あっ幸運体質だ、ラッキー!   作:睡眠人間

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密会

「絵馬。私に何か用かな。昨日の訓練について質問とか?」

「違う。ある人があんたに用があるって。ここじゃ話せないから、ついてきて」

 

 それだけ言って絵馬はさっさと歩いていってしまう。彼のつんけんした態度は生来のものなのか、鳩原に招木のやらかしを伝えられて嫌悪感を抱いているからか、まだ判断はつかない。

 招木は特に断る理由がないので大人しくついていった。

 人目を避けるように通路を進んでいった先。

 

「鳩原」

「……招木さん」

 

 何やら覚悟を決めた顔つきの鳩原が待っていた。ある人とは鳩原のことだったのだ。絵馬は彼女の弟子なので頼まれただけなんだろう。

 昨日の当真の話から鳩原が焦っていることは知っており、彼女が招木を呼び出した理由は想像ができる。

 きっと人を撃つ特訓がしたいのだ。招木のSEがこだわったそこに、ついに触れる時がきた。招木はそう思って鳩原に目を向けるが。

 

「今日はあなたに折り入ってお願いがあって、ユズルに呼んでもらいました」

「鳩原が直に私と接触すれば、二宮の接触禁止令を破ることになるね」

「……はい。あたしはあの人に秘密を作っても、やらなきゃいけないことが……あります」

「そう。それで、お願いって何かな」

 

 鳩原は緊張を抑えるように深く呼吸をして、震える声で言った。

 

「鉛弾について、教えて欲しいんです」

 

 それは招木の予想を裏切る内容だった。「鉛弾?」と招木が片眉をあげて聞き返す。

 

「はい。あたしの周りで使っている人、招木さんだけですし……それに、あたしが望めばいくらでも特訓に付き合うって言ってくれましたから」

「ああ、そうだね。正隊員だと私の他は三輪くらいだ。知りたいなら私が適任かな。二宮の言いつけを破ってあの時の言質を利用するなんて、よっぽど君は、」

 

 余裕がないらしい、とは弟子の前では言われたくないだろう。

 招木が不自然に言葉を切ったので鳩原は首を傾げるが、「いいよ。訓練室に向かおうか」と言われ、両肩から力が抜けたようだった。

 

「ありがとうございます……! ただ、その、二宮さんにバレると大変なので、できればブースのような人目を引く場所は……」

「確かに。どうしようか。今うちの作戦室のトレーニングルームは使用中だし、他にバレない場所はあったかな」

「それならうちの使えば?」

「ユズル」

 

 それまで沈黙していた絵馬が口を開いた。彼は既に影浦隊に所属しているから、影浦隊のトレーニングルームを提供すると言っている。

 鳩原が申し訳なさそうに眉を下げた。

 

「でも、悪いよ。ユズルには関係ないんだし……ここに招木さんを連れてこさせるだけでも申し訳なかったのに、その上場所まで提供してもらうなんて」

「関係なくなんかない。必要なことなんでしょ。これで新しい戦いができるかもしれないんだし」

「鳩原。今回は絵馬の言葉に甘えよう。私たちにはその選択しかないみたい」

「……わかりました。ありがと、ユズル」

「いいって」

 

 三人は影浦隊の作戦室に移動する。万が一招木と鳩原が一緒にいる現場を二宮隊の誰かに目撃されたらアウトなので、別々に向かうことになった。

 二人が先に行って少し待ち、招木はあらかじめ伝えられた影浦隊の作戦室の前に立つ。扉はすぐに開いた。絵馬が内側から開けてくれたようだ。

 

「影浦隊の他のメンバーは?」

「内緒にしたいんだから、いるわけない」

 

 絵馬が愛想なく言ってトレーニングルームに進む。

 当真から話を聞いたことで、彼が鳩原のことも絵馬のことも心配していたのを理解していた。その原因が自分にあるらしいので解消してやりたいが、具体的な内容がわからないのでどうしようもない。

 ひとまず鳩原のお願いを達成してから探ろう。そう考えながら狙撃手用のトレーニングルームに入室した招木を、先にそこで待っていた鳩原が出迎える。彼女はぺこりと頭を下げると、口を開いた。

 

