「ランク戦、いよいよ来週から始まるね。準備はできた?」
「完了しています。中位昇格を目指しているのでうまくやれたらと思って……あっ」
那須が小さく声を上げ、壁を蹴り体の中心をずらす。すると寸前までそこにあった那須の心臓を目掛けるかのように、招木が放ったバイパーが一直線に飛んだ。
危ない。どれだけ接近してもさらに弾道が変化する可能性があるのが師匠だ。
会話をしながら意識を分散することに慣れる訓練の最中、那須は走りつつ意識を引き締め直した。
二人は模擬戦が始まってからずっと内部通話をしている。並行して頭を使い、話しながら全く違う攻撃を仕掛けるのを続け、並列思考を磨く狙いがあった。
『リアルタイムで精密な弾道を引ける隊員はかなり希少だ。パッと名前が上がるのもA級の出水くらいだし。那須もそこに加わるだろうね』
『招木さんも……』
『私のは運だから』
『もう、またそんなことを言って』
自由に弾道を設定できるバイパーといえども、実際に毎回リアルタイムで弾道を引く人間はほとんどいない。多くはパターン化した軌道を選択している。
つまり那須が得意とするそれは他が真似できない強みであり、本人も招木もその部分を伸ばすと決めていた。
ランク戦や防衛任務で活かせるように徹底的に鍛えている。
「那須隊は初めて参戦するから、最初は下位スタートだね」
「はい。そういえば、今期からランク戦の各試合に実況と解説がつくと通達がありましたよね。どうなるんでしょう」
「前例がないからわからないけど、発案者はオペレーターの武富らしい。バトルロイヤルでやったような形になるのかな。あれはなかなか面白かったよ」
今期からB級ランク戦にて実況システムが始まる。
招木はROUND4の解説役を頼まれており、断る理由がないので了承した。一緒に解説に呼ばれる相手が相手だから早めに声がかかった。どうしてもスケジュールを押さえたかったのだろう。
「招木さんが解説役に? 解説って二人つくんですんよね。もう一人は誰ですか」
「准……嵐山隊の隊長だよ」
「そうですか……」
次いでくる那須の攻撃は、先ほどまでより明らかに苛烈になっていた。波状攻撃である。建物などの障害物を綺麗に避けて突き刺さる変化弾。招木は平常通りに喋りつつ回避する。
今の招木は高い建造物に囲まれており、那須の弾道はほとんど見えない。建物の隙間から弾がパッと目の前に現れたかと思えば、急に密集したり分散したりする。
最後まで判断に悩まされるのが那須の変化弾だった。
「狙いがいいね。普通なら不利に働くはずの遮蔽物を、味方につけるバイパーの使い方をしている」
「あなたが指導してくれていますから」
「君の努力の賜物だよ。志岐との連携やMAP研究に時間をかけていたね」
距離感を掴むのが抜群に上手い那須が、素質に加えてMAPの構造に注目するとこんな悪魔的なバイパーになるのかと驚かされる。
SEに上書きされることのある招木のバイパーとはまるで違う。変化弾の持つポテンシャルを余すところなく発揮させているようだった。
自分の弟子がそれを成し遂げていることに尊敬する。
「那須。君は本当にすごい子ね」
しかもランク戦の記録を見て勉強し、相手の移動先を予測するようになってきているので、一度躱した弾がくるっと戻ることもあった。
これでは並の相手どころか、強い隊員も手こずることだろう。
「でも招木さんには当たらないわ」
那須が目を細めて言った。この訓練中、那須の攻撃が招木にヒットすることはほとんどなかった。
那須がバイパーの技術をどんどん身につけていくように、招木もまた機動力を磨いていた。
指導のために那須隊の作戦室をよく訪れ、弟子の動きをよく観察してアドバイスをする過程において、招木は彼女の動き方を目に焼き付けた。
それを真似してみる。体を自由に動かせるはず、というイメージもする。木崎や柿崎の影響でトレーニングやスポーツが習慣づいた招木が改めて自身の動きを見直すと、かなりの変化が訪れたのだ。
元から回避能力がずば抜けて高かった招木は、そこからさらに悪魔的に成長した。
