招木が嵐山に電話をかけると、彼は嵐山隊の作戦室にいるらしい。
いきなりそんな、と慌てる小南を引き連れ訪ねてみれば、嵐山隊のメンバーが勢揃いしていた。
「突然お邪魔してごめんね」
「気にするな。いつでも歓迎している」
招木が一言断れば、嵐山が穏やかに受け入れる。しかし事務的だ。
嵐山は誰に対してもこんな感じだから、やはり小南はこの二人が並ぶ姿を見ても、恋人か疑う気持ちが揺らいでしまう。
「あれっ、桐絵ちゃんが本部にいるの珍しいかも」
「最近はよく顔出してるわよ。個人戦に誘われるもの」
「そういえばそんな噂あったね〜」
「オレととっきーもこないだ嵐山さんと個人戦してるとこ見ましたよ」
「見ました見ました。すごかったです」
綾辻が小南に話しかけつつ、お茶を用意する。その流れに加わりながら佐鳥は疑わしい二人の対面に内心ワッとなっていた。時枝も嵐山と招木の距離感に小南や佐鳥同様悩んでいる。
特に時枝は「嵐山さんは招木さんと付き合っているつもりだけど、招木さんは気づいていないのでは?」と疑問に思っていたので、突然の訪問にドギマギしていた。
「それで、いきなりどうしたんだ? 俺に何か聞きたいことがあるんだろう」
「小南が……あと佐鳥と時枝が、私と嵐山が付き合っているんじゃないかって聞いてきて」
「うん」
「あっ」
「えっと」
「その、」
「恋人ではないと答えると、私たちの距離感はおかしいと」
「ふむ」
「いやっ」
「そんなつもりじゃ、」
「違うんです」
突然ぶっ込む招木に、小南・佐鳥・時枝が大きな反応をした。
綾辻も前々から怪しいなと思ってはいたので「三人とも本人に直接聞くなんて挑戦的だな〜」と感じていた。
一通り事情を説明された嵐山が、動揺する三人に目を向ける。
「まず、俺たちは交際していない」
そしてとても冷静に訂正し始めた。
「で、でも……」
「三人が誤解しているのは、俺たちの距離が近いからだな」
「は、はい。そうです」
「その指摘は的を射ている。俺は本気で愛を与えたいし、招木の特別になりたいと思っているよ」
「きゃっ」
赤裸々な告白に綾辻が小さく乙女の声を上げた。小南と目を合わせてコクコク頷き合っている。
紛れもない告白だった。佐鳥も時枝も同じリアクションをしたからわかる。
それなのに嵐山も招木も落ち着き払っていた。
時枝は自分の勘違いを頭の中で訂正したが、やはり納得できないでいる。
「だからそのための行動を慎むつもりはない。本人が嫌がるようならやめるが」
「? 嫌だと思ったことは一度もない」
「そうだろうな。だからまあ、気にしないでくれ。これは俺の我儘だから」
「う、ううん……」
小南が居心地悪そうにしている。
なんというか、答えは教えてもらったけどイマイチ要領を得ないというか、うまく躱されているような、そんな気持ちになるのだ。
そこまで断言しておいて空気感が変わらないなんてことある? 言動と雰囲気のチグハグさが引っかかっていた。
嵐山の熱量と空気がずっと一致していない。彼は天気予報を読み上げるような感じなのだ。
「いや、言ってることはめちゃくちゃ雰囲気あるのに、なんでそんな朝礼みたいなテンションなんですか!?」
ついに我慢できなくなって佐鳥が叫んだ。
「この際はっきり聞きます、二人ともぶっちゃお互いのことどう思ってるんですか!?」
「い、いいわね! その調子よ!」
「どうと言われても、親友だよ」
「そうだね」
「親友!? オレだってとっきーと親友ですけど、愛やら特別やらはよくわかんないですよ!」
「賢、おれを巻き込まないで」
時枝が佐鳥と距離を置きながら気になることを質問しに行く。
「あの。差し支えなければ教えていただきたいのですが、お二人は恋愛感情はないんですか?」
「人として好きだと思っているぞ」
「うん」
「わからない……、わからないわ……」
小南が額に手を当ててフラフラしている。
互いのことは親友だと思っていて、恋愛感情はないらしい。それなのにハグをして、嵐山は愛を与え、招木は享受している。
さっき話したように友人同士でハグすることはあるだろう。しかし愛? 特別? それは友達の垣根を超えている気がする。いや、嵐山だからあり得るのか? この男ならばそれも普通なのか?
