前回の話の後半に大幅な加筆があります。
未確認の方はそちらを先に読まれることをオススメします。
「ちょっ……とわからなくなってきたわね〜〜〜」
加古が頬に手を当ててのんびり言った。招木の実践技術を見た上での独り言だった。
初めて受け持った弟子への指導の壁にいきなりぶち当たったのである。東さんが私含めて三人受け持っているのって本当にすごいのね……と改めて思うくらいだった。
現在の招木のサイドエフェクト抜きでの評価をしよう。
トリオン能力はそこそこ。少ないわけではないが、同期に化け物がいる加古にとっては特筆すべき内容はないという印象。
アステロイドの技術は初心者の域をようやく出たくらい。
反射速度や機動力も並。
どこにでもいるような訓練生。そんな感じだった。入隊歴だけは一丁前なので、こつこつ訓練を積んできたんだな、というイメージ。丁寧さはあって素晴らしいが模範的とも言えた。
状況判断や情報共有においてはまだまだだ。そこを補う為にオペレーターに突撃したのを知っているので、苦手なのはわかっていたけど。
さて。ここに幸運体質を含めた評価をする。
平凡な前評判と打って変わって、サイドエフェクトにより異常な勝負勘を発揮するようになると、ここぞという時に目を見張る一撃を与えるのが見ていて楽しいぐらいだった。
回避・防御の面でも同じことが言える。必中のダメージを0にする、あるいは軽減させるのは、他の誰にも真似できない能力だった。
「事前に話を聞いてはいたけど、本当に転ぶのね……受け身はちょこちょことってるけど」
招木は派手にすってんころりんしている。
そういう意味でもオンリーワンの技術である。
「乱戦で急に強くなるタイプね。攻撃手単独なら伸び伸びと戦えそうだけど……味方との連携がやりづらそうだわ。距離をとって戦局をコントロールする方が全体の為になる……かしら。センスと直感に身を任せるやり方がサイドエフェクトも活きるわよね」
あるいは、と招木の動きを観察しつつ考える。
招木の幸運体質は強い。自分に有利な状況を強制的に引っ張ってこられるからだ。それは彼女にはコントロールできないらしく、気づいたらその方向に体が動いているとのこと。
であれば攻撃や防御にも招木の意思が反映されない瞬間がある。密接な連携を要求する攻撃手には不向きだ。
大雑把に言えば感覚派。加古と同類だ。
「招木ちゃん」
「何?」
「どうして射手を選んだの?」
「選んでいない。ボーダー側にアステロイドとポジションを指定されたから、その通りにやってるだけ」
「まあ、そうよね。私も同じだもの」
基本的には入隊試験の結果から使うトリガーやポジションを決定される。アステロイドを渡されたのは、中距離武器で一番癖がない初心者向けのトリガーだからだ。
加古も同じルートを辿ったからよくわかる。自分は早い段階でハウンドに切り替えたけど。
すると招木はトリガーをジッと見て、ぽつりと言った。
「これも考えた方がいい?」
「んー……そうね。自分の適性により適しているものはないか、しっくり来るものが他にないか……色々試してみるのもアリよ。実験できるようにしてあげる」
恐らく射手で招木に向いているのはバイパーだ。弾道を自由に設定できる変化弾。誘導弾であるハウンドよりも複雑な動きが可能だが制御が難しく、リアルタイムで軌道をコントロールするのは、加古にも難しい。
新人の出水がいきなり上手いのを引いたとか何とかで話題になったのはつい最近だ。
そして招木のサイドエフェクトなら、ラックでとんでもない弾道を描けるのではないか……という予測を立てていた。
どうやら本人の認識次第で無限に条件を適用できるみたいだから、「バイパーが敵に当たればラッキー」と思い込めばいけるのでは、という仮説である。
「あとは……、いえ、それもできるのならパワーバランス崩れちゃうわね」
「?」
「ねえ招木ちゃん。今度時間をもらえる?」
「時間をもらうのは私だよ。忙しいでしょう、時間を作ってくれてありがとう」
「まあ。いいのよ。それも諏訪さんに教えてもらったのね」
「うん。それで、次は何をするの?」
「実験よ。相手も呼ぶからそのつもりで」
「あら。二人とも初対面じゃないのね」
「わかるの?」
「見てればね。話が早くて助かるわ」
招木の実験に呼ばれた相手は、東隊銃手の三輪である。この男は人間関係が極端に狭いので広めてあげようとした加古の気遣いは、いらぬ世話だったらしい。
相変わらずの仏頂面だが、招木に向けられるのは比較的親しみがこもった眼差しだ。招木は平素と変わらないが、三輪の態度があからさまなので「あらあら」となったのである。
