「嵐山へのチョコレートをどうしようか悩んでる。相談に乗ってくれる?」
「あら」
「おっ」
「まぁ」
同い年のボーダー隊員との女子会中に招木が小さく挙手をして言った。円を囲むようにして座る月見、藤丸、橘高が順番にリアクションをする。
三人は同学年の嵐山と招木の距離感を知っており、「ついに進展したのか」と、温度差はあれど気分が高まった。
「そういやバレンタイン近かったな」
藤丸の言う通りだった。バレンタインの時期が近づいている。
去年は存在を忘れてしまって準備が遅れた招木だが、今年こそは当日にお菓子を渡せるようにしたかった。
今までお世話になった人、教えてくれた人、友達、教え子。ボーダーには、招木にとって大切な人がたくさんいて、準備にものすごく時間がかかる。だから早めに動くことが大事だった。
しかし問題が発生した。一番の親友である嵐山にチョコレートを渡す過程で、招木にはどうにかしたい関門があった。
「嵐山隊だものね。去年も大量のチョコレートが市民から届いたって聞いたわ」
「毎年すごいのよ、彼。知名度も高くなってきてるから、今年は本部が傾くくらい届くかもね」
橘高と月見が去年の記憶を思い出す。ボーダーの顔として完全定着した嵐山は市民の人気と好感度が圧倒的で、メディア対策室が潰れるほどのチョコレートを贈られていた。
本部内では烏丸が人気を集めているが、本部外では嵐山が票を集める。そのような状況だった。
炭酸飲料をゴキュッと気持ちよく飲んだ藤丸が歯切れ良く言う。
「チョコ? そんなん本人に直接渡せばいいじゃねぇか」
「ダメなんだ。メディア対策室に提出しないと受け取れないって」
「そーなのか?」
「ええ。嵐山隊はその辺厳しく管理されてるみたいよ。まあ、何かあったら大変だしね」
「フーン」
「やり方はそれしかないもの。今年もそうするの?」
「それを悩んでる」
招木が難しい顔でクッキーをさっくり食べる。
確かにやり方は一つだけ。嵐山隊長への差し入れとしてメディア対策室に郵送する。去年と同じ方法だ。それをすれば厳重なチェックの後、本人に届けられる。
だけど。
「その。あまりこういうことは、よくないのかもしれないけど」
「何かしら」
「本人に直接渡したいんだ」
「直接」
「気持ちの違いでしかないのにね」
「いいだろ、気持ちを伝える日なんだし」
「気持ち……えっそういうこと!?」
橘高が突然ガタガタと音を立てて席を立った。紅茶のカップが揺れる。
しかし三人の「?」という顔にハッとなり、「ごめんなさい、想像が飛躍したわ」と着席した。
コホンと咳払いをしてから橘高は続きを促す。
「気持ちというのはどういう感情なの? 詳しく教えてくれる?」
「うまく言葉にするのは難しいし、さっきも言ったようによくないことなんだけど」
「ええ、ええ。大丈夫よ、私言語化得意だからなんでも言って」
「同じなのは、少し嫌だなと思ったんだ」
「同じって?」
「去年は正規の手順通りにチョコを提出したんだけど、自分のが市民や他の隊員たちからの差し入れと同じになっているのを見たの。その時はそういうものだと思った。だけど、今年もそれはちょっと嫌だなって」
「そういうことじゃない!」
自分からのチョコを他と一緒にしないでよ、という独占欲や不満の表れだと橘高は興奮した。そのままの勢いで二度目の起立をしたが「ごめんなさい、最近そういうネタをTLで見ていたから」と申し訳なさそうに着席する。
友達の相談を創作ネタと並べるのは失礼ね、ごめんなさい、と早口に言う。頬が薔薇色になっていた。
女子会で橘高が急に立ち上がったり「え待って」と急にメモ帳に何かを書き出したりすることはよくあることなので、三人はスルーである。
橘高のそういう場面を他では見たことがないので、気を許しているのだなと理解していた。
「じゃ、どうやって直接渡すか作戦決めるか」
藤丸が速攻で解決策を話し合うターンに持っていこうとすると、他の二人が制止する。
「いえ待って。先に気持ちの方を整理するのはどうかしら」
「あん?」
「そうね。確かにそれがいい。招木ちゃん、あなたの気持ちを聞きたいわ。どうしてそうしたいと思ったの? 他と同じが嫌だと感じたの?」
月見に優しく、しかし何か圧を感じる質問をされた招木は視線を落として考え込んだ。