「私は君の師匠だからね。バイパーがどう刺さってくるか予測できるんだ」
もとは招木がやりたかったことだ。招木の思う通りのバイパーの弾道を引くことができない分、那須に受け継がれている。
つまり自分ならこう描くな、という弾道を那須が引く。答えがわかっているから回避も容易だった。運もいいし。
「それくらい師匠としてかっこつけさせてよ」
「!」
今度は招木の出鱈目バイパーが那須に襲いかかった。那須が持ち前の機動力でひらひらと回避するが、予想外の着弾を片手に食らう。
少しのトリオン漏出を確認する。この程度は勝敗にダイレクトには響いてこないが、被弾した事実に鼓動をドクドク鳴らした。
こうして中距離からチロチロ削り集中を乱してくるのが招木の戦い方だ。
鬱陶しいが意識しすぎるのもよくない。接近されたら鉛弾を警戒すべきだが、今はそこまで距離を詰めてくる様子はない。
このままの距離感を保ち続けると決める。
「退路はそっちで大丈夫?」
「……!」
しかし招木がそう声をかけるので、那須は少し動揺した。那須が選んだ退路はさっきまで招木が通っていたルートで、ところどころで建物が破壊された痕跡がある。
SEが絡んだバイパーによって崩されたのだろう。瓦礫の山があって移動はしにくいが、開けた場所だと一気に距離を詰めてくる恐れがあったのでそちらを選んだ。
大丈夫、のはずだ。招木の言葉に振り回されないよう、那須は用心深く走る。
「……」
招木に攻撃の決定力はない。こちらがよほどのミスをしない限り、一手で勝負が決まることはない。
那須はそう考えて地を蹴るが、新たに放たれた出鱈目バイパーをシールドで防御した時、
「!」
複雑に絡む弾道の一つが那須から逸れた。それが気になって目で追えば、瓦礫の隙間に一つのキューブが隠されていた。分割する前の、弾を生み出したキューブそのもののような物体だ。
それに吸い込まれるように弾道が綺麗に引かれている。那須が干渉できないまま一つのバイパーがヒットした瞬間。
「!?」
カッとキューブが光り、ドカン! と周りを巻き込む大爆発が起こった。
バイパーを防ぐために展開していたシールドがバリンと割れ、そこに畳み掛けるように招木の攻撃が那須の体に風穴を空けた。
トリオン供給機関の破壊により緊急脱出扱いとなった那須は、訓練モードにて再構成される肉体で口を開いた。
「今のは……?」
「メテオラの置き弾だね。通常はある程度距離が離れると操作や発射ができなくなるんだけど、他の弾丸やワイヤーを使えば遠隔でも今みたいに起動できる」
「罠を張ってたんですね。初めて見ました。招木さんが目の前でメテオラを使っているのも」
「練習してたんだ。次のランク戦で披露しようと思って。まあトリガーセット構成と相談になるから、他を抜くことになるんだけど」
那須のもとまで駆けつけた招木が手元にキューブを浮かせた。現在セットしているメテオラである。
ようやく炸裂弾も充分に扱いきれるようになったのだ。今の招木は通常弾・変化弾・追尾弾・炸裂弾をすべて一通り制御できる。そのくらい強くなっていた。
そしてメテオラは破壊力に優れたトリガーなので、招木の弱点である攻撃力不足を補える。今までのような決定力のない射手だと認識したままの他の部隊によく刺さるだろう。
諏訪隊は正式加入した笹森を含め、今回から初めてフルメンバーでの参戦となる。
ただでさえ人数有利なのに、招木が新たに武器を加えたのなら、諏訪隊の警戒度はさらに高めるべきだろう。
「置き弾。そんなのもあるんですね」
那須は招木の手の中にあるキューブを見つめて学習する。その目が招木の方を向いた。
招木がキューブをフッと消し、どうしたのと言うように首を傾げる。
「新しい武器を知れました。でも、いいんですか? もしかしたら戦うことになるかもしれないのに」
「那須隊が中位に上がった時にうちと戦いたいから見せている」
「!」
見せる許可はもらってるから、と招木が言う。その言葉に那須は胸を打たれた。
つまりこれは、必ず中位に上がってこいという発破だった。
