あっ幸運体質だ、ラッキー!   作:睡眠人間

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入隊後、最速でA級昇格をした隊員に奈良坂・歌川・菊地原・氷見さんがいます。
この面子は同期入隊っぽいのでそれぞれ三輪隊・風間隊・二宮隊でA級昇格したと思うのですが、となると一つのシーズンでB級ランク戦上位3位をこのチームが占め、A級昇格試験を受けて合格したと考えています。
今作では当時は3位までがA級への挑戦権を獲得できた、という設定です。あるいは別のルートを使うかもしれません。





ランク戦

 諏訪隊が予想した通り、そのシーズンは隠密戦闘が爆流行りした。

 しかし対抗して開発された新トリガー・スタアメーカーも同じく爆流行りしたので、最終的にはいつも通りに実力勝負となる。

 そして迎えたラウンド中盤、現時点での上位チーム戦がまもなく始まる。

 新結成されて怒涛の快進撃を続ける風間隊・二宮隊・三輪隊、そこに諏訪隊を加えた四つ巴戦が開始される運びとなった。

 

 

 

─────────

 

 

 

「吹き飛べッ」

「削ぎ落としてやる」

 

 諏訪が風間の体にド派手に散弾をぶち込むと同時に、風間が振るったスコーピオンの刃が諏訪の胴体を切断した。

 二人が相打ちとなり同時に緊急脱出する。バシュッと煙が二つ発生し、辺りに霧散した。

 堤と招木が一瞬アイコンタクトをし、同時に駆け出す。

 

「いい調子だ。オレたちで切り抜けるぞ」

「うん。二宮隊が近いね。二宮とは距離をとろう」

 

 最近の諏訪隊の基本パターンは以下の通りである。

 まずは合流を優先し、メイン火力の銃手二人とデバフ&攪乱特化射手の組み合わせで、一人一人を確実に落としに行く。

 軸にいるのは招木だ。

 幸運体質をフルに発揮して諏訪と堤が撃ちやすい状況を作る。バイパーで翻弄し鉛弾で機動力を落とす。混乱する間に距離を詰めた二人が討ち取る。

 鉛弾の追加により、この形はかなり完成に近づいていた。

 スタアメーカーも隠密部隊にしっかり刺さり、「招木が相手に目印をつける→バイパーや鉛弾で邪魔立てする→その隙に二人が高火力を叩き込む」という流れもできている。

 風間を撃破したのもこの連携によるものだった。

 

『悪りい! 相打ちになっちまった』

『風間相手に諏訪一人だけで済んだなら運がいいよ。私たちの消耗も抑えられている』

『このまま浮いてる攻撃手を狙います』

『移動中、狙撃手の射線にも気をつけてね』

『っと、二宮隊の狙撃手か』

『鳩原なら無警戒でいいよ』

 

 緊急脱出して作戦室に戻った諏訪が内部通話に加わる。この後の作戦の指示を聞き、招木が走りながら冷静に言った。

 

『鳩原は人が撃てないから』

『作戦会議で言ってたやつか。確かに一度も撃ってねえな』

『その代わり武器を壊しにくる。招木はキューブ、オレは散弾銃を狙われるかもしれないが』

『まだ二宮隊が近くじゃないから、今撃っても自分の位置を知らせるだけだよ。鳩原が撃つなら私たちが二宮隊と交戦してから。それまでは無視でいい』

 

 その時、ヒュルルル……と不穏な音が響いて二人が空を見上げた。離れた場所から放たれ、綺麗な放物線を描き落下するのは炸裂弾。

 付近の建築物が爆発し、すっかり見通しの良い景色に早変わりだった。

 回避した堤が苦い顔をする。

 

「二宮だ! こっちを狙いに来た。射線を通そうと建物を破壊しているな」

「一旦下がろう。嫌な追い方だ」

 

 二人はひたすらに逃げる。二宮の火力を打ち破るには状況が悪い。仕切り直して得意な形を作らなければ。

 そうやって距離を取る中、招木が不意にピクっと顔をある方向に向けた。

 

