「懐かれたな」
「うるへー」
「……どういう状況だ?」
さて翌日。防衛任務の入っていない太刀川は、約束通り五本勝負をけしかけるべくやってきた。ついでに通りがかった風間も引き連れて目的地に辿り着けば、諏訪の隣にきちんと座る噂のラッキーガール───招木の姿があった。
それだけなら特筆することのない日常風景そのものだが、招木が諏訪との距離を詰めているので、太刀川がからかったのである。風間は事情も何も知らないが、恋人かなと一瞬思うくらい近かった。
招木は彼らのからかいをスルーして「こんにちは」と挨拶をする。
「太刀川。と、君は誰かな」
「俺の名前知ってたのか」
「昨日諏訪に教えてもらった」
「風間だ。お前は? 見たところ訓練生らしいが」
「か、……招木。昨日太刀川と模擬戦をして大敗した、噂の幸運体質持ちだよ」
簡潔な自己紹介に風間は少し目を開いた。風間も噂を小耳に挟んでいたので、本人とイメージの擦り合わせをする。
噂では勝手な印象が一人歩きしていて、また幸運体質というサイドエフェクトから能天気な・明るい性格の人間性がある程度共通の偶像として生まれていた。実際は真逆だな、と思う。
「太刀川、おまえ今日こいつと勝負する決まりだったろ。ありゃ延期だ」
「えー、せっかくここまで来たのに。ついでに風間さんも引っ張ってきたのに」
「俺は何も聞かされていないが」
「ちょっと試したいことがあんだよ。風間も暇なら付き合え」
諏訪が「まぁ座れ」と空いた椅子を指差すので、なんだかんだで太刀川と風間も着席する。
試したいこととは何だろうか。諏訪が発言したことだが内容は招木に関するものだろう。そう思って二人が招木を見るが、彼女はじっと二人に視線を返すだけで一向に口を開こうとしない。
「……」
「招木、おまえから話せ」
「私から? どうして」
「おめーの話だから」
「ああ、そうか。そういうことか」
うん、と頷いて招木が太刀川へと視線をずらす。
「昨日、太刀川は私に課題を解いてもらうと言っていたね。それをする」
突然何を? と風間が不可解そうに眉根を寄せた。だが自分は前後関係を知らない。彼らには意味が通じる話なのだろう。
そう思って無言を貫くも、太刀川はきょとんとして諏訪が「あー……」と片手で顔を覆っていた。どうやら違ったらしい。
「するったって持ってきてねーよ。俺模擬戦のつもりだったし」
「何でもいいよ。選択問題であれば」
「課題プリントなんてもんを俺が日頃から持ち運びすると思うのか」
「しろ馬鹿が」
「どうせ入れっぱんなってクシャクシャになってるやつとかあるだろ、それでいい」
「あー……あるかも。え今から取り行くの?」
「作戦室戻るだけだろ。早よ行け」
「めんどくせーな」
諏訪にしっしっと追い払われて、太刀川が離席する。めんどうくさいと顔にも態度にも出ているが、言われた通りにするようだ。
三人になったテーブルで、風間がようやく招木に話しかけた。
「招木。あいつに課題を持って来させて何をする気だ?」
「私が解く」
「太刀川の課題を? おまえに何の利益が?」
「利益はない。諏訪に頼まれたから、そうする」
頼まれたというのは、彼の試したいことに繋がるのだろう。だがやはり説明事項が不足していて要領を得ない。隣で聞いていた諏訪も苦い顔をしていた。
「昨日も思ったが、招木おまえ人と話すの苦手だろ」
「自分の感覚が他とズレているのは自覚しているよ」
「意思疎通に難があるのは組織にいる以上欠点になる。苦手でも自分から話す努力をしろ」
昨日、諏訪は招木の"物好き"になると決めた。きっかけは未熟な自分がもたらした失敗を取り戻すためだが、それとは別のところで招木の危なっかしさに原因があった。
本人が言うように、招木は人とのコミュニケーションが下手な部分がある。いちいち「どうして」と質問するし奢られ方もよくわかっていない。
何なら挨拶も微妙だった。先に諏訪と招木が合流した時も、彼女は口を開かなかった。恥や苦手とかではなく、先に諏訪が声をかけるのを無言で待っていた。
諏訪が「人に会ったら挨拶だろ」と指摘したから、太刀川と風間が合流した時にきちんと挨拶できたのである。
最初に指導するのがボーダー関連ではなく挨拶になるとは思わなかったが、これからはそういうこともガンガン言っていこうと思う。
「事情を話せ、最初から。いや長ったらしく話されてもアレだから、要点押さえて端的に話せ」
