あっ幸運体質だ、ラッキー!   作:睡眠人間

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相談

 ランク戦の記録を見て、正隊員の中で一番鉛弾に精通しているのが三輪だと招木は判断した。だから彼に教えを請い頭を下げる。すんなり話は通った。

 元東隊は解散したので作戦室はやがて撤収する。それまでまだ猶予があり、三輪は招木に元作戦室まで来るよう指示していた。

 訓練室でレクチャーを受け、いよいよ実践に入る。三輪に撃ち込まれた鉛弾に体の機動力を奪われて頽れた招木は、重しを見て言った。

 

「なるほど。これはかなり邪魔だね」

 

 三輪が冷めた目で見下ろしている。誰に対してもこんな感じだが、明らかに招木への温度感が違うことに、どちらも気づいていない。

 彼は招木が自分と同じ存在だと認識している。第一次近界民侵攻で彼女の家族を近界民に殺されたことを知っており、姉を殺された自分と重ねているのだ。

 それに招木はボーダーにいる理由を「近界民に近づくため」と答えた。つまり近界民に近づき殲滅するためである、と三輪は受け取っている。

 まさか本人はもう近界民に興味がないことを知らぬまま、三輪は愚直に招木のことを仲間だと信じていた。

 

「シールド無効だからな。おまえのサイドエフェクトとも相性はいいだろう」

 

 シールドを貫通する鉛弾は強力だが、普通の弾より射程も弾速も落ちる。当てようとすれば相当相手に近づく必要があった。

 攻撃手の間合いで渡り合う身のこなしと、動きながら当てる射撃の腕がないと使いこなせない。上級者向けのトリガーだが、その条件を整えるのが招木のサイドエフェクトだった。

 つくづく人の努力を奪うサイドエフェクトだな、と内心思って招木は三輪を見上げている。

 

「初めて鉛を食らう感触はどうだ」

「初めてじゃないから懐かしいと思ったよ」

「……、」

 

 不穏な発言に三輪が片眉を上げ、無言のまま鉛弾を解除した。

 招木のことについて、過去以外にも三輪は一方的に知っている。彼女の師匠である加古が何故かアレコレ三輪に吹き込んでくるのだ。

 基本はからかってみると面白い反応が返ってくるとか、食べ物を与えるとものすごく懐くとか、そういうのばっかりだ。くだらない与太話である。しかし何故か頭に残るので、鬱陶しいと思いながらそれらを三輪は記憶していた。

 加えて招木が故郷に帰省した時、加古は不安そうな顔を隠せていなかったのが印象的だった。あれだけ芯のある人が動揺するくらいだから、何かあるのだろう。三輪には関係のない話だが。

 だが今の発言は、と三輪が拾い上げる。招木は立って手をパンパンと払っていた。

 

「懐かしい? どういうことだ」

「? そのままの意味だよ。こういう重しをつけられたことがある」

「……いつ、誰に」

「もう終わった話だよ。君には関係ないかな」

 

 招木はそれ以上話すつもりはないようだった。招木にとって村や家族の話は過去のもので、整理もついている。語って聞かせる話題じゃないなと理解していた。

 しかし三輪は看過できない違和感を胸に抱く。鉛を食らったみたいだった。

 話したくない過去は誰にでもあるだろうに、立ち聞きではなく直接話を聞かされないことが嫌みたいだった。

 招木が気にせず呑気に話しかける。

 

「三輪が鉛弾を使う理由は何? 周りに使っている人が少なくて、使いこなすには苦労したでしょ」

「このくらい造作もない。近界民の息の根を確実に止めるために必要なだけだ」

 

 そのために三輪はボーダーに身を置いている。おまえもそうだろうという気持ちだった。

 招木は強くなるために三輪を頼った。囮としての性能を高めたい、相手に鬱陶しく思われるような射手でありたいと告げた。ランク戦、チーム戦を見越した強さである。

 しかし三輪にとってそれはゴールではなかった。それを確かめるために言葉にする。

 

「訓練もランク戦も、全ては近界民を排除するためにある」

「そうだね」

 

 その意義は正しい、と招木が同意した。

 すると三輪の目には等しい最終目的を持つ同志が映るわけだ。彼の勘違いは解消されないままである。

 だが三輪は一つ疑問があった。諏訪隊の記録を見て気づいたことだった。

 