……違うと小南は確信する。従兄妹として断言できる。
理解不能の顔を思い浮かべる面々を見て、嵐山が肩をすくめた。
「愛の形はさまざまだろう。すべてを区別するべきとは思わないよ」
ボーダーの顔として偶像化しつつある男がそう言った。
─────────
「お、警報」
「今日あの辺担当してるのどこだっけ」
「生駒隊だな」
「だから生駒は今日見かけなかったのね」
「あれ、諏訪隊はシフト入ってなかったか?」
「うちは遅番だから」
学校の屋上にて、嵐山と招木が話をしている。
三月に突入した学校内は慌ただしくもの寂しい雰囲気に包まれている。高校二年生の彼らはまもなく進級し、最高学年になるのだ。
教室内は掲示物が剥がされたりして、一年間の思い出を空白に塗り替えようとしている。
屋上の景色は変わらずだった。遠くにボーダー本部が見えて、日常的にサイレンが聞こえてくる。
「最近」
「うん?」
「最近、俺と招木が付き合っているかとか聞かれるだろ」
「うん」
「どうして俺じゃなくおまえに皆聞きに行くんだろうな」
「嵐山には聞きづらいからじゃないの」
「何故そう思う?」
「何故……」
この一年で招木は随分と人間らしくなった。人の行動の裏を読み解いたり、駆け引きに近いこともできるようになっていた。
しかしいまだに未開拓の部分がある。
「嵐山が有名だから?」
「有名だから聞きづらいのか」
「話しかけづらいとかはあるんじゃないの」
「招木はそう思わないだろう」
「気持ちの上ではね。でも、君が人に囲まれていて話しかけに行けないのは、あるよ」
「そうだったのか。気づいてやれなくてすまない」
「君が気にすることじゃない。こうして今話しているわけだし」
嵐山が聞きたかったのは「なぜ皆は俺本人に聞かないのか」であって「なぜ招木は俺に話しかけづらかったことがあるのか」ではない。
回答がズレているが、彼女との会話ではままあることなのでスルーする。
「話を戻すが、周りに色々と聞かれるのは、嫌じゃないか?」
「特に何も思わないよ」
「面倒だったら断ったっていいし」
「面倒とも思わないかな。聞かれたことに答えるだけだ」
「ラッキーガールの運試しの流行りにもそんな感じだったな」
「今は収束気味だけどね」
「じゃあ、俺と付き合っていると噂されても平気なんだな」
「そうだね」
「なら真実にするか」
嵐山がそう言った時、招木の顔がパッと嵐山の方を向いたのがわかった。彼はそれに気づかないふりをして街並みを見下ろしている。
「いちいち否定するから騒がれるんだ。いっそ本当にしてしまった方が、都合がいいのかもしれない」
「そうなの?」
「俺はそう思うよ。招木はどう思う?」
「別に構わないけど」
即答だった。その答えに、嵐山の胸がすっと冷える。
招木の言葉は予想通りだった。彼女はどこまでいっても許容する。境界線が曖昧というかぶっ壊れているというか、とにかく何でも許してしまう。
嫌という感覚が薄いのだ。
例外は"神の子"扱いだが、嵐山は招木を傷つけたいわけではないから、それを選ぶことは断じてない。
「……すまない。今の話は忘れてくれ」
「? わかった」
そう言えば招木は素直に頷いた。そういう部分にも自分勝手に傷ついてしまう己が、嵐山は嫌だった。
─────────
招木の致命的な欠陥に彼が気づいたのは、数ヶ月前、同じ場所で招木に告白した時だった。
帰省の一件で招木に愛を与えたいと自覚したこの男は、即断即決でその意志を招木に伝えたのだ。
『俺は招木に愛情を与えたい。できる限りおまえのそばにいたい。嫌なら断ってくれ』
放課後の屋上に呼び出してそう言った。緊張はしていたが、声や態度には意地でも出さなかった。
招木は一度まばたきを挟んで返事をする。
『嫌ではないよ。わかった。ありがとう』
そして頷いた。いつもと変わらない淡々とした様子だった。ひとまず気持ちを受け取ってもらえたと安心して、隠していたはずの本音が漏れてしまう。
『き、』
『き?』
『緊張した……』
言葉だけがこぼれてしまった。
嵐山にとって一世一代の告白だったのだ。
恋愛感情かどうかはさておいて、彼はストレートに招木のことが好きだったし、彼女がこれまで与えられなかった愛を自分こそが与えたいと感じてしまった。その特権を持つ男に彼はなりたかった。
招木の過去を知った故の責任感もあっただろうし、庇護欲と、薄ら暗い独占欲もあった。
だけど嵐山は招木の光になりたいと思った。彼女が心の底から幸せだと思える日々を一緒に作りたいと思った。
『緊張? 君が?』
