攻撃手ランキング界隈に激震が走る出来事があった。
玉狛支部所属の小南が個人戦に参加し始めたのである。彼女は今まで習い事を優先しランク戦に顔を出していなかったが、まもなく中学を卒業するのでようやく本部のブースに姿を見せるようになった。
短刀・孤月二刀流を振り回し数々の攻撃手陣を切り捨てていくその姿は、まさに鬼神であった。
「今小南って何位だっけ」
「太刀川さんや風間さんからだいぶポイントもぎとったからな。もう一桁台は近いだろう」
「すごいね。小南が強いのはわかっていたけど、ここまでとは思っていなかった」
リアルタイムで繰り広げられる小南と太刀川の個人戦を観戦して招木がそう言えば、小南の従兄妹である嵐山が「どうして?」と聞き返す。
「普段の様子からして、こちらを引っ張ってくれる元気良さが印象として強いからかな」
「ああ、たしかにそういうところが桐絵にはある。でも戦闘になると雰囲気が変わるだろ」
「うん」
頷いて、たった今太刀川に一閃を決めた小南に視線を戻した。
招木と一緒にいる時の小南はよくお姉さんぶっていて、溌剌としたイメージが強い。よく人に騙されて振り回されている場面も見る。
しかし戦いにおいてはどこまでも冷静であり、騒がしさとは程遠いようだ。
しかも相手の攻撃を正確に見極め、回避に迷いがない。決着の瞬間までほとんど無傷だ。
観客席から見ていると、小南は回避のたびにきちんと周囲に目線を巡らせて情報を拾うのに余念がないとわかる。移動経路や敵の位置、予想される攻撃手段、回避方法……あらゆるパターンを想定して柔軟に対応している。
素晴らしい能力だ。このままいけば小南が攻撃手一位に躍り出るのは時間の問題だろう。
「私も小南のように完璧に回避できたらいいんだけど」
「と言うと?」
「私も小南も回避率がものすごく高い。しかしここまで結果に差があるのは、能力の差もあるけど、回避時に私にたくさんの無駄があるとわかった。躱すだけで満足してはならないね。もっと余裕と広い視野がないと」
これも三輪の言う『囮程度で満足するのは傲慢だ』の一部なのだろう。
一動作の余裕が味方への守備にも繋がるはずだ。
招木が小南と太刀川の個人戦に学びを得る。そのままジッと観察して彼女の立ち回りから参考にできるものはないかと探っていく。
すると隣に座る嵐山が招木の目の前で手を振った。招木の目線が動く。
「次は俺と戦る予定なんだ。俺も見ていてくれると嬉しい」
「わかった。参考にさせてもらうね」
「張り切り過ぎて空回りしないよう頑張るよ」
「君が空回りすることなんてあるの?」
「かっこいいところを見せたいからな」
「それなら問題ないと思うけど」
「どうして?」
「嵐山はかっこいいから」
「はは、ありがとう。じゃあその評価に恥じない結果を出すよ」
嵐山は特段意気込む雰囲気を持たないままさらりと言った。招木も「楽しみにしてる」と熱を持たない表情で返す。
「手を貸して」
「どうぞ」
「……うん。じゃあいってきます」
ぎゅっと嵐山に手を握られる。その行為は二人にとっての日常的な触れ合いとなっていた。だから両者とも照れたり慌てたりする様子はない。
すると招木の視線が横にずれた。嵐山がそれに釣られて見れば、佐鳥と時枝が目を丸くしてそこに立っていた。
「ああ、賢、充。二人とも観戦希望か?」
「はっ、はい」
「嵐山さんが次の対戦相手ですか?」
「そうだ。ますます気合が入るな」
にこやかに笑った隊長を見送った佐鳥と時枝が、招木に目を向ける。その眼差しには随分と俗っぽい感情が浮かんでいた。
招木の隣に座った佐鳥がソワソワした感じで、いよいよ我慢できなくなったように口走った。
「あ、あの〜……ちょっと質問があるんですけど〜」
「何かな」
「招木さんって、嵐山さんと、お、お付き合いされてたりします?」
「していないよ」
「えっあの距離感で!!?」
「賢」
「あっ、す、すみません。急に大きな声出して……」
「いいよ」
時枝に名前を呼ばれた佐鳥がシュンとして謝ってくる。招木は平然と頷いた。
一時帰省のあの一件から嵐山との距離感が急変していた。めちゃくちゃ近くなったのだ。もともと親しかったのに、心理的にも身体的にも接近した今はともすれば恋人同士にも見える。