「おまえは囮役を軸に置いているようだが、その手で撃破したいと思わないのか」

 

 ランク戦では招木は主にサポートか囮を担当していて、一人で点を挙げることはほとんどなかった。

 それを指摘すれば「うちではそういう作戦なんだよ」と招木が返す。

 

「囮なんだからトドメ役は他にいるでしょ」

「わざわざ的にならずとも、そのサイドエフェクトがあればやりようがある」

「私はそこまで強くない。強い相手の攻撃を躱しながら弾を当てるので精一杯なんだよ。だから後に繋がるよう鉛弾に目をつけたわけだし」

「そうだ。素の実力であれば、オレたちに到底敵わない。それはわかっているな」

「うん」

「実力に開きがあるのは確かだが、撃ち合う時、回避する時、瞬間的に強くなる。その時だけは、おまえはオレたちの実力に匹敵する」

 

 招木の個人戦の記録も見た。太刀川や出水との模擬戦も。あのレベルの人たちと一瞬とはいえやり合えているのが、三輪には信じ難い光景だった。

 銃を片手に握り、続ける。眉間にシワが寄った。

 

「運を強制的に味方にすることでA級相当の強さを発揮していると認めてもいい。ただ、そのレベルにあって、囮程度で満足するのは傲慢だと言っている」

 

 三輪の言葉に、招木はまず高く見られているな、と思った。何故そこまで自分のことを買うのだろう。

 はっきり言って招木の今の強さは単独でA級レベルとは言えない。正隊員としては胸を張れるが、B級中位に片足を突っ込めるくらいだ。

 三輪の考え方である"瞬間的に強くなる"というのはその通りだが、平常時との落差は相変わらず酷い。

 アステロイドならまだしも、使い始めたばかりの鉛弾を当てるために、また無様に転ぶようになるだろうし。

 

「自分ができるからと理想を高く見積もっていない?」

「……」

「君のような逸材と同じにされても困るよ」

 

 ボーダーには天才と呼ばれる者たちがいる。招木が嫉妬した出水がその筆頭だ。三輪もその齢でA級一位の隊員を務めており、輝かしい素質に何も思わないわけではない。

 だが彼女が特別視しているのは出水だけなので、三輪には強者の尊敬の念を抱くだけだ。

 そんな気持ちをぶつけるも、三輪は冷淡に言い返した。

 

「目的のために自分を追い込んで当然だろうが」

 

 凄まじい向上心である。この世の全てを憎むような鋭い目つきに、果たして何がそんなに彼を駆り立てるのか疑問に思う。

 招木は三輪のことをあまり知らない。彼が復讐心に突き動かされていることも、仲間と認識されているとも知らないままだった。

 

「そうだね。君の言うことは正しい。私も努力し続けるよ。報われないとわかっていても」

 

 報われないというのは、サイドエフェクトにより結果が変わらないことへの受容だ。自分の実力の一部とはいえ、虚しい気持ちがなくなるわけではない。

 しかし三輪は別の受け取り方をした。

 どれだけ努力を重ねて強くなろうと、失った家族は戻らない。それでも戦うしかない。そういう失った者同士の絆を勝手に感じていたのだ。

 

「味方を守れ、敵を討ち取れ……課題が山積みだよ。A級隊員は何でもできないと務まらないのね」

 

 三輪は招木にさらなる強さを要求する。

 オレたちは近界民排除のためにボーダーにいるのに、のんびりとトリガー構成を模索して現状に甘んじる暇はないと言いたかった。

 招木がチーム戦の試行錯誤に夢中になっている一方で、余裕がない三輪は彼女に「焦れ」と願っている。

 早く強くなれ。そして一匹でも多く近界民を殺すのだ、と。

 三輪の中で招木の預かり知らぬまま彼女の存在がどんどん大きくなっていく。

 

「今日は時間を作ってくれてありがとう」

「ああ」

「この後はどうするの?」

「予定は空いているが、そうだな……」

 

 二人は備え付けの訓練室を出て作戦室の方へと戻る。

 片付けられた荷物が段ボールに詰められて部屋の片隅にあった。部屋全体がもの寂しい気配に満ちている。

 少し話をして解散の流れになったとき、作戦室の扉が開いた。

 

