転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

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憂鬱の日曜日(1)

 

目が覚めた瞬間、俺はまず違和感を覚えた。

 

部屋が広い。

 

いや、違う。

部屋が広くなったんじゃない。

視界が低い。手が小さい。布団が妙に重い。身体の感覚が、何もかもおかしい。

 

「……は?」

 

口から出た声は、やたらと高くて、幼くて、可愛らしかった。

 

一瞬、脳が理解を拒んだ。

 

俺は慌てて布団を跳ねのけ、転がるようにベッドから降りる。

足が床につく。近い。床が近すぎる。

 

「おい、待て。ふざけんなよ……」

 

部屋の隅に姿見があった。

 

嫌な予感を抱えたまま、その前へ立つ。

そこに映っていたのは、とても小柄な少女だった。

 

ライトブラウンの髪。

薄紫の大きな瞳。

幼い顔立ち。

どう見ても、可愛い系の少女。

ピンクのスモックを着て黄色い園児帽を被っている。

 

そして、俺にはその姿に見覚えがあった。

 

「……月読アイじゃねぇか、これ」

 

鏡の中の少女も、同じように口を動かした。

 

月読アイ。

 

音声合成ソフトのキャラクターとして知っている姿。

その姿に、なぜか俺の魂が入っている。

 

「いや、意味分かんねぇよ。転生? 憑依? TS? どれでも最悪なんだが?」

 

頬をつねる。痛い。

夢ではない。

 

身体は小さい。声は可愛い。見た目は完全に幼い少女。

けれど中身は、どう考えても前世の俺のままだった。

 

「……口の悪さまで持ち越してんの、逆に安心するな。いや安心してる場合じゃねぇけど」

 

部屋を見回す。

 

知らないはずの部屋なのに、見覚えがある。

机の場所も、クローゼットの中身も、スマホの暗証番号も、なぜか分かる。

この身体の生活記憶が、頭の奥に薄く沈んでいる。

 

けれど、それは俺の人生ではない。

 

「クソ……気持ち悪ぃな」

 

その時だった。

 

机の上の携帯電話が震えた。

古い、ガラケーと呼ばれる物。

 

ぶるる、と短く。

何気なく画面を見る。

 

表示されていた文字を見た瞬間、俺の喉が凍った。

 

Nicaea

 

「……おい」

 

ニカイア。

 

友人の死に顔動画を送ってくる、悪趣味なサイト。

そして、悪魔召喚アプリへ繋がる終末の入口。

 

ただの偶然で済ませられる名前じゃない。

 

「デビルサバイバー2……?」

 

心臓が嫌な音を立てた。

 

デビルサバイバー2。

七日間で世界が終わる物語。

セプテントリオン。ジプス。ポラリス。悪魔召喚アプリ。

そして、原作主人公――久世響希。

 

ゲームでは名前入力式だったはずの主人公。

けれどアニメ版で人格を与えられた、あの少年。

 

「……嘘だろ」

 

死に顔動画を送ってくるサイト。

それも、自分の死ではない。

 

親しい友人。

あるいは、これから親しくなるはずの誰か。

その人間の死を、悪趣味な予告みたいに送りつけてくる。

 

「……じゃあ、誰のだよ」

 

俺には、この世界で親しい人間なんてほとんどいない。

この身体の記憶はある。学校、家、近所、顔見知り。

だが、“俺”自身にとっての友人ではない。

 

それでも、ニカイアが動画を送ってきたということは――

これから関わる誰かが、死ぬ。

 

指が震える。

 

開きたくない。

けれど、見なければ助けられない。

 

俺は動画を再生した。

 

映ったのは、地下街だった。

 

崩れる天井。

逃げ惑う人々。

点滅する照明。

その中で、ひとりの少女が瓦礫の前に立ち尽くしている。

 

知らない顔だ。

 

けれど、妙に胸の奥がざわついた。

 

この子と、俺はこれから出会う。

きっと関わる。

親しくなる。

だからニカイアは、この死を俺に見せた。

 

少女の背後で影が動く。

悪魔だ。

 

動画の最後、少女が振り返る。

その顔が恐怖に歪む寸前で、映像は途切れた。

 

俺はスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。

 

「……最悪だ」

 

自分の死に顔動画ではない。

だからといって、楽になるわけじゃない。

 

むしろ、もっと質が悪い。

 

見知らぬ誰かの死を見せられて、

“お前はこれを知っている。助けに行くか、見捨てるか選べ”

と突きつけられている。

 

「クソが……」

 

俺は吐き捨てた。

 

「まだ会ってもねぇ相手を、いきなり友人予定にすんじゃねぇよ。重いんだよ、ニカイア」

 

その瞬間、スマホの画面が黒く染まった。

 

悪魔召喚プログラム インストールを開始します

 

白銀の光があふれる。

部屋の空気が、昼間なのに夜のように冷えた。

 

光の中から現れたのは、その手に弓を付けた女神。

 

月と狩りの女神、アルテミス。

 

彼女は俺を見下ろし、静かに言った。

 

「死の兆しを見たか、小さき月よ」

 

「俺の死じゃねぇ」

 

「ならば、そなたと縁を結ぶ者の死だな」

 

「会ったこともねぇ奴だぞ」

 

「されど、そなたは今、その死を知った」

 

アルテミスの声は冷たくはなかった。

けれど、逃げ道を塞ぐようにまっすぐだった。

 

「狩人は、見つけた獲物から目を逸らさぬ。そなたはどうする」

 

俺はスマホの画面を見る。

 

知らない少女。

これから出会うはずの誰か。

放っておけば死ぬ人間。

 

「……決まってんだろ」

 

怖い。

身体は小さい。

力もない。

正直、逃げたい。

 

でも、知ってしまった。

 

「見ちまったもんを、知らねぇフリできるほど器用じゃねぇよ」

 

アルテミスはわずかに笑った。

 

「よかろう。ならば契約せよ。そなたが救うべき者を定めるならば、私はその道を拓こう」

 

「救うべき者って言い方、重すぎんだよ」

 

「では、どう呼ぶ」

 

「……今から助けに行く、知らねぇ友達候補」

 

「ふふ。悪くない」

 

俺はアルテミスの手を取った。

 

「行くぞ、アルテミス。まずはそいつを助ける」

 

「よかろう」

 

白銀の光が弾ける。

 

契約が結ばれた。

 

そして俺は、小さな身体で部屋を飛び出した。

 

久世響希たちは、今ごろ原作通り地下鉄ホームで死に顔動画に巻き込まれている。

ダイチとイオも、そこで覚醒する。

 

だが、俺はそこには行かない。

 

俺に送られてきたのは、俺自身の死ではない。

響希たちの死でもない。

 

まだ名前も知らない、これから縁を結ぶ誰かの死。

 

原作にいない月読アイ転生者の最初の戦いは、主人公たちとは別の場所で始まる。

 

「ったく……転生初日から友達救助ミッションかよ」

 

隣でアルテミスが静かに言う。

 

「口では文句を言いながら、足は止めぬのだな」

 

「うるせぇ。止めたら寝覚めが悪いんだよ」

 

「ならば走れ、小さき月よ」

 

「この足で走ってんだよ! 遅いとか言ったら殴るぞ!」

 

「私を殴るか。面白い」

 

「面白がるな、拳の女神!」

 

そうして、俺たちは崩れ始めた街へ向かった。

 

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