諏訪隊は中位と上位を行ったり来たりするチームだから、今回が初参戦となる那須隊が彼らとのランク戦を実現させるには、まず中位までランクアップしなければならない。
初参戦のプレッシャーに加え、那須は隊長とエースの役割を担っている。細い肩にのしかかる重圧は想像することも難しかった。
それでも師匠は「絶対にあがってきてね」と示した。
ならば応えたい。弟子はそう強く思う。
「ありがとうございます。頑張ります……!」
「うん。期待してる」
そろそろ訓練が終わる時間だ。招木が柔らかい表情を浮かべて那須の背中を優しく叩き、一足先に出入り口へと向かう。その背中を見つめて那須は咄嗟に言った。
「いつか」
「うん?」
声をかけられた招木が振り返る。
「いつか、射手としてあなたの上に立ちたいです」
握り拳を胸元に当てて那須が宣言する。不遜ともとれる発言だが、招木は少し目を開き、やがて口元を緩めて。
「そう。それは楽しみだね。私も頑張らないとだ」
「私も努力します。追い越せるように」
「なら一緒に強くなろう」
あっという間に那須は招木を追い抜くだろう。射手としての才能は彼女の方が圧倒的に上だから。
今は経験と時間がある分師匠の座についているだけで、一年もすれば弟子は師匠を軽々と飛び越えていく。
招木はそれでいいと思った。
加古のもとでは教えを乞うばかりだった招木も、那須とは互いに知識や技術を分かち合い、切磋琢磨して高め合う師弟関係になりそうだった。
「先に行くね」
今度こそトレーニングルームを出る招木の後をすぐに追うことはせず、那須はひっそりと考え事に耽る。
───招木は那須の師匠となるためにマスタークラスになった。そのように那須は受け取っている。
一度断った後にどんな心境の変化があったかわからないが、最終的には当時の師匠である加古との関係に区切りをつけて、新たに那須の手をとった。
『期限を守れなくてごめんね。でも二度と君を失望させないと誓うよ』
正式な師弟関係を結ぶ時、招木は那須にそう告げた。
そしてすべての時間を注ぎ込んで積み上げたポイントを、今度は実にあっさりと放棄する。
それに那須は驚くと同時に、もとからあった招木への信頼をさらに深めていた。
マスタークラスという称号に全く興味がなく、彼女が防衛任務にも出ず個人戦に没頭したのは、すべて自分のためだと感じたからだ。
那須を弟子にするため。
那須の頼みを聞くため。
那須に手を差し伸べるため。
二人が出会ってから師弟の契りを交わすまでの間、招木は那須のために勝利を重ねていった。
熊谷や奈良坂に約束を破ったことを謝罪し、那須の周りの人間の気持ちも汲み取ろうとしてくれる。
「とても大切にしてくれるのね……」
それらの献身の全部が自分に向いているようで、ふと意識した時に堪えきれなくなる。頬を両手で包み込んでしばらく動けなくなるほどだった。
自分が招木の存在に強く引っ張られているのを感じる。
師匠のおかげで強くなれたし、ランク戦の立ち回りや隊長・エースとしての役割も身についた。
私生活でも世話になっている。那須がボーダーにいる間、両親が奈良坂だけでなく招木に娘のことを頼むくらい、家族ぐるみでの付き合いになっていた。
つまり那須は、隊員としての自分も、一人の人間としての日常も、その両方を招木に支えられている。
面倒ごとで大変だろうに、招木は嫌がるそぶりを見せるどころか「君と一緒にいる時間が増えて嬉しいよ」と言ってくれた。
……どうして、そこまで。心のうちに疑問が湧き上がる。
「あなたからの、期待以上のものが欲しいわ」
そうしたら、どこまでも頑張れるのに。
既に弟子にしてもらえて時間を割いてもらってるのに、これ以上欲してどうするの。
そう思うけれど、どうしても欲張りになってしまう自分がいることに、那須は気づいていた。
昔から我慢するのは得意だった。病弱だったから友達を作るのも外で遊ぶのも我慢していたから。
けれど「実は得意じゃないの」とも思う。
本当はずっと走りたかった。体のことを気にせずに遊びたかった。誰にも迷惑をかけずに生きたかった。
