勝手にボーダーにインターン制度を導入していますがこれっきりになると思います
「那須、お待たせしてごめんね」
「いえ、そんな。……ご足労おかけしてすみません。本来なら私が諏訪隊の作戦室まで訪問するべきなのに」
「いいんだよ。今はウチも少しバタバタしていて、トレーニングルームが埋まっているから。こっちが使えるのならそれでいい。しばらくはお邪魔するね」
招木がそう言うと、那須は薄く微笑んで「ありがとうございます」と頭を下げた。
ここは那須隊の作戦室に併設された訓練室だ。招木がマスタークラスになるまでの間に、那須は正隊員になり自ら隊を立ち上げたのである。
隊長は那須、隊員が熊谷と日浦、オペレーターが志岐の珍しい女子だけの部隊だ。
志岐は異性、特に大人の男性が苦手らしく、また那須の体調的に彼女の家に集まることが今後予想されるので、女子だけで固めた方が色々と楽なのだろう。
「じゃあ、始めようか」
「よろしくお願いします」
那須と正式な師弟関係を結んだ招木は、指導を本格的に始める前に那須に学びたいこと・やりたいことの優先順位を決めてもらった。手広く学んでも成果を実感しにくく時間がかかるから、という理由である。
招木自身、あちらこちらへと特訓内容を切り替えて遠回りをした自覚があるのと、諏訪に「何をやりたいのかとその理由を言語化できるくらい意識しろよ」と言われてきたからだ。
時間は有限。マスタークラスの一件で痛感した招木は、立てた目標が那須のレベルに合っているか、期限は適正かを正確に見極める。
そして那須が立てた目標は「バイパーの技術向上・ランク戦でB級中位昇格」だった。
「戦闘中にリアルタイムで弾道を引くにはまだ慣れていなくて……狙いがブレたり、読みが外れたりするんです」
「練習を重ねていくしかないね。話を聞く限り、弾道の問題というより相手の動きがまだ見えていないのかな。ランク戦の記録を見て、戦い方を学んでいこう。君なら引くべき弾道が見えるようになれば、迷いなく引けると思うよ」
バイパーの弾道をリアルタイムで設定するには、さまざまな技術が必要となる。
実際はそこにないものをあるものとしてイメージする空想力、自分を含めた周囲の状況を把握する客観視点、攻撃対象や障害物との距離を正確に捉える空間認識能力などである。
招木から見て那須はそれらの能力は充分に備えている。もちろん今後は伸ばす必要があるし、そのための訓練もしていく。
しかし一番不足しているのは動く相手に当てるための弾道をイメージする力だ。ルートを思い描くことができなければ、弾道を引くことはできない。
「それとランク戦についてだけど、那須隊が参戦できるのは次のシーズンになってからだ。それまでは防衛任務などで連携に慣れること。攻撃の軸は誰か、作戦の基本方針をどうするか、これを先に決めた方がいい。手探りでいいから、自分たちがしっくり来る形を探してね」
「はい。今のところ、私が中心となる形になりそうです。バイパーと機動力で相手を追い詰め、くまちゃんと茜ちゃんには援護に回ってもらうイメージです」
「いいね、それぞれの得意分野を活かす形だ。ちゃんと隊員が見えている」
「あ、ありがとうございます……!」
那須に部隊の相談を持ちかけられた時、招木は「そっか、そういうのも教えるんだ」と内心面食らった。
というのも招木は加古に部隊について相談したことがなかったからだ。諏訪隊のことは諏訪隊で解決してきた。諏訪隊のために何ができるか話したことはあるが、それ以上のことは相談しなかったし、加古は部隊の方針などに完全にノータッチだったので。
しかし那須の気持ちを想像してみれば、そりゃ師匠を頼るだろうと思う。
自分は入隊して半年も経っておらず、隊を結成したばかり。当然ランク戦の知識はない。しかし師匠は最古参でランク戦を何度も経験している。作戦や指示をよく飛ばすし隊長的な立ち回りにも理解がある。
そういう心情を理解できるので、招木は那須のためにランク戦の分析にも力を入れていた。
「とはいえ、焦る必要はないよ。ボーダーはとても楽しいところだから、気楽にやりたいことから手をつければいい。好奇心を満たすだけの実験をしたっていいし、たまにはサボったっていい。それも那須の自由だ」