いつもの加古なら指摘しているところだが、今それをすれば絶対に帰ってしまうので自重する。後で存分にやろう。
「今からやるのはシールドの実験ね。招木ちゃんのサイドエフェクトがどんなふうに発現するかを知りたいの」
「使ったことないよ」
「大丈夫、ちゃんと教えるから」
「俺は」
「遠慮なく招木ちゃんに撃ち込んでちょうだい。私は客観的な視点で観測したいから、どうしても相手が必要だったのよ」
訓練生は一つのトリガーしか使えない。だからシールド初体験の招木は、加古にレクチャーされたことをしっかり記憶する。
その際耳元で、
「三輪くんはかなり手強いから、彼から目を離さないでね」
「! わかった」
と言われたので意識した。
三輪から目を離さない。弾を防ぐシールドを展開するには、相手がどこを狙っているかを正確に予測する必要あり。面積が広いと防御力が下がり、小さくすると硬くなる。
そのようなことを頭に入れて、実験を開始した。
開幕いきなり三輪が発砲する。
「あっ」
バリン! とシールドが割れた。不慣れなので薄く広く引き延ばしてしまい、耐久性に欠けたのだ。
これではだめだ。もっと範囲を狭くしないと壊される。防御として最低限活用できるくらいにならなくては。
三輪は無言で攻撃し続ける。角度を変え、移動して、跳躍してと遠慮がなかった。おかげで招木は何度もトリオン不足に陥った。訓練室だからすぐ回復するけど。
「うーん、やっぱり初めてだから上手くはいかないわよね。サイドエフェクトも発動しないみたい」
「……俺を呼ぶのはまだ早かったんじゃないですか」
「そう? 招木ちゃんの名前を出してノコノコやってきたのは三輪くんよ?」
微笑んで言えば三輪の眉間のシワがグッと深くなる。ここまでが限界ね、と追求はやめておくことにして、シールド展開の練習に夢中になっている招木に声をかけた。
「今日は終わりにしましょう。こっちにおいで」
「わかった」
招木がこちらに向かって歩く。無警戒だ。訓練終了と言われて気が緩んでいる。───その隙を待っていた。
遠くでチカッと光が反射する。招木の真後ろの方角だ。三輪が反応して拳銃を取り出すが、いち早く加古が肩に手を置く。何もするなという指示だった。
このままでは無防備な招木が背後から撃たれて緊急脱出になる。三輪はそう予測したが、しかし。
───ガンッ
彼女の後頭部にシールドが展開された。握り拳サイズのそれがヘッドショットを阻む。散々練習していた小さめサイズよりさらに狭い面積だった。
「わぷっ」
しかし構えていないところにそれなりの衝撃が後頭部を襲ったので、招木はグルグルと前転するみたいに転がった。そのままゴロゴロこちらにやってくるので三輪が足で止める。
肩をつま先でグイと押せば、招木はきょとんとしていた。自分の身に何が起こったかをまるで理解していない間抜けな顔である。
「えっ?」
「やっぱりね」
加古は予測が的中してしたり顔だった。やっと状況を理解した三輪がため息交じりに言う。
「東さんですか……」
「ええ。ずっとあそこに隠れて待機してもらっていたわ」
「贅沢ですね」
「あの距離を正確に当てられるの、あの人以外にいないんだもの」
「? 何が起きたの」
「狙撃手は初めて? びっくりしたでしょ」
いまだに混乱中の招木に、加古が解説した。
今日の目的はサイドエフェクトがもたらすシールドへの影響を見るためだったと。
つまり、招木の意識外の攻撃……狙撃手からの死角からの狙撃のような、必中の一撃をシールドがどう捌くかの実験であった。
結果は完璧な防御。トップ攻撃手の一手を無理やり躱す時みたいなバグもなく、実に綺麗に一点読みを通したのである。
「シールドもサイドエフェクトの対象なんだね。私は運が良かった」
招木はぺかっと言った。この重要性に気づいていないのだ。狙撃手を意識したことがあまりないから、致し方ないことではあるが。
「じゃあわかる部分から分析していきましょうか。招木ちゃん、どうしてあなたはヘッドショットを防げたの?」
「最大限効果的なシールドを狙撃ポイントに展開することができたから」
「満点解答ね。そう、威力次第ではあるけれど、ああして一点集中させれば狙撃から急所を守ることができるの。ではあなたはそれを狙ってやった?」
「ううん。完全に無意識だった。一点集中させるのも初めてだったし。三輪との実験では全然だったのに……」
「今のおまえの練度では、素の力で意識して攻撃を相殺するほどのシールドは展開できない、ということだな」
「……さっきの一撃は、100%サイドエフェクトの効果だった」