「招木さん、よろしくお願いします」

「うん。よろしく。それで、鉛弾について教えて欲しいと言っていたけど、具体的に何が知りたいのかな」

「あたしに考えがあって」

 

 鳩原が手元に狙撃銃を出現させる。ライトニングだ。三種類ある中で最も軽く、扱いやすいライフルである。これは弾速がずば抜けて速く、命中させやすいのが最大の特徴だ。

 ライトニングに視線を落としてから、招木が鳩原の顔を見る。

 

「それが?」

「これと鉛弾の組み合わせなら、実戦で使える弾速になるんじゃないかなって」

「弾速……ああ、そういうこと。ライトニングはトリオン能力が高いほど弾速が上がる効果がある。狙撃手が鉛弾を使うなら、それが一番かな」

 

 なるほど、鳩原のやりたいことが見えてきた。だが……と一瞬で先の展開を考え出す招木だったが、一人置いてかれている顔の絵馬に気づき、声をかけた。

 

「絵馬。君は鉛弾を知ってる?」

「は? 何急に。知らないけど」

「じゃあ基礎から教えよう。鳩原も何か気づくことがあるかもしれないし」

「あっ、そうですね。あたしも詳しいわけじゃないので、一から説明してもらえると助かります」

 

 ということで、的を出現させた招木はアステロイドを放った。黒い弾道が直進し、的にヒットした途端に重しとなる。バランスの失ったそれがゴトンと倒れる様を見て、招木は二人に顔を向けた。

 多分絵馬は自分のために解説されていると気づくと嫌がる気配がしたので、あくまで鳩原のためもあるというアピールをするのを忘れない。

 

「今のが鉛弾。重石で相手の動きを拘束する。シールドで防ぐことはできないから当てやすい。でも人気はないんだ」

「なんで?」

「射程と弾速がかなり落ちるから。鉛弾は重くする効果にトリオンをごっそり使っているんだ」

 

 たとえば、と次にバイパーを放つ。黒い弾道を縦横無尽に走らせるが、さっきの通常弾と比較するとさらに弾速が遅くなるのがわかった。

 

「アステロイドと比較してバイパーは弾道の設定項目が増える。つまり弾速と射程がさらに落ちる。私もバイパーで鉛弾を使うことはまずないかな。トリオン消費も激しいし、普通ならかなり接近しないと当たらない。上級者向けのトリガーなんだよ」

 

 一通りの説明をして、二人は狙撃手のポジションだからと解説を増やした。

 

「それにバッグワームとの併用は不可。サブトリガーに鉛弾をセットすることになるからね。これで狙撃するときは、レーダーで居場所がバレる」

「ええ……じゃあ結局バレるんじゃん」

「そうだね。でも狙撃手の狙撃はシールドで防ぐのがセオリーだ。鉛弾は予想外の奇襲になる」

「シールドを貫通する重しの効果で、少しはみんなのためになるかもしれない……」

 

 ライトニングを抱きしめて鳩原が言った。難しい顔をしていた絵馬がパッと顔を上げる。

 

「当たらなきゃ意味ないと思ってたけど、そのためのライトニングってこと? 鉛弾で弾速が落ちるから、その分を補うために」

「鳩原が考えたのはそういうことだね。いい発想だ」

「えっ? あ、ありがとう、ございます」

 

 招木に褒められるとはまったく考えていなかったので、鳩原が恐縮するように体を小さくした。

 これで鳩原のやりたいことは明確になった。人を撃てない分、鉛弾で援護したいということだった。

 確かに通常の狙撃なら撃った相手が吹っ飛ぶが、鉛弾ならそうはならない。重しに体が沈むだけ。これなら人を撃つことを恐れている鳩原でもやれるかもしれない。

 しかしここには二つの問題が隠れている。弟子のいる手前、それを指摘するか招木は悩んでいた。間違いなく鳩原を追い詰めることになるからだ。

 

「鳩原は鉛弾を試し撃ちしたことある?」

「ありません。まずは招木さんの意見が聞きたかったので」

「わかった。まずは設定をしてチャレンジしよう。実戦で使えるかどうか判断する」

 

 招木が鳩原の武器の設定を変えると、彼女が抱き抱えるライトニングが黒く染まる。鳩原は険しい表情でこくりと頷いた。

 それから鉛弾を発動して狙撃の特訓を繰り返すが。

 

