・みんなイルガーやラッド、ラービット(アフトクラトル製)が初見
などから、第一次近界民侵攻以降、アフトクラトルからの侵攻を受けるまでの四年半の間、そんなに大きな侵攻は受けたことがなかったのかなと思います。
とはいえ国力に余裕のある国からちょっかいかけられたこととかもあるかなと思ったので今回の話を書きました
迅がこの前まで学校に姿を見せていなかったのはこのためか、と招木は理解した。
奴の姿を見ない時期がしばらく続くとだいたい何かが起こる。それは激務と化すパトロールだったり、大きく変化する人間関係だったりする。その時は気づかなくとも後から「あれって迅が関わっていたのね」と知ることもあった。
暗躍を趣味とする男がクラスメイトだったから、親しくなくても変化がわかるくらいの距離感にはなったらしい。
嬉しくないなと招木は唇を尖らせた。
『前方から四体。右からも二体くるよ』
「うし。招木、整えてくれ。俺と堤でトドメ刺す」
「了解」
小佐野が敵の位置を視界情報に映し出す。招木は諏訪の指示でドカドカと攻め込んでくるトリオン兵に向かってバイパーを放ち、流れを作った。
彼女が攻撃しやすい盤面を生み出せば、待ち構える二人の散弾銃が火を吹いた。巨体が折り重なって地面に崩れ落ちる。
完全に沈黙したのを確認して、三人はすぐに移動を始めた。
「次から次へと出てきますね」
「休む暇もねーな」
「今日だけで一週間分の給料稼いでるよ」
「いや、もっとだな」
「終わった後お疲れ様会とかしない?」
『いーね。店探しとこ』
「何にします? 前は中華でしたよね」
「肉か魚介……ん、増えたか」
「どうしてうちの担当区域に群がってくるかな」
雪崩れ込んでくるトリオン兵は今まで何度も倒してきたタイプだ。特別構えるほどではない。きちんと陣形を組んでセオリー通りにやれば問題なく対処できた。
ただしかなり数が多く、あちらこちらへと奔走しなければならなかった。
戦いの裏に迅の薄ら笑いが透けて見えてくる。
「迅には何が見えている」
独り言を招木は口にした。
─────────
近界民が出現する門の開くタイミングは、時期によってまばらである。
そもそも門とは、近界に点在する国が玄界に近づいた時に遠征船を放ち侵攻するための中継点である。
つまり近くに好戦的な国がいればよく攻め込まれて忙しい。逆に戦力や国際状況的に厳しい国はあまりトリオン兵を送らないから暇になる。
そして只今、玄界の近くにいる惑星国家はかなり好戦的な部類だった。
人型近界民こそいないが、こちらの世界から多くのトリオンを回収したいらしく、大量に近界民を投入している。やたらと数が多いので、普段の警備体制では警戒区域外に溢れてしまう。
それを阻止するため、特別警戒措置が発令された。
「ここに風間隊でも配置させりゃよかっただろ」
「もしかして今うちが討伐数一位とかなんじゃないの」
「おサノ、近界民撃破数はどうなっている?」
『えーと待って……三位、いやさっきの六体を合算すると同率二位かな』
「同率? どこの隊だ?」
『二宮隊だね。ちなみに一位は太刀川隊』
「A級一位とA級昇格部隊と並んでんのかよ。クソエリアだな」
「まあまあ。このペースなら論功行賞も期待できそうですし」
少し前、迅の予知とボーダー側の調査により、近界民の大きな攻撃が来ると発覚した。よって警戒区域内をエリアごとに分割し、担当する部隊を編成。
今回は各隊ごとにまとまって動けば問題ないとの判断だった。第一陣、第二陣を配置し、本部経由で飛んでくる指示に従い駆け回る。
基本は警戒区域内での仕事であり、民間人への被害も特にないらしい。万が一、中心部で戦闘する部隊の撃ち漏らしがあっても、警戒区域付近を巡回する別の部隊が備えているので問題はない。
『! 頭上に近界民、新たに五体出現!』
