ふたりぼっちの、いせかいひみつ探検隊   作:うたた寝リリトゥ

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進捗記録①『俺とおにいさん』

 

 

 古びた鉄骨の階段をぴょんぴょんと登っていく。冬の冷気が漂うこの季節に似つかない、虫取り網と飼育ケースを肩にかけた子供が居た。職に就いてる人間は既に満員電車でぎゅうぎゅう詰めであろうこの時間に、築何10年かのアパートから微かに漏れた怒声を聞き流して、子供は慣れた足取りで、ある部屋の扉の前に止まった。すぐ横に取り付けられているインターホンを軽く押して、この部屋の住人に大きな挨拶をした。

 

「こーんにーちはー」

 

 どたどたと足音が近付き、扉が動く。それに合わせて子供は1歩後ろへ引いた。

 

「いまはおはようだよ。まったく……この辺はわるい大人が歩いてることが多いから、来ないでと言ったはずだろう」

 

 中から出てきたのは、深い赤色で染めた髪色を持つ童顔の男性だ。ご機嫌斜めな表情を浮かべているが、それは子供の身を案じているからこそ浮かぶ感情であることを、子供は拙いながらも理解していた。

 

「そんなん今更じゃない? てか、そうしないとおにいさんと会議できないもん」

「だから電話番号教えたはずなんだけどな?」

 

 ため息をつきながらも、仕方がないとでも言うように中へ招き入れた。

 

「ねー、おにいさん。俺の好きな緑茶ないんだけど!」

「右じゃなくて左側にあるって、よく見な」

「あ、ほんとだ。ごめんごめんご」

 

 靴を脱ぎ捨ててリビングに直行したと思えば、手馴れた手つきで冷蔵庫を開けた。人の家の冷蔵庫を勝手に開けては駄目だ、などと言われる常識を知らないわけではないが、「おにいさん」はこの程度の失礼で怒る人間でないと子供は知っている。──とはいえ、「おにいさん」と呼ばれるこの男性とは、兄弟ではない。親戚でもないし、親の友達とかでもない。そんな「おにいさん」との関わりは、今この時を含めて片手で数えられるほどしかないのだ。

 

「それと、飲み物触る前に手ぇ洗え」

 

 おにいさんは自分のペースで進んでいく子供に軽く注意をして、座布団に座って胡座を組んだ。

 仮に、子供とおにいさんの関係に名前をつけるとするなら「知り合い」であろう。子供とおにいさんが並んできゃっきゃと公園で遊んでいる場面を見知らぬ人が見てしまったら、秒で通報されていると予感する。そうした2人が出会った日は、今より少し遡る。

 

 

     ***

 

 

 高層ビルが並び立つ大都市は、全てが賑わい人が飛び交うわけではない。例えば、どこかの細道や裏通りなど、あまり使われない道だってある。そんな中、ビルの森を潜った深い路地には、「はみつきち」と、子供が書いたと察せられる看板が建っていた。そこには何枚かのダンボールでつくられた子供1人分ほどのサイズの家と、暗闇を照らす小さなイルミネーション、様々な書き跡、変な形をした棒、筆記用具や未開封のパンなどが散乱していた。まさに、大都市版秘密基地という感じだ。

 

 「この合言葉も違うのか……えー、じゃあ、あかまきがみあおまきがまきまきがみ!」

 

 この秘密基地の中で、早口言葉を連発する子供がいた。この子供が秘密基地の建設者である。

 子供は俯いて木の棒で床を引っ掻き、ノートに何か書くを繰り返すことを数時間ほど行っていた。一見意味が分からない行動にしか見えないが、子供はただ「いせかい」への道を開こうと試行錯誤をしているだけなのである。そう、子供は数年前から「いせかい」へ行くために、いせかい秘密探検隊を創立し、リーダーとして活動を続けている。ちなみに構成員は1人だ。

 構成員は1人だとしても、その活動時間は1日で8時間に及ぶ。質は置いて、量で言えばとてつもない研究量なのだ。数年間での活動で得られたものと言えば皆無である。「いせかい」の「い」すら解明できていない。

 

「あかまきがみは合言葉じゃない……っと、」

 

 それでも子供は信じている。

 「いせかい」は絶対にあると、確信しているのだ。何故なら、一度いせかいに行ったことがあるから。妄想でも夢でもなく、本当に。条件も合言葉も分からない、突如として謎の空間に入り込んでしまった記憶がある。──そこで、ある約束をした。「もう一度、この場所へきて。」と、おぼろげながらも脳にこびりついた約束は、数年間子供を駆り立てているのだ。

