転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

12 / 14
大地の男気

 

 

二十時を過ぎた頃、東京からの通信は一度、大きく乱れた。

 

大阪の臨時拠点では、映像は見えない。

届くのは、東京支局からの音声と、後追いでまとめられていく状況報告だけだった。

 

それでも、何が起きているのかは断片的に伝わってくる。

 

『新橋、SL広場周辺に大型存在出現』

 

『逃走中だった民間人三名、および現地の悪魔使い一名を確認』

 

『対象、通常悪魔とは異なる反応』

 

俺は簡易ベッドの上で、ガラケーを握りしめていた。

 

「……来たか」

 

ドゥベ。

 

最初のセプテントリオン。

久世響希たちが、ただの巻き込まれた民間人ではいられなくなる最初の壁。

 

乙女は通信端末の前で、東京側の報告を受けている。

コハルは俺の隣で、何も言わずに手を握ってくれていた。

 

『志島大地、放置車両を確保。トラックです』

 

「……トラック」

 

俺は思わず呟いた。

 

通信の向こうでは、現場の報告が続く。

 

『志島大地、他三名を乗せて移動を試みています』

 

『移動のため、車両を使用する模様』

 

コハルが小さく聞いた。

 

「逃げようとしてるの?」

 

「たぶん、移動のために使おうとしたんだ」

 

大地らしいと思った。

 

最初から勇敢な特攻なんかじゃない。

彼は普通に怖がる。

慌てる。

逃げたいと思う。

 

でも、自分だけ逃げるんじゃなくて、みんなも連れていこうとする。

 

それが志島大地だ。

 

次の瞬間、通信に怒号が混じった。

 

『上空反応、急速接近!』

 

『対象、降下!』

 

『トラック上部に大型存在が落下!』

 

コハルがびくっと肩を震わせる。

 

俺は歯を食いしばった。

 

「ここだ……」

 

大地は、まだ状況が分かっていないはずだ。

 

何が起きたのか。

トラックの上に落ちてきたものが何なのか。

それが、これから世界を壊しに来る最初の敵だなんて、すぐに理解できるわけがない。

 

通信の向こうで、現場の声が重なる。

 

『志島大地、混乱しています!』

 

『久世響希が対象をドゥベと呼称!』

 

『志島、車両で退避!』

 

「響希が教えたか……」

 

トラックの上に落ちてきたもの。

 

それがドゥベだと知った瞬間、大地は慌てて逃げ出した。

 

それでいい。

 

怖くて当然だ。

逃げて当然だ。

誰があんなものを前に、平然としていられる。

 

「逃げろ、大地……そこは逃げていい」

 

俺は小さく呟いた。

 

けれど、戦いはそこで終わらない。

 

響希、維緒、ジョー――秋江譲が、ドゥベと交戦を始めた。

 

報告は断片的だった。

 

『久世響希、悪魔を召喚。対象へ攻撃開始』

 

『新田維緒、後方から支援』

 

『秋江譲、側面より牽制』

 

『対象、通常攻撃への耐性高し』

 

見えない。

 

何も見えない。

 

だからこそ、余計に想像してしまう。

 

SL広場の夜。

壊れた街。

空から落ちてきたドゥベ。

逃げ惑う人々。

その中で、響希たちが必死に戦っている。

 

「……無茶すんなよ」

 

届かない言葉が、口からこぼれた。

 

戦況は、すぐに悪化した。

 

『周辺構造物、崩落!』

 

『退避経路が塞がれました!』

 

乙女の顔が険しくなる。

 

「逃げ道が?」

 

『三名、広場内に取り残されています!』

 

「くそっ……!」

 

分かっていた流れでも、実際に報告として聞くと心臓に悪い。

 

逃げ道が崩落で塞がれる。

響希、維緒、ジョーは退けない。

 

そして、ドゥベはただ倒されるだけの存在ではない。

 

『対象、内部エネルギー急上昇!』

 

『膨張しています!』

 

『自爆反応の可能性!』

 

コハルが俺の手を強く握った。

 

「自爆……?」

 

「破裂するんだ」

 

自分で言って、喉が詰まりそうになる。

 

「このままだと、あいつらも周りも巻き込まれる」

 

通信の向こうの声も、明らかに焦っていた。

 

『退避経路、確保できません!』

 

『対象、さらに肥大化!』

 

『爆発まで猶予なし!』

 

大阪の臨時拠点が静まり返った。

 

誰も口を開けない。

 

俺も、何もできない。

 

ただ、拳を握ることしかできない。

 

「大地……」

 

逃げたはずの大地。

怖くて、慌てて、トラックから離れたはずの大地。

 

でも、俺は知っている。

 

あいつは戻ってくる。

 

その瞬間、通信がひときわ大きく乱れた。

 

『上方、鉄道橋に車両反応!』

 

『トラックです!』

 

『志島大地、トラックを運転しています!』

 

「来た……!」

 

思わず身体が起き上がる。

 

乙女が俺を止めようとしたが、俺はもう通信に釘付けだった。

 

『志島大地、鉄道橋上を走行!』

 

『速度を上げています!』

 

『対象の直上へ接近!』

 

「馬鹿野郎……」

 

声が震えた。

 

「やっぱり戻ってきやがった……!」

 

最初は逃げた。

 

当たり前だ。

怖いから逃げた。

何が起きているのか分からなくて、慌てて逃げた。

 