「ここかよ!」
三人が咄嗟に後退したそこへ、トリオン兵が落下する。落下の衝撃で数メートル先まで亀裂が入り、ズシンと地面全体が揺れるようだった。
しかも頭上に門が開いたせいで、三人は近界民に取り囲まれてしまっている。
諏訪隊の彼らは背中合わせになった。
「俺ァ正面の二体」
「こちらも二体やります」
「後ろに控えているのは私がやる」
味方を守る動きを研究しつつ、まだ実戦で発揮できるほどではない。それでも彼らに指一本触れさせない、と招木はバイパーを撃ちながら気合いを入れ直した。
新たに出現したトリオン兵も片付け、あちらこちらへと走り回り、体力の消費がないとはいえ気力とトリオンをゴッソリ削られた頃。
「あ? やっと落ち着いたか?」
諏訪が言った。
さっきまでものすごい数の近界民に囲まれていたのだが、その波が落ち着いたのだった。
諏訪隊は固まって動く方針なので、単騎であちらこちらを攻める太刀川隊とは違い遭遇するトリオン兵の数も三分の一に減るはずだ。それなのに一時期は太刀川隊に並ぶ討伐数を稼いでいた。一級戦功は期待できる範囲である。
本部からの情報も、今回の侵攻が終わりに近づいてきたことを知らせる内容だった。
「全体的に収束気味らしいね」
「やっと終わりが見えてきたな」
「もう一踏ん張りしようぜ」
さて、そのような感じで門が開かなくなるまで彼らは戦い続けた。
そして戦いが終わったとなっても、彼らの仕事は続く。
被害状況の把握と回収班の手配をする必要があるからだ。どの地点に何体のトリオン兵が転がっていて、建物の被害がどの程度かを報告しなければならない。
今回は警戒区域内での戦いだったので民間人への被害も0だ。他の部隊に緊急脱出した隊員はおらず、犠牲者を一人も出さなかったことは、かなり上出来な結果だったと言える。
「んじゃ、俺がこっち担当するから。堤は南、招木は東な」
敵が出現することもないだろうと、諏訪隊は手分けして事後処理に当たった。
招木が単独であちらこちらへと確認していると、ふと瓦礫の山を越えた先、静まり返ったブロックの塊を踏み周囲に目を配る男に気づいた。
民間人だ。正隊員ではない。年は招木より少し上くらいだろうか。影の中に佇むように物静かな目つきが印象的な男だった。
「危ないよ」
招木が声をかけて、ようやく彼女の存在を認識したように視界に入れてくる。
「私はボーダー隊員だ。民間人の警戒区域への侵入は禁止事項となっている。今すぐに立ち去りなさい」
「……妹を探している」
「妹? ここにいるの?」
「ああ。そのはずだ」
男は警戒区域に迷い込んだ妹を探しているらしい。となると被害状況の把握よりも、民間人の捜索と保護が急務となる。
諏訪隊のみんなに報告をして人手を増やさなければ。そう思い招木が内部通話をしようと耳に手を当てると。
「もしかして人手を増やそうとしているのか?」
「そのつもりだけど」
「できれば控えてくれるとありがたい」
「どうして?」
「妹は他人を巻き込むことを嫌がる性格なんだ。自分のせいで誰かの手を煩わせてしまったと知れば、悲しむ」
男がそんなこと言った。妹の無事よりも情報規制を優先するのか? と招木が訝しむ。妹を見つけたくないのかと思った。
トリオン兵は殲滅され当面の危険はないとしても、脆くなった建物や瓦礫が付近には溢れている。二次被害を出さないためにも、招木はその妹を早急に見つけ出す義務があった。
「じゃあそもそも警戒区域に立ち入らないよう教育すればいい。自分で人に迷惑をかける選択をしておいて、それが嫌なんて通じない」
招木がバッサリと言った。妹が何歳か知らないが、嫌でも受け入れなければならないことを兄ならば教えておけ、という至極真っ当な意見である。
「それはそうなんだが……妹は危険な場所にはいないはずだ」
