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今回の話に合わせて前回の話を少しだけ修正してますが、微々たるものなので読み返しは特に必要ありません。
『招木には自主的に人にお願いすることを覚えさせるべきだ』
風間が招木との模擬戦の後、退出際に諏訪に残した一言である。その意図を諏訪は正確に受け取っていた。
風間は『幸運体質についての仮説ができた』と言っていた。それならば本人に伝えてもよさそうなものだが、敢えてそうしなかった。
何故か。それは招木がお願いをして尋ねるべき事柄だからだ。恐らく彼女は何をせずとも与えられることに慣れ過ぎている。それも「自分から動く」発想が出てこないくらいに。
だから招木は立ち去る風間を見るだけで何も言わなかった。あの場で聞いたら風間は教える気だったのに、招木は見送るばかりだったのである。
ついでに言えば模擬戦相手への「ありがとう」や「お疲れ様」といった礼節も欠けていた。挨拶すら満足にできない人間性なので、当然のことではあるのだが。
『招木おまえ人と話すの苦手だろ』
諏訪が放った言葉だ。
これ通りに招木はサイドエフェクトへの理解とか戦闘の技術を高めるとかそれ以前の問題だと、いよいよ風間が関門を設置したのである。
彼はたまたま通りがかっただけなのだから、わざわざそんなことをする必要はない。しかし欠点を指摘し成長する場面を作ったのは、甘いというか優しいというか。
「やっぱド派手にコケたな。芸術的だわ!」
「そうだね」
「じゃ、俺別のヤツとランク戦しに行くから。またな」
「うん」
太刀川との模擬戦も呆気なく終了し、惨敗記録更新である。手を振って立ち去る太刀川を招木はそのまま見送った。やはりこの場面で必要なやりとりが抜けている。
諏訪が唇を引き結んで近づくと、招木が顔を上げた。
「招木。模擬戦終わったらまず何か言うことあんだろ」
「? 君にかな」
「違う。対戦相手の風間と太刀川だ」
「……?」
招木は本気でわからないという顔である。諏訪が大きなため息を吐いてしゃがみ込むが、それだけだった。
何を言えばいい? とか。わからないから教えて欲しいとか。そういうのを一言言えば済むことなのに、やはり招木は待ちの姿勢になる。
一体どんな教育を受けたらこんなことになんだよ、と諏訪は心の中で悪態をついた。
「俺ァ"苦手でも自分から話す努力をしろ"っつったぞ。物好きからのアドバイスだ」
ここで答えを教えてしまうのは簡単だが、それは招木の為にならない。ヒントを与えるだけにして、招木の出方を窺う。
「何を言えばいいかわからないから、教えて欲しい」
「!」
すると招木は明確なヘルプを口にした。なんだ、やればできるじゃねーかと思う。
模擬戦前にも同じようなやりとりをしたが、招木は聞かれたら素直に答えるし、言われたことをやろうとしてくれる。
今はまだ待ちの姿勢に入るばかりだが、回数を重ねていけばきっと円滑なコミュニケーションがとれるようになるだろう。
必要なのは成功体験だ。だから諏訪は招木に成功を授ける。
「おう。太刀川も風間も模擬戦に付き合ってくれたんだから、礼の一つでも言わなきゃな」
「向こうから申し込んできたのに?」
「きたのに、だ。実力じゃ相手がずっと上だ。わざわざ時間割いてくれたんだから、"ありがとう"とか"お疲れ様"とか言ってやれ」
「ありがとう。お疲れ様」
「"またな"には、"またね"だ」
「挨拶と一緒だね」
「オッ、そうだ。社交辞令は大事だぞ」
一体何を言っているんだ俺は、と思いながらも伝わったことに安堵する。諏訪は一人っ子なので兄弟はいないが、妹がいたらこんな感じかなと想像した。
「じゃあ、風間にありがとうって言ったら、仮説について教えてくれてたのかな?」
「! それはまた別の問題だな。おまえの話なんだからおまえが質問するのが筋だ。待ってても教えちゃくんねーぞ」
「ああ、そうだった。今日の最初も同じ流れだったのに、わからなかった」
「わかんなくても次やれたらそれでいいんだよ」
「うん。わかった。ありがとう」