けれど招木は相変わらずだし嵐山の雰囲気も一定だ。男女の色恋のような不安定さ・揺らぎがまるでない。
「でも、ええ〜? うちの隊長が〜?」
しかし佐鳥は懐疑的だった。
以前招木が柿崎に告白する現場に遭遇したことがあるが、あれは誤解だったと教わった。
けれど今回のは誤解じゃないのでは? というのが佐鳥の見解である。
招木側からは特別な感情は見えないが、嵐山からの熱意をものすごく感じるのだ。いや声色とか表情に恋愛的な感情は一切ない。でも招木へのエネルギーが凄まじいような、そんな感じ。
というか他の女の子にああいうこと言わないしやらないし。
招木さんだけ特別扱いなの丸見えだし。
「さっき手を繋いでましたよね?」
「うん」
「……おれ女の子と手を繋げたら一日中喜ぶ自信ある」
「まあ、たしかにテンション変わってないよね。お二人とも」
「とっきー、そうなんだよ! だから余計気になるって言うかさー! おれが恋愛脳なだけ?」
「手を繋ぐことがそんなに特別なの?」
「それは……その……」
「何か嵐山さんから言われませんでした? 前からあんな感じじゃなかったですよね」
ゴニョゴニョと口ごもる佐鳥の代わりに、時枝がしれっと質問した。なんだかんだ気になるのは彼も同じなのだ。
招木や嵐山が嫌がったり隠したりする様子なら探ろうとしないが、二人ともオープンなので、これならいいかと判断した。
「そういえば」
「おっ」
「心当たりある感じですか?」
佐鳥と時枝が身を乗り出す。二人の野次馬根性チックな視線を受けて、招木は自分の手のひらに目を落とした。
「以前、嵐山は私に愛情を与えたいと言った」
「愛ですか」
「ラブっすか」
神妙な顔で佐鳥が手でハートマークを作った。
「だから可能な限り一緒にいたいと。嫌なら断ってくれて構わないと」
招木は嵐山にそう言われた。断る理由がないので頷けば、嵐山が「緊張した……」と微塵も気負う様子なくこぼした。
そんなことがあってからだ。嵐山とさらに仲良くなったのは。
大きな変化が訪れたのは学校にいる間だけ。ボーダーではお互いやるべきことが山積みなので、本部で一緒にいる時間は相変わらずだった。
けれど招木は「これが本当の、ちゃんとした友達なんだな」と思うだけだった。
そんな隊長の話を聞いた佐鳥は、ハートマークをパッと開いて興奮気味に頬を赤らめた。
「か、カッケ〜〜……!」
愛を与えたいなんてとても言えない。恥ずかしいから。「さすが嵐山さん……!」と感動に打ち震える、まもなく中学三年生である。
嵐山さんって招木さんのこと好きなんだ〜! と純粋に思った。
「えー! 他には? 他には何か言われました?」
「後はそうだね、特別になりたいと」
「きゃー!」
あまり黄色くない声もあげる。
しかし時枝は首を傾げた。そのセリフはまるで告白じゃないかと思ったのだ。
つまり、嵐山は招木と付き合いたくて告白した。しかし招木は告白とは受け取らず、単に「友達としてさらに仲良くしたい」と認識し、了承したのでは、と。
どれだけ友達として親しかろうと、あの嵐山がわけもなく手を握ったり熱っぽいセリフ(声のトーンはまるで変わらないが)を言うと思えないのだ。
しかも特別になりたいとまで言っているし。それって親友枠じゃなくて恋人枠なんじゃないの? という当たり前の違和感だった。
時枝が疑問を確信に変えるために質問を重ねる。
「あの、ちなみにそれ、いつどこで言われましたか?」
「一時期帰省した後、こっちに戻ってきてからかな。学校で」
「教室ですか? 休み時間とか?」
「いいや。放課後の屋上で」
「わ〜、ロマンティック〜!」
子どもっぽい素直な声を出す佐鳥と違い、時枝はゴクリと唾を飲み込んで「告白だ……」と思う。
どうしよう。この人は多分告白に気づいていない。嵐山さんはこのことを知っているのだろうか? あの人に限ってそんなことあるのか……? おれの勘違い?
色んな気持ちが競り上がってきて、ひとまず同じ立場を共有する親友に意見を聞きたくなった。
「ねえ、賢。これって……」
「嵐山さんってスゲーよな!」
「……うん。それはそうなんだけど」
だめだ。付き合ってないことを確認したのは賢なのに、今は嵐山さんのことでいっぱいになっている……!