「いたのか」

「! ……二宮さん。お疲れ様です」

「こんにちは。お邪魔してるよ」

「ああ」

 

 入室したのは二宮だった。招木が反応してお辞儀する。三輪に渡した茶菓子は二宮に分けられるのか少し気になった。

 挨拶を返した二宮は段ボールの方に用事があったらしく、そちらにまっすぐ向かう。彼の登場でダラダラと雑談する雰囲気は完全になくなった。いや最初からそんな空気はないけれど。

 しかし招木は構わず三輪に話しかける。こういう空気を読む力が絶望的にない女だった。

 

「三輪。君に恋人はいる?」

「は? ……いないが」

「この後暇なら遊びに行かない?」

「……どこへ?」

「カップル限定のパフェを食べたい。私と付き合ってほしい」

 

 ング、と三輪の喉から変な音が出た。二宮が段ボールの中をガサゴソする音に紛れただろうか。紛れていて欲しい。というか今の招木のセリフ、この人に聞かれたか?

 三輪は何も悪いことをしていないのに、ものすごく居心地が悪い気持ちになった。全て招木が悪い。

 

「断る」

 

 低い声で頑張って拒否した。二宮もいるこの場でOKを出すのが憚られる内容だったのだ。

 彼は中学三年生であり、招木は高校二年生。年上のお姉さんに誘われて(あまり招木にお姉さん感はないが)、なんとも思わないほど三輪は達観していない。つまるところ思春期なのである。

 

「個人戦の約束がある」

「さっきは空いてるって言ったのに」

「違う。約束していたのを思い出した」

「そう。なら仕方ないね」

 

 突っぱねると、招木はさほど悲観した様子を見せず三輪の嘘を信じた。今度は部屋の隅にいる二宮に顔を向ける。

 

「じゃあ二宮は? この後は空いている? 私と交際してパフェを食べに行こう」

「!?」

「空いていない」

「!?」

「そう。残念」

 

 三輪がバッバッと二人の顔を勢いよく見た。招木も二宮も平然としていて、これだけ反応する自分がおかしいのか? と顔には出さずとも気恥ずかしい気持ちになる。

 男二人を誘ってすげなく断られても全く怯む様子を見せない招木は「今日は本当にありがとう」とお礼を言って呑気に作戦室を出た。

 

「嵐山に三輪と仲良くしてやってくれって言われているんだけどな。なかなか難しい」

 

 そんな独り言は誰にも聞かれることなく消える。

 それはそれとしてカップル限定のパフェは食べたかったので、招木はその後通りがかった柿崎を誘って二人でカフェに行った。とても美味しかった。

 二宮はその後一言も発さずに三輪を部屋に残して出ていく。残された三輪が死ぬほど気まずい思いをしただけだった。

 なお二宮は二人の会話がバッチリ耳に入っており「なんで秀次は恋人いるか聞かれたのに俺は聞かれなかったんだ」と思った。

 加古が「二宮はモテない」と言ったせいである。

 

 

 

─────────

 

 

 

「嵐山隊を抜けようか悩んでるんだ」

 

 柿崎は無意識にそう言ってから、アッと小さく声を上げた。

 しまった。招木に言うつもりはなかったのに。

 居心地の悪いファンシーな店内と周りは女の子だらけというアウェーな状況に追い込まれたせいで、間を埋めるようにするつもりのない話をしてしまった。

 招木がクリームをすくったスプーンごと器に戻し、「そうなの?」と相槌を打つ。

 

「いやっ、何でもない。忘れてくれ」

「? わかった。忘れる」

 

 柿崎が慌ててなかったことにすると、招木は素直に頷いた。

 会話終了。再び居た堪れない空間に柿崎一人取り残される。

 

「……やっぱ忘れないで。話を聞いてもらっていいか?」

 

 柿崎の一人負けだ。自滅した彼が気落ちした声で言えば招木はパフェの器をよそにやった。本腰入れて聞くよ、という意思表示である。

 柿崎はぬるくなったメロンソーダを口に含んで、言いづらそうに口を開いた。

 

「嵐山隊が広報部隊に正式決定されるかもしれねえって話は知ってるな?」

「うん。嵐山からも報告された」

 