「おお……」
招木が諏訪にお礼を言った。ちょっと感動する。初めて言われた。
短い時間だが世話を焼いたり気を回したりしていたので、彼女が感謝を伝えるべき場面はあったのにスルーされていたのは、どうしたらいいかわからなかったからだろう。
しかしさっきの話で「わからないことを自分から質問する」ということを理解できた。今後はもっとスムーズにコミュニケーションができそうだ。
「じゃ、どうする」
「どうするとは?」
「この後だ」
「諏訪は帰るの?」
「……風間にサイドエフェクトの仮説を聞くんだろ」
「ああ、そういう流れになるんだ。教えてくれてありがとう」
理解した、と招木が頷く。
どうやら道はまだまだ険しいようだ。
風間は簡単に見つかった。訓練室を通り抜けた人通りが少ない場所、すなわち昨日諏訪が招木を連れていった休憩スペースにいたのだ。
「遅かったな」
風間が諏訪に目を向けて言う。彼は諏訪が指導して招木がその通りに成長するのを待っていたのである。上手くいかずに二人が来ない可能性だってあったのに、模擬戦終了後に人気の少ない場所を選んで待機していた。
諏訪を信じていたからだ。そして風間ならあの後いなくなるのではなく人通りのない場所で話をすると確信していた諏訪もまた、彼のことを信用していた。
「? 待っていてとは頼んでいないよ」
「招木、おまえ」
「……あ、そういうこと。ええと、待っていてくれてありがとう。それと、模擬戦も付き合ってくれてありがとう」
最初はアッと思ったが、諏訪の指摘で見事に軌道修正してみせる。あとは頭を下げることができれば良かったが、招木はそうしなかった。この後気づかせてやんなきゃな、と諏訪の頭の中に反省点が一つ増える。
風間はその様子をただ見守っていた。自主的に頼ることを身につけることができたか、言うべきことを言えるようになったか、テストしているのだ。
「風間。私のサイドエフェクトの仮説について、知りたい。教えて欲しい」
そして招木が自分から尋ねてきたので、ひとまず及第点を与えた。
風間が「わかった。いいだろう」と答えて、招木の成功体験がまた一つ増える。
「順を追って説明する。まず、日常生活では招木の幸運体質はシンプルに出力されている。戦闘時の転んだりぶつかったりするような、デタラメな挙動はしない。そうだな?」
「うん」
「アイスのせいで腹壊してっけど」
「それは単なる食べ過ぎだ。ほどほどにしろ」
「だって美味しくて」
「自己管理くらい自力でやれ」
意外だ。招木が口答えをしてきた。素直に「わかった」と言うとばかり。アイスが好きなのだろうか。
風間も諏訪と同じ心境なのか、冷静に返しつつほんの少しだけ表情が柔らかくなった。
「ではなぜ戦闘時においては、幸運と同時に不可解な動きが発生するのか。それはサイドエフェクトが引き起こす幸運に、生身と違ってトリオン体が追いついていないからだと思われる」
「追いついていない? 攻撃を躱すことができているのに?」
「俺はアレを回避とは呼ばない」
すぐに風間の眉間に皺が寄った。
「恐らく本来の幸運は"完全に相手の攻撃を回避すること"だ。だが実際には、転んだ結果"奇跡的に無事だった"というものになっている。サイドエフェクトは最適解を示している。だが今のおまえの体では、その動きについていけていない。太刀川の攻撃を躱すことは絶対に不可能だから、無理やり帳尻を合わせる為に生まれたイレギュラーだ」
格上相手への攻撃についても同じことが言える。通常では攻撃が通るわけがない。そこを「ラッキーで攻撃が掠める」に押し上げる。
だが招木本人のトリオン体の操縦では、その動きについていくことができない。実現できる範囲を大幅に超えたサイドエフェクトは、そのギャップによって躓くのだ。だから転ぶという例外を挟んで、結果を叩き出している。
「だが、もしおまえのトリオン体操縦技術・回避術が高まったら、理想と現実のギャップは狭まり、イレギュラーも発生せず、完全に回避するのも可能だろう」
