「体が勝手に幸運の方に動くってんなら、おれは招木さんを操れるってことだ」
風に吹かれて髪がなびく。その隙間から覗く目は射貫くように鋭かった。
「終わりだな」
出水の言葉を最後に、招木の体が爆散した。トマホークに直撃したのだ。バイパーとメテオラの合成弾であり、軌道を自由に操れる炸裂弾。攻撃範囲が広く、完全回避するのは至難の業だった。
だとしても招木の幸運体質があれば致命傷には至らないはずだ。しかし彼女が躱せなかったのは、出水がそうなるように仕組んだからだった。
「君は、」
「やっとあんたの幸運、ねじ伏せてやった」
招木が狙撃手の急所への狙撃を無視できないように。奇襲を受ければ自動的に攻撃を展開してしまうように。
彼女は致命傷への反応速度が並外れている。逆に言えば警戒心の薄い・幸運体質がさほど働かない場合も存在した。出水が狙ったのはそこだった。
出水が想定する盤面を作るため、多彩な攻撃手段で招木を操った。招木はそれに気づかなかった。気づけば幸運体質では回避できない"詰み"に追い込まれていた。
どさ、とベッドの上に体が落ちる。見慣れた天井を見上げて、それから招木は腕で目元を覆い諦めの言葉を吐いた。
「完敗だ」
だめだ。どうやっても出水に勝てるイメージが湧かない。
指導する側に回ったからよくわかる。出水の動きは射手の理想形だ。
視野の広さ、柔軟な発想、正確な判断、勘の良さ、すべてが彼の才能の一部であり、未だ底知れない。
どこまで彼は成長するのだろう。既にNo.2に上り詰めているのに、さらに先があると確信する天才だった。
『私の運に再現性はない。君の実力は正しいよ』
初対面の時に言った言葉だ。出水の実力はひたすらに高く、洗練されている。
ずっと記録を見続けてきたから変化の過程も覚えている。新しい弾トリガーを取り入れるたびに、出水が自由に使いこなす映像を目に焼き付けた。自分の手足のように操る姿を見続けてきた。
その様子に素直に嫉妬した。映像を見るたびに頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「出水に勝ちたい。勝ちたい……」
招木の口から強い感情があふれる。
以前とは状況が違うのだ。今の招木にはタイムリミットがあり、加古や那須、色んな人の期待を背負う立場だ。
ここで出水に勝てばかなりのポイントが手に入る。勝つために作戦も立てた。冷静に判断し動いた。ミスと言えるような失態は犯していないはずだった。
それすら出水の手のひらの上だった。
招木の胸に広がるのは苛烈な屈辱である。ゴウゴウと燃え盛る嫉妬心をどう処理すればいいかわからず、彼女はベッドの上でぎゅっと体を両腕で抱き抱えた。そのままの姿勢でじっとしている。
するとプシュッ、と個室の扉が開く音がした。
「続けなくていーの」
入室したのは出水だった。まだ10本勝負の途中だったのに招木が一向にMAPに来ないので直接会いに来たのだ。
ベッドの上で猫のように丸くなる招木を見下ろすと、その余白のスペースに無遠慮に腰かける。ドカッと勢いよく座ったせいで軋む音と共にスプリングが跳ね、体ごと揺れた。
「もうやめる?」
「……」
「招木さんが誘ったんすよ。続けるのか続けないのか、招木さん次第」
出水の声色は乱暴だった。続けるならまた徹底的に追い詰めるだけだし、やめるのならこの人に少し失望するだけだった。どちらに転んでも出水にさしてメリットはない。
だから選択を招木に委ねたのに、彼女はじっとして無反応を貫く。
「珍しい。いつもなら何かしら返事してくれるのに。それだけ負けたのがショックだったんですか」
「……ショックというか、悔しい」
「んは。悔しいかぁ」
「ここまで完璧に相手の思い通りに動かされたこと、幸運体質という自分ではどうにもできないものを君に操られたこと、以前はできないと言っていたことをやってのけた出水に、嫉妬する」
招木の吐露に出水の声のトーンが柔らかくなり、最後には小さく笑った。
相手は出水に勝つために戦略を練っていたが、それはこちらも同じである。幸運を挫いてやらねば気が済まなかったものを、ついに達成できて感無量の心地であった。
だからさっきの戦いの後、出水は個室で大喜びした。「っしゃ!!」と握り拳を突き上げるくらいだった。
しかし一向に再開の通信がこないので来てみれば、負けた相手が思ったより凹んでいたので態度を無理やり変えたのだ。そのせいで無愛想になってしまったけど。