「招木さんはいつもそう言ってくれますね。私の意志ややりたいことを尊重してくれる……。それが本当に嬉しいんです。もっと自慢してはしゃぎたいくらい」
「それは私も一緒だよ。那須がいてくれるから、私はもっと強くなりたいと思えた。最近は機動力を高めたいの。君みたいに俊敏に動けるように」
「イメージが大事だと教えてくれたからです。この体ならなんでもできると思えば、不思議と力が湧いてきて……走り出したら止まれないくらい、体を動かすイメージが尽きなくて」
そこで那須は言葉を切って目を伏せた。
「私は身体が弱かったから、走ることを夢見ていたんです。ただそれだけのことを、ずっと……」
招木は那須の自宅で彼女の生身の体に触れたとき、あまりの儚さに言葉もなく圧倒された。トリオン体での力強い眼差しが嘘のように、生身の彼女の目に宿る光は弱々しかったから。
だからと言って態度を変えることはしなかったが、那須が本部に来る時はなるべく気にかけてやらねばと思う。本部住みだし丁度いい。那須の両親や奈良坂に「くれぐれもよろしくお願いします」と頭を下げられているし。
「そっか。それなら私もできるかも。私もずっと走りたかったから」
諏訪に紹介され、初めて木崎からトレーニングを受けた時のことを思い出す。あの時は50mも満足に走れなかった。今はすっかり体力がついて、時折木崎のランニングに同行している。まあ彼の本気のペースにはなかなか追いつけないが。
思い返せば随分遠くへ来たものだった。最初の頃と比べれば今の方がずっと動けるし、那須を参考にできるから、敏捷性を高めることはできそうだった。
深く語らずに短い言葉を口にすると、那須は目を細めて囁く。
「招木さんもそうだろうなと思っていました」
那須は自分を選んでくれたから。一度は約束を破ってしまった不甲斐ない自分を、それでも許して待っていてくれたから。
招木は那須に何だってしてやりたいし、彼女が躓く要素を徹底的に排除してやりたかった。俗に言う過保護である。
しかしそれは良くないとわかっている。諏訪も加古も温度は違えど放任主義のような部分があって、自力で考えるよう導いてくれた。それが招木のためになると願って、辛抱強く信じてくれた。
であれば招木も那須に同じ導きを与えるのだ。
それが彼女のためになると願って。
「那須隊の構成は攻撃手、射手、狙撃手が一人ずつだね。同じ構成の部隊は……」
「とてもありがたいですけど、そこまでしていただかなくても」
「ああ、招木さん、それくらいあたしたちで探しますから」
「そうですそうです、座っててください!」
全然ダメだった。
過保護になってしまう衝動が抑えきれずにいたところを、那須、熊谷、日浦の三人がかりで座らされてしまう。ここに志岐はいない。招木は通話でしか話したことがなく、彼女の生身の姿を見たこともなかった。
ランク戦の記録を探すのを手伝おうとしたのだが、拒否されてしまった。こういうのも甘やかしになるのか。加減が難しい。加古はとても難しいことを何ともない顔をしてやっていたな、と尊敬の念が強まる。
……いや、顔に出さないようにしていただけかもしれない。今の招木のように。
「ランク戦……ランク戦かぁ。イメージ湧かないな。招木さん、初めてのランク戦ってどんな感じでした?」
熊谷に質問されて少し考えると、招木は言った。
「今ほど部隊の数も多くなかったし戦術も洗練されていなかったからね。作戦の軸と役割分担をしっかり決めて特訓していたから、結果はかなり良かったよ。刺さる部隊に深く刺さったって感じだった」
「そうなんですね……すごいです」
「奈良坂先輩も言ってましたもん。諏訪隊の中心は招木さんだって。エースがいればビシッと決まるものなんですね!」
那須の発言の後、日浦は招木がマスタークラスの実力者だと認識しているので無邪気に褒めた。B級におけるマスタークラスは、エース的な役割を持つものだから。
しかし当時の招木はエースには程遠く、単に自分の役目に徹していただけだ。彼女が敵をバンバン撃破していたわけでもない。