「なぜ断言できる? 今は落ち着いていてもここは戦場だよ。近界民に見つかったら殺される」
「もう全部倒したんだろう。戦闘音がしない。それに妹は見つからない」
「……?」
要領を得ない言い方だ。見つからないとはどういうことだろうか。
だがこの男と話をするよりも優先すべきことがある。妹の保護だ。内部通話なら目の前の男に悟られずに報告ができる。
何やら事情があるらしいが、付き合っているほど暇ではない。この後にやらなければならないことが山積みなのだ。
いよいよ招木が報告しようとした瞬間、ピロリロリロと着信音が響いた。
着信源は男のポケットだ。彼は携帯を取り出し電話に出る。
「千佳、無事か?」
電話の相手は妹のようだ。どうやら妹は警戒区域から無事に市街地の方に出られたらしく、電話口でのやり取りを終えると、男は「ここに用はない。俺は町に戻る」と言った。
人騒がせな兄妹だ、と招木は胸の内に思いつつ遠くを指差した。
「警戒区域の境界線まで送る」
「いいよ。来た道を戻るだけだ」
「そう言ってここに潜む人間もいる。今私が優先しなければならないのは君が無事に町に戻ったことを確認し、報告することだよ」
そこまで言えば男は遠慮は無用だとわかり、口を閉じてスタスタ歩き始めた。招木は彼を先導するように移動しつつ、わかりやすく耳に手を当てて声を出す。
「こちら招木。民間人を一名保護した。警戒区域外まで誘導する」
『りょーかい』
「ボーダー本部に報告しているのか?」
「そうだね」
「トリガー……というもので君は、君たちは戦っているんだよな」
「うん。ボーダーに興味があるの?」
「この町に住んでいて無関心な人間の方が少ないだろう」
通り道にはトリオン兵の残骸もある。招木にとっては見慣れた光景だが、男はやけにトリオン兵に目を向けていた。
民間人は基本的に生の近界民を見る機会がない。彼の興味は普通のことだと招木は思った。
「大丈夫。もう動かないから」
「そうか」
それっきり男は口を開かなかった。となると招木も特に会話をする気はなく、無言で歩く時間が続く。
やがて警戒区域を囲む有刺鉄線が見えてくると、その向こう側に小さな女の子が立っているのが見えた。男が手を上げると、少女が気づいてピョンと手を振る。揺れるアホ毛がトレードマークみたいだ。
怪我ひとつない元気そのものの仕草に、これなら詳細な報告は不要だと判断する。小さい子なので迷い込んでしまったのだろう。故意でもないので事件性も見当たらない。
「おかげで妹と合流できたよ」
「二度と勝手に警戒区域に侵入しないよう、しっかり見ていてね」
「ああ」
男は小さく頭を下げると、有刺鉄線を越えて安全圏へと戻った。妹は兄にあれこれ話をして、それから招木に体ごと向き直って深くお辞儀する。
招木は気にしないでと言わんばかりに手を上げて、くるりと背中を向けて現場へと戻ることにした。
民間人を送り届けたことを報告しつつ「あまり似ていない兄妹なんだな」とぼんやり思った。
─────────
季節は変わり、招木は高校三年生になった。最高学年になってからも彼女の生活に大きな変化はない。
決められた日程の通りに学校に行き、本部に戻り、シフト通りに防衛任務に励み、技術向上のために特訓する。
新入隊員が入ってからは少しばかり慌ただしくなった。ラッキーガールの運試しがまた流行り出す時期なので、個人戦のブースに顔を出せば模擬戦を申し込まれるからだ。
そんなある日のこと。招木は那須に声をかけられた。彼女は今期に入隊したばかりの訓練生である。
「はあ。私に射手の動きを教わりたいと」
「はい」
「何故私なの? 他にもっと優秀な射手がいるよ」
「招木さんの記録を見て、あなたに教わりたいと思ったんです。特にバイパーを」
「ああ、それで」
