あっ幸運体質だ、ラッキー!   作:睡眠人間

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区切り

 那須に出会ってから招木の中に新たな世界が生まれた。

 今まで加古や他の隊員たちに教わってばかりだったが、教える側に回ったことで、ついに指導役の背景を知ることとなったのだ。

 人に物を教えるには教わる側の十倍の知識が必要となる、という言葉の通り、招木はより一層の射手の理解度向上に躍起になった。

 もともと戦いの勝敗よりも戦術や試行錯誤の方に関心があった招木は、その沼にとうとうハマったのである。

 

「そう。招木ちゃん、弟子をとったの」

「いいえ、那須は親しい後輩の立場に近いと思う」

「ふぅん」

 

 そして教師側の注意点や配慮について自分の師である加古に相談していた。

 那須に射手とは何たるかを教えるようになったこと。マンツーマンでの指導であること。自分はまだ修行中の身だから正式な弟子ではないこと。

 そのようなことを加古に報告すると、師匠は細い指先を唇に当てて言う。

 

「別にいいんじゃないの? 弟子にしてあげたら。私は招木ちゃんの師弟関係を制限したつもりはないわ」

「うーん。那須には悪いけど、そのつもりはないかな」

「どうして?」

「私は加古の弟子だから」

 

 師匠がいる身で弟子はとれない。半人前の身で他人の師と胸を張って言えない。それはどちらにも失礼だ。そういう招木の言い分に、加古は少し意地悪をしたくなった。

 師匠との関係を優先してくれたことが嬉しかったし、義理を通そうとする意志が伝わってくるので頭を撫でてあげたかったが、たまに嗜虐心に揺れるのが加古の性分である。

 セーフラインを見極めると、蠱惑的に瞳を細め悪戯っぽく笑った。

 

「師匠がいようと関係ないわ。なりたいと思うならなればいいのよ。弾トリガーの基礎も戦術も叩き込んだし、新人ちゃんに教えられるだけの情報の蓄えはある。知識面じゃ何の問題もないでしょう。その子はそう判断してあなたに声をかけたのだし」

「それは、そうかもしれないけど」

「私にとっては孫弟子ができるようなもので、指導する側になれば招木ちゃんはもっと成長できる。その子の意志を汲み取ってあげてもいいんじゃない」

 

 すると招木は、加古の想定外の発言に小さく目を開いた。

 もしここで招木が素直に「わかった。じゃあ那須を弟子に迎え入れる」と言えば、加古は彼女を訓練室に放り込み師匠の恐ろしさを叩き込む所存だったが。

 

「そうかもしれないね。でも、やっぱり師匠にはなれないな。私にはまだ技術的に足らない部分が多い。優先順位を見極めろって諏訪にも言われているし、手を広げて中途半端になるだけだろうから。加古にも那須にも不誠実だよ」

 

 ここで他の男の名前が出たのは不服だったが、それ以上に自分を大事にしたことが加古にとっては花丸ものだった。

 変わって晴れやかな微笑みを浮かべ、今度こそ招木の頭を梳くように撫でた。

 

「うふふ、そう。なら仕方がないわね。そうしましょ」

「加古、とても嬉しそうだね」

「あなたが私をそうさせたのよ?」

「なら私も嬉しい」

 

 柔らかい雰囲気をまとう加古に釣られるように、招木もやや表情を和らげた。そのままほんわかした時間が流れるが、やがて加古がパッと手を合わせる。

 

「それはそれとして、卒業の区切りも必要ね」

「卒業」

「ダラダラと師弟関係を続けるわけにはいかないわ。できればずっと教えてあげたいけれど、私もあなたも立場があるもの」

「立場?」

「いつかは卒業して教える側にまわって、もっと多くの後輩を育成しなくちゃ。……そう不安な顔をしないで。大丈夫よ。さっきも言ったように、招木ちゃんは既に立派な射手よ。それに私があなたの師であることは、何があっても変わらないから」

 

 一足先に高校を卒業しこの春から大学生になった加古が安心させるように付け加えれば、招木は強張った表情を解いてコクリと頷いた。

 加古が以前から考えていたことだった。招木が加古の弟子になって一年以上経過している。その間に彼女は人間的にも正隊員としても成長した。とても素晴らしいことだと思う。

 幸運体質と向き合いながらひたむきに努力を重ねる姿を見てきた加古は、しかしいつかこの関係を終わらせる必要があると感じていた。

 兄貴分である諏訪はとっくに手を離している。

 師匠の加古も、招木が本当の意味で自立するよう手を離してその背を押さなければならない。

 