『今までは走りたくても走れなかったと思うから。ボーダーに入隊してこの体を手に入れて、普通に走って息切れもせず、自分の思うように体を動かせて、楽しいと思ったでしょ』
この体ならそれを叶えられる。そしてこの体の戦い方を教えてくれるのが招木だった。師匠が我慢しなくていいと教えてくれた。
だから那須は困ったように眉を下げて、どうしたらもっと見てもらえるのかしら……と考える。
「……、」
そこまで物思いに沈むと、那須はようやく招木の後を追ってトレーニングルームを抜けた。
那須隊の作戦室はとてもシンプルな作りをしていて、物が少ない。諏訪隊の作戦室が麻雀卓があったり小説や漫画が並んだりしていて、賑やかなのとは大違いだ。
「遅かったね。何かあった?」
「あ、すみません。少し考え事をしていて」
「そう。急かしたような言い方をしてしまってごめんね。そのつもりはなかったんだ」
「わかってます。招木さんのことは」
先に着いた招木は小部屋のソファに座っていた。そこがこの部屋の唯一の寛ぎスペースであり、那須に指導した後は大体ここで雑談することになっている。
招木は既にトリガーオフをして私服姿に戻っている。隊服ではない招木を見ていると、ずっとここに居てくれないかしら……とぼんやり思ってしまった。
今日この後は自宅に帰るだけ。那須も同様に換装体を解く。
「ぅ」
突如、ぐらっと地面が揺れた。足に力が入らなくなり、那須はその場に倒れそうになる。
「ぁ、」
「那須っ」
咄嗟に招木が那須の体を受け止めた。刺激にならないようゆっくりと楽な姿勢にする。那須は具合悪そうに目を閉じていた。ぐったりしていて、招木に全体重を預けている。
「ソファで横になろうか」
「……はい」
招木は那須の背中と膝裏に腕を差し入れると、繊細な動作を心がけてその体を持ち上げた。彼女はとても軽くて薄い体つきをしているので、日常的に鍛えている招木が持ち上げるのは可能である。
ソファに丁寧に下ろそうとして、那須にぎゅっと掴まれていることに気づき、悩んだ。
「手を離せる? 君を寝かせるから」
「……すみません、このままでもいいですか」
「このまま?」
本人がそういうのなら、と招木は那須の言う通りにソファに腰を下ろした。つまり膝の上に彼女を乗せたまま座ったのである。
自分はこの体勢でも構わないが、逆に那須はこの体勢で辛くないだろうかと思う。
「包まれた方が楽になるので……ぎゅってしてほしいです」
「いいよ」
辛くないらしい。むしろ触れる面積を増やした方が楽だと言うので、負担にならないよう優しく両腕で包んだ。
とはいえ二人は体格が似ているので大きく包んでやることはできない。嵐山とは全く違う華奢で薄い感触に、しかし招木はただ心配になるだけだった。
それをおくびにも出さず、今はただ那須が楽になるようにと骨張った背中を撫でている。
「あ……」
「嫌だった?」
「ううん。好きです、もっとして……」
那須は弱い声を音に乗せた。すると招木が撫でる動作を継続させたまま、今度は頭をポンポンとしてくれる。安心感を与える仕草に、那須の体から緊張が抜けていった。
招木の肩に頬をぺちとくっつけてぬくもりに包まれる。
私は悪い子ね、と思った。
立ちくらみはしたが一瞬のことだ。お姫様抱っこされた時はもう治っていた。
それなのに嘘をついて心配させて、抱きしめてもらっている。
「招木さん、ごめんなさい……」
「気にしないで。私がしたいだけだから」
違うの。私、あなたに嘘をついているの。
この人には彼氏がいるのに。私のことなんてただの弟子としか思ってないだろうに。その立場を利用してこんなことをさせている。
はしたないわよね、と自分のことを恥ずかしく思った。
「ごめんなさい、もう平気です」
やがて招木の背中に回していた両腕を外す。ゆっくりと招木の膝から降りて、立っても問題がないことをアピールすれば、招木は「よかった」と頷いた。
「家族に連絡する? 迎えが難しそうなら私が送っていくよ」
「い、いいえ。多分大丈夫です。言えば迎えに行くって言ってたので」
流石にこれ以上招木の世話になるわけにはいかない。那須が連絡すれば、親は今から本部に来てくれるようだった。