 

「図書館の本はだめなのかな〜、片っ端からやってるのに……いや、そもそも片っ端からが単純なのか……いせかいに繋がりそうな都市伝説とか心霊スポットとかもやり尽くした感あるしな〜……」

 

 国立図書館や市民図書館など、規模関係なく本を読んだり、人に聞いたりしても違う世界に繋がる扉は開かない。こういうのをオカルトと呼ぶのだったか、オカルト道を進みまくる子供は知識は一流と呼べるだろうに。現実的な方法はいせかいに通用しないのだろうか? もっと破天荒で無茶苦茶な方法でないと、いつまで経っても進まないのかもしれない──などと子供は考える。正直、これだけでも異端者と思われるような行動はしているのだが。

 

「は〜……今日はもう辞めとこうかな、疲れてきた」

 

 子供は座り込んで、上を見上げた。空は既に暗いことはとっくの前に気づいていたが、カラフルな灯りが周りを照らして賑やかにしてくれているものだから、ついつい続けてしまうのが習慣になっている。そんな時、視界を遮る大きな陰が出来る。

 

「え」

 

 驚きに満ちた呟きがこぼれた。

 

「ここで何してるんだ」

 

 逆光であまり表情が見えない、瞼を細めて眺めていたら、陰の主は声を発した。その言葉から感じられた音では男性ということが窺える。夜に帯びた路地に子供が1人、常識を持った大人や、警察官だったのなら必ず注意するだろうし、心配もするだろうシーンだ。だが、男性から出された声色には咎める色も心配の色も見えない。そんな中、子供は「なんか湧き出てきた……」とドン引いている。

 

「……この秘密基地、入場料必要なんですけど」

「うん? ……ああ、ほんとうだ」

 

 子供は少し考えて、浮かんできた言葉は「入場料金」である。もちろん、何処から来たのか、貴方は誰なのか、と疑問に思わないことはないが、それよりもここは子供にとって家と言えるし、楽園と言える場所であるのだ。無断で立ち入ることは許されない。ここでは彼が絶対と決められている。

 

「これなに?」

「おかね」

「なんて書いてあるのこれ」

 

 陰の主ははい、と躊躇なく子供へ大金を手のひらへ置いた。子供は1枚の紙を受け取り、顔を顰める。大人がたまに使っているところを見るが、今どき現金を使う店は少ない。子供が知る「おかね」とは、100円玉や500円玉や小さなコイン──そして、上位層が扱う様々な種類の硬い小さい紙である。

 

「ごまんえん」

「ごまんえんって何円」

「100円が500個あるってことだ」

「まじ?! おにいさん金持ち〜っ! ようこそ、俺の秘密基地へ!」

 

 100円が500個あるというのはいまいち想像できなかったが、結構な額なのは理解できたためか、子供は声を弾ませて見知らぬ大人──「おにいさん」を秘密基地へ迎え入れた。そうしてダンボールの家の中から木で組まれた背の高い椅子を運び出して、おにいさんに座ってもいいよと促す。子供も、自分用の椅子を素早く持ってきて座った。

 

「ありがとう、座らせてもらう。……ところで、君はなにしてたんだ」

「いせかいの道を探してたんだよ。さっきまで色んな魔法陣書いたり合言葉叫んでたけど何も起こらなくってさ。このノートもこの前買ったばかりなんだけど、もう埋まりそうなの!」

 

 子供は片手にノートを掲げて、ひらひらとおにいさんに見せるようにする。テーブルすらなく、子供と男性が向かい合って会話する光景は不思議な雰囲気を纏っていて、何とも奇妙であった。

 

「てか、おにいさんどっからきたの? ここって都市の中でも結構端っこだし、めちゃくちゃ深いと思うんだけど……急に現れて幽霊かと思ったんですけど!」

 

 そう問い掛け、おにいさんの身なりをくまなく見つめた。ずっと真剣そうな表情を浮かべたままだ。ちなみに、別に足が透けているわけでもないし、骸骨というわけでもないが、足音も聴こえなかった中、どうやってあんなにも近づくことが出来たのか分からなかったのだ。

 

「私は都市から来たんだ。探している人がいるのだが、名前も住んでいる場所も知らなくて、とりあえず道を適当に泳いだらここに着いてしまった。決してワザと君の秘密基地に来たわけではないんだ」

 

 とても真剣な瞳を子供に向け、言葉を紡いだ。道を泳ぐ──不思議な言い回しをするおにいさんは、どうやら探しビトだったのか、と子供は腑に落ちた。それにしたって、装備が無地のTシャツとジーンズとは、情報が少ない中探すにしては身軽な気もするが。