「難しいことを言うね」
「特訓だ特訓。風間、相手になってやれ」
「牛乳一本奢りだな」
「おまえ」
諏訪が文句を言ってやろうと身を乗り出したが、先に招木が無遠慮に風間に説明を始めた。
「私は幸運体質というサイドエフェクトを持っているの。ラッキーを引き起こす能力。そのおかげで昨日の太刀川との勝負では、毎回必ず彼の攻撃を回避、あるいは致命傷の程度を減らすことができた」
「! ……ほう」
「諏訪は、この能力があれば強い敵を引き付ける駒になれると言った」
「いずれな。今は実力がねーから一瞬で負ける」
「なるほど。決定打を強制的に外させるのか。どうやった?」
「転んだ」
「は?」
「壁に激突したり、瓦礫がオデコに当たってしゃがむ。たまたまそのタイミングと太刀川の攻撃が重なっていたの」
「あと突然目が痒くなって搔いてたな。モニターで見てて意味不明だったわ」
「……神がかった幸運だな。そんなもので太刀川の一手を潰せるのか」
招木の顔が微妙に歪む。あまりに不恰好な回避方法だ。
他の者は攻撃を察知すると咄嗟に距離を取ったり孤月やシールドで受けようとしたりするのだが、招木の行動ははたから見れば単なるドジである。それが毎回重なるので「ふざけてるのか?」と言われたこともあった。
風間が頭の中でその様子を想像する。少し愉快だ。太刀川はそれをやられて、すっかり面白がっていた。だから風間を招木のもとまで連れてきたのだ。
風間は幸運体質について少ない情報で予想を組み立てる。ラッキーが「強い相手の攻撃を一度躱す」ことなのだとしたら、その後が肝心だ。どれだけ強力な回避方法があるとはいえ、敵の首をとれなければ終わりである。
また他の作用も気になる。噂では「自販機で当たり必中」とか「山勘が外れることはない」とか言われていた。幸運は他にどんな形で出現しているのだろうか。
「ラッキーを引き起こす、というのは他にはどんなものがある。運がいいというのは曖昧な表現だ。いつ、どんな状況で発現するのか・コントロールできるのか。その辺りを把握する必要があるな」
「それを今日確かめると、諏訪と話した」
「そういうことか。それで、実際に幸運体質が発現したと思われる事象は?」
「選択問題を外したことがない」
「! マジかよ、強え」
「自販機では当たりが的中するから、荷物が増える」
「……まあすぐ飲まないなら要らねーか」
「当たった棒アイスの食べ過ぎでお腹を壊す」
「食べるタイミングくらい自分で選べよ」
諏訪が一々リアクションするのを尻目に、風間がふむと頷く。
「コントロール不可か」
つまり、自販機で当たりが出ませんようにと願いながら購入しても当たりが出るし、間違ってますようにと答えを選んだら全問正解というわけか。
太刀川辺りが聞いたら羨ましがるだろうな、と風間は思う。彼でなくとも一般的な感覚としては「運がいいなんて恵まれてるなー」と悪気なく思うだろう。
などと考えていると、諏訪が急に口元に手を当てて声をひそめた。
「えっ、じゃあ、えっと、たっ宝くじとか、」
「当たるよ」
「まっっ」
興奮に顔を赤らめて諏訪がガタン! と立ち上がる。風間も動揺した。
学生からしたら夢のような能力じゃないかと心が湧き立ったのである。
しかし、その様子を冷静に見ながら招木が続けた。
「ただこれには条件があって……」
「おーす、帰ってきたぞー。諏訪さん何で急に立ち上がったの」
「太刀川、いや、な、なんでもねーよ」
「絶対何かあんじゃん。俺だけ仲間はずれ? 寂しーな」
ほらよ、と戻ってきた太刀川がクシャクシャのプリントを引き延ばしてテーブル中央に置いた。数学の課題らしい。風間と諏訪が目を細める。
「これいつのだよ」
「わからん」
「最近見てやったテスト範囲よりだいぶ前の単元のようだが」
「風間さん俺より俺の勉強詳しいね」
「つーかこのくれー素でわかりそうなもんだけど」
「え。招木、もうこれ習った?」
「そもそも歳を聞いてなかったな」
わざわざ選択問題にされているが、こういうのは大体二択には絞り込めるようになっている。明らかに違う答えを除外して、可能性の高い答えを選ぶだけでぐっと正答率は高くなる。
そのくらいは一部を除いてどの学生でもやっていることだ。まあ招木のサイドエフェクトは、可能性を高めるのではなく必中になるという効果だろう。
招木は彼らの質問を無視して、問題文をじっと見てからパッパッと答えを選んでいった。迷いない動作だ。おお、と太刀川の口から感嘆が漏れる。