「どうした? 招木、おっ」

「奇襲だ」

 

 招木がバイパーを放つのと同時に、堤の片腕が斬り落とされた。姿を現した襲撃者は菊地原だった。

 彼のスコーピオンは止まらない。そのまま流れるように二撃目を繰り出す。

 だが招木はひらりと身を翻す。反撃とばかりに腕から伸ばしたスコーピオンをしならせるように振るった。

 しかし菊地原もまた、攻撃の軌道を見切っていたかのように冷静に躱す。

 すぐさま後方に跳躍し、再びカメレオンを起動した。菊地原の体が周囲に溶け込む。

 

『インチキばっかり』

 

 忌々しげに菊地原が吐き捨てる。

 招木を最初に狙えば、あのインチキじみた幸運で躱される。だから先に堤を狙った。

 奇襲は一撃で仕留めてこそ意味がある。

 だから堤の首を狙ったのに、招木がバイパーを変な方向に飛ばしたせいで堤の体勢が崩れ、狙いを外させられた。ムカつく。

 しかし堤の片腕は落とした。銃手にとってこれは致命的。もう彼は一丁しか使えない。諏訪隊の火力は半減だ。

 

「ごめん。間違えた」

「おまえが無傷ならそれでいい!」

 

 反省し謝る招木に、堤が間髪入れず言葉を返す。

 今の一瞬でアステロイドが擦りでもすればスタアメーカーでカメレオン封じができたのに。幸運によって咄嗟に飛び出したのはスコーピオンだった。

 切り替えミス? いや招木は間違いなくアステロイドを放とうとした。となると幸運体質が勝手に別の手段を選んだのだ。

 こんなときに、と歯噛みする。私に何をさせたいというのか。

 キューブを手元に出現させた招木が、空中に向かって話しかけた。

 

「君たちは運が悪かったね。転送位置が良ければ隊長を落とされなかったのに」

「……!」

 

 風間隊は転送位置が悪く、序盤から苦戦させられていた。風間が諏訪隊に落とされたのも初動に振り回されたからだ。

 逆に諏訪隊は運に恵まれ、序盤から三人ぴったりで動いていた。それでも風間を落とすのに諏訪が犠牲になったのだから、彼の強さは別格なのだと知る。

 招木がそう言った時、菊地原は言いようのない怒りに全身が燃え上がるようだった。

 しかし、ここに数秒引き留めることが菊地原の仕事だ。

 

『充分だ。下がれ、菊地原』

『……、はい』

 

 風間の指示に従い、菊地原が撤退する。

 今、何よりも優先すべきは第一目標であるA級昇格のために点を稼ぐこと。ここで感情的になるわけにはいかない。

 呪いは既にくれてやった。せいぜい苦しめばいい。

 

「来ないならこっちから仕掛けようか」

 

 招木のバイパーは出鱈目で無茶苦茶だ。菊地原を狙うそれらは、しかし距離を稼いだ彼には届かない。

 もともと菊地原に向かう弾はキューブ全体の半分も満たなかった。

 その代わり、半分以上の弾が別のある一点を目指していた。

 バイパーを頑丈なシールドで防がれる。立ち昇った煙が収まる頃、招木は納得がいったと頷いた。

 

「なるほど。漁夫の利狙いなのね」

「アステロイド」

 

 招木のそれを容易に飲み込むサイズのキューブが出現、分割。一つ一つが凄まじい速さで迫ってくる。

 到着した二宮の狙いは招木だった。凄まじい弾幕が彼女を襲う。

 一度きりの模擬戦を思い出した。

 今の戦法の基礎を生み出すきっかけを得た蹂躙を。幸運体質を自分のものとして完全に受け入れた恐怖を。

 

「オレが防御する!」

「お願い」

 