だが招木がここまで明確に敗北を引きずる姿はとても珍しいので、全能感すら感じていた。
『運なんてなくても強い君が、どうして蹴散らしてくれないのと思った』
『招木さんが制御できないものを、おれがどうにかできるわけないでしょ』
そして「どうにかしてやったぞ」という達成感と共に、タイムリミットがきたのを出水は認識していた。
天才に終わらせてほしかった招木を止めた理由は、もうどこにもない。であれば目の前の紐を切って相手を終わらせるだけだった。
「あん時みたいにはっきり言うけど、招木さん個人戦向いてないすよ」
ベッドに腰かけたまま出水が言うと、招木がゆっくりと体勢を変えた。丸くなっていた姿勢からベッドにその身を横たえ、出水に顔を向ける。
招木は出水を傷つけてもいいと思っているし、逆に傷つけられてもいいと言った。出水ならいいと、出水でなければとも感じていたらしい。
そう明確に言葉にされたから、出水は招木が傷つくかどうか気にしないで事実を述べた。
「今のトリガー構成で本気でおれに勝てると思ってる?」
「は、」
招木の口から笑い声がついて出た。笑い声というより堪えきれなかった息が漏れたという感じである。
その目には出水を咎める色があった。マスタークラス到達の大目標が出来たのに、どうして今終わらせようとするの、という無責任な非難だった。
それを無視して出水が話を続ける。鉛弾や変則バイパーを思い出していた。
「招木さんの武器は、一人で戦える決定力じゃない。絶対に相手を逃さない、ただでは通さない執念深さでしょ」
加えて、新技引っ提げても必ず初見で回避する。すると周りは招木を狙わなくなる。
いつか時枝や佐鳥に言われたことだ。『幸運体質があるから、他と比べてどうしても攻撃優先順位が下がるしね』という言葉の通り。
さらに狙撃手に共通する認識は「ランク戦で初手招木を狙うのは絶対やめろ」である。いるだけで狙撃手の仕事を阻害するのだ。
「あんたがいるだけで脅威になる。おれら相手にっすよ? それで不満なの、求めすぎでしょ」
出水の指摘は痛快だった。本気で招木にトドメを刺そうとしている。
招木の駒としての使い方は明確だった。囮と時間稼ぎ、初見殺しに不意打ち無効。本人の動き方もそれに適応している。弱い駒が強い駒を止める一つの理想形だった。
彼の頭に思い浮かぶのは、遠征先で遭遇した人型近界民である。奴らは招木のSEを知らないから、もし招木と対峙したら必要以上に警戒するし高くもない実力を買うだろう。
本当は火力でゴリ押しすれば突破できるのに、過剰に慎重になって招木攻略に時間を使う。その間に他の盤面が動く。
「個人戦で勝てなくても、ランク戦や防衛任務に役立つスタイルってのはある。招木さんは現時点でそれを確立している。急に点取り屋を目指しても上手くいくわけがないじゃん」
「……わかっているよ。今のままじゃ、今期中に8000点稼ぐのは厳しいと。それができるほど私は強くないと」
「相手が悪い。おれに挑んでも易々と勝ちは譲らねーし。他の人狙えば。今期中は無理でも半年あれば届くでしょ」
「それは君の価値観で言っているね。ここから点を伸ばすにはもっと期間が必要になる」
「なんだ、やっぱ見えてるじゃないすか。なんで期限切ってマスタークラス目指してんの。無茶しないタイプでしょ」
目標に焦っているのかと思ったが、そうではないらしい。
しかし招木が実現不可能なこと、しかもこれまで無関心だったポイントに執着する理由を問えば。
「師匠と弟子……予定の子と約束したんだ。私は彼女たちのために勝たなければならない。期限を設けたのは、その子らを早く安心させてあげたいからだ」
誰かのために招木は頑張っていた。その姿勢はとても珍しい気がして、出水はベッドから起き上がった招木をしげしげと観察する。
師匠と弟子と言うのであれば、加古と射手の誰かだろう。招木は師匠から受け継いだ知識と技術を別の誰かに伝授しようとしている。そういう考えを持っていることに驚いた。後進の育成とか興味がないと思っていたから。
だけど現実的に考えて、今の招木が今期中に8000点を獲得するのは非常に厳しい。
「あ。じゃあさ、前から思ってたことやってみね?」
「思ってたこと?」
射手としての招木は出水が完全に殺した。だから新たな生を授ける道を選ぶ。
ずっと胸に秘めていた目標を達成した出水は、サッパリした雰囲気で提案する。二人の関係がまた新しく構築されていくのだった。
─────────
