あっ幸運体質だ、ラッキー!   作:睡眠人間

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視座

「ちょっとお話あるんですけど」

 

 いいですか? と底知れない笑顔で犬飼が招木に言った。いいところに来たなと思いつつ招木が頷けば、「ありがとうございます」と歩き出した。歩きながら話したいらしい。

 招木は大人しく犬飼の隣に並ぶ。

 

「昨日の件だよね。ごめんね、次のランク戦に影響出そうかな」

「あはは。いやー、あの後結構大変で。二宮さんカンカンだし鳩原ちゃんは萎縮しちゃうし」

「申し訳ないことをした。謝りに行けたらよかったんだけど」

「その辺のことはわかってるんで大丈夫ですよ。鳩原ちゃんは今日もう平気そうでした。二宮さんがブチギレたままだったら、今度戦う時は招木さんの命ないかもですね」

「ああ……」

 

 それならまあ、と招木が目を伏せる。

 自分のせいで二宮隊の調子が崩れてしまったら謝っても済まされないことだ。

 二宮の怒りが招木に向くのは正当な流れ。諏訪隊ごと巻き込んでしまったらあとで「ごめん」と言おうと思う。

 

「おれとか辻ちゃん、ひゃみちゃんもまあ普段通りです。でも二宮さんをあそこまで怒らせるって、一体何したんですか?」

「二宮から聞かされていないの?」

「事実だけは。ただ、なんであんなことしたのか聞きたいんですよねー」

 

 犬飼が先導する形で本部の通路を歩いていく。もとから人通りの少ない場所ではあったが、ますます中心部から離れるようなルート取りだった。

 

「二宮隊を訪ねたのは、この先のランク戦で鳩原が撃てるかどうかを確認したかったから」

「来た時に聞きたいことがあるって言ってましたもんね」

 

 それで直接来ちゃうんだから、素直というか駆け引きの発想がないというか。

 犬飼が昨日のことで困った声を出せば申し訳なさそうにするし、なんとも読み合いのしがいがない相手である。

 

「話をしていくと、鳩原は人が撃てないことを悩んでいることがわかった。でも私のことは狙撃できた。私には幸運体質があるから、絶対当たらないと思ってミスをしてしまったらしい」

「はい。それは知ってます。あのランク戦の後、うちでも議論になりましたし」

「私のことを遠慮なく撃てるようになれば、他の人のことも狙撃できるようになるかもしれない。だから実験をした」

「それでわざわざ銃手用のトリガーをセットしてたんです? やりすぎですよ」

 

 犬飼が目を細め、冷たい声で指摘した。

 

「最初から鳩原ちゃんに撃たせるつもりだったんですよね。トラウマ植え付けるようなこと、しないでほしいんですけど」

「ごめんね。本人にも謝りたいけど接触を禁じられているから、大丈夫そうならあとで伝えておいてほしい」

「それくらい全然いいですけど……じゃあおれの質問にも答えてくれます?」

 

 人を撃てない人間に「私なら撃てるだろうから、もう一度やってみよう」と迫る。普通の精神性をした人間ならばまずやらない。気になっていても踏み込まないのが大半のラインだ。

 だが招木はランク戦の翌日には二宮隊の作戦室を訪れていた。そこには衝動にも似た強い意志を感じる。

 必ず鳩原に拳銃を握らせる、という切迫した感情があるのではないかと犬飼は思った。

 

「どうして鳩原ちゃんに撃たせたかったんですか? しかもあんなに強引に」

 

 しかし、これらは犬飼の解釈に過ぎない。

 本当は違う。

 拳銃型のトリガーを事前に組み込んだのも、鳩原に拳銃を握らせたのも、追い詰めるような言葉を口にしたのも、すべて幸運体質によって強制された行動だった。

 だが傍から見れば、それらはすべて招木自身の意思で行ったようにしか見えない。そして招木にはその誤解を解く術がなかった。

 けれど、まったくの無関係というわけでもない。

 鳩原の話を聞くうちに、味方を守る方向へ幸運が変化する可能性があるかもしれない。そう考えたのは、紛れもなく招木自身だった。

 