 堤がフルガードしつつ間隙を縫って招木が弾を撃つ。堤の散弾銃の射程外から二宮が攻撃してくるので、招木しか反撃できなかった。

 しかも近くに菊地原が潜んでいるせいで、二宮に100%の意識を割くことができない。

 二宮が辺りを更地にしたので鳩原の狙撃も警戒しなければ。

 菊地原が近くに潜んでいることは二宮隊もわかっている。その証拠に二宮は両攻撃ではない。片手は防御のために様子を見ている。

 二宮の攻めに対抗してはいるが、早く撤退しなければ。時間をかければ菊地原に漁夫の利される。いつこの均衡が崩れるかわからない。

 

「このままだとジリ貧になるね」

 

 鳩原は堤の武器を狙ってくるはず。散弾銃を握らなければならない堤と違って、招木は腕を吹き飛ばされても射手なので攻撃できるからだ。まあその腕すら鳩原は撃たないだろうが。

 招木の幸運体質は、味方を守るためには発動しない。

 それでも彼女は堤に気を配り続けた。無駄だとわかっていても、仲間のためになることを祈るのをやめなかった。

 狙撃を警戒する。発砲のときは真っ先に堤を守る動きをしなければならない。

 やがて、ドパ! と遠くから狙撃音が響いた。鳩原がついに狙撃したのだ。狙いはもちろん堤───いや、違う。

 

「!」

 

 招木と、そして二宮が瞠目した。

 鳩原が撃ったのは招木だった。お手本のような完璧な位置。トリオン供給機関を確実に狙撃しに来ていた。

 しかし招木の幸運体質によりシールドが自動的に展開される。狙撃によるダメージは0だ。

 だが招木の攻撃が止まったことで、ついに均衡を崩されてしまう。

 

「堤、」

「あとは頼む」

 

 崩れた隙に菊地原が今度こそ堤の体を八つ裂きにした。

 堤は招木を庇いつつ、離脱寸前に散弾銃をぶっ放し、今度は二宮がシールドする。

 緊急脱出の煙が吹き出した瞬間、紛れるように招木は駆け出していた。

 二宮や近くに隠密して待機している菊地原とやり合うのは無理だ。特に二宮。削り殺される。

 となれば狙うべきは、たった今バッグワームを解除し招木を撃った鳩原だ。

 狙撃は招木に通じない。距離もそんなに遠くない。今、確実に取りに行く。

 早くしなければ菊地原に取られてしまう。

 

「逃すか」

 

 真後ろから二宮のメテオラが迫ってくるが、回避に徹した時の招木を捕まえるのは至難の業だ。

 招木は振り向かずにバイパーを撃ち続ける。牽制だ。標的を見なくても二宮が無視できない攻撃になり得るから、それを信じて全速力で走るだけだった。

 菊地原の存在もある。彼がいなければ二宮は全力で招木を捕まえにいったが、いつ奇襲されるかわからない緊張感が判断能力に負荷をかける。

 加えて、直撃せずとも鳩原が人を撃ったという事実が、二宮に動揺をもたらしていた。

 

「……? 鳩原はなぜ動かない」

 

 レーダーに映る鳩原の位置が変動しない。逃げる気がない? 招木を撃っても回避されるだけだ。それでも別の作戦がある?

 どうしてだろうと思いつつ、しかし足を止める理由はないので駆け続ける。気になって遠くからバイパーを撃たず、鳩原のもとまで近づくことにした。

 

「ぅ……」

 

 招木がビルの屋上へ辿り着いた時、鳩原の様子は明らかにおかしかった。

 力が入りすぎた拳は白くなるほど固く握られ、顔色も青ざめている。

 不安と安堵。恐怖と罪悪感。相反する感情が胸の内で渦巻いている感じだった。

 鳩原はくたりとその場に座り込み、やがて招木の姿に気づいた。そろりと持ち上がった視線と目が合う。まるで生気を根こそぎ奪われたような、虚ろな瞳が印象的だった。

 

「ナイスチャレンジ」

 

 招木がアステロイドを放つ。アイビスを足元に転がした鳩原は、汗に濡れた顔のまま小さく囁いた。

 

「あ、ありがとう……」

 

 被弾した鳩原が緊急脱出する。

 一点とった。さあ次は、という時に招木の体が突き動かされる。寸前まで立っていた場所に銃弾が撃たれた。

 