『おかしなことはないだろう』
『まあ、嵐山も人間だしね』
『……、』
その響きは『君、案外普通の男の子だったんだね』とよく似ていた。嵐山にとっては大きな意味を持つ言葉である。
『招木だって同じじゃないか?』
『?』
『君もあまり緊張するタイプじゃないだろう』
『ああ、それはそうだね。愛情なんて言葉、自分に向けられることがあると思わなかったけど』
『……どう思った?』
『驚いたよ』
まったく驚いていない様子の招木が言った。その時、嵐山は看過できない違和感を抱いた。
招木に微塵も意識されていない。
いや、それはまあ、なんとなく想像できたことだ。招木は派手な感情表現をするタイプじゃないし、照れたり恥ずかしがったりすることもないし、こんなものだろうと思う。
……思うけど、これはちょっと違う気がする。
そもそも告白と認識されていない気がする。
『あ、……』
言葉を重ねようにも、全てが薄っぺらくなってしまうような気がして、嵐山は言葉を選びかねた。
嵐山の思う与えたい愛というのは、彼が存分に受けてきた家族愛がイメージとしては近い。穏やかな家庭、温かな居場所。そういうものを招木にも自分が与えてやれたらいいなと思っていた。
だけど当時の招木は既に諏訪隊に所属しているし、帰属意識があるのも諏訪隊だろう。ボーダーはもっと形式的なものだし。
じゃあ"ちゃんとした友達"になった今、俺は彼女に何ができる。
今までみたいに放課後に遊んだり、犬の散歩に付き合わせたり、それだけで終わっていいのか? もっと、別の……。
『嵐山?』
『、うん?』
『ぼーっとしてどうしたの』
声をかけられて笑顔を作り直すと、招木が嵐山の眼前で手を振る。その手を咄嗟に握った。反射的な動きだった。招木が首を傾げる。
『何?』
『……手を』
『手?』
『繋ぎたかった……』
苦し紛れな言い訳だったが、招木はふうんと頷いた。どう見ても不自然な動きだったのに疑わないし抵抗もしない。
嵐山は観念した気持ちで、改めて招木の手に触れた。嵐山は平熱が高い男なので彼女の手は冷たく感じられる。
ぎゅっと両手で包み込むと、相手がゆっくりと指に力を入れて反応を示した。
彼は少しドキドキした。招木はどんな顔をしているのか気になって、覗き込む。少しでも動けば接触してしまいそうなほどの距離感だが、その顔に変化はない。
ぱちりと呑気にまばたきをするので、ほんの少しだけ風を感じた。
『……何も思わないのか?』
一気に指先から熱を奪われるようだった。
今まで自分が彼女に触れてきた記憶が蘇る。そうだ、この時もあの時も招木はされるがままだった。
『何が』
『これでも?』
次に嵐山が招木を抱きしめる。招木はやはり無抵抗だった。耳元に口を寄せて招木が囁く。その声は憎らしいほど普段通りだった。
『嵐山? 急にどうしたの』
その時、嵐山は違和感の正体に辿り着いた。
基本的に彼女は受け身気質で、よほどのことがない限り感情を乱すことはない。それは相手や内容に関わらず一定なのを、以前から知っていた。
しかし親友になったこの時も、嵐山は明確に周りと同じ扱いを受けたと思った。真実がどうであれ嵐山はそう認識した。
つまり上記の発言をしたのが他の誰であろうと招木の返事は全て『嫌ではないよ。わかった。ありがとう』になるんじゃないかと思ったのだ。
手に触れたり抱きしめられたりしても、誰に対しても無抵抗なんじゃないかと想像した。
『あっあっえ!? あっゴメン!』
『……邪魔したみたいだな。すまない』
思い出したのだ。かなり前、招木が影浦に迫られているのを、嵐山は柿崎と一緒に目撃した。その時も彼女は平然としていた。
だから今の状態で嵐山がひたむきに愛を与えても、招木は他と同じ括りで受け取るのだろう。
嫌じゃない・嬉しい・ありがとう、そう言う姿がありありと想像出来る。
『……嫌だな』
『え?』
『自分の欲を自覚した』
愛で満たしたいなんて思っていたのは、他の誰かでいいと思えなかったのは、すべてエゴだった。
嵐山は傲慢な自分に気がついた。
彼は他の誰かに満たされる招木を素直に祝福できる気がしなかった。自分でなければならないと思った。
初対面で決裂して再会した時、ぶつかればよかったとあれだけ後悔したのを思い出した。あの時と同じだ。
もうあんな思いはしたくない。
何もできずに招木が立ち去るのを見送ることしかできなかった、無力な自分に戻りたくない。
『他の誰かじゃダメなんだ』
『……?』
『普通の男の子なんかになりたくない』
『なに?』