「じゃあ何を区切りにしましょうか」

 

 それを招木が拒否することはなかった。

 加古が終わりを宣言しても、二人の関係が不変であることを伝えてくれたからだ。

 

「……マスタークラスに到達したら、かな。私が一番得意なバイパーで8000点を目指す」

「わかりやすくていいわね。ちなみに今は?」

「5569」

「あら。もっと多くなかった? この間の侵攻でポイントもらったでしょう」

「個人戦で何度も負けているからね。あっという間に消えちゃった」

 

 個人ポイントで8000点に到達すればマスタークラスと認められる。一定以上の実力があると見做される強者の線引きだ。B級ではエース扱いもされる。

 なおA級にはマスタークラスがゴロゴロいるので、精鋭の入り口に立つようなものだった。

 訓練や防衛任務、論功行賞で地道に稼いだところで、招木は個人戦で負ける回数が圧倒的に多いので伸び悩んでいた。

 

「招木ちゃんったら、太刀川くんが相手でも個人戦を断らないものね。他の人はこれ以上ポイントを減らしたくないって拒んだりするものなのに。だから目をつけられるのよ?」

「ポイントが減ることを避ける理由がない。戦う機会があるのなら受けるし、自分の実力を伸ばすためにも必要だと思う」

 

 招木は訓練生時代から猛者たちに揉まれてきた。その頃はポイント移動がなかったが、上位陣にコテンパンにされることに慣れてしまった招木は、そのままの感覚でホイホイ個人戦を了承する。

 そして訓練生間の"運試し"のおかげで顔が広くなり、正隊員になったばかりの期待の新人たちにたまに負け、ポイントをガッツリ持っていかれることもあった。

 これらを繰り返すうち、マスタークラスには程遠いポイント数になってしまったのだ。

 

「だけど、勝てない相手にばかり挑んでいてはポイントが減っていくだけだね。対戦時間を引き延ばせるようにはなってきているけど」

「鉛弾を取り入れてからは、より撹乱や時間稼ぎを得意としているものね」

 

 諏訪隊での役割である囮に特化する内、招木は幸運体質をフル活用する厄介な射手となっていた。

 決め手に欠けるが邪魔立ては得意。基礎ができているから応用の域に入り、鉛弾で相手の機動力を奪うデバフ要因としてのスタイルを確立している。

 だが、これはあくまで諏訪隊としての動き方だ。招木単独で見れば、今の動き方はポイント稼ぎに向いていない。

 

「得点を出しにくいスタイルだけど、単独でも結果は出さなきゃ」

「前は一人で勝つことよりも、チームで勝つことを教えてくれたのに」

「あの時は招木ちゃんが勘違いをしていたから正したのよ。今は仲間のカバーが頭に入ったから、個人の攻撃力を見直してもいいと判断したの」

 

 今の招木は射手としての意識が非常に高い。であれば問題ないと加古は思った。

 招木を弟子にした時から感じている疑問を解消する時が来たのだとも思えた。

 諏訪が招木に提案したのが囮だったことから、きっと彼も加古と同じ懸念点を抱えていると予想する。

 しかしもう加古が慌てることはなかった。

 信じていれば応えてくれると、招木は何度も証明してきたから。

 

「わかった。本格的にマスタークラスを目指すよ。達成できたら、師弟関係は卒業だね」

「ええ。期待しているわ」

「ありがとう。頑張るよ」

 

 春は出会いと別れの季節だという。那須との出会いが加古との別れを生み出した。彼女との関係にいずれ一区切りついてしまうことが招木はとても寂しかったが、必要なことだと理解しているから肯定する。

 胸に広がる寂しさを埋めるために加古に抱きつけば、彼女は優しく受け入れた。招木側から積極的に触れてくるのは珍しいことなので、「あらまあ」と眉を下げて笑んでいる。

 暫くの間、加古は言葉もなく招木を抱きしめ返した。

 

 

 

─────────

 

 

 

「ということで、私が8000ポイントのマスタークラスに到達できたら君を正式な弟子に受け入れたい。それまで待っていてほしい」

 