「どう思う?」

「……全然ダメです。あたしのトリオン量じゃ、どうやっても弾速が足りない……」

 

 鳩原が肩を落として言う通りだった。彼女のトリオン量は8。少なくないが、鉛弾の弾速を補うには不十分だった。

 招木が予想した問題の一つ目である。そもそも鉛弾を当てるには至近距離でないと不可能に近い。それを遠距離から成功させようとしているのだから、要求されるトリオン量はきっと黒トリガー並みだろう。

 わかりきっていたことではあったが、鳩原はこれでは実戦に使えないと落胆している。

 これが実現すれば自分はまだ戦えると自信になったから、それが叶わなくて辛いだろう。

 しかしここには招木と絵馬がいるので、暗い顔をした後に「難しいですね」と作り笑いを貼り付けていた。

 

「狙撃手用のトリガーでダメなら、射手用のトリガーを試してみる? 寄られた時の対策に」

「……はい」

 

 まだ使える可能性に賭けて招木の提案に鳩原が乗った。射手用のトリガーは使ったことがないので、まずは通常弾を設定すると招木が方法を説明する。

 黒いキューブが鳩原の手元に浮かんだ。そこから弾が飛んでいく。狙い通り的にヒットしガキンと硬質な音が響いた。

 今度は初見ではない絵馬が感想を率直に言う。

 

「こんなの実戦で当てられるの?」

「あはは……だね、ユズル」

 

 こちらもそこまで速くない。とても実戦で使えそうになかった。絵馬が「これを当ててんの? こいつが?」と舐め腐った目で招木を見ている。

 

「私は運がいいからね。不思議と当たるんだよ」

「はぁ? ……ああ、SEがあるんだっけ。そんなんで使い物になるわけ?」

「意外となる。もし鳩原が取り入れるならアステロイドかハウンドかな。今までは寄られたらそのまま倒されることがほとんどだったよね。何も無いよりマシだと思うけど」

「だけど……悪あがきにもならないんじゃないでしょうか」

「いいんじゃない。それで少しでも相手に不利益を与えられるなら入れておくべきだよ」

「……少し考えます」

 

 招木は幸運体質があるのでランク戦で最初に落ちることはあまりない。が、ないこともない。よって自分が倒された後も諏訪隊が有利となるように悪あがきで鉛弾を放つことがあった。

 こいつは至近距離だと鉛弾を撃つ可能性があるぞ、と相手に思わせることも戦略の一つだ。

 鉛弾のトリガーをセットしているだけで敵の思考に負担をかけられる。そのようなことを解説しても、鳩原は「鉛弾を採用します」とは言わなかった。

 

「絵馬、席を外してほしい」

 

 その様子を見て、招木は鳩原と二人きりにしてほしいと絵馬に頼んだ。彼は鳩原を心配そうに見やる。

 

「……二人で話すの?」

「大丈夫だよ、ユズル。悪いんだけど、少しだけ二人きりにしてくれる?」

「……わかった」

 

 鳩原に頼まれたら断れないらしく、絵馬はチラチラと師匠を気にしながらトレーニングルームから出て行った。

 残されたのは招木と鳩原と、大量の重しがついた的の山だ。場所も状況も違うが、ずっと前に招木が二宮隊の作戦室を突撃した時と似ている。

 

「まず、あの時のことを謝りたい。嫌なことを強いて、ごめんね」

 

 仲直りというわけではないが、直接謝らなければならないとずっと思っていた。招木が鳩原に向かって頭を下げると、彼女は弱々しく答える。

 

「……いいんです。犬飼くんから謝罪は受け取りましたから」

「絵馬には話した? やけに警戒されていたから」

「いいえ、誰にも話してません。ただどうしても招木さんを意識してしまうので、それで気づいたのかもしれません」

「なるほど。あんなことをした私をよく頼ろうと思ったね。怖いと思わなかった?」

「そんなこと……」

 

 反射的に口にしてから、ハッとして鳩原は言葉を飲み込む。少し悩む素振りを見せると意を決したように話し出した。

 