『招木が嫌と思うなら二度としないよ』
痛くないように抱きしめる両腕に力を込める。招木は嵐山の腕の中で少しバタバタした後、
『嫌じゃないよ』
と嵐山の予想通りのセリフを吐いた。
それを聞き届けた彼の表情はどこまでも穏やかで柔らかくて、底抜けに冷静だった。
本当の友達になりたいと言い出したのは招木なのに、こんなに近くにいることを許しているのに、周りと同じ場所に嵐山を置く。それが彼は許せなかった。
今の状態の招木に何を与えても、他と同じに見える気がした。
平等ではだめなのだ。招木が今までに見せたことのない反応でなければ。
『おまえの特別になりたいな』
招木の肩口に顔を埋めてそう言えば、意味もわかっていないくせに彼女が頷いたのが気配でわかった。
嵐山は招木の特別になりたかった。
公平や平等を愛する男が、目の前の女に贔屓されたいと願った。
他と並ぶより突出する方を選んだ。
『おれは招木に嫌なことしたよ。嫌われるくらい嫌なこと』と招木に嫌われる方に舵を切った迅とは正反対の道に進んだのである。
それから嵐山は招木と一緒にいる時間を増やした。二人は防衛任務があり、嵐山はそれに加えて広報活動もある。それでも忙しい合間を縫って、会う時間を増やし、言葉を交わし続けた。
『招木、一緒に本部まで行こう』
『またコロの散歩に付き合ってくれ』
『バレンタインチョコ? ……すまない、個人的な差し入れはメディア対策室に郵送されてからじゃないと受け取れないんだ』
人目のないところで積極的に声をかけて、手を繋いで、抱きしめて、嵐山はひたむきに愛を与えた。
そうしたいと思ったからだ。いつか招木に自分の愛が他と違うと気づいて欲しいから。
周りが恋人関係かと勘違いするくらい近くにいるのに、以前よりずっと親しくなったはずなのに、それでも招木の態度は変わらなかった。
結局嵐山が与えられるのは、彼女が嫌いな家族愛でしかなかったのだ。
─────────
「やっぱここにいたー」
「迅」
二人が屋上で話をしていると、迅がやってきた。
「校内で見るのは久しぶりな気がするな。俺たちを探していたのか?」
「いや? 今日は学校内を歩いてただけ」
「授業は」
「実力派エリートにはやるべきことがたくさんあるのだよ」
芝居がかった口調でふざける迅を見て、招木が嵐山の目を見て「何あいつ」みたいなリアクションをする。
嫌いな男を前にして信頼できる仲間に愚痴を言うテンション感だった。こういう部分で特別感を出されても嵐山は響かないので、まあまあと宥めるだけである。
修学旅行の一件があったとて、この二人の距離感は不変だった。招木が一方的に嫌い、迅はそれを受けてヘラヘラと笑っている。間にいるのはいつも嵐山だった。
「ほらもう三年生はいないしさ。空気感が違くてびっくりした」
「卒業と進級のシーズンだからな。俺たちも三年生になる」
「招木とクラス別れちゃうかなぁ。寂しい?」
「せいせいする」
「言うと思った」
迅は招木の隣に座って胡座をかいた。
すると招木が露骨に嵐山の方へお尻の位置をずらした。女の子座りをしているので、招木の爪先が嵐山の足に当たる。
「あ、ごめんね」
「いや、」
嵐山が身じろぎしたので招木が謝り、彼女はさらに窮屈な姿勢になって話を再開した。嵐山もサッと笑顔を浮かべていつものように会話する。
しかし頭の奥に押し込めた感情がいつまでも主張するみたいだった。
迅が嫌いな招木はだいたい嵐山を見て話しかけるし、逃げたり躱したりするために彼を一回経由する。
今回だって嵐山の方に寄った。今までも同じことをされてきた。
……それなのに、ちょっと嬉しいと思う自分がいる。
「迅、すまない」
「えっ? 急に謝られたんだけど何?」
「嵐山が迅に謝るようなことは一つもしないでしょ。逆ならともかく」
「招木はひどい」
ねー、と迅がふざけて嵐山の肩を揺さぶった。招木は冷めた目をしている。
嫌われている迅の方がよほど招木の感情を引き出している。それはある意味特別と言えなくもないが、嵐山が目指す方向とは違うから構わない。二人の問題だから口を挟もうとも思わない。
ただこういう場で招木にわかりやすく頼りにされると、グッとくるものがあった。
すまない親友よ、と思いながら嵐山はずっと揺さぶられ続けた。
クソデカ感情が増えていく〜!これからも増えていくぞ
招木が自覚的に特別枠に入れてるのは、
・諏訪(圧倒的一位)
・加古(師匠)
・嵐山(本当の友達)
・出水(天才への嫉妬)
・鳩原(サイドエフェクト経由)
・迅(嫌い/申し訳ない)
なイメージ。