 本格的に動き出すのは先の話になるが、と前置きされて根付から打診された時、柿崎はまず想像通りだなと思った。

 嵐山は正式入隊後のインタビューで既に適性を示していたからだ。

 しかし、そこに自分がいることへの不自然さを拭いきれなくて、抱えきれなくて、ついに柿崎は招木に話すことに決めた。

 別の部隊に所属していて、同級生で、深刻に受け止めなくて、さっばりした返答をしそうだからだ。

 招木の存在を初めて認識した頃は、その近寄りがたさに苦手意識があった。だが時間が経てば普通に話せるやつだとわかり、嵐山経由で二人は仲良くなった。

 今じゃ学校でもボーダーでも顔を合わせる良き友人関係である。

 おかげでこんな男一人じゃ入れないカフェに連れてこられたけど。

 

「話を聞いた時はすげえって思ったよ。嵐山は前からポスターになったりインタビュー受けたり、メディア担当みたいなところあったから、そりゃそうだよなって納得があった。こいつ以外やれるやついねえだろって」

「うん」

「ただ、その……俺は昔から自分ができるやつだと思ったことがねえから……嵐山と一緒にやれるビジョンが見えなくなった」

「それで隊をやめようか考え中なんだ」

 

 こくり、と力なく項垂れる。招木は特に表情を変えず「きっかけでもあったの」と質問した。

 

「……二年前に俺、嵐山とインタビューを受けたことがあって」

「ああ、あれね。よく覚えているよ」

「うわマジか」

 

 即答され、ちょっぴり凹む。あの記憶は棘となり喉にずっと刺さっていた。

 きっと嵐山の勇敢な返答に心打たれたんだろう。勝手にそう思った柿崎だが、続く招木の言葉に度肝を抜かれる。

 

「私は嵐山を気持ち悪いと思った」

「は!? え、なんで?」

「思考回路はご立派ですごいことだけど、発言が受け付けなかった。あの頃は彼を見るたびにイライラしていたな」

「マジか……」

 

 今じゃ一番の親友みたいな感じなのに、昔はそうだったのか。思いもよらない二人の過去に、柿崎は中途半端に浮かせた腰を脱力するみたいに下ろした。

 そして招木にまっすぐ見つめられ少しだけ緊張する。知らない一面を聞かされて、胸がドキドキしていた。俺のことも嫌いだったのかな、と。

 

「逆に君の方が好感度は高かった。正直に狼狽えていて、素直で幼くて」

「う、やめてくれ」

「ごめんね。でもまあ、あのインタビューで君に好感を覚えた者もいるってことだよ」

「それは……招木が変だからだ」

「物好きは案外近くにいるものだよ。きっと私の他にもね」

 

 招木は嘘をつかない。意味のないことを言わない。だから正直に受け取って、柿崎はどうリアクションすればいいかわからなくなってしまう。

 

「隊を抜けるという話だけど」

「あ、ああ」

「君がそうしたいならそうすればいい。向き不向きは誰にだってあるよ」

「……そういうもんか」

「私も自分が広報活動できるとは思わないし、わざわざやろうとする嵐山の神経を疑うかな」

「そこまで嫌なのか」

「大事なことだと理解はしている。期待が力になるのも知っている。でも、同じ部隊のメンバーや親しくしている友人からのそれと違って、嵐山が背負おうとしているのは見ず知らずの他人の、しかも大勢の期待だ」

「そうだな」

「元からないものを自ら背負い込む彼の考え方は、到底わからない」

「……」

 

 少しわかる、と柿崎は思った。

 仲間や家族、友人からの期待は、くすぐったいけど嫌な感じはしない。応えてやりたいと素直に思う。

 だけど柿崎は二年前のインタビューで知ってしまった。広報部隊として直面する期待には、綺麗なものばかりじゃなくて、むしろ大人たちの汚い打算が含まれている。彼はそれに怯んだ。

 あれを知った上で真正面から受けようとは、普通誰も思わない。

 

「でも、さ」

 

 ストローで意味もなくドリンクをぐるぐる混ぜながら、柿崎がぼそぼそと言った。

 

「そういうのを背負って、ボーダーの顔として想像もつかない重圧に飲み込まれて、それでも変わらず笑ってる嵐山の姿が、俺は簡単に想像できるんだよ」

 