「うわマジで当たんないな〜、でも挟み撃ちにしましたよ」

 

 犬飼だ。隠密モードを解除して笑って銃を構えている。再び銃口が火を吹き、ついに招木がビルから飛び降りた。

 

「!」

 

 真っ逆さまの視界で二宮の姿を見つける。追いつかれた。アステロイドが迫ってくる。

 それでも空中で訳のわからないアクロバティックな躱し方をすれば、屋上から見下ろした犬飼が「何だそれ!」と声を上げた。

 しかし着地の瞬間、招木は脳天を撃ち抜かれた。

 

「ようやく前に出たな」

「……、」

「それでいい」

 

 三輪の満足そうな声を最後に、招木は緊急脱出した。

 

 

 

─────────

 

 

 

「あっ、こん、う、あっ」

「辻。そこで通せんぼをするということは、入ってはいけないのかな。違うのならどいてくれる?」

「どっ、え、あっ、は、はい……」

 

 招木は二宮隊の作戦室を訪ねた。

 扉が開いたかと思えば辻が赤い顔をしている。それにまったく寄り添う姿勢を見せず言えば、辻は一歩、二歩、とゆっくりと、しかし慌てた様子で出入り口から離れた。

 

「招木さん? 二宮さんは今離席中ですけど、何か御用ですか?」

「ここで待ちます? お茶お出ししますよ」

 

 やんわりと辻を背中に庇いつつ犬飼が寄ってくる。氷見が席を立ち給湯スペースに向かうので「大丈夫だよ。ありがとう」とやんわり止めた。

 二宮は招集を受けたので作戦室にはいない。何かしら会議に参加しているらしい。諏訪隊はそうではないのだろうか。

 てっきり二宮に用があると思って犬飼が話しかけたが、彼女は別の人物に目を向けた。

 

「鳩原に聞きたいことがあって」

「あたし……ですか?」

「そう。二人きりになりたい。いい?」

 

 おずおずと前に出てくる鳩原が躊躇うように目を伏せる。やがて首だけを動かして頷いた。

 作戦室を出るかと思いきや、鳩原が選んだのは二宮隊作戦室の狙撃手用のトレーニングルームだった。「えーおれもいちゃダメです?」と軽い調子で言う犬飼に手を振り、二人だけの部屋で招木は鳩原に向き直った。

 

「昨日のランク戦について聞きたい。何故あの時堤ではなく私を狙ったのか」

「……、」

 

 やっぱりその話だ、と鳩原が苦しそうに顔をしかめる。不安を抱えきれないように両腕で自分の体を抱きしめた。

 

「君は狙撃手訓練で私を撃つお遊びに必ず参加しないし、ランク戦の記録でも武器を撃ってばかりだった。つまり、人が撃てない。そうだよね」

「……はい」

 

 ぎゅっと目を瞑って答える。

 人を撃てない。その事実に直面するたびに鳩原は自分を責められている気持ちになる。そう認識する自分にも、酷く落胆する。

 招木に尋問官のような雰囲気はなく、どちらかといえば疑問を解消したくて仕方がない子どものようだった。

 

「じゃあどうして私を撃ったの? 堤の方が難しかったから?」

「え、えっと、それ、は」

「答えづらいなら別に構わないけど」

「あ。い、いえ。お話……します。招木さんには感謝しているから」

 

 オドオドした声で鳩原が言う。

 招木は鳩原に感謝されるような真似をした覚えがないが、心当たりがあるとすればランク戦で彼女にトドメを刺したとき、お礼を言われたことだ。

 あの時は「ナイスチャレンジ」への返事かと思っていたが、違うのだろうか。

 

「……、」

 

 鳩原が目を瞑って深呼吸をする。

 やがて決心がついたようで静かに口を開いた。

 