時枝は急に立ち上がりたい気持ちになって、しかしうまく言葉にできず、つま先に力を込めて膝を浮かせるだけだった。
「あ。小南を蜂の巣にしている」
「嵐山さんやっぱスゲー……!」
「……うん。そうだね」
最終的には何も言えず、大人しく観戦するだけだった。
言いたい。色々と言いたいけど、飲み込むしかない。
「時枝」
「! はい?」
「君のことは嵐山から聞いている。連携や援護が優秀なオールラウンダーだと」
「ありがとうございます」
「招木さん、おれは? おれのことは?」
「優秀な狙撃手だと。佐鳥の実力は狙撃手訓練で私自身が痛感しているよ」
「やったー」
にこ! と人懐っこい笑顔を浮かべる佐鳥。その隣で招木が時枝に本題を振る。
正直に言って時枝はもう少し頭を整理する時間が欲しかったが、流石の対応力で意識を無理やり目の前の問いかけに集中させた。
「私は今、回避力と、仲間の援護や守備の技術を高めたいと思っている。君はそういうのが得意だから、アドバイスを求めたい」
「おれですか? でも……」
「ランク戦での時枝の視野の広さには目を見張るものがあるからね。普段どういった訓練をしているの?」
「あ、それならウチでやってることを」
と時枝が教えてくれたそれは、招木が加古に指示される内容と似ていた。並行処理能力を高めて意識を分配することに慣れる訓練だ。
他の部隊でも同じようなことをしているんだなと思う。であれば、時枝がサポートに特化しているのは彼の技術や素質、意識の向け方が招木と違うのだろう。
「時枝は普段どんなことを第一に考えながら戦っているの?」
「街や市民を守ることです」
「広報部隊らしい模範回答だね」
「事実ですから」
「招木さん、おれにも何か聞いて!」
「じゃあ、佐鳥がツイン狙撃なんて必殺技を身につけるくらい狙撃手に熱中する理由は?」
「一番広い範囲の人を助けられるからです!」
「前言撤回。二人とも実に嵐山隊のメンバーという感じがするよ」
「それも事実ですねー」
招木は二人から嵐山の系譜を感じた。誠実さとヒロイズムを両方から感じ取った。
これらの意識は自分の中には存在しないし、理解はできても共感はできない。別のアプローチが必要だ。
ふむと考え込む招木に時枝が話しかける。
「招木さんは諏訪隊で囮になることが多いですよね。でもサポートに回る時もある。どちらも決定打を銃手のお二人に委ねてますが、彼らが先に落とされた時のことを想定してアドバイスを求めてらっしゃるんですか?」
「そうだね。私がもっと周りのことを考えて動けたら、と」
「えー、でも招木さんが生き残るのは仕方がないと思いますよ?」
「どういうことかな」
「オレら狙撃手からしたら、招木さんを最初に狙う理由そんなないですし。どうせ回避されるのがわかっているから、先に落としやすい人を狙うのは当然じゃないですか?」
「幸運体質があるから、他と比べてどうしても攻撃優先順位が下がるしね」
「そうそう」
時枝と佐鳥が二人で頷き合う。招木も「それはわかっている。だから私よりも狙われやすい他の隊員を守れるように動きたいんだ」と付け加えた。
それなら、と時枝が口を開いた。
「おれなら敵を動かすんじゃなくて、味方を動かすことをまず考えます」
「味方を?」
「はい。実力で敵を排除するのが難しい時でも、味方であればどうにかできる可能性は高いですから」
味方というのは同じ部隊で共に過ごした友人であり、仲間のことだ。敵の思考回路を読むよりも、彼らの考えを読み取り先んじた動きをする方が、時枝は得意だった。
全体を見て敵味方の動きの予測をしつつ、どの道筋が仲間の生存率に繋がるかを考える。
そういったアドバイスを受けた招木は「なるほど」と相槌を打った。それならまだやれそうだ。
「ありがとう。私は敵ばかり見ていた。参考になったよ。今度お礼をするね」
「いえそんな」
「バーガークイーンのクーポンの余りとかあったらください」
「それならいくらでも」
「あ、ずるい。招木さん、猫カフェとか興味ないですか」
「行ったことがないし私は犬派だ」
─────────
「あたしと個人戦? いいわよ、招木ちゃんの幸運体質がどんな感じか、実際に味わってみたかったから」
小南は快く招木の申し出を受け入れると、凄まじい勢いで招木をすっ転ばせた。
そのスピード感に一番驚いたのは招木だった。
速すぎる。二宮に蹂躙された時は台風の中にいるみたいだったが、今回は稲妻に撃ち抜かれたみたいだった。速さと火力が段違いだ。
地面に這いつくばった招木を小南が見下ろしている。
「へえ、たしかに運がいいわね。あたしの一撃を完全に躱した。でもそれだけよ」