 後日、招木は那須に弟子の受け入れ条件を報告した。自分が頑張るから待ってくれと告げたのである。

 これに驚いた那須は口で手を覆った。弟子入りを断られた理由に納得していたし、弟子でなくとも気にかけてくれるからこれ以上を求めるのは贅沢よねと思っていた。

 そこまで自分のことを考えていたとは知らなかったのだ。

 無垢な瞳をパチパチさせて、目元に優しい影を落とす。

 

「嬉しいです。だけど、いいんですか? 弟子入りをお願いする私ではなく、師匠となるあなたが頑張ってくださるなんて。あ、私も何か目標を立てます。ええと、何がいいかしら……」

「いいよ。君は順当に4000ポイントを目指せばいい。私はその二倍を目指す。条件は同じだ」

「じゃあ二人三脚みたいですね。一緒に頑張りましょう、なんて、後輩の口から言うのは上から目線みたい……。私も全力で追いつきます」

「那須ならすぐにポイントを稼げる。気合いを入れなければならないのは私のほうかな」

 

 那須の素質に輝かしいものがあると招木は確信している。感覚を掴んであっという間に自分を追い越すのはわかっていた。

 だから招木には時間がなくて、現実的な最短ペースでポイントを稼ぐ必要があった。

 しかし那須は弱々しく首を振る。

 

「いいえ。身体のことがありますし、研究室にも通わないといけなくて。実際に訓練に充てる時間はそんなに多くありません」

「そうなの? じゃあ仮師匠の立場は辛うじて保たれているかな。君の師匠として恥じない姿を見せられるよう、頑張るよ」

 

 まあそれでも那須の方が早く昇格するだろうな、とも招木は思った。

 

「俺が聞いていい話でしたか」

 

 そこへ同じテーブルに座っていた奈良坂が口を開いた。彼は三輪隊の狙撃手であり、狙撃訓練で招木を何度もダウンさせた猛者である。当真に続くNo.2狙撃手。そして那須の従姉弟でもある。

 招木に「先日は那須がお世話になりました」と菓子を渡してきたので、彼女の手元には紙袋が置かれていた。今日は那須の付き添いらしい。

 

「構わないよ。君も知っていた方が安心すると思うし。今度熊谷にも私から伝えておこう」

「そんな、くまちゃんには私から言います。とても素敵な師匠ができるのよって」

 

 那須が声を弾ませると、招木も嬉しさを隠せていない様子である。奈良坂はそれに思うところがあった。

 まさかラッキーガールが従姉弟の師匠になるとは。

 B級中位の諏訪隊所属の射手で、加古の弟子。ランク戦で対戦経験があるが、狙撃手の立場からすると招木は厄介この上ない。駒としては強い方ではないのに、狙撃手の攻撃を必ず回避してくるからだ。

 しかも自分の部隊の隊長と同じ鉛弾使い。幸運体質を生かした囮戦法で連携を乱してくる、が。

 

「……」

 

 頭にある不安を那須が同席する場で発言するわけにもいかない、と奈良坂は口をつぐんだ。

 だがちょうどそのタイミングで那須の携帯に着信が入る。

 

「あ、くまちゃん……」

「気にせず出るといい」

「すみません。ちょっと外します」

 

 運良く彼女が離席したので、奈良坂は声を潜めて招木に話しかけた。

 

「8000ポイントを目指すんですよね」

「うん」

「その……現在の招木さんのスタイルで得点を稼ぐのは厳しいんじゃないですか。囮とか撹乱が基本でしょう。フィニッシュは諏訪隊のお二人に任せているし、個人戦もよくやっているみたいですが、勝率はあんまりらしいですし」

「よく知っているね」

「陽介から聞かされるので」

 

 言外にマスタークラスになれないだろ、と言われているが、招木は全く気にならなかった。

 従姉弟が心配なんだなと思うだけだったし、実際その通りだった。

 

「マスタークラスに到達することがどれだけ大変かは、俺もよく分かっています。だからこそ言いますが……師匠になる資格にポイントは必要ありませんよ。那須が頼りにしているのはあなたの技術と指導です。実力が証明されるのを待つ必要なんて、どこにもないはずです」

 