訂正しようかと思っていると熊谷の不安げな顔が目に入る。招木は発言内容を変えた。
「とはいえ、諏訪隊ではそうだっただけで、初めての混合部隊戦は苦戦したよ」
「混合部隊戦? ランク戦じゃなくてですか?」
「そう。諏訪隊に所属する前の話ね」
「別の部隊にいたんです?」
「いいや、フリーの時だよ。太刀川に誘われてチーム戦をしたんだ」
那須に相槌を打つ間に、熊谷の関心を引けたのがわかった。太刀川の名前に興味をそそられたのだろう。三人分の視線を受ける招木は懐かしい話をした。
太刀川に誘われて混合部隊戦をしたこと。同じチームに迅と影浦がいて、SE組で戦ったこと。相手チームは太刀川隊……いや、旧太刀川隊のメンバーだったこと。
豪華メンバーの戦いに熊谷はワッと大きな声を出した。
「え!? 何ですかそのドリームマッチ!」
「招木さん、そのメンバーの隊長をやったんですか? 経験者だったなんて……」
「経験者と呼べるほどのことはやれなかったよ。ランク戦の経験もなく初めてのことだったからね。めちゃくちゃな指示を出すだけだった。私が一番弱くて、こっちでまともに戦えていたのは迅だけだったな。影浦は当時訓練生だったし」
今この瞬間に招木が求めているのは熊谷のランク戦への不安を和らげること。真実はいらない。最終的には自分たちが勝てたとか、そういうのは邪魔なだけだ。
最初は不慣れなことも多くできないことも当然ある。しかし課題を発掘するのがランク戦の意義であり、必要以上に緊張することはない。自分も初戦はてんでダメだった。
そんなことが伝わればよかった。
「え〜、すご、へ〜……」
「その記録見てみたいです〜!」
熊谷は興奮してちょっぴり頬を染めた。日浦も似たようなリアクションである。
どうやら彼女たちの関心はドリームマッチに上書きされたようだ。不安が薄らいだならそれでいいか、と招木は思っていたが。
ひとしきり騒いだ後、熊谷が小声になった。
「招木さんって、ボーダー歴長いんですよね」
「うん」
「迅さんってS級ですよね? 隊には所属していないって……それでもその模擬戦には参加したんですね」
「そうだね。太刀川に誘われたからじゃないかな。あの二人、バチバチしていたから」
「バチバチ?」
ピンと来ていないようで首を傾げる後輩たち。その中で、熊谷が少し上擦った声を出した。
「あの人、ちょっとかっこいいですよね……」
「え? 太刀川が?」
「ち、違います! 迅さんが、です!」
「迅が? 熊谷、それは、やめた方がいい。本当に。嵐山にした方がいいよ。迅だけはない。絶対にないよ」
招木は動揺を思いっきり顔に出して早口に言った。迅がかっこいい? あり得ない。未だに尻を揉まれて謝罪することのできないでいる相手の顔を思い出した。
かっこいいなら嵐山が最適だろうから真っ先に勧めると、那須隊の三人はハッとして顔を見合わせる。その表情は乙女チックな色合いだった。
「そりゃあ嵐山さんの名前出されたら誰だってそっち行っちゃいますけど。でも、招木さんはどうなんですか?」
「私? 何が?」
「実は嵐山さんと付き合ってるって噂があって」
「付き合っていないよ」
「まあ、そうなんですか? 訓練生の子が、この間抱きしめ合っているのを見たって言っていましたよ。何人も見たって」
那須も加わってそう言うと、招木はピンと来て「あー」と低い声を出す。
間違いなくマスタークラスに到達した時の抱擁だろう。あの時は周りに訓練生がたくさんいたし、騒ぎになっていると木虎に指摘された。
ここに来る前に生駒に「おめでとう」と突然言われたのが不思議だったが、そういうことかと納得する。
「あれはマスタークラスになれたから喜びを抑えきれなくて、思わず抱きついてしまったんだ。嵐山は親友だから、一緒に喜んでくれただけだよ」
「マスタークラスに……」
事情を知った那須はやや前のめりになっていた姿勢を戻し、
「それならいいです」
とニッコリ微笑んで言った。どこか迫力が滲む笑顔だった。
─────────
招木は那須を弟子に迎えたが、似た動きが諏訪隊にもあった。
