転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

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憂鬱の日曜日(11)

 

十九時三十分。

 

ジプス大阪側の臨時拠点に、夜の気配が濃くなっていた。

 

俺は簡易ベッドの上で、ガラケーを握ったまま座っていた。

 

寝ろと言われた。

休めとも言われた。

乙女にも、コハルにも、アルテミスにも言われた。

 

だが、眠れるわけがない。

 

「……あと三十分」

 

小さく呟く。

 

コハルが隣の椅子から顔を上げた。

 

「何が?」

 

「東京で、たぶんでかいのが来る」

 

「悪魔?」

 

「……悪魔、とはちょっと違う」

 

セプテントリオン。

 

この世界を七日間で試す、ポラリスの尖兵。

その最初の一体。

 

ドゥベ。

 

場所は、六本木じゃない。

 

新橋、SL広場。

 

逃げ出した久世響希、志島大地、新田維緒が向かう場所。

そして、彼らが本当の意味で“終末の敵”と向き合う場所。

 

俺はその名前を知っている。

来る時間も、場所も、大まかな流れも知っている。

 

けれど、全部は言えない。

 

言ったところで信じてもらえるか分からない。

それに、下手に言えば未来がさらに変な方向へねじ曲がるかもしれない。

 

「くそ……知ってるってのも、面倒くせぇな」

 

ガラケーの画面には、取得したスキルが並んでいる。

 

パララレイ。

耐氷結。

 

状態異常付与と、氷結耐性。

 

たったそれだけ。

 

東京で起こる戦いには、届かない。

 

乙女がパーテーションを開けて入ってきた。

 

「起きていたのね」

 

「寝ろって言われて寝られる状況じゃないので」

 

「でしょうね」

 

乙女は咎めなかった。

その顔は、医者というよりジプスの人間のものだった。

 

「東京支局へ、あなたの警告は送ったわ。新橋、SL広場周辺の避難誘導と上空警戒」

 

「通りました?」

 

「一部は」

 

「一部?」

 

「上空警戒は強化された。でも、SL広場周辺の完全封鎖までは難しい。東京側は逃走中の三人への対応で混乱している」

 

「響希たちか……」

 

乙女の目が細くなる。

 

「久世響希、志島大地、新田維緒。やっぱり知っているのね」

 

「夢で」

 

「もうその説明は聞き飽きたわ」

 

「俺も言い飽きました」

 

乙女はため息をつき、端末の画面を見せる。

 

「十九時三十分現在、逃走中の三人は新橋方面で目撃されている。SL広場付近へ向かっている可能性が高い。あなたの警告と重なっているわ」

 

画面には東京の地図が表示されていた。

 

新橋。

SL広場周辺。

複数の赤い印。

ジプスの追跡部隊と思われる移動線。

 

俺は唇を噛む。

 

近い。

 

原作の流れに、どんどん近づいている。

 

「乙女さん」

 

「何?」

 

「二十時前後です」

 

乙女の表情が変わる。

 

「何が?」

 

「上から来ます。SL広場に。たぶん二十時前後」

 

「根拠は夢?」

 

「はい」

 

「どんなものが来るの?」

 

俺は一瞬迷った。

 

ドゥベ。

セプテントリオン。

初日の試練。

 

その名前を言うべきか。

 

まだ早い。

でも、抽象的すぎると備えられない。

 

嘘と本当を混ぜる。

 

「悪魔とは違う、巨大な存在です。空から落ちるように現れる。普通の悪魔と同じ対処ではたぶん駄目。民間人を近づけたら終わります」

 

「終わる?」

 

「大量に死にます」

 

声が少し硬くなった。

 

コハルが俺の手をぎゅっと握る。

 

乙女は俺の顔をじっと見た。

 

「あなた、今回はずいぶん具体的ね」

 

「外したら笑ってください」

 

「笑えないわ」

 

「でしょうね」

 

乙女はすぐに端末へ入力し、通信を繋いだ。

 

「柳谷です。大阪側から東京支局へ追加警告。新橋、SL広場周辺、二十時前後に上空から大型存在が出現する可能性。通常悪魔ではない可能性あり。民間人の退避を最優先に」

 

通信先の職員が、少し困惑した声で何かを言っている。

 

乙女の表情は変わらない。

 

「根拠は未確定。ただし、先ほどの大阪拠点襲撃時、この情報提供者の判断で被害を抑えています。無視するには危険です」

 

そこで、通信の向こうが変わった。

 

乙女の姿勢が少しだけ硬くなる。

 

「……峰津院局長」

 

俺の背筋が冷えた。

 

ヤマト。

 

峰津院大和。

 

直接声は聞こえない。

けれど、乙女の表情だけで分かる。

 

あの男が向こうにいる。

 

乙女は静かに言った。

 

「はい。大阪で保護した悪魔召喚アプリ使用者からの警告です。名は月読アイ。契約悪魔は女神アルテミス。……はい。年齢は不明、外見は幼い少女です」

 

やめろ。

その紹介、客観的に見ると怪しすぎる。

 

乙女が続ける。

 