嵐山に『おまえの特別になりたいな』と言われてから、一年以上が経過した。その間に招木は嵐山からの特別扱いを受けてきた。
手を繋ぎ、ハグをして、一緒にいる時間を過ごしてきた。周りから恋人かと尋ねられたことは山ほどある。その度に二人は違うと答えてきた。あくまで彼らは親友だった。互いのことが好きだし、大切に想うのも間違いない。
だけど恋人は招木にはよくわからなかった。付き合いたいかと言われても首を傾げてしまう。
加えて嵐山が一番与えてくれるものは、招木が拒絶している家族愛のそれだ。そう簡単に己の内に入れられるものではない。
それでも嵐山がやろうとしていることに報いたいと考えていた。ひたむきに愛を与えてくれる姿勢に応えたいと思っていた。
そう決めたら実行策を考えるくらい、招木は成長していたのである。
「嵐山は私を大切にしてくれて、特別扱いをしてくれる。だから、私もそれを返したいと思ったのが一番かな」
その答えに三人は顔を見合わせる。ここで「嵐山が好きだから」と言えば、まあその好きは招木のことだから多分恋ではないのだろうが、まだ納得できた。
しかし事務的な声色の返事に熱はこもっていなかった。三人の色恋沙汰に昂る気持ちが冷めるほどだった。
「それは……なんというか、義務感から? それとも自発的に?」
「やらなければならないと思うし、やりたいとも思ったよ」
「うん……うん……」
橘高が額に指を置く。今の発言をどう受け取るべきか悩む。"そういうこと"ではないのかもしれない。
「つまり彼の特別扱いを返すために、自分のチョコを他と同じ扱いにさせたくないのね?」
「そうなるね。だからよくないと言ったんだ」
「そうね、よくないわ」
「よくねぇな」
月見と藤丸がズパッと断言する。
「今の招木ちゃんが渡すチョコは、嵐山くんに贈られるどのチョコよりも軽いわ。気持ちがないんだもの。それなのに他の差し入れと一緒くたになっているのが嫌なんて、許されない」
的確な意見だった。招木が言い出した内容はあくまで嵐山が起点であり、彼へのお礼として特別な方法でチョコレートを渡したいということだった。
これが本人自身の感情から生まれるのなら三人は応援するのに、今の会話のやりとりからは、そこまでの意欲を見出せなかった。
相手から何かを受け取ったときに「こちらも同じようにお返しをしないと申し訳ない」という気持ちになる、返報性の原理で動くようなものだ。
それは嵐山にも、大勢いる他のチョコレートの差出人たちにも失礼だろう。
「気持ちがないわけではないよ。日頃大切にしてくれるから、その分感謝を届けたいと思っている」
「でも、他にも柿崎くんとか友達にチョコを渡すんでしょ?」
「そのつもりだよ」
「そのチョコと嵐山くんへのチョコに違いはあるのかしら」
「どうだろう。柿崎にあげるのも、いつもありがとうの気持ちを込めるから。嵐山のにも同じだから、違いはないかもね」
「なのに自分のチョコは他と同じ扱いにさせたくないの? 傲慢よ、とっても」
月見にそう言われると、たしかにそうだねと招木は頷く。
チョコレートに込める気持ちに違いはない。差はあるかもしれないが。しかし招木はそこまで考えることなく、素直に困った。
このままだと何もできずに去年と同じバレンタインを迎えることになってしまう。
「別にチョコにこだわらなくていいんじゃねぇの。ようは形があるからチェックだの面倒になるみてぇだし」
藤丸は別案を口にした。チョコを渡そうとするからゴチャゴチャしているのであって、別の手段なら解決するのではと考えたからだ。
それは嵐山と会うことのできる招木だからできる方法であり、招木の望む特別に含まれる。
「たとえば?」
「なんだろ、定番なのはチューとかか?」
「付き合ってもいないのに? 流石にどうかしら」
「あ、そっか。まだ付き合ってねーんだこいつら」
「招木ちゃんは何かしてあげたいことはある?」
「してあげたいこと、か」
ふむと招木は考える。
嵐山にしてあげたいこと。何があるだろう。今まで何をしてくれただろう。何をやってあげられただろう。
彼から与えられるものがあまりに大きくて、招木は全く返せていなかった。それをどうにかしようと思ってバレンタインを機に特別を返そうとしたのだが、三人に却下された。