トリオン体での戦闘に生身の筋肉は関係ないが、トリオン体の操縦は生身を動かす時の感覚が元になっている。だから生身で動ける感覚を掴めば、トリオン体ではその何倍も動けるようになる。
そうすれば幸運を歪みなく出力できるかもしれない、という仮説だ。
招木は静かに耳を傾けている。
「格上相手の攻撃を難なく躱すことができれば、次の反撃にも繋がる。もしくはさらなる幸運を呼び込むかもしれない。まあ憶測に憶測を重ねた話にはなるが……」
生身とトリオン体の差異に風間は注目した。
生身の状態で「当たりを引き当てる・選択問題で正解する・宝くじに当選する」のなら、その幸運の大きさは発動条件に影響しない。
宝くじに当たることと太刀川の攻撃を躱すこと、どちらが非現実的かは正確にはわからない。だがわからないものよりも明確に比較できるものがある。それがサイドエフェクト発動時の招木の体だ。
「自販機のボタンを押す・課題に答えを書き込む・くじを購入する」という行動は、生身の体で簡単に実行できる。
しかしトリオン体で強敵の攻撃を躱す動きをするには、多大な労力が必要となる。
その不足分を無理やり補填した結果、生じる歪み。それが転ぶというバグなのだろう。
『最後に。おまえは生身でもよく転ぶか?』
『こんなに転ばないよ。トリオン体だとアレだけど』
この質問は、生身での幸運体質の発動回数(つまり本来なら"躱す"という目的に対して、体が追いつかず転んでしまうかどうか)を確認する為だった。
まあ日常生活で戦闘訓練ほどの危機に晒されることはまずないから、意味のない質問でもあったが。
「要するに、生身を鍛えてトリオン体での動きを向上しろということだ。そうすれば転ぶことも減るだろう」
最後に風間がまとめると、招木は沈黙していた。今の話をインプットするみたいな間である。諏訪が少し身じろぎしたが、彼もまた口を開かない。
やがて焦ったいほどのんびりした仕草で招木がまばたきをした。
「生身を鍛えるとは、具体的にどうすればいいの?」
「何でもいい。ランニングでもスポーツでも。体育の授業があるだろう、あんな感じだ」
招木の身体は細い。細いというか薄い。はっきり言って運動が得意そうなタイプには見えないので、生身で動く感覚を洗練させていくべきだ。
もちろん射撃の技術も向上させる必要があるが、戦闘になると意味のわからないところで転んで流れが閉じてしまうので、まずは転ぶ回数を少なくすることを優先する。
とはいえここを指示するのは風間ではない。風間は招木に「自分を強くして欲しい」とは頼まれていないし、この段階では「仮説について教えて欲しい」と言われただけだ。
そこから先については、また招木の言葉が必要になる。だが。
「なるほど。わかったよ。教えてくれてありがとう」
招木はそこで終わらせた。もう少し深掘りすればもっと情報を引き出せたのに。
だがまあ、指摘されて改善しようと行動したから当初の目的は十分に果たしている。本人がその先を見出すにはまだ経験が足りない。というか根本的に対人コミュニケーションが欠けているので、人に揉まれて積ませていくしかないだろう。
用事を終えた風間が立ち去ろうとすると「待って」と招木に呼び止められる。彼女は自販機にお金を入れた。
「風間。飲み物、どれがいい?」
「別にいらない。そこまでのことは言っていない」
「お礼がしたいから。あと君の好きなものが知りたい」
「……」
これも練習の一つか、と風間は選んだボタンを押そうとした。しかしその指を招木が止める。どうした? と目で聞けば、風間の代わりに招木がそのボタンを押した。
ガシャンガシャン、と二本分の落下音がする。
「お、当たりじゃん」
諏訪がバカみたいに素直な声を出した。
どうやら風間も気に入られたらしい。
「ヒュー……ヒュー……ご、ごほっ」
「招木。水だ。水を飲め」
「う……み、水」
「それは水じゃない。俺の腕だ」
汗だくになって水を求める招木。まさかここまで体力がないとは……と感想を抱くのは、諏訪の紹介で教官になった木崎だった。
諏訪から「こいつをしごいてやれ」と連絡が来たのは昨日の話。噂に聞いていたラッキーガールの登場が、まさか友人からの紹介になるとは思わず彼は少し驚いた。
