誰よりも強く、正しく。それでいて誰かのために身を粉にして働くその姿に。そして宿敵の相棒の子であり、大悪党の子である俺を引き取ったうえで一切の色眼鏡なく育ててくれたその人柄に憧れたのだ。
子供の頃はただ単純に憧れていただけだった。そして大きくなるにつれて、その夢は叶えられないと悟った。世界を股にかけた大悪党の子である俺は父と同じ
だから俺は、たった一つの特技を活かすことにした。産みの父から受け継ぎ、育ての父に鍛えられたたった一つの特技を。それを武器にして、俺は俺なりの正義の味方になることに決めた。
そうして選んだのは正義の味方というにはあまりにも
そして俺は、『武偵』になった。
パトカーのサイレンが鳴り響く深夜の東京を3人の男たちが駆けていく。薄汚れたスーツを着て手にアタッシュケースを持った彼らは、それから逃げるように懸命に足を動かしていた。
「はあっはあっ…もう振り切れただろ」
裏路地に入った彼らがようやく一息つけると地べたに座り込んだ。それから冬であるにもかかわらず流れてきた汗を拭って、大きく息を吐き出す。
「ふう…今回は特にしつこい奴だったな」
「まったくだ。最近急に
「そうは言ってもよ。こいつはいい金ヅルだ、辞めるには忍びねえ」
そう言って男たちがアタッシュケースを軽く叩いて笑い合う。その時だった。
「おいおい儲け話か?景気のいいことだなあ」
響いたのは若い男の声だった。その声に男たちがビクリと体をすくませる。その様子を気にもせずに声の主は足音を立てて姿を現した。
「ちょっと俺にも詳しい話を聞かせてやくれねえかい」
現れたのは背の高い痩せぎすの男だった。近隣のとある高校の制服を着て、何故か夜であるにも関わらず目深に中折れ帽子を被っている。そしてその口元には煙草…いや火がついてないから
「…テメェ、なにもんだ?」
「おいおい、俺のこの格好見てわからねえってこたあねえだろうよ」
剣呑な声に対して青年は軽く羽織っている上着を見せびらかすようにはためかせた。当然、男たちも青年の素性は理解している。その上でほんの僅かの希望に縋っただけだった。
「武偵か…俺たちを追って来たのか?」
その服装が示すのは青年が国家公認の暴力装置である証。この青年は自分たちのような小悪党を仕留めるべく放たれた猟犬である証明。
「そういうこった。
「くそっ…」
青年の言葉に男たちは顔を見合わせてどうにか逃げ道を探そうとして、すぐにそれをやめて懐に手をやった。そこから取り出されるのは黒光りするオートマチック拳銃。アタッシュケースを乱暴に地面に落として構えたそれを、平介の方へと向ける。
「言っとくがこいつはオモチャじねえ。…そこを退け
「撃つのか?やめとけやめとけ。お前らじゃ俺に当てれねえよ」
自分を取り囲む3丁の拳銃。それらを前にしてなお青年は余裕を崩さなかった。その様子に男たちは苛立ち、同時に引き金を引いた。
深夜の路地裏に響き渡る銃声。そして─
「言ったろ?当てれねえって」
気がつけば男たちはひどく痛む手を押さえて地面に膝をついていた。構えていたはずの拳銃は気がつけば銃身の半ばからへし折れた状態で離れた場所に転がっていた。
「生憎俺とお前らじゃ─次元が違う」
それに対して─腰の位置に構えられた青年の右手に握られているのは煙を上げるリボルバー。
「おっと動くなよ。…動くと撃つぜ」
ゾッとする声だった。余裕のある態度は変わらないのに、底冷えするような声が3人の動きを止める。それと同時に理解した。
(こいつ…俺らの銃だけを撃ちやがった!)
化け物じみた技巧だ。およそ理解が追いつかないほどに。
男たちは引き金に指をかけていた。そこから弾を撃つまでなんてほんの一瞬。その間にこの武偵は銃を抜いて自分たちの武器だけを狙って3連発を放っている。並の早撃ちではない。まるで次元が違うほどの圧倒的な速度と精密性を持った稀代の
そう思った時にふとある名前を思い出した。それは最近裏稼業の中で徐々に広まりつつある名前。武偵でありながら本来犬猿の仲であるはずの警察との繋がりが深く、恐ろしいほどの射撃の冴えを持つ新星。そうか、こいつが─
「『早撃ち』次元平介…!」
近づいてくるパトカーのサイレンを背景に、青年─次元平介は口元のキャンディを咥えなおした。
次元 平介
東京武偵高所属。学科は強襲科、及び狙撃科。ランクは共にA。
トレードマークは養父にもらった中折れ帽子とロリポップ。甘党。