 底知れない友人のことだ。いやらしいインタビューも、多忙を極めるスケジュールも、あっさり突破してしまうんだろう。

 いくつになっても変わらない爽やかな笑顔に最近凄みが増したのは、その第一歩だと確信している。

 きっと寸分違わぬ笑みを頭に思い浮かべているであろう招木が「私も」と呆れたように息を吐いた。

 

「君はどうしたい?」

「え?」

「嵐山は広報部隊の隊長として活躍していく。もし隊を抜けたとして、君は何をする?」

「……考えてなかったな。俺は何がしたいんだろう」

 

 嵐山隊を抜ける。それは自信がなくて逃げ出すのと同じことだ。

 そんな自分に何ができるのか、何がしたいのか。それを考える段階にはまだいない。

 手元のメロンソーダに視線を落として沈黙する。

 

「……ボーダーやめちゃうの?」

 

 不安げな声にパッと顔を上げた。まさか招木がそんな態度を取るとは思わなかったのだ。

 柿崎が慌てて笑って否定する。

 

「安心してくれ。やめる予定はねえよ」

「そう。よかった」

「友達がやめるのは寂しいもんな」

「うん。君とはこれからも仲良くしていきたいから、ボーダーを抜けるのは悲しい。記憶を封印されるかもしれないし」

「あー……」

 

 ボーダーには記憶封印措置があり、組織をやめる時にそれが適用される場合がある。

 とはいえ柿崎は機密情報を知らないし、そのような事態にはならないだろう。

 だが招木がそれを悲しむくらい自分のことを親しく思っているとわかり、かなり嬉しかった。

 

「招木はどうなんだ?」

「何が?」

「ボーダーをやめる予定」

「ないよ。私が生きる場所はここだから」

「……そうか」

 

 結局柿崎の悩みは解決しなかった。だけど気持ちはいくらか落ち着いた。話せてよかったなと思う。

 二人が店を出て暫く歩くと、招木が突然神妙な声を出した。

 

「柿崎」

「うん?」

「付き合ってくれてありがとう。そして、別れよう」

「……、……あっ! ああ、そういうことか! フリだったんだから、別れるも何も付き合っていないだろ、俺たち」

 

 カップル限定のパフェのために一時的に恋人になった二人だが、あくまで設定だからと柿崎が優しく否定した。

 連れ出される前にも「柿崎。私と恋人になって欲しい」と真剣に言われたので何事かと思ったのだ。あの場には佐鳥もいたのでキャッと頬に手を当てて「えっ!? 柿崎(ザキ)さん……えっ!?」と二人の顔を交互に見つめられた。

 あの誤解を解くのに苦労したものである。

 

「ああ、フリでよかったのね。でもおかげで限定スイーツが食べられた。ありがとう」

「どういたしまして。俺も気分転換になったわ」

 

 二人が来店した時にちょうど節目のいい数字を迎えたらしく、記念来場者として写真を撮られたり記念品を渡されたりしたのは驚いた。

 しかも二人の間柄を聞かれて招木が「恋人」と答え、ラブラブなツーショットを撮られた。柿崎の携帯フォルダには二人が至近距離でハートマークを作る画像が保存されている。リア充だった。

 

「また別の限定品が出た時、付き合ってくれる?」

「おう、いいぜ。そっちも今度バスケに付き合ってくれよ」

「フリースローなら自信がある」

「マジで外さねーからやばいよな。緑間かよ」

 

 柿崎が笑って言った。

 笑いながらも頭の奥にあるのは、嵐山との会話だった。

 根付に広報部隊の話をされた後、二人で意見を交わしたときのものだ。柿崎はまず受けるか受けないかを聞いた。答えはわかりきっていたが、改めて隊長の口から聞きたかったのだ。

 嵐山は質問に即答する。

 

『あとで隊員たちに確認するが、俺個人の意向なら、引き受けるつもりだ。それがボーダー、ひいては市民のためにもなる』

『……おお、すごいな』

『前からメディア対策室には何度も仕事を振られていたし、その延長だ。問題はない』

 