「荒療治のためかな」

「二宮さんから話は聞いてます。でも、どうしてそんな強行手段をとったんですか?」

「私が同じ理由でトラウマを克服したから」

「!」

「私のサイドエフェクトは幸運体質。幸運を体に強制する。異様な回避率や攻撃的中率はサイドエフェクトがもたらす幸運なの。ただ、私の努力をなかったことにする。それが嫌で、以前はサイドエフェクトに抵抗感があった」

 

 その話は初めて聞くものだったが、犬飼はなんとなくデジャブを感じていた。

 犬飼は影浦に「おまえは考えてる事と顔が一致してなくて気味が悪い」と言われたことがある。

 影浦は感情受信体質というかなり辛いサイドエフェクトを持っていた。それと犬飼の相性は致命的に悪く、今ではまともな会話すらできていない。

 サイドエフェクトは便利なようで大変なものなんだな、と客観的に認識していた。

 

「体に強制する……」

 

 だから招木が自身のサイドエフェクトに嫌な感情を持っていたことを知り、意外ではあったが腑に落ちた。

 招木が日常的に周りに幸運を見せつける場面を見たことがあるので、運がいいと持ちネタに困らないなーなんて無責任なことを考えていたけれど。

 

「……あ、こないだの戦いで菊地原くんの奇襲を受けた時、なんでスコーピオンで反撃したのか気になってたけど」

「私の幸運体質が働いたせいだね」

「そう、なんですね。……なるほど、そうだったのか」

 

 犬飼は独りごちる。

 一瞬一瞬の判断力を問われる戦場において、自分の意図しない行動に出てしまうのはかなりの不安要素だ。

 あの時は堤もそばにいたし、思ったより諏訪隊はコンビネーションに悩まされているかもしれない。それをさほど感じさせなかったのは、あの二人の連携力の賜物だ。

 ランク戦の情報収集をちゃっかり行いながら、続きを促す。

 

「それで、そのサイドエフェクトへの拒否感をなくすきっかけが、荒療治だったと」

「うん。二宮との模擬戦だった」

「へえ! 二宮さんとの! ……ああ、わかりました。両攻撃で削り殺されたんですね」

「五本勝負の制限を超えて時間感覚がわからなくなるくらい追い込まれたよ。あんなに恐怖を覚えたのは初めてのことだった。おかげでサイドエフェクトを受け入れることができたけど」

「……二宮さんはこのことを?」

「知らないよ」

 

 まさか鳩原を追い詰める荒療治の元ネタが二宮だったなんて。これはあの人には伝えらんないな、と犬飼がひっそり胸に秘める。

 

「鳩原に人を撃ちたいという気持ちがあるなら、試す価値があると思った。でも二宮に怒られたからもう私からは誘わないよ」

 

 本人には『君が望むのならいくらでも特訓に付き合うよ』と伝えているので、どうするかは鳩原次第だ。

 鳩原が人を撃てるようになれば、何かが変わる。招木にはそんな予感があった。サイドエフェクトが指し示したからだ。招木の幸運は鳩原に強く結びついている。

 それが何故かはわからないが、見逃すわけにもいかない。

 

「……話を聞いても、やっぱりわからないです」

 

 犬飼の疑問であった「なぜ鳩原に撃たせたかったのか」という理由についてはわかった。

 招木は荒療治でトラウマを克服した経験があったので、鳩原にも同じことをさせようとしたと。

 それでもわからないことがある。

 強引な手段に出たこと。衝動的だったこと。その理由が欠けている。

 

「招木さんって鳩原ちゃんとそんなに仲良くないですよね」

「うん」

 

 即答かよ。駆け引きしようかと最初は思っていたけど、やっぱりいらないな。聞いたら何でも答えてくれる。

 犬飼は顔には出さず質問した。

 

「じゃあ招木さんがわざわざ鳩原ちゃんを気にかける理由ってないですよね。そこまでしたのは何でですか? あ、遠征の目的を聞いたからとか?」

「弟が攫われたって話だね。それは聞いたけど、関係ないかな」

「……同情したとかでもなく?」

「理由は理解したけど、同情はしなかったな。私が一番関心があるのは、鳩原が人を撃てるかどうか、それだけだよ」

「……、」

 

