめられていたとして、諏訪はリードを持たない。自由にさせてやれるだけの環境は作ったし、そうしていいと素直に思っている。

 招木を信じているからだ。人間的にも戦力的にも素晴らしい成長を遂げたのを知っているから、もう大丈夫だと放し飼いにしている。

 しかし。

 

「過保護でいいわよ。もう一度あんな気持ちになるくらいなら、はなから手綱を握っていた方がマシね」

「……おい、おまえ、」

「私も囮自体には賛成よ。どちらかと言えば、距離をとって戦局をコントロールするサポート役の方が合っていると思うけど、諏訪隊のバランスなら囮役は適任だわ。結果も出ているし、これも才能の一つね」

「じゃあ、何を怖がってる」

 

 芯に近づくための諏訪の質問に、加古は目を伏せた。あの時感じた指先から冷えるような焦燥感が蘇ってくる。

 

「……あの子、二宮くんとの模擬戦で弾幕の嵐に突っ込んでいったの。どうせ回避できるからって、そのものの動きを放棄した。彼女はその時に囮の発想を得たんだわ」

 

 加古が震える声で言った。ぐっと握りしめる拳は、見えない首輪を掴んでいるみたいだった。

 

「どういうことかわかる? 自分は幸運だから、幸せだからって、真っ先に死にに行ったのよ」

「……、」

「絶対死なない、攻撃は当たらないって思ってる。自信じゃなくて諦観ね。招木ちゃんに自己犠牲のつもりはない。それが一番いいと思って囮を選んだ。指摘されたから限界を超えてまで粘らなくなったけど、指摘されなければ平気で自殺行為する考え方をしてる」

 

 加古は遠征経験者だ。他の隊員たちよりもずっと死を身近に感じている。だから招木の危うい精神性を心配している。不安に思って、諏訪に忠告しに来たのだ。

 

「このまま進ませてはダメよ。うまく言葉にできないけど……私、自分の直感を信じているの。囮に慣れさせれば、招木ちゃんはどんどん自分を軽視する。元からあんなに意志がないのに、それまで奪ったら何が残るの?」

「……ああ」

「諏訪さん。招木ちゃんから目を離さないでね。私はあの子の師匠だけど、隊の方針にまで口出しできないわ。頼ってくれたら引っ叩いてでも止めに行くのに、順調だって言われちゃった……」

 

 招木が諏訪隊に入隊したところで加古との師弟関係が消えるわけじゃない。時折招木は東隊の訓練室に出かけていたし、ランク戦に向けた情報戦も密かに行われていた。

 しかし招木は師匠を疑わないので、ペカっとした顔で「いい戦いができると思う」と言った。

 加古はそれに微笑んで「楽しみね」と返した。本当に、心から、師弟対決ができるのを待ち望んでいたのだ。

 

「私は全力で招木ちゃんを守る。あなたもお仲間でしょ?」

 

 加古は招木の師匠で、諏訪は招木の兄貴分で隊長だ。それぞれに別の役割がある。決して重ならない役割分担だ。

 

「ああ、そうだな。……忠告、あんがとよ」

 

 諏訪が組んだ両手を口元に当てる。重苦しい空気だった。

 彼の頭をぐるぐると回るのは、自分が言い放った言葉の数々。すべて招木を信頼し彼女のためになると思って選んだものだ。

 しかし今になって、はたしてそれが正しかったのか、足元が揺れる思いだった。

 暫くしてから、諏訪がやっと口を開く。

 

「やっぱり俺はあいつを信じるわ」

 

 シンプルな言葉だった。加古はハッと目を開いて深呼吸をする。

 

「……そうね。ごめんなさい。気が動転していたわ」

「らしくねーな」

「ええ、まったく。この私が振り回されるなんて」

 

 加古が額に手を当てて自虐的に微笑んだ。二宮との模擬戦での一幕がトラウマチックになっており、反応が過敏だったと反省する。

 諏訪は意識して平素通りの声色を出した。

 

「初めて受け持った弟子ならそういうもんだろ。焦って動くと大抵ロクなことにならねえ」

「あら実体験? ……そういえば始まりはそうだったわね。招木ちゃんたら、あの頃から師匠を振り回すのが得意なんだから」

「あん時振り回されてたのは俺だけどな」

「今は私がそうなってる。おあいこよ。手打ちにしてくれる?」

「へーへー」

 

 少しばかり元気を取り戻した加古に、とてもいい加減な返事をする。

 今度は加古が待つ番だ、と諏訪は直感的に思った。







ランク戦の詳細を書く元気がないので割愛。風間隊はまだできていない。
太刀川隊結成と東隊解散、A級部隊という概念の時系列がごちゃごちゃになってます。東隊がA級一位だからこの時には絶対A級ランク戦あった。次回からしれっとA級概念が出てくる。

招木の回避率やばいを「なかなか殺せない蚊」だと思ったらわかりやすくなりました。
スプレーがあれば一撃で殺せるのに手だと時間がかかる。そのくせプ〜ンと周りをウロチョロするので不快で鬱陶しい。
焦って動くと足元掬われる系なので冷静に排除する必要あり。でも集中したらちゃんと駆除できる。そんな感じ。
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