「あの時の狙撃は、ミスです。……本当は武器を狙っていました」

「誤射? 君が?」

「おかしいですか?」

「東から君の腕は聞いている。いくら乱戦状態だったとしても、堤の散弾銃と私の心臓を間違えるほど精度の低い狙撃手じゃない」

「……そう、でしょうか」

「それに狙撃の瞬間、幸運が強く働いた。二宮の反撃へ集中していたのに私の意志が完全に無視された。つまり、それだけ君は一撃で仕留めることのできる正確な狙撃をしたということだよ」

 

 私が幸運でなければあの時確実に緊急脱出していた。

 そう続いた招木の言葉に、鳩原がギュッと眉間にシワを寄せる。力を抜けば指先がガタガタと震えそうで懸命に堪えていた。

 どうかそれ以上言わないでと願うのに、招木は止まらない。

 

「君は人を撃てるんじゃないの?」

「違います!」

 

 ほとんど悲鳴に近い声だった。ハッとして鳩原が声量を下げる。今度はボソボソと聞き取りづらいくらいだった。

 

「ち、違うんです。あたし……間違えて。招木さんを撃つつもりはなかったんです。本当です」

「うん」

「だけど、……その。当たらないって、思って。そう思った瞬間、引き金を、引いてしまって」

「幸運体質があるから?」

「……はい」

 

 辿々しい囁きを聞き届けて、招木は「そうなんだ」と腑に落ちた。

 狙撃手の訓練場に招木が呼ばれることが時々あった。そこで何度も死角からの必中の狙撃をガードする場面を見せている。

 鳩原が撃っても招木に当たらないと確信するのは、何もおかしくないように思えた。

 しかし、鳩原が言いづらそうに続きを話した。

 

「あの当真くんがあなたの隙だらけの後頭部を一度も狙わなかった。当真くんのことだから、防がれるって思ってるからじゃないと思うんです。……迷っているから、撃たなかったんじゃないかなって」

「迷いがあるから? それだけで撃たないの?」

「ええ。確信もないのに狙撃するような人じゃありませんから」

 

 曖昧に笑う。招木は当真をよく知らないので「へえ」と相槌を打つだけだった。

 

「だったらあたしが撃っても大丈夫だって……絶対当たらないって思いました」

「鳩原は迷わなかったんだ」

「……考えられなかっただけです。撃った瞬間は心臓が冷たくなりました。頭の中が真っ白になって、立っていられなくなりました」

「……」

「だけどあなたは無事だった。無事でいてくれた……」

「だから"ありがとう"ね。鳩原に撃たれなかったから」

「はい」

「人を撃つのが嫌なの?」

「こ、怖いんです」

「君は人を撃ちたいの?」

「撃たなければならないと思っています」

「どうして? 狙撃の腕は確かなんだから、別の方法で切り抜けられるならそれでいいんじゃないの」

「え。それは……」

「不向きなこと、受け入れられないことを、無理して向き合う必要はないよ。君はそれで充分戦果を出しているんだし」

「あ。でも、ダメなんです。あたし、人を撃たなくちゃいけなくて」

「どうして?」

「遠征に行きたくて」

 

 鳩原が早口で言った。

 自分には弟がいたが、近界に連れ去られてしまったこと。弟を捜しに行くためにボーダーに入隊したこと。遠征選抜に合格するためには、人を撃てるようにならなければならないこと。

 遠征先で自分の身を守れない以上、周りも危険に巻き込む可能性があるから、と。

 しかし招木は首を傾げた。

 

「二宮がそう言ったの?」

「え?」

「遠征に行くために人を撃てるようになれって」

「……ううん。何も。ただ、撃てない分を部隊でフォローしてくれるから、その負担がなければこのメンバーならもっと勝てるだろうにって思います」

 

 項垂れる鳩原の話によれば、二宮は鳩原の欠点を直すべきとは考えていないらしい。であれば招木もその通りだと思った。

 

「どうして? 二宮が指摘しないのなら、君が気にする必要はない。人を撃てない事実を踏まえて作戦を立て、勝利に導くのは隊長の役目。そして目標を達成できなくともそれは隊長の責任だ」

「……責任、」

「うちの隊長はいつもそう言ってる。だから好きにやれって」

「!」

 