「あ、諏訪さん。今対戦ブースで面白いことやってますよ」
「荒船か。んだよ面白いことって。ハードルあげんな」
「祭りですよ。というか招木さんて攻撃手に転向するんですか?」
「は?」
荒船の言葉は寝耳に水だった諏訪が力強い語気で聞き返す。
招木が? 攻撃手? どういうことだと目つきを悪くする諏訪に物怖じせず、荒船が首を傾げた。
「違うんですか? 俺はてっきり。誰でも参加できるバトルロイヤルが開催されてて、招木さんがかなり得点稼いでるんですよ」
荒船の説明は以下の通りである。
現在、個人戦を行うブースでバトルロイヤルが行われている。
普通は個人戦は1対1だが、特別ルールのそれは人数の上限がなく、途中参加も離脱も自由だと言うのだ。
戦場は市街地MAP。周りの隊員全てが敵。生き残りを賭けて争う……のではなく、本人の意思で何度でも復活して良いことになっている。
つまり相手を倒しまくる大乱闘だった。ここまで大規模なポイント移動がされたのは初めてのことらしい。
「太刀川さんと小南が大暴れしてトップ層の戦いになるかと思いきや、チームを組んだB級の襲撃に遭ったりしてます」
「んだそりゃ。それなら徒党を組んだり隊で参戦した方が強えだろ。数揃えてる方が有利なんだから」
「そこが重要で、結局トドメを刺したり一番ダメージを与えた奴の単独ポイントになるんですよ。だから即席チーム作っても土壇場で裏切ったりすることがほとんどですね」
強い隊員は基本的に単独で動くので突発的なリンチに遭いやすい。彼らはそれだけポイントを多く所有しており、乱戦の隙を狙われやすかった。
個人vs大人数でも結果を残すのが上位陣であり、むしろどうやって難局を乗り越えるかの試行錯誤に胸を躍らせるのがほとんどである。
「さっきまで俺も参加してました。で、招木さんが活躍してるんで諏訪さんに教えてあげようかと思って」
「いらねーわその気遣い! ウワ観客すげーな、招木どこだよ」
「めちゃくちゃ興味あるじゃないですか」
対戦ブースに近づくごとに歓声や声援が通路まで響くくらいだった。二人がそこに辿り着くと、巨大なモニターを前に訓練生たちが集まっている。
訓練生も参加はできるがポイント増減がないため、純粋な腕試しでチャレンジする隊員をチラホラ見かけた。米屋に呼ばれて参加している古寺などである。
それ以外の大多数がギャラリーとして観戦していた。
人だかりから少し離れた位置に立ち、モニターを見上げた諏訪が目を凝らす。
「なるほど、こりゃ祭りだな」
通常のランク戦では最大で四つ巴の16人が争う。4人編成の部隊同士なので4対4対4対4となる。
しかし眼前に繰り広げられているのはバトルロイヤル形式で、人数も格段に多く、メンバーも豪華だ。
さらに普段同じ隊にいる、例えば太刀川隊の太刀川・出水・烏丸もあの場では敵同士なので、所属隊同士の対決にフロアが沸いていた。
『ああーっと! ここで生駒旋空!! 生駒隊長の旋空孤月により、弓場隊長と一条隊員がダウンです!』
「あ? なんだこの声、実況か?」
「オペレーターの子があそこに座ってリアルタイムで盛り上げてくれてるんですよ」
荒船が指差した先には、運営ブースにて熱を入れた実況をする武富の姿があった。
彼女もまた今期に入隊したばかりのピカピカの新人だが、お祭り騒ぎに居てもたってもいられず、衝動的にマイクを握った。
個人戦(この場合はバトルロイヤルだが)をこのようにリアルタイム実況するのはこれが初めてであり、武富はこの後ランク戦の運営システムを上層部に訴えていくことになるが、少し先の話である。
「じゃ、諏訪さん連れてきたんで復帰します。諏訪さんもどうですか?」
「おー、いってこい。俺ぁここで見てるわ」
荒船が対戦ブースの個室に消えていく。横並びのドアが開く様子がないことから、先程落ちた弓場も一条もまた戦線に復帰していることがわかった。
諏訪が知る個人ポイント上位陣の多くが参加しているこの祭りで、招木は一体何をしているのか。荒船が攻撃手への転向を疑うほどの何をしているのか。
モニターに視線を向けていると、いつのまにか隣に誰かが立っていた。
「オウ、風間。参戦しなくていいのかよ」
「もうした。招木にダウンさせられたぞ」
「はぁ!? お前が!?」
大声を上げる諏訪を横目にちらと見て、風間は淡々と言葉を並べる。
「何も驚くようなことじゃないだろう。元から素質はあった。それを引き留めていたのが、お前と加古だろうが」