諏訪隊は新たな隊員を迎えることとなったのだ。加入メンバーは那須と同時期に入隊した笹森という少年。孤月を片手に持つ攻撃手の中学三年生である。
今はランク戦のシーズン中なので、新メンバー加入により連携に支障をきたしたり相手に点を獲られやすくなったりする。またいきなりB級中位のランク戦に放り込まれるのは笹森に負担がかかるからと、正式な加入はしていなかった。
しかし笹森が来季から諏訪隊に所属するのは確定事項であり、今はインターンという形で諏訪隊への仮入隊が認められている。
「……というわけで、笹森日佐人はどうでしょう。バトルロイヤルでも孤月一本でいいところまで迫っていたんですよ」
笹森の資料を片手に発言したのは堤だ。
招木のマスタークラス達成後、諏訪隊では新メンバーを探す会議をしていた。堤は最初から誰を勧誘するか決めており、プレゼンしている。その内容を耳にしながら招木も手元の資料を読んでいた。
最近正隊員になったばかりの笹森は、まだどの部隊からもお声がかかっていないらしい。そんな彼の記録を見ると、慎重な動きが印象的だった。
攻撃手志望の訓練生にはガンガン攻撃したいタイプが多い。そして目の前の敵に夢中になって追い込まれるパターンもやや見られた。
しかし笹森は印象通り落ち着いた動きを心がけている。周りに視線を配り、変に深追いもしない。攻撃の決め手に欠ける部分もあったが、蛮勇よりもずっといい。
「いいと思う。協調性がありそうだし、素直そう。意固地になって我を通すタイプには見えないし、部隊の雰囲気が崩れることにはならないんじゃないかな。まあ実際に話してみないとわからないけど」
最近の太刀川隊のことを思い出して招木が言った。
堤がうんうんと頷く隣で、諏訪は難しい顔のまま黙り込んでいる。招木の言葉に感慨深くなったのだ。
今の発言は、戦略や戦術以上に諏訪隊の空気感を優先しての発言だった。元々勝ち負けにこだわるタイプではないし、マスタークラスもあくまで区切りとして必要としていただけで、その評価を欲しているわけでもない。
そういう人間だとわかっていたけど、改めて気づくものがあった。よりわかりやすくなったと言うべきか。
堤にコメントを求められた諏訪が少し沈黙した後、口を開く。
「人柄についてはわかった。んで、戦闘面じゃどう見る?」
「今のウチが必要としているのは、前衛で身体を張って敵を止めてくれるタンク的な役回りだ。諏訪と堤が両攻撃する合間、シールドで二人を守って欲しい。今までは私が囮となって引き留めていたけど、スコーピオンを外したから近接戦で不利になった。それを埋めるための攻撃手」
諏訪隊の攻撃力は銃手の二人に依存している。完全な射手となった招木は囮や撹乱、時間稼ぎが主体であり、新たに攻撃の手段を増やしたいというより、ある程度前線を維持できる人材を求めていた。
敵の陣形を乱し、防御をこじ開けるのは自分の役目。
新メンバーにはその間に盾になって欲しい。
「孤月だけじゃなんとも言えないかな。正隊員になりセットできるトリガーの種類が増えて、ようやく自分の適性が見えることもある。押せ押せタイプじゃなさそうだから連携はしやすいと思うけど、多少リスクを負ってでも敵を止める胆力があるかどうか、今は判断できない」
「そうか。俺も同意見だな。ただまあ、声をかけてみるのはアリだろ。向こうが了承するかもわかんねえんだから」
「そうですね。わかりました」
「あと一つ気になることがあって」
「招木、まだあるのか?」
「笹森についてじゃないけど」
招木の視線に釣られて諏訪と堤が小佐野に目を向ける。急に注目を浴びた小佐野が大きな瞳をパチパチさせた。
「なに?」
「隊員が一人増えるとそれだけ処理が大変だと月見に聞いている。おサノに負担がかかると思って」
「そりゃあやること増えて大変だろうけど、だいじょぶだいじょぶ。多分できるよ〜」
小佐野は全く心配していないようだった。
彼女は自分のことを「まあまあアホ」と言うくらい勉学に興味がないタイプだが、並列処理能力は非常に高い。A級の太刀川隊や三輪隊のオペレーターである国近や三上と同程度の評価を受けており、余裕すら感じられた。
舐めていた飴玉を手に持つと、諏訪に向かってフリフリする。