 招木が所属するのは諏訪隊。隊長の男の顔を鳩原が思い浮かべる。

 

「私は諏訪に喜んで欲しい。私と一緒の部隊でよかったって思って欲しい。だから自分にできることは何でもするし、隊員として支えたいと思う」

「あ……」

「部隊とはそういうものだと学んだよ。君はどう?」

「……頑張りたい。この部隊でA級に昇格して、選抜試験を突破したい……!」

 

 鳩原が少しばかり元気を取り戻した声色で言った。表情にも柔らかで火が灯るような活力が見て取れる。

 

「招木さん、ありがとうございます。あたし、頑張ります……!」

「私は何もしていないよ」

「いいえ、そんなことないです。……間違って人を撃ってしまったのに、そんなに落ち込んでいないことをカウンセリングの先生にお話ししました。先生は弾がヒットしなかったからだって言いました。着弾していたらどうなっていたか、あたしもわかりません」

「そうなんだ」

「こんなことを言うのはよくないことかもしれませんが、ミスをした相手が招木さんでよかったです」

「私の幸運が君を守ったことになるんだね」

 

 感情の読めない顔で招木が言った。視線を床に落とした鳩原はそれに気づくことなく、言葉を重ねる。

 

「……遠征にどうしても行きたいって、改めて思いました。……撃てるようにはなった方がいいと、頭ではわかってるんですけど……」

「じゃあ試そうか」

「えっ?」

 

 鳩原が直前まで使っていたのだろう。トレーニングルームは訓練設定のまま放置されていた。

 おかげで招木は余計な準備を挟むことなく、目的の行動に移ることができた。

 

「!」

 

 招木の手元に拳銃が出現する。彼女は射手なのに、なぜ銃手用のトリガーをセットしている? 鳩原が疑問に思ったが、次の動作に心臓がドッと悲鳴を上げた。

 

「はい」

「あの、」

「構えて。狙撃手用のトリガーとは違うけど」

「い、いや、でも」

 

 なんと招木が生み出した拳銃を無理やり鳩原に持たせたのだ。しかし緊張して指が固い鳩原に構えさせるのは無理だと判断し、グリップ部分を両手で包ませる。引き金には自分の指をかけた。

 そのまま銃口を自身の心臓に向ける。隊服に先端が沈むのが、銃越しに鳩原の手に伝わった。

 鳩原の口の中が急速に乾く。汗が吹き出てくるのがわかった。鼓動がドクドクと激しく鳴っている。手がガチガチに固くなってしまって、拳銃を放り投げることもできない。

 

「私に弾は当たらないよ」

 

 顔を寄せた招木が囁いた。

 鳩原の冷たい指に招木の手が重なっている。既に引き金に指をかけているから、招木次第でいつだって自分を撃つことができた。

 招木の言う通り、このまま撃ってもきっと被弾しない。銃口が胸元と接触している状態でも、シールドを張るか弾を避けるかしてしまうんだろう。

 それが招木の幸運だから。

 そう、思う。

 ランク戦のあの瞬間みたいに鳩原は自然と受け入れた。

 

「君は私に弾が当たらないと思っている。その状態で狙撃することに慣れれば、他の人を撃つことへの抵抗感がなくなるかもしれない」

「っ、」

「実験だよ。上手くいけば万々歳。上手くいかなくても大丈夫。私が君に撃たれることは絶対にないから。そう思ったから引き金を引いてしまったんだよね?」

「……ぁ」

「私の幸運が君を守る。鳩原はそう信じていたよね。私も試したいんだ。幸運が周りを巻き込めるかどうか」

 

 グッと招木が手に力を込めた。かなり強い力だった。心臓を鷲掴みにされたみたいで、鳩原は息を呑む。

 呼吸が乱れる。腕が震える。

 だけど、撃てると鳩原は思った。だってこの人には当たらないから……。

 鳩原が一度顔を背け、とても弱ったように眉を下げた。しかし招木に目を合わせると、顎を引いて頷こうとし───。

 突如バン! と大きな音が鳴った。

 