じゃあ他には何があるだろう。嵐山にされて嬉しかったこと。彼がされて嬉しいこと。好きなもの。大事にしているもの。
深いところまで思考すると、招木の胸にとても黒い感情が生まれていく。
「……」
「招木?」
藤丸に名前を呼ばれ、招木は顔を上げた。
「嵐山はとても忙しくしていて、顔を合わせる時間が減った」
「おう」
「だから無理をして時間を作って会わなくていいと伝えたい」
「ん?」
「一応確認なのだけど、彼に会いたくないからとかではないのよね?」
「? うん。嵐山が無理をしないよう、休息の時間に当ててほしいなって」
「招木ちゃんは嵐山くんに会いたいと思ってる?」
「思ってるよ。でも自分の時間も大切だと思う」
「そうだろうけど、今の言い方だとまるで会いたくないみたいだわ」
「つか嵐山なら会う方が元気が出るとか言うだろ、知らねぇけど」
「一緒に言い方を考えましょう。招木ちゃんの言葉選び、ときどき拗れる方面に出るから。そういうことして拗れる二人をたくさん見てきたから」
「恋愛マスターみてぇだな」
「あっそういうわけじゃないんだけど」
女子会は大いに盛り上がる。同期の友達が幸せになってほしいと三人はずっと思っていたから、上手くいくといいなと願っていた。
それは男子陣も同じだろう。向こうも多分男子会の時にこの議題をあげているに違いない。いや男の子同士だから話し合わないのかもしれないけど。
議論を終え、藤丸が自身の太ももをぺちんと叩いた。
「よし、んじゃ電話かけろ」
「今?」
「善は急げって言うでしょ」
「嵐山くんは今日……休みね。あら、珍しい」
「家族と一緒に過ごしてるんじゃないかな。電話をかけるのはまた今度にするよ」
「だめだ、今かけろ」
「携帯借りるわね」
「あっ」
招木の携帯を操作した月見が「はい」と返してくる。その画面は発信中になっていた。受け取った招木が咎めるために口を開こうとしたが。
『どうしたんだ? そっちからかけてくるのは珍しいな』
「出たっ」
「ちょっ、声!」
「早く返事なさい」
すぐに嵐山が電話に出てしまったので、携帯を持つ手に変な力の入り方をした。ワクワクする場面に、藤丸、橘高、月見が小声で口走る。
彼女たちに視線を向けた後、招木は携帯を耳に当てて、先ほど話し合いで決めた内容を頭に浮かべた。
「嵐山。休み中にごめんね。今大丈夫?」
『ああ。家でゆっくりしていたよ。何かあったのか? 藤丸たちの声が聞こえたが』
「女子会をしてたんだ」
『相変わらず仲がいいな。いいのか? 俺に電話して。話したいことがたくさんあるだろう』
「たくさん話しているし、今電話しているのも三人が、」
そう言った途端、藤丸が招木の背中をバシンと叩いた。痺れに背筋を伸ばした招木が「いや、なんでもない」と訂正する。
「本題なんだけど、2月中旬、空いている?」
『うーん……どうだろうな。日時を指定してもらえれば時間を空けられると思うが』
「それなら、ええと」
『? どうした』
「ちょっと待ってね」
目の前で橘高がメモ帳に俊敏に何かを書いたかと思えば、招木の眼前に突きつけた。
2/14!! と赤丸で記してある。それを言えということだろう。
「2月14日はどうだろう。少しの時間でいいんだ」
『……わかった。調整する。予定が決まったら連絡するよ』
「ありがとう」
『あ、ちょっと待ってくれ』
「うん?」
『何の用事か聞いていいか?』
「君に会いたい」
そう言った瞬間、目の前で勢いよく何かが動いたかと思えば、橘高が声もなく胸を押さえて月見に寄りかかっていた。月見と藤丸が橘高の背中をさすっている。
そのリアクションに、何かもっと言った方がいいのかなと思った招木が続ける。
「その日はバレンタインだから君に特別な何かを返したくて。忙しいだろうから会うのは控えようかと思ったんだけど、私は会いたいからアポをとらせてもらった。最近話せてなくて寂しいし」
「すげえ全部言いやがった!」
「もうっ、もう!」
「二人とも声が大きいわ」
外野は大盛り上がりである。その声量は少しの間何も聞き取れなくなるほどだった。片耳を塞いだ招木が携帯をもっと耳に近づけて「嵐山?」と声をかける。