「50m走っただけだ。崩れ落ちるのはまだ早いぞ」
「ご、50mっ? は、私がそんな長く、走るなんてね」
「さっきも確認はしていたが、本当に体力がないんだな」
よーいどんの50m走でこんなことになっている人間を、木崎は初めて見た。
事前の話では招木に定期的な運動習慣はなし、体力にも自信はなく、運動神経の話をする以前のレベルだと聞いていたが、その通りだった。
自前のジャージを着用する木崎。そして招木は学校で使用する体操服に着替えており、袖や裾から伸びる手足はあまりに細い。腕の太さも木崎の半分以下である。本当に運動とは無縁の人生だったようだ。
長距離を走る体力すらない。トリオン体では格段に能力がパワーアップするとはいえ、生身がこれでは最低限にもなろう。
「招木。まずは50mを息切れせずに走れる体力を作るぞ」
「息切れせずに? A級の壁は随分と高いのね」
「息が整ったらまた一本走るぞ」
無理だ、と招木の顔にデカデカと書いてある。
だが、結局その日招木は最後まで弱音を吐かずに走って転んでひっくり返った。
「どうだったよ」
「諏訪」
「招木の運動音痴っぷりは」
「今は体力づくりの段階だから、まだわからない」
そうかィ、と諏訪がパンをばっくり食べる。木崎も米をモグモグ腹に納めて続けた。
「おまえがそんなに気にかけるなんてな。いきなり女子を紹介されて驚いた」
「俺ァあいつに体の鍛え方を教えて欲しいって頼まれて、適任を紹介しただけだ」
「適任か。どうだろうな」
昼休みの喧騒に二人の会話が紛れている。同じ学校、同級生の二人は待ち合わせをして昼食をとっていた。
「お、弱気か筋肉ザルさんよ」
「50mすらまともに走り切れないんだぞ。今までどんな生活を送っていたか聞いてみたいぐらいだ」
「……そんなにか?」
「だがやめる、無理だ、とかそういうのは一言も言わなかった。時間はかかるが基礎からじっくり積み上げていくしかないだろう」
諏訪が椅子の背もたれに体重を預け、ギッと軋む音がする。
風間の仮説を検証しようにも、かなり前の段階で躓くことになるとは。
コミュニケーション能力の欠落といい、異様なまでの体力の低さといい、招木の人間的な能力の低さがどんどん露呈していく。
「わかった。ひとまず招木を人並みに動けるぐれーにはしとくわ。そうなったらまた頼んでいいか?」
「構わないが……このまま訓練を続行してもいいんだぞ」
「半人前以前のヤツに時間取らせるわけにゃいかねーだろ。もっとマシかと思っていたが、想像よりはるかにヤバそうだったし」
「まあ、諏訪の判断に任せるが。じゃあ引き取ってくれ。正直どこから始めようか悩んだ。初めて見たんだ、あんなに体力がない人を」
「本当はめちゃくちゃ困ってたじゃねーか」
「その代わり、ある程度できるようになったらまた教える。一度引き受けた以上、最後まで面倒は見る」
優れた人格を持つ頼もしい友人は、決まりごとのようにそう言った。
「諏訪はどうやら招木のために何かしたいらしいからな」
薄く含み笑いをする木崎。おまえそれ玉狛のオペレーターの前で同じことを言ってやるからな、と諏訪は誓った。
あの綺麗なお姉さんにマゴマゴしてるくせに。俺はおまえほどポンコツじゃねーぞ。
「ほっとけねーんだよ」
「!」
「情がわいた。そんだけだ」
始まりは罪悪感と責任感だ。けれどここ数日で招木への見方が大きく変化していた。
人との付き合い方が壊滅的にヘタクソだし、すぐに「どうして?」と聞いてくるし、めちゃくちゃ転ぶしそれなのに平然としている。
だけど指摘されたことはすぐ改善しようとするし、お礼も言えるようになった。教えたことを素直に受け入れる可愛げもある。
加えて、放っておくとその場で大人しく待っている。諏訪が何かするのを健気に待つ犬みたいなところがあった。
諏訪は招木に懐かれている自覚がある。だから可愛がってやりたいと思った。
「そうか。それはいいことだな」
大真面目に木崎が頷くので、諏訪はは〜〜っと大きく脱力した。
ある程度体力がついたら招木も筋肉の洗礼を受ける予定です。