 犬飼は真っ先に、危ういなこの人、という感想を抱いた。

 まだ鳩原のことが心配になってとか、弟さんを早く探せるよう手伝ってあげたくてとかの方が納得できた。人間らしい共感ベースの話だからだ。

 しかし招木にそういった部分は一切ない。大切な弟のためにという切実な目的を完全無視し、私欲のために鳩原を利用している。

 自覚済みで近づいたのだから、二宮が憤怒したのも当然だ。答えを引き出した犬飼も不快な気持ちになっている。

 

「嫌な気持ちになった?」

「……お綺麗な言葉を飾られるよりは、好感かも」

 

 招木は自分の考えが一般的な感覚とそぐわないことを自覚している。素直に話す分やりやすいが、隠さないのも違和感があった。いや隠すべきとも思わないのか。

 この人はきっと、鳩原の中身に興味がないのだ。

 犬飼は招木のサイドエフェクトが鳩原を狙ったことを知らないので、ただひたすらに招木の印象を自分勝手な人と認識するに留めた。

 

「ただあんまいい考えじゃないですね。本人にとっても、おれたちにとっても」

 

 今の招木を鳩原に近づけるのは危険だ。二宮もそれを見越して接触禁止令を出したのだろう。

 ……いやあの人のことだから感情的に発令したのかもしれないけど。可能性が捨てきれないけど。

 

「そうだね。人にされて嫌なことはしてはならない。教えてもらったことだったのにな」

「……?」

「鳩原に私が謝っていたと伝えておいてほしい。本当にごめんなさい」

「わかりました。わかりましたよ!」

 

 鳩原個人には対して興味がないくせに、悪いという感情は本物みたいだ。

 素直。無関心。申し訳ない。色んな招木の分析が犬飼の中で積み上がっていく。

 

「そういえば、あのランク戦見返して気づいたんですけど、一瞬鳩原ちゃんと何か喋ってましたよね? 何言ったんです?」

「ナイスチャレンジと言った」

「うわ」

「鳩原はありがとうと返したよ」

「……」

 

 人を撃てない女が撃った時にかける言葉がそれか。

 実際は狙撃手としての本分である一撃必殺ができなかったわけだから、ナイスチャレンジ。

 それを言われた時、鳩原は何を思ったのだろう。

 一通り確認したいことを聞いた犬飼が黙り込む。無言になってしまったので、二人分のまばらな足音だけが通路に響き渡った。

 

「うーん」

「どうしたの?」

「おれの見立てと違う」

 

 犬飼が顎に指を当てて断言した。

 撃てるかどうか興味がある。

 犬飼は招木のことを、ただそれだけのために強硬手段に出るような人だと思っていなかった。

 

「おれ人を見る目に自信があるんですよ」

 

 招木は犬飼の訓練生時代にもC級ブースに顔を出しており、彼もまた運試しをやった一員だった。それに彼女を本部で見る確率はかなり高く、色んな人と喋ったり絡んだりするのを犬飼は見ている。

 だからそれまでの印象と昨日の事件をやるほどの衝動性が、どうしても結びつかなかった。

 ……鳩原に対する加害性があの行動から読み取れる。だけど本人を目の前にすると、やっぱり腹に一物抱えるようなタイプには見えない。

 

「今こうして話していても違和感があるんですよね。今まで隠していたらなら相当お上手ですけど、多分違うだろうし。鳩原ちゃんに迫った理由と、おれの思ってる招木さんの性格がズレるなあって」

「……、」

 

 犬飼が隣をチラリと見ると、招木は言葉を探すように口を開閉した。しかし言うべき言葉が見つからなかったのか、やがて完全に閉じられる。

 暫くしてから招木が絞り出すように言った。

 

「君はそう断言できるほど、私と親しくないよね」

「あは。そうですね。言われちゃいました」

 

 犬飼が見抜けない闇が招木にはある。それがわかったのが今日の収穫だった。

 とにかくこの違和感は忘れないようにしようと思った。それが二宮隊のためになると、犬飼は確信していた。

 

 

 

─────────

 

 

 

