あっ幸運体質だ、ラッキー!   作:睡眠人間

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生来

「招木さん。ちょうどいいところに」

 

 その日招木が対戦ブースに行くと、荒船に話しかけられた。その隣には見知らぬ訓練生がおり、招木の姿を見て軽く頭を下げる。彼女も似たような動作を返し荒船と向かい合う。

 

「荒船。何かあった?」

「今から俺とランク戦やりましょう」

「いいけど」

「よし。ありがとうございます」

 

 一時期はポイントにこだわっていた招木だが、達成して成すべきことをやった彼女は個人ランク戦の制限を撤廃していた。マスタークラスに固執する理由がなくなったのだ。

 途端に太刀川や米屋、その他にも一条など対戦ブースによく顔を出す面子との誘いが舞い込み、招木は可能な限り応え続けた。以前より強くなったのは事実なので時折手応えを感じる試合もできた。

 しかしそれ以上に敗北を重ねポイントをガリガリ削られ、今は7500ポイント前後に落ち着いている。再び制限を設けない限りすぐに回復することはないだろう。

 了承を受けた荒船が礼を言うと、隣の訓練生に手を向けて紹介する。

 

「こいつは村上鋼。スカウトされて今期に入隊した攻撃手志望で、俺が剣を教えてます」

「へえ、スカウトなんだ。よろしくね、村上。私は招木。諏訪隊所属の射手だよ」

「招木さん、よろしくお願いします」

「今日は鋼に他のポジションとの戦い方を教えたくて。バイパーと鉛弾をメインに扱ってるのも珍しいんで、招木さんを捕まえられてよかったです」

「なるほど。話は大体わかった。普通に戦えばいいの? それとも教えながら?」

「普通にやってくれて大丈夫です」

 

 荒船は村上の師匠となり色々と教えているらしかった。

 招木は荒船が訓練生の頃から"運試し"として模擬戦や個人戦を引き受けてきたので、そんな彼がもう弟子をとるようになっていたことに驚いた。

 自分も那須を正式な弟子に迎えたし、諏訪隊には笹森が加入するし、当真と鳩原は絵馬を弟子にした。時が経つのは早いものだなと思う。

 

「鋼。この人は一時期マスタークラスになっている。その内おまえもバトることになるだろうから、しっかり見とけよ」

「マスタークラスに? わかった」

 

 個室に入る前、荒船が村上にそう言っているのが聞こえてしまい、招木はなんだか面映い気持ちになった。

 自分はもうマスタークラスではないしもう一度目指すこともない。しかし一度は到達したという経歴が残る。実力者の共通認識が生まれる。

 ラッキーガールとしての噂が立ち消えた今、招木を知った時に真っ先に触れる情報がそれなのは、とても誇らしいと思えたのだ。

 

「気合いが入る」

 

 そう呟き、パネルを操作する。久しぶりの荒船との個人戦が始まった。

 村上はモニターを見上げ、二人の対戦を見守る。自分の師である荒船が強いことは揺るぎないが、対戦相手についてはまるで知らない。

 マスタークラスだからB級でのエース扱いなのと、珍しいバイパーと鉛弾の使い手ということだけだ。あとボーダーの顔・嵐山の彼女らしいくらい。

 村上はトリガーの基本的な知識やポジションの立ち回り方は学んでいる。しかし訓練生の彼はまだC級としかランク戦をしていない。戦いを体験していない。

 正隊員同士の戦いは記録で確認しているが、リアルタイムで展開されるそれを見ると、闘志を掻き立てられるようだった。

 

「お、鋼。荒船はどーした? 捨てられたか?」

「カゲ。今ランク戦中なんだ。俺は見学」

「へーっ、相手誰だよ」

「招木さんって人」

 

 モニターを村上が指差せば、声をかけた時の気安いテンションが嘘のように下がりきった影浦が「おー……」と気怠げに言う。

 わかりやすい変化に、カゲって招木さんが苦手なのかなと村上は思った。

 

「荒船が負けたら記録見るわ」

 

 それだけ言って行ってしまう。普段なら荒船が出てくるまで待つだろうに、影浦にはよほど待ちたくない理由があるらしかった。

 彼とSE経由で意気投合し親しくなった村上は、何となく理由を想像して視線をモニターに戻す。

 

「あ」

 