向こうでも何かドタバタする音が聞こえるが、よく聞き取れない。何度か名前を呼ぶと、嵐山からようやく返事があった。
『招木は今本部か?』
「うん。私の部屋で女子会してる」
『そっちに行く』
「え」
『本部に着いたら連絡するよ。また後で』
「嵐山?」
『すまない、そんなわけで今度埋め合わせする!』
『気張れェ! 早く行け嵐山ァ!』
『チャリで行くんや!』
嵐山の後に二人の同級生の声が聞こえた気がしたが、プツリと途切れてしまった。
招木は訝しむ目を携帯に向けてから、手を取り合いギュッとだんごになる三人に報告する。
「嵐山が今から本部に来るって」
「きゃーっ、えーっ、きゃーーっ」
「女子会は終わりだ! 準備しろ招木!」
「準備も何も、このままでいいよ」
「最近話せていなかったんでしょう? せっかくだからおしゃれしましょ。ヘアアイロン貸して。巻き直すわ」
「着替えなくちゃっ。服選ぶから今持ってるの全部出して」
「気合い入れろよ! こっから勝負だからな」
結局招木は三人に揉みくちゃにされ、自分の部屋を追い出された。
てっきり次に会うのはバレンタインの日になると思ったのに。突然会うことが決まったが、嫌な気持ちになどならなかった。久しぶりに話せるのが楽しみで、とても嬉しかった。
少し浮かれた足取りで気合いの入った格好のまま宿舎内を抜けて本部に移動する。
嵐山は家にいたらしいので、彼の実家から本部までの最短ルートにある出入り口は判明している。そこから逆算して通行ゲートまで迎えに行った。
外に出て、チラホラと他の隊員たちも出入りするそこで待つことしばらく。
「あっ、招木。ここで待っててくれたのか」
息を乱した嵐山が駆け寄った。家からここまで走ってきたらしく、生身の体は汗をかいている。冬空に白い吐息が溶けていった。
「寒かっただろ。手が赤くなってる」
「ああ、ほんとだね」
三人が選んだ服はあくまで本部内で会うことを想定した服装なので、招木は上着を着ていなかった。その状態で屋外で待機していれば体が冷えるのは当然である。
指摘されて招木は自身の手を確認した。嵐山の言うように冷たくなっている。
だから嵐山の手に触れようとした。いつもあったかいから。
「えっ?」
しかし触れる前にパッと離されてしまう。驚いた招木が嵐山の顔を見ると彼はすぐに口を開いた。
「嫌というわけじゃないんだ。ただ、走ってきて汗をかいているから。ポケットの中はあったかいぞ」
そう言ってポケットの方を勧めてくる。招木はそれを無視して無理やり嵐山の手を掴んだ。本人の言う通り手汗に濡れたが構わなかった。
「こっちがいい」
「……そうか。招木が気にしないなら、いいよ」
嵐山と会う前に招木は三人に口酸っぱく言われていることがあった。議論でも触れた内容を念頭において動くと決めていた。
それは自分の気持ちを素直に伝えること。言い方には気をつけることの二点である。
招木はもとから嵐山に好意的だが、バレンタインに向けてやろうとしたのは「嵐山の特別扱いに報いること」だった。そのためにチョコを直接渡すことを考えたが却下され、その後の話し合いでは「それを嵐山にストレートに伝えて、相手に委ねればいい」と結論が出た。
招木を煮るなり焼くなり好きにしてください、ということである。
月見、藤丸、橘高から嵐山へのバレンタインでもあった。
「今のは、ポケットに手を入れるよりも、嵐山と手を繋ぎたかったからそうした」
「うん、」
「手汗は気にしない」
「はっきり言われると恥ずかしいな」
「ああ、ごめんね。えっと、たしかに汗が他人につくのは気にすることかもしれないけど、嵐山なら気にならないという意味で」
「そこまで言わなくていいぞ」
嵐山が強めに手を払おうとする。招木が抵抗するので「一度上着を脱がせてくれ、暑いんだ」と言った。解放された両手で脱ぎたてのジャケットを招木の肩にかけ、嵐山から手を繋ぎ直す。
二人はそのまま本部に入った。屋外の冷気にさらされていた肌を、暖房のぬくもりが包む。
今の二人ははたから見れば恋人のようだった。しっかり手を繋いでいて、招木は男物のジャケットを袖を通さず羽織っている。どう見ても隣の嵐山に与えられたものだとわかる姿に、すれ違う通行人は二度見していた。
「えーっ、お二人ってお付き合いしてないって聞きましたけど」