「手は洗ったわね」

「ばっちり」

「では今から遅れたバレンタインお菓子作りを始めます。うふふ、楽しみね」

「よろしくお願いします」

 

 招木と加古はエプロンを身につけ、許可を得て食堂の調理場にいた。数日遅れのバレンタインチョコを今から作るのである。

 今はランク戦の真っ只中であり、招木はバレンタインの存在をすっかり忘れていた。しかし加古に「はいチョコレート」と渡されて思い出した。

 美味しいチョコがもらえる日。そしてお世話になった人にチョコを渡す特別な日のことを。

 

「事前に確認はしたけれど、渡す相手かなり多いわね」

「諏訪隊のみんな、指導してくれた風間、木崎、三輪、個人戦をよくやる太刀川と出水、友達、チョコをくれたお返し……そうだね、多いかも。あとは師匠の加古にもあげる」

「あら嬉しい。出来立てを一緒にいただきましょうね」

 

 作るのは日持ちするブラウニーだ。加古は二つの意味で殺人級の炒飯を作る名人であるが、普通に料理も上手い人間なので招木は加古に手伝いをお願いした。

 事前に買っておいた材料とラッピング用品に漏れはない。

 加古の指示に従って招木は作業に入る。

 

「もうちょっと細かく刻んで……持ち方危なっかしいわね。猫の手よ猫の手。こう」

「猫の手」

「優しくふるって。それじゃダマになっちゃうわ」

「ダマに」

「軽く混ぜて。そんな全力じゃなくていいから」

「軽く」

「よし。あとは焼くだけね。粗熱とるのにも時間がかかるから、暫く手が空くわ」

「これで終わり?」

「メインの作業はね。お疲れ様。座って待ちましょう」

 

 招木は料理の経験がほとんどないので手こずったが、加古が素晴らしいサポートをしたおかげで無事に仕上がりそうだ。

 そんな料理上手の彼女が紅茶を淹れてくれたので、二人は焼き上がりまでのんびり待つことにした。

 丸椅子に座り、調理場向こうの食堂にいる隊員たちを観察してあれやこれやと雑談をする。

 最近のトピックはやはりランク戦であった。

 

「見てたわよ、この間の上位グループ戦。よく頑張ったわね。特に終盤で無理に対抗せず、二宮くんから逃げて一点とったのがえらい」

「ありがとう。ただあれは運が良かったからだって思うかな」

「どうして?」

「普通なら二宮を振り切れるわけがないから。鳩原が私を狙撃した後、二宮は間違いなく動揺していた。二宮隊は随分と仲良しみたい」

 

 犬飼が釘を刺しに来たこと。二宮が怒っていたこと。鳩原が部隊のことを思い出して元気を取り戻したこと。

 それらを立て続けに見たので、あの隊は存外深い絆で結ばれているのかも、と招木は思っていた。

 

「ふぅん、ちゃんと見てるのね」

「加古に教わってるからね」

「うふふ。おべっかも上手くなったみたいだわ」

「そんなことないよ。心から思っていることだ」

 

 加古は微笑みを浮かべて招木の手をとった。指を絡めて握る。彼女はされるがままだった。

 

「バイパーも制御できるようになったし、次は何がしたい?」

「うーん。まだ実戦での決定打にはなれていないんだよね。今は私が回避して時間を稼いで、その間に諏訪と堤が攻撃する形なんだけど、私単体だとどうしても攻撃力が弱くて。一人でも相手を撃破できるようになりたいな」

「攻撃力を高めたいの?」

「うん。火力担当が先に落ちる場面もあって、その時私がどれだけ粘っても、囲まれて追い詰められてきたから」

 

 招木の言うことは的を得ている。

 囮が生き残っても、火力役が先に落ちれば勝ち筋は細くなる。その時は自分でも倒せそうな相手を狙うしかないが、それも毎回通じるわけではない。

 一人でも戦えるようになりたい。

 弟子の願いはシンプルだった。

 

「メテオラもハウンドもまだ触り慣れていないし、そっちも試していきたいな。ああ、でも、無闇に手を広げるのもよくないよね。今はバイパーの練習がしたい。得意なものをさらに伸ばしたい。スコーピオンも近接でもっと使いこなせるようにしたいな」