 

「ふうん……名前も住んでる場所も知らないなんてめずらしいねぇ、イマドキはコンヴィーコンタクトで連絡できるもんじゃない?」

「こんゔぃ……こんたく……? 申し訳ないが、そのようなものを知らないんだ」

「うぇえ?! どんだけ田舎の人なの……って、都市に住んでる人だったか。都市に住んでて中々いないよ、そんな人。まあ俺も持ってないんだけど」

 

 誇張なしに驚きすぎて、椅子から滑り落ちそうになった。

 「コンヴィーコンタクト」略してヴィコンと呼ばれている。この時代、生きるにあたって必需品と断言出来るコンタクト型のインターネット通信機だ。昔はスマートフォンやパソコンなどと呼ばれる機械で連絡を取ることやゲームを遊ぶことが主流であったが、今では使われることが少ない。扱っている人を見かければ、その人はおそらく貧乏なのだろう。子供もその部類に入る。

 

「……まあ、色々わかったし通りに案内したげるよ。あ、でも今は暗いし眠いし明日でもいい?」

「大丈夫だ、案内助かる。明日はよろしくお願いする」

「いいってことよ……」

 

 不審の塊であったおにいさんの事情を聞き、危険な人物ではないと判断した子供はぐっと親指を立ててどや顔をして見せた。ということで、今日はいせかい研究を終え、しっかり寝てしっかり食べて、迷子のおにいさんを案内するとしよう、と心の中で頷いた。

 

 これが、おにいさんと子供の最初の出会いであった。

 

「……それと、言いにくいのだが、泊まるところがないので、今日はここで寝てもいいだろうか」

「……ベッド1人分しかないからちょいまちな」

 

 よく今まで生きてこれたな……と言うのが、子供がおにいさんへ抱いた第一印象である。

 

 

     ***

 

 

 12がつ3にち くもり。

 きょうのけんきゅうきろく。

 

 しんちょくなし。まほうしょだいひゃっかはハズレ。

 へんなおにいさんがかってにきましたが、ごまんえんもらったのでいいです。

 めも あしたはおにいさんをあんないすること。しんれいすぽっと「みち」のちょうさをやりなおすこと。ちかいうち、なんでもやさんでぶっしをちょうたつすること。

 

 

     ***

 

 

 子供は秘密基地から少し離れた路地で、いつもお世話になっている「何でも屋さん」にて、日常用品や研究に使えそうなものを物色中であった。普段扱う筆記用具や食べ物はこちらで購入していため、この時代で珍しく現金対応の店だからだ。頻繁に来ているからか、この店の店主には顔を覚えられてしまった。

 

「お前さん、こういうのはどう?」

 

 店主が子供に声を掛けると、カウンターの内側から何となく禍々しい分厚い本を取り出した。

 

「ん? これ、なんですか?」

「ほら、前も言った裏のツテから提供してもらったのだけど、お前さんにピッタリなんじゃないかと思ってね」

 

 灰色で塗られた、真ん中には「目」だけ黄金で描かれている表紙だ。イマドキの色とりどりで情報多々なものではなく、シンプルイズベストと言うような本。これだけでは内容が理解できないが、店主が言った意味を思い出す限りではオカルト的な内容が書かれた本なのだろうか。

 

「こんなもん欲しがる物好きはお前さんぐらいだろうし、……ていうか、客もあんま来ないし、もってっちゃっていいよ」

「えっ、いいんですか! ありがとうございます……!」

 

 見返りを前提とした善意ではなく、心の底から「いいよ」と言ってくれている店主に、子供は心が熱くなった。大人も子供も見返りをもっていることが明らかだったり、何か裏がありそうだったりと色々と大変なのである。そんな事がありふれているため、このような信用できる店を見つけることができて良かったとしみじみ感じた。

 子供は本をトートバッグに仕舞って、改めて全体を見直す。水、長持ちするパン、ノート──あと必要なものはなんだろうか、と考え直してあっと思い出した。チョークを買い足さなければ。

 

「……よし、じゃあ会計お願いします」

「あいよー」

 

 会計にそこまで時間はかからない。おつりをポケットに入れ、出口へと振り返った。「また来てねー」と間延びした店主の声を背に、扉を開く。一度購入したものは秘密基地に保管して、その後にすぐ探索を進めよう、とやることを振り返る。いつの間にかずり落ちていたフードを被り直して、秘密基地へと歩みを進めた。

 