「むしろ新人増えてフレッシュな空気になるの楽しみかも。あ、その子に声かけるならすわさん気をつけなよ」
「あ? 何が」
「それそれ。すわさん見た目も話し方もガラ悪いもん。相手中学生でしょ? いきなりタバコ咥えた金髪の大学生に話しかけられたらビビるって。つつみんとマネキなら大丈夫だけどさ」
「上等だコラ優雅に談笑してきてやるわ」
「確かにおサノの言う通りだね。感覚が麻痺していたけど」
「招木おまえまで!」
「諏訪さん、消臭スプレーしてから行きましょう。未成年にタバコの臭いはアウトですから」
「換装体なんだからするわけねーだろ!」
どいつもこいつも! と諏訪が大声で返した後、招木が視線を落として静かに続ける。
「彼に作戦室を紹介するのは躊躇うね」
「なんでだよ、まさかヤニ臭えとかかよ」
「ううん。テーブル代わりに麻雀卓置いてる隊なんて、嫌がられても仕方がないなって」
「……」
そう言われてみればその通りである。
しかも諏訪隊の作戦室では夜な夜な太刀川や東、冬島が訪れて定期的に麻雀大会を開催する。堤も招木も小佐野もそれに参加している。中学生には刺激が強い空間かもしれない。
加えて私物の小説本が大量に持ち込まれており、ダラダラするには最適な環境だが、だらしがないと判断される可能性が高かった。
そのようなことを招木が指摘すると、流石の諏訪も声のボリュームを落として。
「スカウトはラウンジでやんぞ」
とだけボソッと呟いた。
「おれをスカウト……ですか?」
さて、笹森の勧誘はラウンジにて行われた。人の良さそうな顔をした堤が彼に声をかけ、連れてきた先には諏訪隊のメンバーが揃っている。
突然のことに笹森は緊張したような面持ちだったが、「率直に言う。おまえをスカウトに来た」と出し抜けに諏訪が言ったので、驚きに目を見開いている。
「ああ。知らねーだろうから自己紹介な。隊長が俺、諏訪。隊員が堤、招木。オペレーターのおサノ」
「よろしく〜」
「あ、笹森日佐人です。よろしくお願いします」
紹介されて軽く頭を傾ける堤、招木。のんびりと手を振って挨拶する小佐野。彼らに視線を向けた後、笹森は不自然に招木をちらっと見て、諏訪に戻した。
「部隊の戦闘員は最大四人まで。その四人目に笹森、おまえを引き入れたい」
「はい、嬉しいです。よろしくお願いします」
「色々聞きたいことがあるだろうから、まずは雑談ベースで互いのことを知っ……、は? なんて?」
「え? ですから、スカウトですよね。オレ、諏訪隊に入ります」
笹森はあっさり了承した。予想だにしない発言に、諏訪は音を立てて椅子から立ち上がる。
「待て待て待て、話が早すぎるだろ! あと今はシーズン中だから正式加入はランク戦終了後になるんだよ」
「そうなんですね。わかりました。それまで待ってます」
「……マジで?」
諏訪が呆気に取られている。堤も招木も小佐野も「えっ?」ときょとんとしていた。
このテーブルの中で最年少の笹森だけが緊張しながらも落ち着いていて、諏訪隊の反応に「オレ変なこと言いました?」とドキドキしている。
「もしかしてテストとかあるんですか? 加入試験的な」
「そんなんねえけどよ。俺が言うのもなんだが、ウチの部隊のことあんま知らねーだろ。そんなホイホイ決めてもいいのかよ」
「まったく知らないってわけじゃありませんから」
「え? そうなのか?」
ガタンと諏訪が着席する途中で堤が尋ね、笹森が頷く。
「はい。隊長の諏訪さん、ラウンジやブースで色んな人に声をかけたり、話しかけられてますよね。だからその、後輩を可愛がるタイプの人なのかなって」
「お。すわさんの見た目に反して?」
「おサノさっきから調子乗んなコラ」
「そこまで言ってないです! 堤さんも、その、ごく稀に、ラウンジで倒れて死体発見現場みたいになってるのを見たことがあって」
「ああ、あるな。恥ずかしいところを見られてしまった」
「炒飯だ。絶対炒飯だ」
「おまえの師匠だろ何とかしろよ」
「私の時は絶品だから。それに堤の楽しみが一つ減るんじゃない」
「その度に死んでたらオレの命がいくつあっても足りないけどね」