「その……最初は、少し躊躇いました。また同じことになったら、どうしようって」

「拳銃を無理やり持たせられたりね」

「は、はい。だけど、それ以上に、鉛弾に賭けていたのでなりふり構っていられなくて」

 

 二宮の命令に背き弟子の絵馬を使って招木を呼び出すくらいだ。案外やると決めたら大胆なことができるタイプなのかもしれない。

 しかし人を撃つことには相変わらず拒否感があるらしい。二つ目の問題だ。招木が絵馬を下がらせた理由でもある。

 

「今日、一度も試していないことがある」

「え?」

 

 鳩原が抱えたままのライトニングを撫で、招木は黒い眼を覗き込む。ビクッと体が揺れたのが視界の隅で見えた。きっとあの時の構造に似ているから、鳩原が警戒したのだ。

 今更気づいても、もう遅い。

 

「鉛弾を発動させて、人が撃てるかどうか。まずはそこから確認すべきだった」

「……!」

 

 鳩原の顔が悲痛に歪んだ。言われたくないことをズバリと言い当てられて、心が悲鳴をあげている。それに構わず招木は続けた。

 

「君は私のことを怖いと思った上で、頼った。自分の目的を果たすために。なら私も全力で応える責任がある。だから言わなきゃならないんだ」

「……招木さん、」

「鳩原は人が撃てない。それは生身を傷つけるイメージを塗り替えられないから? 鉛弾は肉体に損傷を与えないけど危害を加えることにはなる。それを君が受け入れられるか、試さないといけない」

 

 前回のように無理やり拳銃を持たせることはしない。そのために体が操られることはない。しかし口が止まらなかった。

 どうしても招木は、彼女のSEは、鳩原を追い詰める言動をしなければならなかった。彼女の瞳は揺れている。あの時と何も変わっていなかった。

 

「今からでもやってみる?」

「そ、れは」

 

 鳩原が途端に息苦しさを覚えたみたいに、途切れ途切れに言葉を発した。冷や汗をかいた顔で、乱れた呼吸を整えるために深く息を吸って、吐く。

 

「……あたしじゃ鉛弾は扱えないとわかったので、もう、」

「撃たないんだ」

「!!」

 

 グアッと電流を流されたみたいに鳩原は大きくのけぞった。明らかな拒絶反応だった。それを自覚してこれ以上ないほど苦しそうに瞼を閉じる。

 鳩原の心臓が早鐘を打つ。まただ。どうしてこんなにドキドキしているんだろう。招木が怖いのに、恐れているのに、胸がざわつき、体温が上がるようだった。

 招木の言葉は続く。聞きたくないと思いつつ、耳を傾けてしまう引力があった。

 

「君は以前のランク戦で、私に弾が当たらないと思ってミスをしたんだよね。鉛弾ならどうなるか気にならない?」

「あ……」

 

 ぐ、と奥歯を噛み締める。鳩原は何を言わずにライトニングを縋るように抱きしめていた。言いたいことがぐるぐる回って、しかし何一つ形にならないまま胃に沈んでいく。

 少しの沈黙を経て、真っ暗な視界で接近していた招木が一歩離れる気配がした。

 

「やめよう。これ以上は君の負担になる」

「え……」

 

 パッと目を開けば、本当に招木は迫るのをやめるつもりらしかった。「絵馬を呼び戻そう」とトレーニングルームから出ようと背中を向ける。

 その姿を見れば、

 

「や、やります」

 

 そう言わずにはいられなかった。招木が勢いよく振り返る。本気? と真剣な眼差しに見据えられ、指が震えたけれど、それでも鳩原は言葉を重ねた。

 

「やります。やらせてください。あたしは遠征に行きたい。だからやらなきゃいけないんです」

「そう」

 

 それなら、と招木が距離を取る。鳩原の正面に立ち、狙撃されるのを待っている。

 ごくりと唾を飲み込んだ鳩原が黒いライトニングを向け、スコープを覗き込んだ。円形に切り取られた視界の中央で、招木はまっすぐにこちらを見つめていた。引き金にかけた指が強張る。

 

「……」

 

 自分の気持ちを見透かされているみたいだった。

 怯える自分を見られていると思った。

 虚勢なのだと確信されていた。

 

「……っ」

 