 そうしてほんの数分で目的地へ着くだろうというところ、段々と影から浮き出た既視感のある背を見つけた。路地裏には単純に危険だからあまり人が来ない。人生を生きる人々からしたら共通認識で、そんなの今更と口を揃えて言うだろう。ただ、あの背に向ける子供の感情は警戒でも、不信感でもない。

 

「……おにいさん?」

「……ああ、君か。久しぶりだな」

 

 子供がおにいさんと再開したのは、おにいさんを通りに案内して1週間ほど経った頃だった。

 おにいさんは子供の方へと身体をくるりと回して、目を合わせた。

 

「こんなところでどしたの、また迷子になっちゃった?」

「いや……君にお礼をしたくて探していたんだ」

「えっ、なんの……?」

「案内をしてくれただろう? だから、なにか出来ることはないか。見た限り、君は子供なのに随分と苦労をしているようだ」

 

 確かに、子供は一般家庭の子供と比べれば「多少」不思議な生活を送ってはいるだろう。

 

「……別に苦労してるって思ったことはないよ。生憎、おにいさんに出来ることは……あ、やっぱあるわ。

 じゃあ、今から「みち」にいくから、着いてきてくれる?」

「……道?」

 

 

     ***

 

 

「ここが道なのか?」

「そうそう、都市伝説によると、この廃ビルの4階のエレベーターの中に入って特定の番号を押すと知らない「みち」に出逢えるって話だね。すんごい昔からあるものだから、定番っちゃ定番……なんだけど、何人か被害にあったことがある人がいるらしいし、何回か試してる」

 

 数時間掛けて進んだ先の建物は、この大都市では不相応苔で、苔や蔦だらけだ。内部は外と比べたら綺麗ではあるが、原型を留めていない柱が何本かあったり、何かの破片が散らばっていたりと安全面が少々不安である。一般人は進むのに躊躇するところだが、子供は臆せず進み、おにいさんは困惑しながらもその足取りに着いていく。

 全10階のこの廃ビルは、真ん中にエレベーターが佇んでおり、周りと比べると誰かが手入れでもしているのかと感じるほど不自然に綺麗だ。4Fへのボタンを押せば、普通に開く。

 

「……大丈夫なのか?」

「不安なら待ってても大丈夫だよ、別に前もなんもなかったし……あんまり期待してないや」

「なのに、試してるのか?」

「だからこそ、試すんだよ」

 

 「そしたら、なにか違うことが起きるかも」と、子供はその言葉だけは希望を込めて語った。

 正常に動くエレベーターは、少しずつ上へと登る。自動扉の上に埋められたモニターが4Fへと着いたことを示して、何事もなく4Fに足を踏み入ることが出来た──が、子供は僅かに違和感を抱く。ここは、こんなに綺麗で、こんなに無機質で、広かっただろうか? それに、目の前には果てしなく続く廊下──この廃ビルには、真っ直ぐと伸びた廊下なんてなかったはずだ。

 子供は、冷静にこの不可解に視点を向けていた。記憶が間違っているのか、否、構造的にもおかしいことは証明出来る。じゃあ、何が起こっているのか。考えれば考えるほど、自身の体の底からエネルギーが湧き上がってくるのを実感していた。

 

「……廊下があるのは、おかしい気がするんだが」

「だよね〜! ……じゃ、進もっか」

「え。いや、これ以上は危険だろう? 戻った方が……」

「やだ! やっと、未知に会えたんだから戻るのはもったいないよ! おにいさん、探索しよ!」

 

 絶対に行くからな、という意志を乗せて、一向に閉まる気配のないエレベーターから子供は1歩踏み出した。瞬間、何となく自身を纏う空気が変わったのを子供は感じた。躊躇した様子はあるものの、着いていくことは曲げないのかおにいさんも警戒しつつ進んでいく。

 足が床に着く度に軽い音が鳴って、やがて反響して溶ける。周りを見渡しても椅子や机と言った家具や、1Fには存在した窓は一切ない。なんなら、風が通る涼しい音や小鳥のさえずりと言った環境音は聴こえない。ここには、2人が生む足音や話し声しか存在しないのだ。寂しさを具現化したようなこの空間は、子供が求めている「いせかい」とはかけ離れたものだった。

 それでも、進捗のない日々と比べたら大収穫なのだが。

 

 

 

「……なにもないじゃん! めっちゃ長いくせに、小部屋もないのどうなってんの」

 

 ──2時間歩いたところ、得られたものは廊下が長すぎる、ということだけだった。未知なる世界へ足を踏み入れることができたという事実は儲けものだが、内部のつまらなさと言ったらなにものにも勝てる気がする。此処にたどり着くまでの道のりと、数時間の探索で2人は疲れ果てていた。