加古はお茶目なので倒れた堤の周りをテープで囲ったりする。招木もたまに手伝っている。笹森が目撃したのはその時のことだろう。
「小佐野先輩は元モデルで有名ですし」
「イェイ。他校にもファンクラブあるからねあたし」
「へーへーモテモテなこって」
「それに招木さんはマスタークラスの射手だと聞いています。そんな人がいる部隊なら、B級でも強いんだなと」
こういう場面では必ずと言っていいくらいラッキーガールの噂や運試しが飛び出してくる。しかし笹森は最近の入隊者であり、招木のSEを何も知らなかった。
その上でマスタークラスの実力者と判断している。招木はあくまで区切りとして8000ポイントを必死に稼いだが、こういう部分での恩恵があるのだなと発見した。
「そう言ってくれるのはありがたいけど、私は君に負担を強いることになる」
「負担ですか?」
「うん。知らないで加入させるのは騙しているみたいだから、伝えるね」
招木が他の面々を見れば、了解と言いたげな眼差しが並んでいる。そしてちょっぴり笹森に同情するものもあった。彼もそれを感じ取り、不安を隠すように笑っている。
そして招木は笹森を諏訪隊の作戦室に放り込み、マスタークラスとなったバイパーを放った。孤月を構える笹森の至近距離に的を設置し、動く的を狙う。
バイパーの軌道は不規則であり、一つは笹森のチュンと頬を掠めたり、股下をヒュッと通り過ぎたりする。笹森が若干青い顔をした。
「私は今みたいに、動きながら敵と密接する攻撃手を誤射する可能性がある。特訓して精度を上げるために君には特訓に付き合って欲しい。それだけ時間を使わせてしまうから、先に話しておくね」
「……あの、今のって」
「サイドエフェクト、幸運体質。私はラッキーなんだ。運がいいから敵に攻撃が当たりやすい。ただし味方の存在を無視して強制的に攻撃する場合がある。隊としては大勝ちすることもあれば、大負けすることもある」
「なるほど……」
招木が攻撃手の代わりのような立場にいたのはこれも理由の一つだ。諏訪や堤もそれなりに敵と距離が近く、最初の頃はよく誤射した。だからスコーピオンを使い自分が敵に近づくことで味方を巻き込まないようにした。
しかし新たに笹森が加わるならば、敵に最も接近する攻撃手への対応力を高める必要があった。銃手vs攻撃手と、攻撃手vs攻撃手なら、絶対に攻撃手同士の戦いの方が接近戦になりやすい。つまり招木の誤射の確率も上がる。
今までは特訓により克服してきたが、同じように笹森には迷惑をかけてしまう。しかも招木は幸運体質があり、練習したから絶対に当たらないとは約束できなかった。
「もちろん君に当てないように特訓するけど、ないとは言い切れない。だから……」
「いいですよ」
「え?」
笹森は孤月を鞘に納めると、冷や汗を流しながらも口元に小さく笑みを浮かべた。それは作戦室に連れられた時のような不安を隠すものではない。明らかな活気があった。
彼の頭には、ここに来るまでに伝えられた自分の役割が思い浮かんでいる。
「オレは諏訪隊の盾になるんですよね。陽動とか体を張るとか、やらせてください。間違って撃ってしまっても、それがチームのために必要なことだとわかってますから」
そう言ってのけたのである。正隊員になったばかりで部隊やランク戦のことをあまり知らないだろうに、その言葉には覚悟が宿っていた。
ここで招木は笹森の印象を改める。記録で確認する限り、笹森は穏やかで慎重で決め手に欠けると思っていた。攻撃手の多くに共通する闘争心があまり見えなかったからだ。
実際に話しても変化はなかった。優しくて気が遣えてフレンドリーだ。
しかし、今の発言には闘志があった。自分が勝ちたいという独りよがりの戦意ではなく、チームを大事にする忠誠心の中にそれを見出した。
「笹森。君のことを少し見誤っていたみたい」
「ええ? そうなんですか」
「うん。君はもっと勇敢だ」
招木が手を差し出すと、笹森は少し不思議そうな顔をして握手を交わす。
その様子を見守っていた三人も、顔を合わせて頷き合っている。
「ひさと、めっちゃ熱くていいヤツじゃん」
小佐野の言葉に皆が同意する。
こうして笹森の諏訪隊加入が決定したのだった。