招木はただ避けるだけだ。あまり転ばなくなって、受け身も綺麗にとれるようになって、戦いの流れを中断することはなくなったが、それだけだった。
攻撃への助走になっていない。小南との決定的な差はこれだった。
まあ今回は小南という圧倒的な格上との戦いなので、またもや転ぶ段階に突入してしまったが。
「あたしの攻撃を何回躱した?」
「三回」
「じゃあ躱した後に何をした?」
「何も」
「そうね。何もできていない。あたしなら三回躱して三回攻撃を叩き込んでる。そして勝つわ」
「本当に強いね君」
小南の指摘は的確だった。攻撃手としての攻撃意識が招木とあまりに違う。
招木は射手であり一歩引いて全体を見る位置にいることが多い。攻撃でなくともやるべきことは山ほどあった。
観客席でも思ったことを実体験に落とし込む。
回避後の動きに割ける時間はわずかだが、達人たちとの戦いではその一瞬が命運を分ける。小南はその判断がものすごくシビアで、今の招木の処理速度は欠伸が出るほどノロいのだろう。
であれば、と招木が提案した。
「ひとつ、実験に付き合ってくれる?」
「? いいけど、どんな実験?」
「味方を守る実験」
招木は個人戦をやめにして、訓練モードに移行した。
二体の的を出現させ、それぞれをお互いの背後にいるよう位置を変える。自動追尾の設定にしたので、招木と小南の背中に常に味方がいる構図となった。
そこまですると小南も招木のやりたいことを理解し、孤月を構える。
「防衛寄りね。経験あるわ。この的を無傷で守り通し、相手の的を消滅させると」
「うん。ある程度は自動だけど命令すれば待機もさせられるから」
そうして始まった護衛戦で、招木はとにかく小南の動きを観察することを徹底した。
離れた位置から弾を放てば、幸運に支えられる招木の攻撃は無視できないものになる。小南はシールドで的を守りつつ、自身への攻撃は単純な反射神経と身体能力で回避していた。
難なくこなす対処力が凄まじい。彼女の動き方、回避後の立ち居振る舞い、すべての情報を集めるのに集中していれば。
「観察したいなら、まず戦況を自分で支配しなさい」
「!」
小南が急接近してガンガン攻め込んできた。招木が一番苦手とする、力押しである。
結局その後は招木の的を傷つけられてしまい、実験は終了した。
「ありがとう、色々とものすごく参考になったよ」
今の招木にとって小南は格上であること。だが回避や護衛の動きで学べるものは多く、訓練の助けになったこと。
さまざまな学習を得た招木が頭を下げる。そろそろ約束していた時間が終わるので解散の空気を出しながら出入り口に向かうと、小南は何だか難しい顔をしていた。
招木が「どうしたの」と首を傾げる。
「あの、ちょっと、こっち」
何故か小南に端っこの方に移動させられ、こそっと声を潜めて質問された。
「いきなりこんなことを言うのはあれなんだけど……准といい感じよね、招木ちゃん」
「いい感じ?」
「だから、えっと、もしかして恋人なのかなって!」
「嵐山とは付き合っていないよ」
「嘘でしょ!? でも、准が特定の誰かにあんなふうに振る舞ってるとこ見たことないのよ?」
「そうなんだ」
「……あたしもう一個根拠があるの」
「何を?」
「……この前、本部の帰り道で、別れ際に准が招木ちゃんを抱きしめてたでしょ。ちょっと気まずかったんだから」
覚悟を決めて深い部分にまで切り込んでいくが、招木は相変わらずだった。
「? それで交際していることになるなら、私は加古も小南とも恋人同士になる」
「うっ。いえ、それは友達だからでしょ」
「嵐山とも友達だよ。一番の親友と言っていいくらい仲がいい」
「それはそうなんだけど……うー、うまく伝わらないわ!」
すっかり普段のテンション感に戻った小南が頭を抱えている。
招木は、最近この手の質問をされることが増えたなぁとのんびり思った。だいたい質問者は招木が「嵐山とは恋人ではない」と答えるとオーバーリアクションするのである。
そんなはずがない。あんなに距離が近いのにただの友達なわけがない。嵐山が女の子相手に意味もなく接触すると思えない。
でも嵐山の態度が一貫しているのも気になる。恋人っぽくないのに距離感がおかしい。
そういう言葉が続くけれど、やっぱり招木は嵐山との友達関係を疑わないのである。
「准はどんなつもりなのかしら……」
従兄妹ではあるけれど、従兄妹だからこそ聞きづらい部分がある。小南がそう呟くと、招木がまばたきして言った。
「じゃあ聞いてみる?」
「え?」
小南の普段と戦闘時のギャップが好きです。コロっと人に騙されるチョロさと圧倒的強さが同居する女、好き
X(原作の感想や絵を投稿します) → @qgiu39