でも、響希たちが逃げられないと知って。

ドゥベが自爆しようとしていると知って。

大地は戻ってきた。

 

自分にできることを探して。

トラックを使って。

 

鉄道橋から、ドゥベの上へ飛び降りるために。

 

『トラック、鉄道橋より落下!』

 

『対象へ直撃コース!』

 

『そんな…志島、脱出を――』

 

通信がノイズに呑まれた。

 

激しい衝撃音。

叫び声。

爆発に近い轟音。

 

それだけが、大阪の拠点に響いた。

 

コハルが目を閉じた。

 

俺は奥歯を噛みしめる。

 

見えない。

 

何も見えない。

 

でも、何が起きたかは分かる。

 

大地は、ドゥベの自爆を止めるために、鉄道橋からトラックごと飛び降りた。

 

自分の命を賭けて。

 

「……大地」

 

声が出た。

 

震えた声だった。

 

「死ぬなよ……!」

 

数秒。

 

いや、もっと長く感じた。

 

通信が戻る。

 

『衝突確認!』

 

『対象の膨張反応、停止!』

 

『久世響希、新田維緒、秋江譲、攻撃再開!』

 

「繋いだ……!」

 

大地の特攻で、ドゥベの自爆は止まった。

響希たちに、最後の隙が生まれた。

 

通信の向こうで、戦闘報告が続く。

 

『久世響希、対象中枢へ攻撃指示!』

 

『新田維緒、支援行動継続!』

 

『秋江譲、側面より追撃!』

 

『対象反応、急速に低下!』

 

届かない。

 

見えない。

 

でも、祈るように聞いた。

 

そして。

 

『対象、沈黙』

 

『仮称ドゥベ、消滅を確認』

 

大阪の拠点に、静かな息が漏れた。

 

勝った。

 

響希たちは、ドゥベを倒した。

 

でも、俺はまだ安堵できなかった。

 

「大地は?」

 

乙女もすぐに通信へ確認を入れる。

 

「志島大地の生存確認は?」

 

返答までが、ひどく長かった。

 

『トラック落下地点周辺、煙と瓦礫により視界不良』

 

『生存確認中』

 

『久世響希たちも捜索に向かっています』

 

俺はガラケーを握る手に力を込めた。

 

分かっている。

生きているはずだ。

ギリギリでトラックから脱出していたはずだ。

 

でも、報告が来るまでは怖い。

 

この世界は、もう少しずつズレている。

 

原作通りとは限らない。

 

「頼む……」

 

コハルが俺の手を両手で握った。

 

「大丈夫?」

 

「……分からねぇ」

 

嘘はつけなかった。

 

また、数秒の沈黙。

 

そして通信が入る。

 

『志島大地、生存確認!』

 

俺は息を止めた。

 

『トラック落下直前、車外へ脱出していた模様。負傷あり。意識あり。命に別状なし』

 

「……っ」

 

力が抜けた。

 

深く、深く息を吐く。

 

「生きてた……」

 

コハルがほっとしたように笑った。

 

「よかった……」

 

「ああ」

 

俺は目元を手で覆った。

 

「よかった……マジで……」

 

大地は逃げた。

 

怖くて逃げた。

 

でも、戻ってきた。

 

響希たちが逃げられないと知って、ドゥベが自爆寸前だと知って、鉄道橋からトラックで飛び降りた。

 

それは、最初から恐怖を知らない英雄の行動じゃない。

 

怖がった上で、それでも戻ってきた普通の少年の男気だ。

 

だから、重い。

 

だから、かっこいい。

 

「……男前すぎるだろ、志島大地」

 

俺は小さく呟いた。

 

乙女が通信を聞きながら、静かに言う。

 

「東京側、ドゥベ撃破。逃走していた三名および秋江譲は、ジプスが再保護に向かうそうよ」

 

「今度は独房じゃなくて、説明してやってほしいですね」

 

「そうなるよう、真琴さんが動いているみたい」

 

「なら、少しはマシか」

 

ヤマトがどう判断するかは分からない。

 

でも、響希たちはドゥベを倒した。

大地は命を張った。

維緒もジョーも戦った。

 

もう単なる危険な民間人として閉じ込めるだけでは、済まないはずだ。

 

コハルが俺を見る。

 

「アイちゃん、泣いてる?」

 

「泣いてねぇ」

 

「ほんと?」

 

「ちょっとだけだ」

 

「泣いてるんだ」

 

「うるせぇ」

 

コハルは責めずに、ただ手を握ってくれた。

 

俺はガラケーを見下ろす。

 

大阪にいる俺ができたのは、警告を飛ばすことだけだった。

ドゥベを倒したのは響希たちだ。

自爆を止めたのは大地だ。

 

それでも、少しだけ避難が早まり、少しだけ被害が抑えられたなら。

 

意味はあったのかもしれない。

 

ガラケーの中で、アルテミスの気配が揺れる。

 

『小さき月よ』

 

「何だよ」

 

『恐れた者が戻る。それもまた、勇であろうな』

 

「……ああ」

 

俺は目を閉じる。

 

通信の向こうでは、東京の一日目が終わろうとしている。

 

でも、本当の終末はまだ始まったばかりだ。

 

「生きてろよ、主人公組」

 

俺は小さく呟いた。

 

「明日には、たぶん会うことになるんだからな」

 





ちなみにアイちゃん主の推しは大地とジョー
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。