必中の攻撃を防ぐラックだ。
まただ。またサイドエフェクトに阻害されている。
招木が握り拳をつくるのを、三輪は静かに見ていた。
「そうね。そのおかげで招木ちゃんは一度命拾いしたわ」
「だけど、それは今までの……太刀川との模擬戦でも経験しているよ。今更取り立てるようなものでもないと思うけど」
「全然違うのよ」
「!」
「相手は狙撃手。あなたが狙撃を絶対に阻むというなら、狙撃手の天敵と言えるわね」
「天敵」
随分仰々しい呼び方だ。しかし加古の自信満々の声色に、大袈裟ではないのだと思わされる。
そこに東がやってきた。長距離からの狙撃を終えて三人の元までやっと辿り着いたのだ。
「東さん、ご協力ありがとうございます」
「全然いいぞ。どんどん頼ってくれていいくらいだ」
「甘いですよ。あの一発のためにずっと潜んでいたんですよね。なんでそんなことを……」
「俺がやりたいと思ったからだよ、秀次」
「東、付き合ってくれてありがとう。三輪もお疲れ様」
「……ああ」
「はい、お疲れ様。さて、どこまで話した?」
「招木ちゃんのサイドエフェクトが、狙撃手の天敵ってところまでです」
「おお。なら狙撃手についても説明しないとだな」
「あっ」
加古が声を上げる。
そうだ。一番最初にそこから話すべきだったのに。反省しながらも表情に悩む色が出ることはない。
あくまで普段通りのまま加古は東を手で紹介した。
「この人がボーダーで初めての狙撃手よ。その名の通り、遠距離特化のポジションね。基本的に奇襲用で、撃つごとに狙撃地点を変えるのが基本のお仕事」
「奇襲……狙撃地点を変える……」
むむむと難しい顔で招木が考える。少し待ってから、答えに辿り着きそうにないのでちょっとだけヒントを与えることにした。
「どうして撃った後に移動するのかしら。足が痺れたりするのかしらね」
「私じゃないんだからそれはないと思う。うーん、奇襲だから……位置を知られたら意味をなさないよね。ってことは、狙撃手は隠密行動がスタンダードで、場所がバレるとまずいから? 東もずっと潜んでいたわけだし」
「大正解! 花丸をあげるわ」
加古がにこっと微笑んで空中に花丸を描いた。花丸をもらったのは初めてなので、招木はちょっぴり唇をもにょもにょさせる。
「もっと言えば、位置を知られるとその方角は警戒されてヒット率が極端に下がるのよ。敵にもすぐに狙われるし。だからバレないように隠れて確実に一撃を与えるのが、この人の役割」
「あ。だから私が天敵?」
理解した招木が自分の顔を指差した。視線で促されたので、言葉を頭の中で組み立てながら一生懸命話す。
「完全に相手の攻撃を防ぐ。この幸運のせいで、狙撃手は私を狙った瞬間に位置が割れる危険がある。せっかく隠れて放った一発を無駄にされるわけだから」
「ええ。実質、常にもう一機あるようなものだもの。確実に仕留められる状況でもない限り、狙撃手はあなたを狙いづらいでしょうね」
即死レベルに繋がる攻撃への警戒度が異様に高いのだ。ほとんど阻止される。これが手足を狙うといった妨害レベルに落とすとサイドエフェクトはどう反応するか気になるが、それもこの先の実験次第である。
うーん、やっぱり面白い。
色んな組み合わせや条件で試したくなる。
ワクワクする心地だった。あれこれ可能性を感じていると、三輪が招木にスッと話しかけている。
「シールドがないとどうなる」
「間違いなくコケるね」
「あんなに転んでおいてよく平然としていられるな」
「あれでも大分減ったんだよ、転ぶ回数」
「あれで……?」
今日だけでちょっと仲良くなったらしい。
よかった。三輪はとても生きづらそうな顔をしていたから、どんくさい招木を見て肩の力を抜けたらいいのだけど。
微笑ましい気持ちになっていると東も同じ感情を抱いたのだろう。お父さんみたいな目をしていた。
やがて東がこそっと加古に声をひそめる。
「そういえば、招木が弟子ってことを三輪には伏せなくてよかったのか? ギャフンと言わせるとか何とか言っていただろう」
「一番の目的は二宮くんだからこの際いいわ。それにこれはこれでアリよ」
あのセリフは冗談でも何でもなかったらしい。
東は目をぱちぱちさせたが、この環境が招木と三輪と加古にさまざまな成長をもたらすと確信していたので、それもありかと考える。
そして隊で除け者にされている二宮が可哀想なので、ひっそりとフォローしてあげようと思った。
炭火焼き肉・寿寿園。警戒区域に程近い場所にありながら、第一次近界民侵攻を無傷で乗り切った強運のこの店に、東は諏訪を呼んだ。