 嵐山は動じていなかった。溌剌とした笑顔が最後まで崩れない。

 佐鳥や時枝、綾辻は「すごいね」とソワソワ盛り上がっていたし、柿崎もその流れに加わりながら内心はドギマギしていた。揺れるのが普通だった。

 でも嵐山だけは違った。あ、俺とはやっぱ違うなと突きつけられた瞬間だった。

 

『根付さんが言ってたけど、ボーダーの顔になるって芸能人扱いっつーか、普通の学生じゃいられなくなるって。公私共に模範たる振る舞いを求める、とかなんとか言われたな』

 

 柿崎が緊張した面持ちで言えば、嵐山は少し笑って『芸能人にはならないよ』と返した。

 

『それに模範たれなんて、一隊員である今も同じだろう。何も変わらない』

『あ……そう、か?』

『俺たちならできる。俺はそう信じている』

 

 確かに入隊前の契約書にそんなことが書かれていた気がする。でもそれを意識している隊員がどれだけいるだろうか。

 嵐山にまっすぐ言われて、柿崎は知らないうちに気圧されていた。

 招木が帰省から戻った後の嵐山は、その前後でまとう雰囲気が変わった気がする。上手く言葉にできないが「完成された」とストレートに思う笑顔を浮かべるようになっていた。

 

『……どうして最後までやれると思う?』

『ん?』

 

 柿崎はそう尋ねずにはいられなかった。

 二年前のあのインタビューで、正隊員になりたてで、命ある限り最後まで戦うと、何故言えたのか。

 だが直接的に言葉にするのは憚られて、別のものに意味を変換する。

 

『ほら、一度広報部隊として活動し始めたら、多分、ずっとこの組織にいることになるっていうか。いやそれが嫌なわけじゃねえけど、その、』

『落ち着け。つまり、何が言いたい?』

『わ、悪りぃ。つまりはだな……これからテレビにもガンガン出るってことは、生きてる間ずっと"ボーダーの嵐山隊隊長、嵐山"って目で見られるってことだ』

『そうだな』

『じいちゃんになって死ぬときも、最後までボーダーの名を背負うことになる。根付さんはそこまではっきり言わなかったけど、覚悟は問われただろ』

『なんだ、そんなことか』

 

 嵐山はカラッとした爽やかな笑顔のままだった。

 

『大事な友人で、ボーダーに人生を捧げるやつが二人もいるんだ。俺もそこに加わるだけだから、気負うものじゃないだろう。やっと肩を並べられると安心しているくらいだ』

『……!』

 

 その発言にハッとさせられた。一人は誰のことかすぐにわかった。

 一人は迅。柿崎の同級生で大切な友達だ。未来視を持ち、市民と仲間を守るために奔走する実力派エリート。

 恐らくもう一人は招木だ。本部住みなのは知っている。だが正直少し意外だった。迅ほどボーダーに人生を懸けているようには見えないから。だから多分、自分の知らない何かがあるんだろう。

 そしてそれを嵐山は知っている。招木の一時帰省と関連がある。

 柿崎はそこまで肉薄しても、踏み込む勇気を持たなかった。

 

『なんか、それ聞けてよかったわ』

 

 目を伏せて柿崎がぎこちなく笑った。

 校内で三人が会話する場面を柿崎はたまに見かける。招木が迅にそっけなくて、迅はそれを笑って流して、嵐山が穏やかに取りなす。そんなありふれたシーン。

 そこに疎外感を感じたのは、自分の劣等感が原因ではない。

 彼らは特別なんだ。そう理解して、地に足がついたというか、とにかくその時は安堵した。

 

「招木」

「何?」

「やっぱ先に予定聞いといていいか? 捕まんなくなりそうだから」

「? そんなことないけど、いいよ」

 

 遠い存在のように感じているのはこっちの都合だ。多分三人は、いや迅を除く二人は、この気持ちにきっと気づけない。

 ひたむきに友達だと信じてくれているから、同じものを精一杯返してやりたいと思う。この縁が途切れることのないよう柿崎は必死に手を伸ばした。







BBFのような招木の数値は全然決めてないんですが、敵と対峙した時だけ瞬間的に数値が伸びるイメージです。
一人で走ったり何もないところを攻撃すると普通だが、攻撃を回避したり人に当てたりする一瞬だけA級レベルに引き上がるイメージ。
一時的ではなく、瞬間的です。
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