 ───いくら待っても引き金が引かれることはなかった。静かな空間で鳩原の荒い息遣いだけがしている。

 頃合いだと判断した招木が鳩原の方へと歩み寄った。

 そうだろうと思っていたので驚きはない。昨日の当真との会話で触れた結論が正しかったことを証明しただけだった。

 

「終わろう。そろそろ絵馬が心配する」

「あっ……ま、待ってください、もう少し、時間を」

「鳩原」

 

 構えを解いた鳩原がまくしたてようとすると、招木に名前を呼ばれて肩が跳ねた。

 ごと、とライトニングが床に落ちる。ものを抱えられなくなった両手で彼女は顔を覆った。幼子のように不安で押し潰されそうな顔を見られたくなかった。

 その背中に招木が手を添える。

 

「時間には限りがある。君が私を撃てるようになるまで待つことはできないし、実戦もそうだ。鉛弾がダメなら別の手段を考えないと」

「あたし……違うんです、きっと、できるって。鉛弾ならって、そう……」

 

 鳩原も招木も気づいてしまった。

 以前の鳩原であれば、この場面で撃っていたかもしれなかった。

 通常の狙撃では招木に弾は当たらない。避けるかシールドを張るかして、彼女の手で傷つけられない。そう思えるから、そう信じられるから、あの時の鳩原は引き金を引こうとした。

 しかし今回は鉛弾を使う。シールドを貫通するそれが招木の体にヒットした時にどうなるか、鳩原は考えられなかった。背筋が震えて悪寒がした。

 招木は鳩原にとって撃てる人間だったのに、今は認識が変わり、撃てない存在になっていた。

 つまり人を撃てない恐怖が悪化していることになる。

 それは鳩原にとっての死刑宣告だった。

 

「ひ、人を撃たなきゃいけないんです。遠征に行きたいから。二宮隊で勝ちたいから。やらなきゃ、やらなきゃ……」

 

 ここまで鳩原を追い詰めても、彼女の性分は変わらない。

 招木は二宮に荒療治を施され、考え方を変えた。SEへの抵抗感をなくした。

 同じことを二度やっても鳩原の本能的な拒否感は揺るがなかった。それを二人とも理解してしまった。頼みの綱だった鉛弾がダメだったから、鳩原は逃げ道を塞がれた気分だろう。

 それがどれほどの恐怖か。絶望か。触れる背中が可哀想なくらい震えていて、その胸中は察するに余りある。

 だから招木は。

 

「私にも、どうしても変えられないものがある」

 

 唐突にそう言った。両手で顔を覆っていた鳩原がピタリと動きを止め、指の隙間からそっと招木の顔を見る。「変えられないもの……?」と囁き声で問うので、頷いた。

 

「そう。私はどうしても……家族、というものへの抵抗感が拭えないんだ」

「……家族」

「私は三年前のあの日、家族全員を近界民に殺された。私がそうなって欲しいと願ったから」

「……、……それは。……ご家族のことが、嫌いだったんですか?」

「ああ。ずっと死んで欲しかったんだ」

 

 その話をする時、招木の目は薄暗い何かを見ていた。招木は鳩原の傷口を抉って開こうとしてばかりだから、自分も自身に対して同じことをすべきだと思った。

 

「だから君や周りが家族のために何かを成し遂げようと努力することが、理解はできても共感できないんだ。大切なことだとわかるけど、どうしても、自分のことのようには思えない。本心から肯定できない」

 

 嵐山や三輪、家族のために戦う仲間と接して痛感していた。

 これだけたくさんのことを学び、成長し、色んな想いに触れてきて、それでも招木の中の家族への拒絶は揺らがなかった。

 むしろボーダーで色んな人と出会うたび、嫌悪感が増すようだった。

 トリオン兵は憧れる存在ではなく倒すべき敵。それは頭から理解しているし、肯定する。

 だがもう一方の、家族そのものの考え方は覆すことができないでいる。

 恐らく嵐山がこだわっているのはここだろうなと感じていた。

 

「私はそれを変えたいとは思わない。……思えない。他人と全く違うとわかっていても、変えたくない……と思う。だから変えようと努力する君はすごいし、抗おうとする勇気は素晴らしいものだと思う」

 