幸運体質によって導かれるバイパーはラッキーガールの名物と化していた。出鱈目な軌道とどれかには被弾する技術を他の誰にも真似できないからだ。それは佐鳥のツイン狙撃のようなユニークスキルと似ている。
かと思われたが、出水がさらっと「やれるけどおれには何の意味もないっすね」と再現してみせたため、幸運体質だけに依存した技術ではないことが判明している。
出水が真似するにはあまりに無駄な弾が多いのだ。彼からしたら普通に全弾を敵に向けたほうが効率的だし。
「あたしからもお願いします」
那須の隣に立つ熊谷が頭を下げた。熊谷は柿崎と一緒にバスケをした時にコートにいた顔だ。招木は彼女と話したことはあるが、親しくはない。
どうしてここに? と招木が問えば「この子とは親友なんです」と熊谷が那須に手のひらを向けた。
「招木、俺からも頼む」
「どうして柿崎が間を取り持つの?」
「熊谷から那須が射手の師を探してるって話を聞いたから、おまえを紹介した」
「なるほど。それで私に話が来たと」
射手の技術を教えて欲しいと言われたのは初めてだ。加古に弟子入りして教わったり、出水や二宮からテクニックを盗もうとして自分には無理だと諦めたりしてきたが、彼女から何かを学びたいと頭を下げる人はいなかった。
だから招木は少し落ち着かない気持ちになり、那須に頷き返す。
「わかった。どこまで力になれるかわからないけど、教えよう」
「あ、ありがとうございます……!」
那須がほっとしたように胸を撫で下ろした。
訓練室の一つのブースを借りて、招木は那須に向き直る。
柿崎と熊谷は離れた場所で訓練をしているが、二人とも視線がチラチラ招木らの方を向いているので、集中できていないのが丸わかりだった。
「トリガーは何? アステロイド?」
「いいえ、バイパーです」
「へえ。珍しい。射手ならだいたいはアステロイドから始まるのに」
遠くで招木の声を耳にした柿崎が、言い方! と心の中で突っ込んだ。彼女は時々ヒヤッとする物言いをするので、那須が気にしていないか心配になる。
那須も少し緊張したように肩に力を入れていた。
「バイパーが向いていると思ったから切り替えたの?」
「はい」
「向いていると思った根拠は? 通常弾から基礎を積み上げた方が長期的に見ていいと思うけど。基盤がグラグラな状態で変化球を身につけても足元掬われるよ」
招木の口調は淡々としている。冷めた言い方に受け取られそうな声色なので、ともすれば問い詰められているようにも感じそうだ。
玲は大丈夫かな、と熊谷が孤月を振りながらハラハラする。
しかし那須は落ち着いていた。硬い表情のまま手元にキューブを生み出し静かに言う。
「実践を見ていただけますか?」
結論から言えば、まるで問題なかった。
那須は特に空間把握能力に優れており、建物や障害物の隙間を針に糸を通す繊細なコントロールで射撃する。
正確な弾道も計算された弾数も、招木以上の素質を感じさせた。
那須の射手としての才能をまざまざと感じた招木は首を傾げている。
「すごいね。新人でここまで上手な弾道を引く人、滅多にいないよ」
「あ、ありがとうございます」
招木に褒められて那須は照れたように小さくなった。
「君がバイパーに向いている理由もわかった。だけど、それに関して私が教えられそうなものもあまりないと思う」
「そんなことは」
「あるよ。射手としての立ち回りとか、ランク戦を見越した動きに関することなら、色んなものを与えられるけど」
「それも教えていただきたいですが、私が特に教わりたいのはバイパーです」
「……私の記録を見たと言っていたよね。ならわかると思うけど、私のバイパーの扱い方は特殊なんだ。SEがあるからね。直感に身を任せているし再現性はない。那須のような理論派と相性が悪いと思うよ。考えることを放棄しているのだから」
招木は自身のことを感覚派射手と認識している。好敵手の出水や師匠の加古と同じ派閥である。