その発言にぐっと奥歯を噛み締めて、諏訪は無言で映像へと向き直った。
モニターには大規模混戦の様子が映し出されている。向こうでメテオラが爆発したかと思えば、カメレオンで奇襲に遭う。複数人でのバトルを繰り広げていたところを狙撃手に綺麗に撃ち抜かれる。
そういうカオスを極める戦場だった。
ただ全員の顔つきに共通して見えるのは、楽しそうな雰囲気である。皆が無茶苦茶な混沌を楽しんでいる。ブースにいる見物客も、武富の実況と東の飛び入り解説に耳を澄ませ、白熱した戦いにどっと沸いた。
そんな熱気に当てられて、しかし冷めた顔つきの諏訪は静かに招木を見ていた。
『またもや招木隊員が撃破! スコーピオンと鉛弾の組み合わせで着実に乱戦を攻略していく!』
『招木隊員には幸運体質がありますからね。並外れた回避能力と攻撃的中率は、混戦状態で最も輝きます』
攻撃手に近い動きをする招木の顔は普段通りで、内心にどんな感情を抱えているかまではわからない。
きっと彼女も気づいたのだろう。自身が射手ではなく攻撃手に向いていることに。
根拠は色んな場所で指摘されていた。1対1ではパフォーマンスを最大限発揮できずとも、今回のような入り乱れる戦場でこそ幸運体質がフル稼働する。
その幸運は全て招木個人のためにある。
「どんな攻撃が来ようと招木は必ず回避する。攻撃の予備動作もほとんどなく、一瞬の判断が重要な局面において正解を選ぶ運の良さは、攻撃手には打ってつけだな」
「それは単独だからって前提だろ」
「ああ。しかし惜しいな。周りの都合もお構いなしに招木が一人で突っ込むだけだ。あれでは味方にとって邪魔になる。だから射手で居させたのか?」
「あいつがそれを選んだからだ」
諏訪の答えはシンプルだ。
招木が自分から射手を選び、囮や撹乱を担当すると言い出し、そのために努力したから肯定したのだと。
その返答に「図星か」と判断した風間は、それっきり口を開くことなくモニターに視線を戻した。
撹乱特化射手としてのスタイルに慣れているはずの招木の攻撃手的な立ち回りは、とてもシンプルだった。
普段のように距離を取って攻撃。そこから寄ってくる相手をスコーピオンで反撃。乱戦にわざと首を突っ込み、鉛弾やバイパーで翻弄し、乱れたところをスコーピオンで仕留める。
狙撃手への警戒心は低く、射線を無視して突っ込んでいく。他の隊員と比べて注意すべき対象の少ない招木は、諏訪隊での動きと打って変わって異様なほど攻撃意識が高かった。
『機動力を削いだ。二人とも、後はお願い』
いつもなら諏訪と堤に任せるフィニッシュを、自分から積極的にしていく。
暴風域に自ら突撃して結果を叩き出す。ガンガン突っ込み捨て身で特攻する。しかし危なっかしさはない。SEで簡単に回避しているように見せかけている。
「あっ」
諏訪が声を上げた。招木がビタ! と勢いよく顔面から地面に倒れたのだ。おかげで遠方からの狙撃は免れた。
しかし転んだということは、キャパオーバーした主人に代わって幸運体質が無理やり生存させているということだ。
この状態のまま追い詰められてしまえば招木はダウンする。火力でゴリ押しされてしまう。
「招木は撤退の構えか。周りが見逃すとも思えないが」
「……いや。一度狙いを振り切ってしまえば」
このままでは誰かに倒されてポイントが減ってしまう。一度戦線から退くことにしたらしい招木は、脇目も振らず逃亡する。
シールドを駆使して激戦区から遠ざかる姿は、ランク戦中に諏訪が「下がれ」と指示した時とかぶった。
戦況を分析し自身への警戒心を踏まえて、冷静に逃亡ルートを選定しているようだ。そもそも狙われづらい性質なので、逃亡に目的意識を切り替えれば不可能というわけではない。
取り返しのつかないラインは絶対に踏み越えない。招木のそんな強い意志がモニター越しに伝わってくる。
「あいつはちゃんとわかってる」
自分を安堵させるための言葉だと自覚した上で、諏訪はそう言い残した。
そこへ招木の逃亡を阻止するように出水が登場し、ド派手な撃ち合いが展開される。周囲を巻き込む火力に押された招木だったが、華麗なヘッドショットでついにダウンした。
ポイント移動の名前がモニターに表示される。招木にトドメを刺したのは当真だった。
出水は有言実行しました。招木の幸運を上回り、ちゃんと招木の射手の道を殺しました。えらい。これで出水との関係性は一区切りつきましたね。
お祭り騒ぎのドリームマッチとかバトルロイヤルとかめっちゃ見たい。