 ここまでの正直な心情を誰かに聞かせたことがなかったので、招木はドキドキしていた。

 嵐山、三輪隊に続いて鳩原にまでもカミングアウトした過去は、道徳に反すると思うし、誰彼構わず語るようなものでもないと理解している。

 弟のために奮闘する鳩原の気持ちには共感できないが、自分じゃどうすることもできない禁忌と戦う姿勢は見ていて眩しかった。その気持ちは嘘ではなかった。

 もし鳩原がそれを塗り替えることができたなら、自分もいつかは同じになれるかもしれないと思った。

 家族という存在への忌避感が薄らぐんじゃないかと期待した。

 昨日の当真との会話で不可能だと結論づけたのに。

 人間らしい矛盾した感情だった。

 

「ほんと?」

 

 鳩原はくしゃりと笑った。泣くのを我慢するみたいに幼い表情だった。

 彼女の中で、招木がそこまで自分に撃たせようとする理由が形になった。わかったから、それでよかった。それ以上はいらなかった。

 ふ、と脱力するように息を吐いた鳩原は、やがて招木に体重を預けるように肩口に頭を乗せる。

 

「少しだけ……甘えてもいいですか」

「いいよ」

 

 完全に緊張の糸が途切れた鳩原はほんの少しだけ目を閉じて招木にその身を委ねた。それも数秒のことで、すぐにお礼を言いながら自力で立ち上がる。

 

「行きましょう。ユズルを待たせてしまっているから」

 

 くすん、と鼻を鳴らして鳩原はトレーニングルームから出た。

 二宮が招木との接触を禁止したのは、自分を守るためだと理解している。無理やり拳銃を持たせられたり、鉛弾での狙撃を実験しようとしたり、怖いと感じたのも事実だ。

 しかし今の鳩原が招木に向ける感情はそれだけではなかった。二宮隊では味わうことのない恐怖に、この人には二度も貶められている。追い詰められている。人を撃つという自分の目標のために、招木は鳩原を窮地に立たせる。それは必要なことだと感じ始めていた。

 表立って招木に話しかけることはできないけど、人目のないところでなら、頼ってもいいのかなと思った。

 二宮隊にバレてはならない秘密を鳩原だけが抱えている。

 

「ユっ……ユズルが年上の女を二人も連れ込んでる!!」

「そんなんじゃないってば!」

 

 作戦室に戻ると、仁礼が二人の姿を見て大声を出した。絵馬が慌てて否定する。

 事前に説明もなく自室のトレーニングルームを使われていたのだから、仁礼が怪しむのは当然だった。

 鳩原の顔が強張る。どう誤魔化そう。招木と会っていることがバレるわけにはいかない。とはいえ影浦隊もA級だし、詳しい事情を話すのも憚られる。

 

「っ!?」

「はあ!?」

 

 すると無言の招木が鳩原の手を取り、繋いだ。そのまま指を自然に絡めるので鳩原のみならず仁礼もギョッとして、絵馬は大声を上げた。

 動揺する三人を無視する招木は手をそのまま持ち上げて、絡めた指を見せつけるようにして短く言った。

 

「秘密にしてくれる?」

 

 きゅーっと顔を赤くした仁礼がコクコク頷いた。絵馬はドン引きしている。

 それを確認した招木は鳩原の手を優しく振り解き、振り返ることなく扉から出ていく。

 一瞬見えた横顔はとてもサッパリしていた。何とも思っていない様子である。

 流れるような動作だったから口を挟む隙もなかった。絡めた指の感触はすぐに溶けている。ギュッと指を丸めて胸元を握りしめると、鳩原は呟いた。

 

「こ、怖い人……」

 

 恐怖と緊張と安心の反動で、まだ胸がドキドキしている。







鳩原は鉛弾を使おうとして性能面で断念していましたが、その実験の過程で鉛弾狙撃はできたのかすごく気になります。
当真が千佳は鉛弾で人を撃てるならそれをOFFにすればいいだけ・バトル向きの性格・撃てないやつはどこまでいっても撃てないと言ってるので、それなら鳩原はそれすらダメだったのかなと思います。
考えれば考えるほど、鳩原は遠征に参加できる性格をしていなくて悲しいなと思います
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