計算した動きをする那須とは正反対だし、余計なことを教えて変なクセを身につけさせてしまったら、かえって逆効果だろう。
同じバイパー使いでも出水の方がまだ計算型だから、望むならそっちを紹介するとまで招木は言った。本当は嫌だけど。
そのようなことを招木が伝えれば、那須は「そうですね」と一度頷く。
「確かに、私はあなたのような弾道は引けません。感覚に身を任せるよりも、自分の思惑通りに動かしたいと思いますから」
「うん」
「でも、招木さんも考え方は同じだと感じています」
「同じ?」
「はい。記録を見て思ったんです。出力の仕方があの変則バイパーなだけで、招木さんの立ち回り方自体は理論的で、考え尽くされているんじゃないかって。内容はどうあれ毎回リアルタイムで弾道を引いているし、計算通りになっているシーンも見ました」
「……、」
「だから招木さんに教わりたいって思ったんです」
冷静に言葉を重ねる那須。声色にも言葉選びにも圧はないはずなのに、招木は圧倒されていた。
そんなことを言われたのは初めてだった。誰もが招木を感覚派射手と分類してきた。招木自身もそう自認している。あんな出鱈目なバイパーを見て、誰がどうして招木の弾道の引き方に「理性がある」と思うのだろう。
頭で色んなことを考えていてもバイパーは幸運体質に上書きされるので、招木は試したいことを試せないばかりだった。もうそういうものとして受け入れているが、しかし。
そこを見抜く人間が現れるとは夢にも思わなかった。
「那須、君は……」
招木が言い淀んだ。胸に溢れるこの感情をなんと言ったらいいか、わからなかった。
飛び上がりたいくらい嬉しいし、抱きつきたいくらいの衝動が沸き上がった。無駄になるとわかっていてもやめることのできない努力を、見てくれていたこと歓喜する。
だけど発散の仕方がわからない。とにかく彼女のためになることをしてあげたい。
「何でしょうか」
「いいや。さっきの発言は撤回する。バイパーね、教えるよ」
「! はいっ」
そう言えば、那須はパッと表情を明るくして微笑んだ。
それから招木と那須はキューブを出現させ、あれこれ指導の時間が続いた。
招木は考えることができても実践できない。幸運体質に捻じ曲げられるからである。だから試したいことが内側にたくさん溜まっていて、那須に遠慮なくぶつけていった。
那須はそれらに応えてみせた。招木を上回る技術と空間把握能力で自在にバイパーを操ってみせる。
「二人とも、ちょっと付き合って」
「えっ?」
「あたしもですか?」
途中から特訓の名目も忘れドキドキハラハラ見守るだけの存在と化していた柿崎と熊谷を呼びつけ、招木は彼らを動く的としての役割を与えた。
招木がオペレーターの代わりを担当すれば、那須は障害物をものともせずに二人に正確な攻撃を仕掛けた。
那須は飲み込みが早いし理解力もある。招木が必死になって身につけてきた知識と技術、戦略や思考を全て吸収し、不足なく出力していった。
「全部、私がやりたかったことだ」
「……」
休憩時間を設け、動きが良くなったことを喜ぶ那須を見つめて、招木が独り言を言った。熊谷は那須と一緒に手を取りはしゃいでいるので、彼女の言葉を耳にしたのは柿崎だけである。
柿崎は招木を心配そうに見た。教えたそばから何もかも弟子に上回られて落ち込んでいないかと、胸騒ぎがする心地だった。
「私の努力をあの子が形にしたんだ」
しかしその不安とは裏腹に、那須を見つめる招木は眩しそうに目を細めていた。眉を下げて、どこか寂しそうである。
責めたり落ち込んだりする気配はない。むしろ。
「招木」
「何?」
「あ、いや。……なんでもねーよ」
柿崎が名前を呼ぶと、こちらを見る招木はすっかり平常通りの顔立ちだった。さっきの表情は見間違いかと思うほどである。