これが幸運体質。勘が当たるとかいうラッキーガールの本領発揮か、と見守っていたのだが。
風間がピッと赤ペンで跳ねた。
「全部間違ってる」
「えっ」
「嘘ぉ! 俺信じたんだけど!」
「うん。私も間違ってるだろうなって思いながら答えを選んだよ」
「どーいうこった?」
これが条件というやつなのだろう。ペケだらけになったプリントを見下ろして諏訪が解説を求めた。
「昨日言ったよね。私には得がないって。私が太刀川のプリントを解いても何の意味もない。意味がないから、ラッキーとは思えない。サイドエフェクトも発動しないよ」
「先に言えよ! くそっ……恩を売って代わりに課題を取り組ませる俺の作戦が」
「そう都合のいいものじゃないんだ。ごめんね」
「謝る必要ねーぞ。全部コイツの自業自得だ」
「そうだな。逆に太刀川が謝るべきだ」
諏訪と風間が真面目な顔でそう言うので、招木もおんなじ顔になった。
「じゃあ太刀川、謝ってくれる?」
「え? ゴメン。……なんで俺が謝る流れになってんの? わざわざ持ってきてやったのに」
「ついでに課題すっぽかされた教師に謝っとけ」
「課題で迷惑をかけられてきた俺たちにも」
「流れ増やすなよ」
太刀川は全く反省した素振りがない。そんなものだろうと風間は気にも留めず、招木のサイドエフェクトへの認識を高めていた。
つまり当人が意味がある・利益があると思えばやれるのか。何でもありだな。日常生活を送る中での恩恵は凄まじそうだが、招木自身はあまり浮かれた様子はない。とうに慣れていて今更感動しないのか、関心が薄いのか。
だがこれを戦いに応用するとどうなるのだろう。今の所は攻撃を回避することしか確認できていないが、条件を変えて実験すれば別のパターンが見られないか?
そんなことをつらつら考え込んでいると、ふと招木の視線に気がついて顔を上げた。
「何だ」
「風間はこの問題を見てすぐ答えに辿り着いたよね」
「そうだが」
「君、小学生なのに賢いんだね。感心しちゃった」
わかりづらい表情の中に確かな尊敬が見える。どうやら招木の中で風間は小学生らしい。
この手の勘違いには慣れているので、諏訪と太刀川の爆笑をBGMにしながら風間は淡々と返事をした。
「俺は高三だ」
「あ……ごめんね」
「おまえは」
「高一」
「年下じゃないか」
「そうだったみたい」
この場で一番の年下と判明したわけだが、招木がその後敬語や敬称を使う素振りはまるでなかった。
訓練室に移動してから、招木と風間の模擬戦が行われている。約束した相手は俺なのに、と太刀川が文句を言ったが「先に確認したいことがある」と風間が先制することになった。
なお移動中にやはり"ボーダー隊員トップ層と噂のラッキーガールの組み合わせ"が注目を呼び、ものすごい目立ち方をしていた。諏訪が人払いをするまで大観戦の流れができていたくらいだ。
太刀川に大敗したのは昨日であり、その噂はまだ広まりきっていない。加えて風間という新たな有名人の登場に、彼らが沸き立つのも無理はなかった。
「太刀川の次は風間か。おまえスゲーやつと連続して戦ってんな」
「諏訪のおかげだよ」
「俺?」
「君が物好きだから、似たような人が増えた。君と出会えたのはラッキーだった」
昨日のド派手な惨敗によって「ラッキーガールの幸運は大したことない」という噂で塗り替えられるのは確実だ。
だが結果は不透明だが風間とも模擬戦をしていたという事実と、招木の思いの外素直な感情表現により、また違った与太話が広まらないか、諏訪は少し心配になった。
「条件は太刀川の時と同じにする。おまえは射手だったな」
「うん」
「俺は回避するから、基本ずっと攻撃しろ。俺を落とすことだけを意識しろ。いいな」
「わかった」
対太刀川戦では太刀川に攻撃される招木、という構図だった。では今度は攻撃する側に回った時、招木がどうなるか。風間が測りたいのはそこだった。
場合に応じてシールドを張るとのことで、風間は攻撃手段を持たないようにしている。
さてどうなることか。諏訪と太刀川が観戦する中、勝負が始まった。
「うん。やっぱり運がいい」
「ひっくり返ったまま言うな」
最後の攻防で派手に壁へ突っ込んだ招木は、なぜか逆立ちに失敗したみたいな姿勢になっていた。壁に背中を預け、尻だけこちらへ向けたまま、脚の間にある上下逆の顔がじっと風間を見ている。そんな間抜けな姿の招木に、風間がザックリ言い切った。