 そして招木の戦い方が影浦のそれと似ていることに気づいた。

 影浦にはSEがあり、攻撃の意志を感じ取ることができる。攻撃される箇所が丸わかりなので回避能力も高く、不意打ちも全く効かない男だった。

 招木にも似た雰囲気を感じた。荒船の攻撃を予期しているかのように躱す。特に村上が「おっ」と声を上げるほど見事な荒船の一撃を、あっさりと回避するのが印象的だった。その動きはとてもオートマチックな感じがする。

 野生的な荒々しさを持つ影浦とは対照的だが、無駄のない動きと次の動作へ流れるように繋げる余裕っぷりに目を奪われた。

 

「それに見たことない弾道のバイパーだな」

 

 基本的に変化弾はある程度のパターンを決めて弾道を引くものと聞いている。しかし招木が撃つバイパーの弾道は無茶苦茶だった。一つ一つの弾道があらぬ方向に飛び出してくるので、警戒範囲がグッと広まる。

 荒船のシールド範囲を超えるそれがヒットし、彼の体からトリオン漏れが始まった。とはいえ傷穴は小さい。

 

「弟子が見てるんですよ。かっこ悪い戦いはできません」

 

 奮起した荒船の猛攻をいなし、その隙に反撃に転じる招木だが、決定力は弱いように感じられた。

 攻撃手と比較して射手は攻撃力がないポジションなので当然だ。しかし他と比較しても招木は特に乏しい気がする。その村上の印象は正しく、彼女が個人戦で相手に勝つときは、トリオン切れが多い。

 鉛弾で足止めした相手が四肢のどれかを切り落としたり、ちまちまと体に空いた穴からトリオン漏れが発生したり、そういう部分で相手の生命力をじわじわ奪っていくのが単独での招木の戦い方だった。

 撃破力を捨てた代わりに、とことん邪魔で時間がかかる厄介な射手スタイルを身につけていたのである。

 

「片足は潰した。次は利き手でももらおうかな」

「俺の腕一本と交換なら、そっちも同じものを差し出してくれないと割に合わねぇ」

 

 ニッと悪い笑みを浮かべた荒船が残された片足で一気に距離を詰め、旋空孤月を放つ。勝負を決めに来たのだ。

 瞬間的に攻撃が拡張され、長い斬撃が招木を襲った。しかし彼女は涼しい顔で壁を蹴りくるんと一回転、曲芸のように華麗に躱す。

 ドッ、と黒い弾道が荒船に向けられた。鉛弾だ。さっき彼の片足を貫いたそれが、正確に孤月を握る腕に直進する。

 当たる! と村上が手に汗握った。

 

「!」

「俺の勝ちだ」

 

 しかし村上の予想に反して、荒船は隠し持っていた瓦礫の破片で鉛弾を受けた。ガキン、と重しが実体化したそれを放り投げ、彼の一刀が招木の上半身を真っ二つにする。

 シールドを展開してはいたが、その耐久力よりも彼の破壊力が上回っていた。

 ランク戦が終了し、ポイントが移動する。戦いを終えた二人が村上のもとまで降りていく。

 

「至近距離まで迫られた時点で負けていたね。腕をもらおうとしたのが欲張りだった」

「いつもの招木さんなら片足落とした時点で詰めるのを阻止しますよね。なんでそんなことしたんですか?」

「君が弟子の手前で戦っているから、かっこ悪い勝ち方はできないと思って」

「あ」

 

 ヤベ、と顔を固くする荒船を見上げて招木は淡々と言う。

 

「気にしていないよ。私もたまには積極的になるってだけ」

「すみません」

「いいってば」

「招木さん、やっぱポジション転向はしないんですか? 攻撃手とか。前の構成ならスコーピオンでもっと戦えてますよね」

「私が点をとる役目ならそうするよ。でもそれは今の諏訪隊には不要だから」

 

 それじゃ、と招木は荒船と村上から離れていく。すると別の誰かに話しかけられていた。ランク戦の誘いだろうか。

 その後ろ姿をなんとなく見送っていると、荒船が村上に話しかける。

 

「招木さんの戦い方、なんか気づいたか?」

「そうだな……。カゲとは印象が違うが、似た戦い方をすると思った。回避能力がずば抜けて高いところとか」

「お。よく見てんな。それカゲ本人に言うなよ。すっげーキレっから」

「ああ、さっき一瞬顔出して帰ったよ。招木さんと何かあったのか?」

「詳しくは知らねえ。ただあの二人と……鋼、おまえらには共通点がある」

「俺も?」

 