 

 加古は招木の師匠である。彼女は弟子を強くする責任があった。

 代わりに部隊の方針に口を出すことはできない。加古ができるのは射手としての技術を授けることと、師匠として招木を育てることの二つだ。

 

『囮に慣れさせれば、招木ちゃんはどんどん自分を軽視する。元からあんなに意志がないのに、それまで奪ったら何が残るの?』

 

 諏訪隊が今の方針を打ち出した時、加古が諏訪に忠告した発言だ。

 招木は囮役への適性を伸ばしていった。三輪に鉛弾を教わり、とことん撹乱特化射手への道を突き進んでいる。

 しかし危惧していたような、自分を軽んじるようなことはしていないと加古は見ている。

 以前あった二宮との模擬戦で特攻するような危なっかしさはなかった。

 諏訪の言う通り、信じていれば応えてくれるのだと学ぶ。

 

「でもどうしていきなり攻撃力を上げたいと思ったの? 火力不足は前からの課題だったでしょう」

「三輪が囮程度で満足するなと言ったからかな。この前のランク戦で撃たれる前も、前に出たことを褒められた」

「三輪くんが? そんなことを? へえ……」

 

 加古は三輪と同じ部隊に所属していたが、彼は無駄や馴れ合いを嫌うので、本気で招木を気に入っているのだなとわかった。わざわざ声までかけているらしいし。

 前から招木の話を吹き込んだ甲斐があった。これは面白い、とネタを一つ拾い上げる。

 

「わかったわ。一人でもやっていけるように、強くなりたいのね」

「うん」

 

 頷く招木の両手を繋ぎ、軽く握る。

 

「でもまだダメよ。一人で勝つんじゃなくて、チームで勝たなきゃ」

「!」

 

 招木がぎゅっと一瞬だけ強く握り返した。

 

「あのランク戦から諏訪隊の方針は変わったの?」

「変わっていないよ」

「なら相手を倒すことより先に、味方を守る動きをもっと徹底しないと」

 

 ぱち! と招木は力強く目を開いた。両手を繋いだままその瞳を覗き込むようにして加古が説く。

 

「あなたはまだその動きが弱い。守ろうと意識しているのは見てわかるけど、結果に出てないわ。一番改善の余地があるのはそこだから、真っ先に取り組むべきよ」

「それは、そうだね。諏訪にも似たようなことを言われたな。幸運が仲間を守るために発動するかもしれない。その可能性を探せと」

「へえ。諏訪さんが」

「ただ私の幸運は私のためだけのものだった。今まで意識してきたけど、仲間のためになるようなラックは一度もなかったな」

「……あなた、今まで幸運体質に頼っていたの? 部隊が襲われた時、ずっと?」

「? 頼るというか、味方を守ることを考えつつ、サイドエフェクトが発動するよう祈っていたかな」

「祈っ……」

 

 絶句であった。

 招木がそういったカバーの動きが弱い理由が、今わかった。

 攻撃を当てる幸運が味方を含まないことは加古も知っている。それに囮として単体で動くことが多いから、味方を守る動きに鈍いのも仕方がないと思っていた。これから練習すればいいとさえ思っていた。

 しかしこれはそういうのとは別問題だと判明したので、言葉の鞭を振るうことにする。

 加古は繋いでいた手を離して、呆れてため息をついた。

 

「諏訪さんはあとで説教ね」

「どうして」

「結果を早急に求めすぎよ。いいえ、これも"信じて待つ"の部類かしら。どちらにせよドッシリ構えているのが腹立つくらいね……」

 

 頭の中の諏訪が「わはは」と笑い声をあげている。

 加古が突然諏訪にムカつきを覚えたので、招木が困ったような雰囲気を出した。

 師匠といえど一番大事な人によくない展開になるのは望まないらしい。

 加古はこほんと咳払いをして、クリーンな笑顔を浮かべた。

 

「火力担当が先に落ちる場面もあったって言ってたでしょう?」

「うん」

「だったら先に諏訪さんと堤くんを落とさせない動きをしなきゃ。あなた一人生き残って何になるの」

「!」

「招木ちゃんはトドメを任せる立場なんだから、その二人が残っていること自体が勝ち筋なのよ」

 