結果だが、招木が風間に勝利することはなかった。トリオン供給切れや伝達系破壊を引き起こせなかったのだ。風間は今回攻守の"守"を担当していたので反撃が一切なかったが、回避・防御に徹する風間を最後まで追い込むことはできなかった。
もし風間の反撃をOKしていたら、太刀川の時と同じように招木は瞬殺されている。
「だが興味深い結果が出た」
風間は一連の戦いを振り返る。
今度は逃げる側が風間なので、もしかしたら自分が転んで招木の攻撃が当たるかもしれない。そんな予想もしていた。幸運体質が他者に影響する可能性を見ていた。
トリオン体で転ぶなんてことを経験したことがないので、諏訪や太刀川の前で転ばされるのは嫌だなとちくっと思ってさえいた。
『へぶ、』
だが風間が転ぶことは一度もなかった。代わりに招木がずっとコケていた。
アステロイドを展開しながら転ぶ。シールドに守られてしまうから攻撃する位置を変えようとして転ぶ。奇襲しようとして転ぶ。
生身であれば膝小僧と顔が血まみれになっている。そのくらい転んだ。「そろそろ転ぶか……?」と風間はタイミングを予測したが、その範囲外ですっ転んだ。
しかしそれはサイドエフェクトの発現だった。
『また転けた、っと!』
『オッ死角!』
『今頬掠めたな』
観客席の二人が声を上げた通り、偶然転んだ先が風間の死角側だったのだ。おかげでブレた射線が風間の盾の範囲から外れ、彼の頬に着弾した。
仮想戦闘モードによりトリオン切れの起こらない空間では、その小さな傷も即座に消える。
だが攻撃が通じたという点では間違いない。
その他にも、ぶん回した弾が建物を破壊し嫌に逃走経路を邪魔したり。目の前に飛んできた瓦礫が一瞬視覚を切ったり。
そんなふうにして招木の攻撃が風間の体を掠めることが何度かあった。
「偶然、たまたま。そう言うのは簡単だが、経験や技術を無視した攻撃が通る。これが招木のサイドエフェクトか」
0.01%のものを100%に引き上げる。そんなイメージだろうか。かなり強力な能力だが、使い手がこれだけ弱いのでは日の目を浴びるのはいつになることやら。
「確認したいことは終わり?」
「ああ」
風間がいまだにひっくり返った招木に手を差し出すと、ようやくその手をとって招木が起き上がった。そして目をぱちくりさせる。風間の手が離れないのだ。招木は掴まれたままだからどうすることもできない。
「質問がある。訓練生ならば仮想戦闘モードで大型近界民と戦ったことがあるだろう。その時はどうなった?」
「転んだよ」
「難儀だな」
「ちなみにC級同士のランク戦でも転んだよ」
「災難だな」
どの相手でも転ぶらしい。太刀川や風間という圧倒的強者が相手でも同じだった。対戦相手がどんなレベルだろうと、絶対に転ぶという結果に繋がるのだろうか。
風間は掴んでいた手を話して考え込む。すると招木が補足した。
「ああ、でも転ぶ回数は全然違うよ。訓練中の近界民やポイントの近い相手だとそんなに転ばない」
「俺や太刀川が相手だと?」
「仮想戦闘モードって空の描写がリアルだよね」
「なるほど」
転ぶ回数、つまり幸運体質が適用される回数は、戦う相手のレベルによって差があるようだ。
「最後に。おまえは生身でもよく転ぶか?」
「こんなに転ばないよ。トリオン体だとアレだけど」
その答えに風間の中である仮説が生まれる。だがそれを素直に言ってしまうのは、トータルで彼女の利益にならないと感じた。
今回の模擬戦は"風間が招木に頼み"実現したものだ。理由はサイドエフェクトの条件や内容を知りたかったから。結果を得たのは風間がそうなるように動いたからであり、その結果を招木が譲り受けるには足りないものがある。
「おまえのサイドエフェクトについて、仮説ができた」
「仮説」
「俺の用事は終わった。あとは太刀川と好きなだけ戦え」
手短に言って風間は背中を向ける。そのまま訓練室を出る進行方向だ。その背中に招木の声が投げかけられることはない。
だから風間はすれ違った諏訪に一言残し、姿を消した。
ザワザワしているブースを通り抜けつつその頭には「コミュニケーション×(ばつ)」というワードが浮かんでいた。
とりあえず招木が19歳組になりました。迅や嵐山と同じ世代です。ちなみに普通校。
ちょっとその辺の設定捏ねてるのでもしかしたらまた違う設定になるかもしれません。