 まったくその考えがなかった村上が首を傾げる。荒船が目を細めていた。

 

「サイドエフェクト。あの人は運がいいんだよ」

 

 

 

─────────

 

 

 

 次に村上が招木の姿を見たのは、本部ではなく鈴鳴支部でのことだった。招木が茶菓子を片手に鈴鳴支部を訪問したのである。チームメイトの笹森と共に。

 

「ああ、太一に届け物を。ありがとう。ぼくが代わりに渡しておくね」

「はい。よろしくお願いします」

 

 来馬が笹森から書類を受け取る。笹森と鈴鳴支部所属の別役は同じ学校に通う級友であり、笹森は彼の忘れ物を届けに来たのだ。招木はその付き添いだった。

 最初は玄関先で済ませようとした笹森だったが、来馬が穏やかな顔で中を案内したことと、招木が乗り気だったことにより、二人は鈴鳴支部の内部に通された。

 応接室で当初の目的を果たすと、笹森が追いつかない様子でソワソワしている。

 初めて来た鈴鳴支部はとても新しくて綺麗な建物だった。今座っているソファだって新品だろう。

 

「お茶です」

「ありがとう」

「あっ、ありがとうございます……!」

 

 今が客人の二人にお茶を出した。一口飲んだ招木がホッと息をつく。

 

「おいしい」

「はい。とってもおいしいです」

「ありがとう」

 

 緊張が和らいだ笹森も笑顔で言えば、今が粛々と頭を下げた。綺麗に切り揃えられた髪が揺れる。来馬がニコニコ笑って頷いた。

 

「今ちゃんが淹れるお茶は絶品なんだ。料理もとてもおいしいんだよ」

「ふぅん。料理も」

「来馬さん、そんな、いいですから」

「鈴鳴支部のご飯担当は今なんだ。玉狛だと持ち回り制だけど」

「まあ、私が担当することがほとんどです。それに担当を変えたら大変なことになっちゃう子がいるので」

「それは……そうかもね」

「ああ、想像がつきます」

 

 今と来馬と笹森の頭には同じ人物が浮かんでいる。大切な書類を学校に忘れ、何なら支部にも忘れ物をしょっちゅうして、やることなすことドタバタ慌ただしい別役のことだった。

 招木は別役を知らないのでただ「今って料理が上手なんだ」と内心で食いついている。さすがに今日会ったばかりだし手料理を食べたいなんて言えないけれど。

 

「それで、今日はうちに何か用事があったのかな?」

 

 来馬が招木に向かって本題を切り出した。

 忘れ物を届けるだけなら笹森だけでいいだろう。それなのに招木はわざわざ鹿のやで茶菓子を購入していた。中まで案内される気満々の装いだったのである。

 笹森もそれは感じていたので、隣に座る招木にちらと視線を向ける。

 

「来馬に会ってみたかったんだ。加古から話を聞いていたから」

「加古ちゃん? ああ、招木ちゃんは加古ちゃんの弟子なんだよね。嬉しいけど、どうしてぼくに会いたいと思ってくれたの?」

「君も運がいいらしいね」

 

 出し抜けの返答に来馬は少し目を丸くするが、すぐに柔らかく微笑んだ。

 

「どうかな。ぼくは周りに恵まれているから、もしそう見えるなら、きっとみんなのおかげなんだ」

「そうなの?」

「ぼくだけでできることなんて少ないよ。だから困ったときに助けてくれる人がいるのは、とてもありがたいことだと思ってる。今ちゃんや太一、鋼と部隊を組めたのは、幸運だからかもしれないな」

 

 その瞬間、招木と笹森は来馬の背後から後光が差す幻覚を見た。ペカッと光るあまりの神々しさに、ギュッと顔のパーツを中心に寄せる二人は勢いよくソファに背中をくっつける。

 なんという人徳。なんという清廉さ。同じお金持ちでもどこかの太刀川隊所属の御曹司とは大違いだなと招木は思う。

 来馬の仏っぷりに焼かれる二人に対し、今が控えめに言葉を添えた。

 

「それを言うなら私だって。スカウトで県外からやってきて右も左もわからない中、この支部に配属されたのは僥倖でした」

「ぎょうこうって?」

「思いがけない幸運だったな、と」

「そういう意味なんだ。教えてくれてありがとう」

 