だから柿崎は咄嗟に疑問を引っ込めた。すると今度は招木が彼の名を口にする。
「柿崎、ありがとう」
「はっ? 俺は何もしてねーよ。紹介してくれって頼まれたからそうしただけだ」
「君のおかげで那須と出会えたからね。私は運がいい」
よくわからないが、招木は那須と出会えたことをかなり喜んでいるらしい。表情にまったく出ていないが心なしか声が弾んでいた。
柿崎が小さく笑う。
「そういうことは本人に言ってやれ」
「うん」
再開した招木の指導に熱が入り、那須も全力で体現する。
気づけば蜂の巣となった的の山ができていた。それらを背後にして那須がおっとり満足そうに微笑んでいる。
出水に似た弾バカの気配が滲んでいた。
「招木さん、色々と教えてくれてありがとうございます。おかげで動きが見違えるようになりました」
「ううん。こちらこそ、那須と出会えたのは幸運だったよ」
「まあ……そこまで言ってくださるなんて」
二人がすっかり仲良くなった様子に熊谷もニコニコしていた。
病弱で外出もままならない那須に友人は少なく、この機会に師匠のような存在ができたことは、両者にとってもいい結果だった。
最初に柿崎に「射手の友人を紹介して欲しい」とお願いして招木の名が出てきた時は少し驚いた。ラッキーガールのことは知っていたし本人と話したこともあるが、適任かどうか怪しかったから。
紹介をお願いした手前「ちょっとそれは……」とは言えなかった。
しかし熊谷は、それは早計だったと思い直す。いい出会いになれたようでよかった。
「あの、もしよかったら、私の師匠になってくれませんか?」
それは那須も同じだった。
射手の記録を漁り、那須は招木に目をつけた。
彼女の縦横無尽な弾道に驚かされた。しかしそれ以上に囮や撹乱担当としての動きの徹底ぶりが目に焼きついたのだ。
攻撃方法がド派手なバイパーだからわかりづらいが、招木はきちんと思考した上で戦場に臨んでいる。バイパーの弾道には毎回何かしらの意図が含まれていて、それが必ず結果に繋がるのも確認した。
だからこの人がいいと思った。
頼んだら断らないことで有名だし。
「今日の短い時間だけでも、あなたは私に色んなことを教えてくれました。これからも、その、ご迷惑でなければご指導いただきたいです」
そして今日指導してもらって、推測は確信に変わった。
招木はSEにより感覚派に振り分けられるだけで、思考回路やロジックの組み立て方は自分と似ているものがあるとわかった。
この人からもっと色んなものを吸収できる。その自信が那須の言葉に力強さをもたらした。
勇気を振り絞って音にした願いに、招木は目を丸くしている。しかし一度まばたきを挟むと、悲しげに眉根を寄せた。
「ごめんね。私は加古に弟子入りしていてまだ学ぶ身だから、半端な状態で弟子はとれないかな」
「そうですか……無理を言ってしまってすみません」
那須は儚く微笑んで肩を落とす。胸にぐさっ! とくるほどの威力であった。
その様子に、何とかして元気になってもらいたいと思った招木が「そうだ」と矢継ぎ早に言った。
「那須は現状十分動けているけど、生身を鍛えることもした方がいい。もっと動けるようになるから」
那須の体格が明らかに薄く、過去の自分と似ていると感じた故の提案である。
射手として技術を高めることも大事だが、招木は同時に体も鍛えている。積極的にランニングをしたり運動やスポーツをするくらいだが、以前と比較してかなり体力もついていた。トリオン体の操作にも良い効果が出ている。
那須が頷いてくれたら一緒にランニングだってしたかった。そう思っての発言だった。
「あ、それは……」
そこへ、熊谷が言い淀む。
那須は生まれつき体が弱く、医師から運動制限されている身だ。走ることも満足にできない身体だった。