「……何をしている」

 

 肩を揺らして鳩原がそちらを見れば、二宮がトレーニングルームの扉を乱暴に開けたらしかった。

 拳銃を招木に無理やり持たせられている鳩原という構図に、彼は恐ろしい顔になる。ズンズン二人の元まで大股で近寄ってきた。

 

「招木、お前、」

「時間切れかな」

 

 招木がそう言うと、鳩原の手の中にあった拳銃が消える。ガチガチに緊張していた指にやっと力が入ってきて、鳩原はぺたんとその場に座り込んだ。

 弱々しい表情に戻った鳩原を見下ろして、招木が言う。

 

「鳩原。質問に答えてくれてありがとう。よくわかった」

 

 そこでも招木の声は平坦だった。

 

「君が望むのなら、いくらでも特訓に付き合うよ。人を撃てるようになりたいんでしょ?」

「……その、」

「私にとって君は看過できない存在らしい。サイドエフェクトがそう示している」

 

 招木はそのまま退出しようとしたが、その進路を二宮が阻んだ。普段の何倍もの威圧感を放っている。彼は怒りに満ちていた。

 

「待て。鳩原に何をさせていた。返答次第では容赦しない」

「人を撃てないことを悩んでいたから、荒療治で解決しようと思った」

「ふざけるな。荒療治だと?」

「私はそうやって克服したよ。決意は人を根本から変える」

「……お前は自分が何をしているかわかっているのか?」

 

 苛立ちを露わにした二宮と平素通りの招木が口論するように部屋を出ていく。

 ただ一人残された鳩原は両手を見下ろしていた。

 

「……、」

 

 空になった手のひらに、招木に持たされた拳銃の感覚がこびりついている。

 招木は二宮隊の作戦室に来た段階で、拳銃型のトリガーをセットしていた。何のために? 鳩原に撃たせたかった? どうして?

 わからない。疑問が思考を占める。

 怖かった。心の底から怯えていた。本当に怖くて恐ろしくて……トラウマになってもおかしくないのに、鳩原の心は何故かドキドキしていた。

 また同じ状況になったら、多分、あの人のことが撃てると思った。だって、絶対に当たらないから。

 彼女は幸運だから。

 祈るように、敬虔な信徒のように、鳩原は盲目的に思うのだ。

 

 

 

─────────

 

 

 

「あの時スコーピオンではなくアステロイドを撃てていたら、菊地原に確実にやり返せた。堤が緊急脱出することも、二宮に追い詰められることも、鳩原が私を撃つこともなかったかもしれない」

 

 これのために、私は間違いを選ばされたのか。

 二宮隊の作戦室を出て、暫く歩いて……歩いて歩いて誰もいない場所まで辿り着くと、通路に身を寄せてコツンと頭を壁に当てた。

 

「この先のランク戦で二宮隊と戦う時、鳩原が撃てるかどうか確認したかっただけだったのにな」

 

 過ぎたことは取り返しがつかない。

 わかっていたことだったのに、どうしたって後悔は止められなかった。

 招木は鳩原の目に昔懐かしいものを感じた。

 家族がこの子はすごい力を秘めているわ、と言い出した時だ。あれから彼女の人生は歪み出した。

 その始まりを連想させる色をしていた。

 

「嫌な気分だ」

 

 低く吐き捨てる。

 

「小佐野。トリガー構成を元に戻してもらっていいかな」

「? 急に銃手用のトリガー入れてって言ってたのに、もう?」

「うん。いらないから」

「銃手に転向するのかと思った」

「しないよ。これ、お願い」

「りょー。てかなんでそんなことしたの」

「どうしてだろう。私は何をさせられているんだろうね」







ちなみにこの時のB級ランク戦には、諏訪隊・三輪隊・風間隊・二宮隊・旧嵐山隊・柿崎隊・第二期東隊・香取隊(?)・生駒隊(?)がいます。
すごい戦い。
諏訪隊が今回上位に爆上がりしたのはカメレオン対策が強かったのと運が良かったからです。
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