 意味を教えてくれた今に軽く頭を下げる。来馬の考えは理解できた。招木はそれに共感していた。

 自分は運がいいから諏訪や嵐山、加古などの大切な人たちに出会えた。SEによりもたらされた幸運だった。今は立ち消えたラッキーガールの噂がここまでの縁を結んでいる。

 そのきっかけを作り出しただろうあの男に感謝するのは癪だが……。

 そして招木が来馬を見る。視線に気づいた来馬は頭にハテナマークを浮かべたまま穏やかな表情だった。

 彼の背後には見事なアクアリウムがあり、美しい魚たちが悠々と泳いでいる。

 

「戻りました……あ、すみません。お客さんがいらしてたんですね」

 

 その時、村上が帰ってきた。二人を見てぺこっと頭を下げる。もうそろそろ夕方だからお暇するにはいい頃合いだろう。

 そう思った招木が腰を上げる。

 

「お邪魔したね。そろそろ私たちは帰るよ」

「お茶、ごちそうさまでした」

「あ、もう? せっかく来てくれたんだし、もう少しいてもいいんだよ」

 

 笹森も立ち上がり二人で帰る素振りを見せると、来馬が引き留めた。その声色はとても柔らかく、思わず「ではお言葉に甘えて」と言ってしまいそうな雰囲気で満たされている。

 それを振り切った招木が彼を見下ろして口を開いた。

 

「用事は済んだ。来馬は私が想像していた以上に、いい人なんだなとわかったから」

「いい人かぁ」

 

 来馬は加古から招木について軽く聞かされている。自慢の弟子なのよ、と写真を見せてくれていた。

 

「そんなふうに思ってくれるのは嬉しいな。でも、さっきも言ったように恵まれているからだよ。君もそうなんだろう?」

「そうだね。ただ……それが生まれつき備わってなくとも、そういう人間がいるのを知れて、よかった」

「生まれつき?」

 

 今度は村上が気になる単語に食いつく。荒船が言っていたSEはこれと関連するのだろう。

 招木はSEを持っていて、運がいい。それしか知らない村上はこの話題を探ってみたがったが、他にも人がいる場所で個人的な話をするのは憚られた。

 よって二人が帰った後、「太一には後で分けようね」やら「せっかくお茶を淹れたから、冷める前に飲んでしまいましょ」と言われた村上はその流れに逆らわず、美味しいどら焼きを食すのだった。

 

 

 

─────────

 

 

 

「あ」

 

 対戦ブースにて訓練生を相手に戦う村上は、その休憩時間に招木を発見した。彼女もちょうど他の相手と対戦した後らしく、財布を片手に自販機を目指している。

 あれからずっと招木と話してみたかったので、勇気を出した村上は自販機前で今まさにボタンを押そうとする彼女に声をかけた。

 

「招木さん」

「村上? 何か用かな」

「この間はありがとうございました。どら焼き、おいしかったです。荒船との模擬戦も勉強になりました」

「ならよかった。君はランク戦の休憩中?」

「はい。さっきまでブースにこもってました」

「そっか。お疲れ様」

 

 招木がボタンを押せばピピッと軽快な音と共に当たりのメロディが流れる。そしてガシャンガシャン、とペットボトルの落下音がした。

 取り出し口から二本取り出すと、そのうちの一つを村上に差し出す。

 

「あげる」

「えっ、でも」

「どうせ一本余るんだ。いつも荷物になって困るから通りがかった人にあげている。今日は君」

「じゃあ……ありがとうございます。あっ」

 

 ペットボトルを与えてすぐ立ち去ろうとする招木に声をあげる。彼女は「どうかした?」と足を止めた。

 村上は手の中にある冷たいそれをギュッと握り、目的に触れた。

 

「招木さんと話したいことがあるんです。……サイドエフェクトについて」

 

 すると招木の目つきが少し変わった。漂う空気に突如緊迫感が生まれたように村上は感じた。

 

「ああ、噂はもう完全に消えたと思っていたけど。知ってたんだ」

「噂? いえ、何も。あ、嵐山さんとの話ですか?」

「いいえ。ごめんね、私の早とちりみたい」

 

 招木がふるふると首を振った。空気感が元に戻る。さっきのは気のせいだったかと思うくらい、小さな違和感だった。

 それで、話って? と促され、村上は深く息を吐いた。

 

「俺にもサイドエフェクトがあります」

 

 その言葉を耳にした招木は眉間にクッと深いシワを刻んだ。それも一瞬のことで、すぐに平素の顔つきに戻っている。

 

「そう。君が私に話しかけた理由がわかった。どんな能力なの?」

「強化睡眠記憶です」

 