彼の妹分を自分の隊員が横から掻っ攫ったので、慰めてやろうとしたのだ。それも含めて隊長としての役目だと思った。
焼肉に反応して風間と木崎と寺島もついてきたけど、諏訪が元気になるならそれでいいかと受け入れた。東は器が広い男である。
「振られたらしいな、諏訪。加古が自慢していたぞ」
「え何それ。女の話? 知らないんだけど」
「最近可愛がってる少女のことだ。寺島は聞いたことないか? ラッキーガール」
「あ〜……なんか話題になってたな。え振られたの、諏訪を慰める会これ? 可哀想に。焼き過ぎて黒くなった肉やるわ」
全然ダメだった。風間も寺島もウキウキで傷口を広げようとしてくるし木崎もスルーしている。仲良いなこいつら……となりながら、のんびり東が見守ることにする。
主役の諏訪は、しかし焦げた肉を「いらん」と寺島に押し返しつつ、普段通りの声色で言った。
「振られてねーわ。あいつもそんなつもりで言ったんじゃねぇし」
「俺はわかってますアピうざいからやめとけって」
「ちっげーわ! とっくに解決してんだよこの話題」
寺島のダル絡みもさくっと回避する。本当に事は解決していて諏訪はダメージを引きずっていないようだった。
麻雀をしていた時の落ち込み方が印象に残っていたので心配していたが、どうやら大丈夫らしい。東がドリンクをごくんと飲み干して、聞いた。
「解決? なんだ、もう進展してたのか」
「おう。招木が謝りに来た」
自分で教えたことなのに、いざ自分にそれが向けられるとたじろいでしまうのは何故だろうか。
ともかく招木は諏訪に謝りに来た。加古に「じゃあ諏訪さんも、あなたに同じことを言われて嫌だなと思ったでしょうね」と言われて「あ、謝らなきゃ」となったのだ。
ついて来てと言われて諏訪が従えば、いつぞやの人気の少ない休憩スペースに辿り着いた。招木は財布を両手で持って言う。
『この前傷つけてしまったことを謝りたい。だから奢るよ』
初対面の時の謝罪をそっくり真似てきたのである。あの時は何もわからなかったのに。もう彼女は自分で考え、謝るために行動することができるようになっていた。
だから言い方が酷かっただけで、諏訪に与えられた課題を懸命にこなそうとしているのだと理解した。
招木がお金を入れた自販機で諏訪が一本選ぶ。もう一本は自分で買った。それを招木に放り投げ、彼女は慌ててキャッチする。
『これであいこだ。次は昇格した時に何かウメーもん奢ってやる』
『美味しいもの』
『そこに反応すんな』
離別だとか、拒絶だとか、そういう悲しい別れではないのだ。
成長のために手を離した。それだけだった。
もう彼女は一人で立てる。未熟な部分はたくさんあるが、そこを指摘するのは諏訪だけではない。
サイドエフェクトの仮説を聞かせた風間。体力作りの教官、木崎。学生生活を共にする嵐山。指示出しや情報共有の参考元であるオペレーター。そして射手の師である加古。
色んな繋がりを招木は得た。教えるのが自分だけの役割ではないのだ。
「もともとケンカしてたわけじゃねーしな。あいつが自分で考えて選んだんだから、待つだけだ」
「ひゅー、諏訪くんかっこいー」
「茶化すな」
諏訪は肉をひっくり返して、トングを置いてから四人の目を見て言う。
「ま、だからよ。招木に頼られたら、なるべく応えてやってくれ」
「当然だ」
「あいつの出方次第だがな」
木崎が真っ先に答え、風間が腕組みをする。諏訪も肩をすくめた。
「そりゃそうだ。ただ甘えさせてやれってんじゃねーんだからよ」
「任せておけ。加古の様子も見ておく」
「俺んとこに相談とかするかなー。ラックがどんなもんか興味あるわ」
東が頼もしく頷き、詳しい事情を知らない寺島が首を捻る。
「かなり融通効くぞ。今はサイドエフェクトに振り回されているが、能力として活かせる段階に来れば厄介になる」
「そういや風間、最初の仮説んとき言わなかった内容あんだろ」
「強くなるための方針は、求められていなかったからな。今は加古の領分だろう」
「加古の指導はどんな感じなんです」
「初めてにしては上出来だ。実験的だが招木の性質とも合っている」
男たちは焼肉で腹を満たしながらあれこれ盛り上がっていく。
結局目をかけている相手が成長するのが嬉しいのは、全員に共通しているのだ。
それから少し時は経ち。
「気色わりーな」
刺々しい視線が招木に突き刺さる。片目をクッと細めた影浦が冷たく見下ろしていた。
「オメーのは全部真似事だ。本当は誰のことも見てねぇだろ」
連載前のメモ帳では二宮さんに弟子入りする予定だったんですが、加古さんになりました。何が起こるかわからない。