「じゃあ駐車場まで一緒に行こう」
「……はい。お願いします」
さっきの立ちくらみを見て一人で行かせるのは危険と判断した招木の申し出を、那須は少し困った感じで了承した。
那須はさっきのことがあるので申し訳なさを感じているが、断る方が不自然だと思う。それに短い時間でも一緒にいたかった。
作戦室を出て目的地に向かう。まばらに通る人通りの隙間で、那須がひっそりと口を開いた。
「……あの、招木さん」
「何かな」
「いつも、どうしてそこまでしてくれるんですか?」
ずっと聞きたかったことだ。
優しいから、だけではないだろう。確かに招木は優しいが、ボーダー隊員の本分とも言える防衛任務を丸ごとサボり、師匠になるためだけにランク戦に出続けたのには、執念じみた決意を感じていた。
それに体を思うように動かせないことに対し、招木からの共感めいた何かを感じる。
その理由を考えるより先に、今までの献身は私のためなのよね、と那須は強く思った。
そう思いたいからに近い。確信ではなく願いだ。
お願いだからそう言って、と自分で聞いたのに自分の求める答えを欲している。
「君が大切だからだよ」
「……!」
そして招木は、那須が望んでいた答えをあっさりと口にした。横に並ぶ那須の目をしっかりと見つめて言ってのける。
最初は弟子入りを断ったが、当時から那須の境遇は招木にとって共感するものが多かった。だから力になりたいと思った。
実際に師弟となってからも那須はとてもかわいい存在だった。何でもしてあげたくなるし、過保護にならないようかなり注意するくらいだった。
大切であることは紛れもない事実であり、その思いが声色にも表れている。
その中に那須にとって不要だろうことを隠していた。
大切な師匠との区切りのためにもマスタークラスを目指したこと。那須の辛い境遇に共感したこと。
この子には伝えるべきではないだろうから、と招木はそれらを綺麗に伏せてしまった。
だから那須は感動したように目を潤ませて、ふにゃりと笑った。嬉しそうに腕を絡める。ぴたりと身を寄せた。
「どうしたの」
「ふふ、嬉しくて、つい。いけませんか?」
「まさか。私も嬉しい」
那須がとても機嫌がいいので、招木も目元に柔らかな影を落とす。
師弟としてはあまりに近くて不健全かもしれないが、友達としては実に仲の良い距離感である。
それに招木は違和感を覚えなかった。加古とも似たような関係だったからだ。気軽に手を繋ぎ指を絡め、抱きしめ合っていた。
よって那須にされても全く疑問を抱かないし、素直に喜びを感じる。
本当はハグをしたいくらい可愛く思っているが、それでは甘やかしになるので自重している。
「じゃあまたね」
「はい。今日もありがとうございました」
駐車場で那須の親と軽く話し、車に乗った彼女を見送る。
小さな笑みを浮かべて手を振った招木は、車が見えなくなると両手をダラリと下ろし、淡々と言った。
「うん。やっぱり那須の家族に対しても、何も感じないな」
これまで何度か那須の家族と会って話をしているが、やはり思うことはない。
彼らは招木のことを信頼し、自宅に招いたり奈良坂を交えて愛に溢れた家族の物語を聞かせてくれたりする。
うちの娘は小さい頃こんなだったのよ、とか。今も立派に育ってくれて嬉しいわ、とか。
そういうのを聞かされても、招木は事実として認識するだけだった。愛されて育ったことを理解し、微笑ましく思う。
那須が幼い頃の話を暴露されて恥ずかしそうに身を捩る姿を見て、かわいいなと思うだけだった。
「どうして准だけなんだろう」
嵐山の家族愛について考え出すと、身体の内側を逆撫でされるような不快感がある。どうしても、彼だけが。
胸元に手を当て、招木は釈然としない表情を浮かべていた。
那須さんにはずっとクリティカル言動繰り返している気がする。おかげで好感度がとんでもないことになっていますが、それもいつまで続くことやら。
那須さんの病弱由来の辛さに対して招木は強く共感するので、もし早くに出逢っていれば別の未来もありました。
未来は無限に広がっている(といえば何でも許されると思っている)