 招木も納得がいったようで「確かに味方を守ることが優先だね」と言った。

 

「それに味方をカバーするなら幸運体質のことは忘れて動きなさい」

「どうして? 発動したことはないけど、諏訪は幸運体質も絡めて味方を守れるんじゃないかと言っていた」

「緊急事態なのに運試しで守れるんじゃないかって消極的に突っ立ってる隊員なんて邪魔よ。祈る前に一歩踏み出して、実力で味方をカバーなさい」

 

 頬を打つような言い方だった。

 それはかなり前に、諏訪が招木の意思疎通能力を危ぶみ、突き放した時と似ている。

 

「自由にオンオフできるものじゃないのに?」

「そんなの攻撃する時も同じでしょ? 招木ちゃんは自身の攻撃全部をラッキーだと思っているの?」

「あ……」

「自力で敵に攻撃を当てられるよう、ずっと努力してきたじゃない。たとえ幸運で無理やり捻じ曲げられるとわかっていても、招木ちゃんは諦めなかった。今度は守るために同じことをするの」

「うん」

「苦しい?」

「いつも通りだと思うよ」

 

 招木が紅茶の水面を見下ろして、眉を下げた。

 幸運体質は結果を出す能力だ。招木は努力を重ねてきたが「攻撃を当てる」「攻撃を躱す」場面において、過程は違えど幸運によって得られる結果と同じ実力を身につけることしかできなかった。

 しかし味方の守りにおいては違う。加古はそこに目をつけた。

 

「いつも通りなんかじゃないでしょ。今のところ幸運は降ってこないんでしょ? じゃあ実力を見せるチャンスじゃない」

「……実力?」

「幸運に頼らない素の力。初めて自分で開拓できる努力かもね」

「……! そっか。そうだ……!」

「全体を見て敵を誘導する力は培われている。じゃあ今度は守備方面でも、戦局をコントロールできるようにならなくちゃね」

 

 加古には、諏訪の狙いがようやく見えた。

 彼は味方を守る幸運を期待していたわけではない。招木の意識を味方へ向けさせたかったのだろう。

 彼女の戦いにおけるサイドエフェクトの世界には、自分と敵しかいないから。

 招木の意識を「自分と敵」から「味方を含めた戦場全体」へ向けさせること。それが本当のねらいだった。

 

「実力でみんなを守る……」

 

 ここで招木は仲間を守る時、幸運体質を意識するという諏訪からの指示を捨てた。

 諏訪の指示よりも、自分がやってみたいと思った分が上回ったからだった。

 結果的にそれは諏訪の目論見通りとなったが、招木は自覚していない。

 

「射手とはそういうポジションよ」

「うん。わかった。次はそこを改善する。頑張るよ」

「私がいるもの。大丈夫よ」

「頼もしい師匠がね」

「まあ、この子ったら」

 

 表情には出ないが、招木はわかりやすくやる気を出していた。

 今まで色んな場面で幸運体質の妨害を受けてきた。発想も、努力も、攻撃も回避も感情も言葉も、たびたび奪われていったのだ。

 けれど味方を守るシーンにおいては幸運体質は発動しなかった。招木にとってこれは痺れるほど嬉しいことだった。

 努力が無駄になるとわかっても諦められない性分だが、打ち込めば打ち込むだけ伸びるのなら、こんなに嬉しいことはない。

 

「ありがとう、加古。やっぱり加古が師匠でよかった」

 

 感謝の気持ちを伝えれば、加古は虚を突かれたように目を丸くした。

 しかしすぐに破顔すると「どういたしまして」ととても優しい声で言った。

 

「そういえば、チョコを渡しに行った時に小南ちゃんから面白い話を聞いたわ」

「小南から?」

「あの子にも渡しに行くんでしょ? ついでに聞いてみてごらんなさい」

 

 加古は吹っ切れたように美しく笑った。

 調理場にはブラウニーの焼ける甘い匂いが漂っていた。







出来立てのブラウニーはとても美味しかったそうです。
加古は二人で一緒に食べるシーンを写真に撮って諏訪と三輪に送りつけました。自慢です。
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