 奈良坂は東の弟子だが、現在は古寺という新人の師匠をしている。古寺は那須と同期入隊であり、そのうち三輪隊に加わるのが確定している優秀な男だった。

 だから師匠と弟子が同時にいることは、奈良坂にとっては、というか狙撃手界隈では不思議でも何でもなかった。

 加えて招木がマスタークラスになるのを待たされる那須が不憫だった。

 だって奈良坂に「私に師匠のような人ができたのよ」と頬を染めて嬉しそうに報告してきたから。この人の何が那須をそこまでさせたのかわからないが、苦労してばかりの彼女が喜ぶ姿を見てしまえば「早く師匠になってやってくれ」と思うのは致し方ない。

 

「那須の身体のことも知っているでしょう。時間が無限にあるわけじゃないあいつにとって、あなたが『正式な師匠』になってくれること自体が一番の励みになる。形式や目標に拘って那須を待たせるより、今すぐ弟子にしてやって、一緒に歩いてくれませんか」

 

 奈良坂が頭を下げる。招木は少しの間沈黙すると「顔を上げて」と言った。奈良坂の目をまっすぐ見て続ける。

 

「申し訳ないけど、8000ポイント到達は譲れない。加古との約束だから」

「……そうですか。無理を言ってしまってすみません」

「ううん。君の気持ちはわかったよ。加古や那須だけでなく、奈良坂や熊谷の期待も私は背負っている。気持ちを引き締めないといけないね」

 

 招木の視線がズレたので追えば、那須が熊谷と楽しそうに電話をする光景が目に入った。

 

「今期」

「え?」

「今期中にマスタークラスに上がると約束する」

 

 残り2500ポイント近くの差があるというのに、三ヶ月で勝ち上がると招木は宣言した。

 さすがに無理だろ、という言葉を飲み込んだ奈良坂は。

 

「お願いします。那須が待っていますからね」

 

 とだけ言った。

 

 

 

─────────

 

 

 

 それから招木はまず訓練生との運試しを断るようになった。格上との個人戦もやめにした。

 今までは深く考えず受けてばかりだったが、今は1ポイントでも減らしたくない。負けるリスクを最小限にするための行動だった。

 招木の生態が突然変化したので、何があったのか諏訪は気になった。

 

「おーおー、最近張り切ってんな」

「バイパーでマスタークラスを目指したくて」

「何でまた急に」

 

 ランク戦の戦略や諏訪隊としての役割をこなす試行錯誤に熱中していたが、ここまで個人ポイントに執着した姿を見たことがなかった。

 だから尋ねてみると、招木は素直に全部を喋る。

 マスタークラスに到達して加古との師弟関係に区切りをつけること。そして弟子を迎え入れること。期限は今期中であること。

 諏訪はいちいち深堀しなかった。興味津々のくせにしらーっとした顔つきで一通り話を聞くと。

 

「んじゃ、しばらくは防衛任務シフトなしで申請しとけ。個人戦に集中したいだろ」

 

 とサラッと言ってのけた。招木が勢いよく顔を向ける。

 

「いいの?」

「今までもそれぞれの都合に合わせてシフト組んでたろ。おまえの番が来ただけだ」

「ありがとう、諏訪」

「おー。強くなるならウチにとってもありがてぇ。気張れよ」

「うん。ありがとう」

 

 隊長からのGOサインももらったので、招木は本格的に個人戦にのめり込んだ。

 本部住みの彼女に時間はたっぷりある。遅番や夜勤明けかつまだ元気のある隊員を捕まえられるので、他の隊員よりも個人戦をする時間は多くあった。

 だからこそ色んな人にボコられてポイントを減らし続けたわけだが、作戦を変えると地道に着実に稼ぐことができた。

 

「足りない……」

 

 だが、6500ポイントを越えた辺りで招木は壁にぶち当たった。

 B級隊員をターゲットにして点数を伸ばしていったが、あくまで同じくらいの点数保持者同士なのでポイント移動が渋いのだ。

 このままダラダラしているとランク戦が開幕する。すると今度はランク戦の戦術や連携の訓練に時間を割かなければならなくなるので、個人戦の回数が減ってしまう。

 諏訪隊はランク戦にさほど重きを置いていないが、部隊も大事にしたい招木が蔑ろにする理由はなかった。

 つまり残り僅かの期間に1500ポイントを稼がなければならない。

 

「狙撃手とも個人戦できたらよかったのに」

 