 村上は自分のSEを説明した。研究員に指摘され、概要についてまとめられた文書をそのまま読み上げるような心地だった。

 彼のSEは強化睡眠記憶。人間の脳は睡眠をとった時に記憶の定着や整理をしているが、彼の脳はその機能が人より極端だった。つまり学習能力に非常に優れている。

 一眠りするだけで学んだことをほぼ100%自分の経験に反映できるそれは、色んな場面で役に立った。

 

「招木さんはどんなのですか? 荒船から、運がいいということしか聞いてなくて」

「その認識で合ってるよ。私のSEは幸運体質。幸運を体に強制する」

「強制?」

 

 言い方が引っかかる。さっき自販機で当たりを引いたように"ただ運がいい"という表現では足らないのだろうか。

 そこまで考えてから、村上はあることに気づいた。

 招木と影浦の戦い方に共通点を見出したこと、影浦が招木を嫌っていること、それらが繋がっていく。思いつくままに発言した。

 

「カゲは攻撃を感知するが、招木さんは当たらないってことですか? 運がいいから」

「うん。運がいいから攻撃には当たらないし、自分の攻撃は当たるんだ。限度はあるけどね」

「それは……」

 

 ラッキー、の一言で片付けることのできない重みを村上は感じた。散々自分に向けられてきた言葉が胸の内に浮かんでくる。

 押し黙る村上に、招木が少しだけ口元を和らげた。

 

「ずるいって思う?」

「! そんなことは」

「意地悪したね。でもいいんだ。そう言われる方が安心するから」

 

 招木は本当にそう思っているように落ち着いた口調だった。一方的に焦りを感じる村上が一歩を踏み出し、声を張る。

 

「違います。そんなこと、絶対にない」

「ありがとう。そう言ってくれて」

「だから、そうじゃなくて。招木さんってマスタークラスなんですよね」

「一時期ね。今はもう違うよ」

「ポイントはそうでも、そのくらい強いのは変わらないんじゃないですか。記録を見てそう感じました。招木さんの実力はSEだけに依存しない」

 

 あれから気になって村上は招木のランク戦の映像を探っていた。攻撃手のような豪快な戦い方とは無縁だが、回避能力の高さと出鱈目なバイパーの弾道はかなり異質だった。

 もちろんそれはSEが関与しているのだろうが、それが全てではないと村上は言いたかったのだ。

 言葉にすることで、自分もきっと同じだと無意識に納得したかったからだが、彼はそれを自覚していない。

 突然そのようなことを言われた招木が目を丸くした。しかし、やがて頬をちょっぴり緩める。嬉しかったのだ。

 

「SEだけじゃマスタークラスにはなれなかった。たしかに君の言う通りだね。人前で自分の実力を誇示するのは慣れないけど」

「あ……すみません。訓練生の立場で言ってしまって」

「いいんだよ。嬉しかった。ありがとう」

「俺も似たようなことを考えてしまうことがあって、それで、つい」

「似たようなことって?」

 

 思わず口走ってしまったことを後悔するより早く、招木が質問した。村上はどう答えるか悩んだ挙句、結局白状することを選ぶ。

 昔からどんなこともすぐに覚えてしまう。そのせいで周りに色々教えてもらっても、自分が楽しくなってくる頃には他人から喜びを奪っていた。

 学習能力が高いということは、周りが必死になって努力して積み重ねたそれを、あっという間に抜き去ってしまうということ。それも眠っている間にだ。

 

「だから、最初からいた人間はいなくなっていく。グループの場が壊れるんです」

「……」

「俺はサイドエフェクトでみんなの努力を盗んでるだけなんです」

 

 ボソボソと呟くようにして村上が言う。招木は静かに聞き届け、小さく頷いた。

 

「私も同じだよ。自分の努力をサイドエフェクトが奪っていく。強くなっても、いや、強くなったからこそ、発動の境目があやふやになってしまって。今じゃ余程のエラーがないとわからない。サイドエフェクトは自分の実力の内だと認識しているけど、積み重ねた努力や時間を盗まれるのは、とても苦しいものだと思う」

「そう……ですね」

 

 招木は彼の話を自分に当てはめた。自分が必死になって研鑽したものをラッキーで片付けられるのはひどく辛かったから、率直に言った。そして発言して村上の顔を見て「あっ、しまった」と思う。