「まだな」
「きゃーっ」
通りすがりの米屋が低い歓声を上げた。ノリがいいので「付き合ったら教えてくださーい」と言って笑って去っていく。
招木が繋ぐ手に少し力を入れた。
「嵐山」
「あ。ごめんな。はしゃいでしまった」
一応、今までの触れ合いは人の目につかない場所を選んでいた。抱きしめるなどの接触をする時、周りに人がいないことを嵐山は確認していた。
しかし今の嵐山は何というか、ふわふわしている。楽しそうな雰囲気が表に出ている。爽やかを体現する笑顔も普段に増して柔らかかった。
「普段と髪型が違うな、ヘアアレンジか。服もかわいい」
「ありがとう。女子会をしていたから、三人に選んでもらったんだ」
「俺に会うために?」
「それ以外にないよ」
穏やかな口調で言うと、招木は繋いでいない方の手で嵐山のジャケットの襟に触れた。上着をかけられた時、嵐山の熱を背中全体に感じた。今はもう自分の温度と溶け合って、わからなくなっている。
二人は落ち着かない足取りで人気のない場所に着いた。ここなら誰にも邪魔されずに話せるだろうと備え付けのソファに腰を下ろす。
「私が会いたいと言ったから走ってきてくれたの?」
「それ以外にないだろ」
思わず笑ってしまいそうな感じで嵐山が言った。招木が表情を緩める。
「入隊指導とかで忙しくしていた君の顔は、遠くから見れていたんだけど。こんなふうに話したかったから嬉しい。来てくれてありがとう」
自分の気持ちを素直に伝える。普段からそのスタンスでいるつもりだったが、女子会で念を押されたことを意識して招木は話し出した。
嵐山が「俺も同じ気持ちだ」と返す。一番の親友と認め合った者同士の、信頼感に満ちた空間だった。
「バレンタインで君に何が渡せるか考えていたんだ」
「ああ、さっきも電話で言っていたな」
「君はずっと私を特別扱いしてくれた。大切にしてくれた。だから私も同じものを返したいと思ったんだ。だけど何がいいかわからなくて。君に聞きたいな」
すると途端に嵐山は少し熱の抜けた表情になる。変わらず口元に笑みを浮かべているが、瞳に鋭い光が宿った。
招木が小さく肩を揺らす。首筋を冷気が撫でたような錯覚に陥った。
嵐山はその変化に気づき、気遣うように眉を下げる。しかし招木の胸の奥がざわつくような空気は変わらなかった。
「それは、他の人にも同じだろう? おまえは諏訪さんや加古さん、色んな人に大切にされて、愛されている。みんなにも同じものを返したい。そうだよな」
「……嵐山?」
何故だろう。とても柔らかいトーンなのに、幼子に話しかけるようなゆっくりした語り口調なのに、底知れぬプレッシャーを感じるのは。
しかし招木は嵐山の質問を否定することはしなかった。紛れもない事実だからだ。
これを否定することは、招木を愛してくれる周りの人たちの気持ちを無碍にすることになる。
「そうだね。みんなにも、大切にしてくれる分、感謝の気持ちをチョコにして渡すつもり」
「そうか」
その言葉に嵐山の頭は完全に冷えた。
やはり招木は嵐山をその他大勢と同じ場所に置く。自分の大切な場所として皆と横並びにする。
嵐山はそれから抜け出したくて招木に愛を与えていた。はっきりと言葉にして、態度に示して、一年以上接してきた。
彼女がマスタークラスになったとき、自分の顔を見て喜びを抑えられず抱きついてきた時なんかは、有頂天になる程嬉しかった。
それでもだめだった。致命的な事実を確認したことで、嵐山の浮ついた気分は霧散した。
電話がかかってきて向こうから「会いたい」なんて言ったのに。話せなくて寂しいと伝えられて、高鳴ったはずの鼓動も落ち着いていた。
「だけど、君だけは違う」
「!」
しかし、招木は嵐山の目を見てはっきりと言う。
「嵐山にはずっと何かしたいと思っていたんだ。君が一番喜んでくれることが何か、わからなかったけど。でも、君は言っていたね」
『おまえの特別になりたいな』
招木の中で嵐山の存在はとても大きい。それを知らないようだから、そこから伝えなければならないと招木は理解した。
『今日から俺と招木は友達だ』
初めて友達になろうとしてくれて、遊びに連れ出しコロの散歩に誘ってくれて。
『大丈夫だ』