 一番効率がいいのは、自分よりポイントが高い相手に勝つことだ。その差があればあるほど勝った時に得られるポイント数が多くなる。

 もともと招木がポイントを減らされ続けたのは個人戦を引き受け過ぎたことが原因であり、回数を見極めればさほど痛い出費ではなかった。

 その代わり勝つこともほとんどないので、ポイントが減るだけの結果に終わる可能性が非常に高いが。

 悩みながら個人戦のブースでモニターと睨めっこをしていると。

 

「最近構ってくんねーじゃん」

 

 ソファに座る招木の隣に、太刀川がドカッと腰を下ろした。招木が彼の個人戦を全く受けないことを軽く非難しているのだ。

 招木はモニターから視線を動かさずに言った。

 

「前も言ったと思うけど、私はマスタークラスを目指しているんだ。勝てない相手に無謀に挑む余裕はない」

「へえ? おまえつまんなくなったな」

 

 太刀川にとって招木は良い遊び相手だった。

 実力差が開き過ぎるくらいあるのに、招木は絶対に勝つことを諦めない。何が何でも一矢報いてやるという気概が込められた反撃をしてくる。

 幸運体質のおかげで太刀川の想像だにせぬ展開にもつれ込むので、お気に入りでもあった。

 加えてだいたいいつも本部にいるし誘ったら断らない。暇な時にちょっかいをかける丁度いい相手だったのに。そんな招木が急につれなくなったので、物足りなさを太刀川は抱えていた。

 

「太刀川は小南に個人ポイントを抜かされて不機嫌なの?」

「不機嫌? まさか。絶好調だ」

「だからここでよく見かけるのね。戦いたくて仕方ないんだ」

「招木の顔も見飽きるぐらい見てるしな」

「お互い様だよ」

 

 高校生活を捧げて築き上げた不動の一位を小南に抜かされた太刀川だが、むしろやる気に燃え上がっている。生粋のバトルジャンキーなので。

 招木を挟んで太刀川と正反対の位置に座った出水が呆れている。

 

「もー、太刀川さん。大学の出席がどうのこうのって言われてるのに……」

「あ。出水。個人戦しよう」

「はあ?」

「えー? 俺とは戦んないのに?」

 

 咄嗟に出水がカチンとして苛立った声を出した。話の流れ的に「太刀川なら絶対勝てないけど出水なら勝てる」という意味に受け取ったからだ。舐めてんのか勝てるわけないだろ、と剣呑な目つきになる。

 招木が「あコレ良くない言い方だったな」と思って訂正する。

 

「君相手に一勝をもぎ取る大変さはわかっているつもりだよ。だからこそ挑みたい。射手としてもっと強くなりたいから」

 

 現在の射手TOP3を構成するのは、二宮、出水、加古だ。二宮とは鳩原の件もあり接触禁止令が出されているので近づけない。加古は師匠であり定期的に試合をしているので、出水を誘った。

 二人はライバル同士だが、カラッとした友情に溢れた関係だけではない。招木は出水の天才的な才能に嫉妬しているし、出水は招木の幸運をへし折ってやりたいと拘泥している。

 

「フーン。いいっすよ。今の招木さんは前とは何か違うみたいだし」

 

 招木の目には今までにない熱があった。個人の勝敗よりも幸運体質への関心が強かった時期を知っているからこそ、それを飛び越えて出水自身に強い執着心を向けているのがわかって、出水はゾクゾクする。

 胸の奥でどろりとした加虐心と興奮が混ざり合っていく。

 

『天才の君がだめなら、これは私の運命なんだと思えると思った。何をしてもしなくても、結果は変わらないと。……諦められると』

 

 いつか、招木は出水に首を差し出した。彼女が自らギロチン台の上に立ち、膝をついて首を置いた。枷をかけて紐を切るのは出水の役目だった。

 幸運体質に努力を上書きされると確信して絶望した彼女は、天才に終わらせてほしかった。無意味な努力をやめてしまえと言われたかった。

 しかし出水はそれを拒否した。招木のラックを打ち砕いていないから、終わらせるわけにはいかなかった。

 あれから時間が経って招木の気持ちに変化が訪れた。招木は今、猛烈な目標意識を持ってマスタークラスを目指している。

 

「おれがトドメ刺してやります」

 

 であれば、それを阻む強敵になってやる。

 それがおれたちの関係だから。








この話を書きながらジャクソンの足踏み回を読み返していてダメージを負いました。ぼーっと生きてる現代人に刺さる
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