ボーダーに所属するきっかけも、体が弱い人をトリオン体で元気にできるか? という研究に協力するためだ。
それを本人ではない自分が言うのも……と言葉を止めたのだ。招木の視線を受けて、熊谷がちらりと那須に目をやる。
那須が落ち着き払った仕草で首を振った。
「実は、体が弱くて運動ができないんです。だから生身を鍛えることはできません。せっかくアドバイスをいただいたのに、すみません……」
その言葉にぴく、と招木が反応を示した。
「体が弱い? 走ったりもできない?」
「はい」
「重たいものを持つことも無理なの?」
「そうですね。先生に止められていますから」
ズケズケとデリカシーなく質問を重ねる招木に、柿崎が「その辺で……」と言いかけた。いくら何でも無神経だと指摘しようとする。
しかしそれより先に招木が滑り込ませた。
「じゃあこの体になれて、とても嬉しかったね」
「え、」
招木の言葉に那須が驚いたように言葉を漏らす。
「今までは走りたくても走れなかったと思うから。ボーダーに入隊してこの体を手に入れて、普通に走って息切れもせず、自分の思うように体を動かせて、楽しいと思ったでしょ」
そう言われて、那須は初めてトリオン体に換装した時のことを思い出した。
あの時は周りに研究員がいて、従姉弟の奈良坂もその場にいた。多くの人の視線を集めながら、那須は緊張した声で「トリガー起動」と言った。
それからの感動は筆舌に尽くしがたい。立っていても体がふらつかない。歩いても体が重くない。いつまでだってどこへだって歩いていける。生まれて初めて手に入れた自由に、那須は夢中だった。
研究員たちは大喜びで、家族や奈良坂は自分以上に涙ぐんでくれていた。
那須にとってトリオン体を手に入れたことは、奇跡に等しかった。
「は、はい。とても……」
その時の感情が蘇ってくるみたいで、那須は半ば呆然としながら何とか言葉を紡いだ。なぜ招木にその発想ができたのか気になったが、那須が尋ねることはなかった。
そして招木にとって那須が換装体を気に入ることは想像に難くなかった。なぜなら招木も通った道だからだ。
招木の場合、生身の運動能力があまりに低かったのと、物理的に走れる環境にいなかったことが原因だった。
だから初めてトリオン体に換装したとき、久しぶりに全力疾走ができたとき、感動したのを覚えている。
よって招木は那須に共感した。彼女の力になりたいという欲求にさらに力強い仲間意識を増やしたのである。
「正式な師匠になることはできないけど、君の力になりたいな。これからも困ったことがあったら何でも言ってね」
「……! はい」
招木は那須の手を取り言った。片手を優しく包まれて、那須は喜びに頬を染めて美しく笑んだ。
よかった……と安堵する熊谷の隣で、柿崎は招木がここまでの積極性を見せたことに驚いた。
彼女は受け身体質で、ぐいぐい引っ張るタイプと相性がいい。逆に自発的に動く姿をあまり見せてこなかった。特に人間関係においてはその傾向が強い。
だから那須の力になりたいと断言した招木が印象的だった。出会えたことを幸運だと言っていたが、その真意は何なのだろう。
「トリオン体の動かし方はイメージが大事になってくる。生身では不可能なことでも、この体ならできるという気持ちが、何倍ものパフォーマンスを引き出す」
「イメージですか」
「君は自由な体を手に入れた。何だってできるよ」
那須は少しの間不思議そうな顔をしていたが、やがて「わかりました。想像力を働かせてみます」と真面目に言った。
後日、那須が壁を走ったり信じられない滞空時間を見せる光景を目撃した招木は「そこまで何でもできると思わなかった」と言った。
ナチュラルに女の子三人に囲まれてる柿崎はリア充です
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