招木と同郷の人間が目の前に現れたとき、恐怖の対象から庇ってくれて。自分の過去を伝えたいと思った相手で。
特別になりたいと言ってくれて、愛情を与えたいと有言実行して。
「君は私の特別になりたいと言っていた。だから特別をあげたかったんだ。君だけの特別を」
では招木の言う特別とは何か。この場合で言えばチョコレートだった。
嵐山にチョコレートを渡すにはメディア対策室に郵送する必要がある。すると招木からのそれはその他大勢のチョコレートと化す。
それでは特別なチョコレートとは言えない。特別扱いへのお返しにはならない。
だから直接渡すことを考えた。
が、それは女子会でダメ出しされてしまった。気持ちが他の人に渡すものと同じだから、それでも特別にしたいなんて傲慢だと言われた。
「一人一人、違うんだ。諏訪に向ける好きも、加古に向ける好きも。だから同じ気持ちでも、誰に向けるかで変わってるんだ。嵐山もそうだよ」
傲慢でもいいと招木は思う。だって、
『……嫌だな』
『え?』
『自分の欲を自覚した』
あの嵐山だって傲慢なのだから。
「君が私に話しかけ、手を繋ぎ、抱きしめてくれると、嬉しく思うよ。前よりもずっとそう感じてる」
嵐山はとても忙しいのに、スケジュールを調整して小さな隙間を見つけ、招木に会っていた。そんなことを一年以上もずっと続けてくれていた。
なら招木は何を渡せるだろう。
嵐山が求める特別は、何だろうか。
「……そうか」
一方で、嵐山の心は再浮上していた。招木が明確に「特別をあげたい」と言ってくれたからだ。今まで嵐山が与えていた愛情を、嬉しく思うと受け止めてくれたからだ。
それならさっきの電話口での会話も信じていいと思えた。
再び心臓がドクドク鳴る。長きに渡る想いが結実したと確信した。
嵐山がどれほど共にいる時間を重ねても招木の態度はあまり変わらなかった。彼はそれが不満だった。自分を他と公平に扱われていると思っていたから。
しかし様子が変わらなくとも、招木は「会いたい」「嬉しい」と伝えてくれている。
だからそれを信じてみようと思った。あまり顔や態度に出なくても、招木は嵐山を特別にしてくれていると、そう信じた。
「わかった?」
「ああ、伝わったよ」
「よかった。それで、バレンタインに何が欲しい?」
「そうだな……」
冷え切った雰囲気から解き放たれた嵐山は、招木の目を見てにこ! と笑う。澄み切った快晴の笑顔だった。
「招木がしたいことが知りたいな。任せるよ。楽しみに待っている」
「わかった。本人に言われたら仕方がないね。頑張るよ」
「あと、特別をくれるなら」
「うん」
「今欲しい」
横に並んで座っていた嵐山がぐっと距離を詰める。二人の太ももがピッタリ密着した。招木は小さく身じろぎしたが、かけてもらった嵐山のジャケットが落ちただけで、特に抵抗はしなかった。
すると嵐山の目がどろりと蕩ける。物柔らかな表情に確信の炎が灯った。
これまでと同じ招木の反応なのに、もう同じようには受け取れない。
今までは嵐山を落胆させていた仕草の一つ一つが、今度は炙られるような熱情を呼び起こす。そんなふうに、自分の心だけが作り変えられてしまったような心地だった。
「今……」
そんなことを言われてしまった招木は、一瞬考えた。
特別の証に最初はチョコレートを渡すつもりだったが、今は手元にない。というか何もない。あるとすれば。
そこまでいってから、藤丸の台詞を思い出した。思い出してしまったから、あっさり実行してしまった。
気づけば体が勝手に動いた。誘われるように招木は嵐山の肩に手を置き、腰を浮かせる。
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「お、招木」
「諏訪」
「今から飯か? なら食堂行こうぜ、奢る」
「二人で?」
「たりめーだろ、他にメンバーいねーし」
「ごめんね。嵐山との約束があるんだ」
「またかよ。ま、同期同士仲良くしろよ」
「うん」
諏訪は招木に断られてしまったが、先にご飯に行く約束をしていたなら仕方がないとサッパリ思う。
しかしすぐ後、食堂への移動中に嵐山が隊のメンバーと仕事にとりかかっている姿を見て「約束って何時にメシ食うつもりだよあいつ」と疑問に思った。
おめでとう、よかったね
これでよかったのかな