「彼女はニカイア、悪魔召喚アプリ、東京の三名について事前知識に近い情報を持っています。情報源は本人いわく“夢”。ただし、完全な虚偽とは判断できません」

 

数秒の沈黙。

 

乙女の目が少し鋭くなった。

 

「……承知しました。上空警戒を強化する。それだけでも十分です」

 

通信が切れる。

 

俺は恐る恐る聞いた。

 

「ヤマト、何て?」

 

乙女は端末を下ろした。

 

「根拠の薄い予言に大きな戦力は割けない。ただし、上空警戒と避難誘導の強化は合理的な範囲で行う、と」

 

「……ヤマトらしい」

 

「それと」

 

「まだあるんですか」

 

「月読アイに興味を持ったようね」

 

最悪だ。

 

俺は顔を覆った。

 

「終わった……」

 

「まだ終わってないわ」

 

「ヤマトに目をつけられたんですよ? それはだいたい終わりの始まりです」

 

「彼をそこまで危険視しているのね」

 

「危険でしょうが、あの人は」

 

乙女は否定しなかった。

 

コハルが小さく聞く。

 

「ヤマトさんって、そんなに怖いの?」

 

「怖い」

 

俺は即答した。

 

「でも、たぶん今は必要な人だ」

 

「怖いのに?」

 

「怖いのと、役に立つのは両立する」

 

「難しいね」

 

「難しい奴なんだよ、あの人は」

 

その時、拠点内の時計が十九時四十分を示した。

 

あと二十分。

 

東京では、響希たちが新橋へ近づいている。

ジプスは追っている。

真琴はたぶん、追い詰めすぎるなと思いながら動いている。

ヤマトは合理的に盤面を見ている。

 

そしてドゥベは、もう空のどこかにいる。

 

十九時四十五分。

 

東京側から新しい報告が入った。

 

「新橋周辺で、異常な空間反応」

 

職員の声が震えていた。

 

「SL広場上空に、高エネルギー反応を確認。詳細不明」

 

拠点の空気が変わる。

 

乙女が俺を見る。

 

俺は唇を噛んだ。

 

「来る……」

 

コハルの手が、俺の手を強く握る。

 

「アイちゃん」

 

「大丈夫、とは言わねぇ」

 

俺は時計を見る。

 

十九時四十五分。

 

あと十五分。

 

「でも、警告は間に合った」

 

少なくとも、上空警戒は強化された。

避難誘導も、完全ではないが始まっている。

 

原作より少しだけ、盤面は変わったはずだ。

 

十九時五十分。

 

東京支局からの報告がさらに入る。

 

逃走中の三人が、新橋SL広場周辺で再確認された。

ジプスの追跡部隊が接触を試みている。

だが、上空の異常反応が急速に拡大。

 

乙女が端末を睨む。

 

「追跡部隊に退避命令。民間人の避難を優先して」

 

通信先から、東京側の指揮系統の混乱が漏れてくる。

 

ヤマトの命令。

真琴の声。

現場の報告。

 

断片的な言葉だけが届く。

 

俺は何もできない。

 

ただ、ベッドの上で拳を握るだけだ。

 

「クソ……」

 

コハルが俺を見る。

 

「アイちゃん、泣きそう?」

 

「泣かねぇよ」

 

「でも、つらそう」

 

「つらいよ」

 

俺は小さく吐き出した。

 

「知ってるのに、届かねぇってのは、思ったよりきつい」

 

コハルは何も言わず、手を握ってくれた。

 

十九時五十五分。

 

東京の空に、巨大な影が確認された。

 

職員が叫ぶ。

 

「新橋SL広場上空、未確認大型存在、出現!」

 

俺は目を閉じる。

 

来た。

 

ドゥベ。

 

最初のセプテントリオン。

 

久世響希たちの、本当の一日目が始まる。

 

乙女が通信に向かって叫ぶ。

 

「SL広場周辺の民間人を退避! 追跡より生存確保を優先して!」

 

その言葉が、東京にどこまで届くかは分からない。

 

ヤマトがどう判断するかも分からない。

真琴がどこまで動けるかも分からない。

響希たちが、何を選ぶかも分からない。

 

でも、原作とは少しだけ違う。

 

大阪から飛んだ警告がある。

上空警戒がある。

避難誘導がある。

 

ほんの少しだけ、死ぬはずだった誰かが助かる可能性がある。

 

二十時まで、あと五分。

 

俺はガラケーを握りしめた。

 

「久世響希」

 

まだ会ったことのない主人公の名を、俺は呟く。

 

「逃げてもいい。戦ってもいい。けど、死ぬなよ」

 

ガラケーの中で、アルテミスの気配が静かに揺れた。

 

まるで、遠い東京の空を睨んでいるみたいに。

 

「ここから先は、あいつらの戦いか」

 

乙女が静かに言った。

 

「ええ。でも、完全に他人事じゃない」

 

俺は時計を見た。

 

十九時五十九分。

 

世界が、一分後の災厄へ向かって進んでいく。

 

そして俺は大阪のベッドの上で、ただ祈るようにガラケーを握りしめていた。

 

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