 なぜなら村上はそれを「やっぱり努力を奪われるのは本当に嫌だよな……」と認識していたからだ。言葉通りに受け取ればそうなるので、至極当然の流れである。

 自分じゃどうにもできないことに苦悩する姿に共感したと伝えたかったのに、招木は言葉選びを間違えた。

 当真や諏訪や色んな人たちに指摘された、自身の無神経やデリカシーのなさを痛感する。

 

「いや、そうじゃない」

 

 咄嗟に先ほどの失言を否定する。悲しげに眉根を寄せていた村上の表情に疑問の色が交じった。

 その瞳を見つめて招木は一瞬だけ思考が飛ぶ。

 目の前の男はSEによって周りと馴染めなかったのだなと知った。絶対に抗えないSEのせいで過酷な道を強いられているとわかった。

 それは自分と似ている。

 しかし他人の努力を盗むという考え方に、招木は懐疑的だった。

 話を聞く限り、あくまで村上は教わったことを自分で実践して身につけている。何の努力もしていないなら盗んだと考えても仕方がないが、村上はブースに顔を出し、荒船に教えを請い、努力している。

 自分の努力を無視した見方をしていることが、招木には不自然だった。

 私は努力をSEに奪われているが、君はそうじゃないだろう、と。

 

「寝ることをやめるのは、無理だもんね」

「寝る……え?」

「SEに抗おうとするなら、生きるのをやめるしかないよね」

 

 思考を奪われた結果、招木は村上を絶句させた。

 招木は二度目の「あっ、しまった」と思った。思っていたけど口が止まらなかった。招木は言わずにはいられなかった。

 もしかして慰められるのかと少し期待していた村上は、急角度で問題発言をぶつけられて言葉を失っている。その声色はあまりに淡白でとても軽かった。まるで中身が虚のようだった。

 小さくショックを受けると同時に、影浦が招木を苦手に思う理由がちょっとわかった気がした。

 

「ごめん。そういうことが言いたいんじゃなくて、君は自身の努力を認めるべきだと伝えたかったんだ」

「……認める、ですか」

「何をせずとも結果が出るのなら盗んだと思って当然だよ。でも村上のはそうじゃない。君はきちんと努力している。その手で剣を振り、記録を見て学習している。それを応援し、支える人がいる。そうだよね」

「……! ……はい、そうですね。荒船や、来馬先輩。鈴鳴支部のみんながいます」

「鈴鳴第一は君の力を必要としている。荒船はそれを伸ばそうとしている。それに応える君のことを、君自身が否定しなくていいと思うよ」

「……はい。ありがとうございます、招木さん」

 

 村上が表情の強張りを解く。しかし招木は彼の気持ちに寄り添えたとは到底思えなかった。

 さっきの失言で村上と招木の心の距離が離れてしまったから、きっと何を言っても彼には届かないだろう。

 それは自分の責任だ。もう取り戻すことができない信頼を失ったことを、招木は一方的に実感していた。

 

「お詫びにジュースを奢るよ」

「いや、いいです。気にしてませんから」

「それじゃ何も……ううん、ごめんね。いらなかったら誰かにあげたりして」

 

 気まずくなった場で招木は自販機で追加のドリンクを購入すると、それらを村上に押し付けて去っていく。合計三本のペットボトルを抱えることになった村上はその場で立ち尽くした。

 そこまで重くないはずなのに、腕が痺れるようだった。

 やがて「おい」とぶっきらぼうに声をかけられてハッとした。気づけば影浦が目の前に立っていた。

 

「なんでそんな買ってんだ?」

「ああ、いや……もらったんだ」

「いらねーんだったら一本くれよ」

 

 ちょうど喉が渇いてたんだ、と影浦が一本取っていく。ペットボトルのキャップをひねったところで我に返った村上が教えた。

 

「それ、招木さんからもらったんだ」

 

 すると、今まさに飲もうとしていた影浦がピタリと動きを止める。目つきを鋭くした彼は少しの間逡巡していたが、

 

「もう開けちまったからいーわ」

 

 と液体を喉の奥まで流し込んだ。







招木はSE持ち(例:迅、影浦)にはバッドコミュニケーションしかとれないかもしれない。
ちなみに菊地原と会話したことはなく、小夜子とは通話のみで直接顔を合わせていません。小夜子がSE持ちと発覚したらまた変わるかも。
陽太郎は毛色が違うとして、天羽と話したことはあるのかないのか。
こりゃ空閑の登場が楽しみですね!
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