 うー、と唸りながら子供が壁を背もたれにして座り込むのを見れば、おにいさんも隣に座り込んだ。

 

「君は、いせかいを探しているのだったか。君が言ういせかいは、このようなものなのか?」

 

 おにいさんは「ここまでして、何故いせかいと言うのに固執しているのか」と、ずっと疑問を持っていた。今までどれだけの苦労をしてきたのか、これほどまでに苦労をする必要があるのか、言葉には乗せないが、そんな思いも密かに込めて、素直に問い掛ける。

 

「ぜーんぜん! 俺の行ったことあるいせかいは、こんな冷たくないよ。……一時期仮定して考えてたことがあるけど、噂や都市伝説が沢山あるように、いせかいも沢山あるってのは結構有り得るのか……」

 

 子供のテンションは、疲れることもあれど最初から変わることはなく、むしろ増していると思う。昔考えた「いせかい複数存在している説」は、今になって信憑性を持ち始めていて、結局、いせかいに行くことができないまま考えても仕方がないと放棄した思考が、今になって役に立つとは……と言う嬉しさもあるのだろう。

 

 真剣に考える子供を見つめて、おにいさんはまた問い掛ける。

 

「沢山ある……そうだとして、君は探し続けるのか」

 

 子供は立ち止まる。

 おにいさんへと振り返って、断言した。

 

 

「うん、探すよ。ずっと」

 

 

 ずり落ちたフードの中から現れた表情は、あまりにもまぶしくて。彼の中が垣間見えた気がした。

 

「……おにいさん、帰ろっか。疲れたし! うわ、引き返すのにまた1時間ぐらい? ヒエ〜〜!!」

「そうだな……おんぶでもするか?」

「え、いいんすか! ありがと!」

 

 へとへとだ〜と子供は手を揺らして、おにいさんに乗りかかる。今日はめちゃくちゃいい日だったな、と思い返して、子供はおにいさんに謝らないとな、とも感じた。ここまで付き合ってもらった挙句、振り回してしまったからだ。

 

「おにいさん、帰り方はそのバッグの中にいれてあるから」

「分かった。……これか?」

「そ。それ、上の番号が行き方で、下の方が帰還用の番号ね。絶対間違えないで」

「プレッシャーだな……」

 

 いせかいと違う世界に入ることができ、都市伝説が証明された今、遊び感覚だった手順は未知から出るための唯一の鍵なのだ。間違えてしまったら何が起こるか分からない。

 

「……おにいさん。いせかい秘密探検隊に入らない?」

「なんだそれ」

「俺の作った探検隊だよ。メンバーは俺だけなの、だからどう? おにいさんは俺の秘密基地の道を知れるし、色んな場所に行ったり人に聞いたりするから、探してる人が見つかるかも。それに、俺はおにいさんっていう大人の味方が出来る。これがうぃんうぃんってやつでしょ!」

「……それは、今日みたいに探索に付き合うことになるのか」

「うん、ぜったいつれてく」

 

 おにいさんは口を閉じた。一呼吸、二呼吸、三呼吸──おにいさんの頭の中は様々な言葉が渦巻いていた。何を考えているのか、子供は分からない。これまでの姿勢から危険を避けたいと考えているのか、子供を放置してもいいのか、とかなのか。いくら考えても分からないのには変わらなかった。

 

「……入ろう。その、君が作った秘密いせかい探検隊に」

「いせかい秘密探検隊だって。」

 

 子供はおにいさんが放った言葉に、嬉しさを滲ませて返した。

 

 

「それと。俺の名前、ハルだから

 これからよろしくね、おにいさん」

 

 

 数年ものの活動を続けた、いせかいひみつ探検隊は異世界に足を踏み入れ、長い時を経て1人メンバーが加入した。子供──ハルは「おにいさん」が何かあることを予想している。きっと、これからはもっと面白いことが待っていると期待して、おにいさんの上で眠り込んだ。

 

 

     ***

 

 

 12がつ13にち はれ。

 きょうのけんきゅうきろく。

 

 なんでもやさんでぶっしをちょうたつしました。

 おにいさんとあって、べつのいせかいにであいました。

 いせかいひみつたんけんたいにおにいさんがはいってうれしかったです。

 あしたはまたちがうところをたんさくします。もしかしたらまたちがうせかいにはいるかもしれないからです。

 

 (研究記録ノートの空白には、クレヨンで塗られた2人の絵が描かれている。)

 

 

 

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