転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

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憂鬱の日曜日(12)

 

 

ドゥベ撃破の報告が入った後も、大阪臨時拠点の空気は完全には緩まなかった。

 

東京はひとまず凌いだ。

久世響希、新田維緒、秋江譲は戦い抜いた。

志島大地も、トラックでの無茶すぎる突撃から生き残った。

 

けれど、それで終わりではない。

 

一日目の夜は、まだ続いている。

 

俺は簡易ベッドの上でガラケーを握ったまま、ぼんやりと天井を見ていた。

 

「……今日だけで濃すぎんだろ」

 

朝、目が覚めたら月読アイになっていた。

ニカイア。

コハルの死に顔動画。

アルテミスとの契約。

乙女との接触。

ジプスへの保護。

ピルヴィスとウェンディゴ。

スキルクラックでパララレイと耐氷結。

そして、東京のドゥベ戦。

 

「情報量で死ぬわ」

 

「死なないで」

 

隣の椅子に座っていたコハルが、真面目な顔で言った。

 

「いや、比喩だよ」

 

「でもアイちゃん、すぐ無理するから」

 

「……否定できねぇ」

 

コハルは俺の手を握ったままだった。

 

さっきからずっとだ。

離そうとしない。

 

正直、少し照れくさい。

だが、離せとも言えなかった。

 

この小さな手を振りほどくほど、俺は薄情ではないらしい。

 

そこへ乙女が戻ってきた。

 

「アイ、移動するわ」

 

「どこへ?」

 

「大阪本局」

 

その言葉に、俺は思わず顔をしかめた。

 

「ついに本丸かよ……」

 

「臨時拠点では情報も設備も足りない。あなたの保護、検査、聴取、それから今後の対応を考えるなら、本局へ移した方が安全よ」

 

「安全って言葉、ジプスが言うと信用度下がるんですよね」

 

「分かるけれど、今は他に選択肢がないわ」

 

乙女はそう言って、少し声を柔らかくした。

 

「コハルも一緒に移動させる」

 

「お母さんも?」

 

「ええ。今日はもう離れないわ」

 

コハルの顔が少しだけ明るくなる。

 

それを見て、俺は小さく息を吐いた。

 

コハルが一緒なら、逃げる選択肢はほぼ消える。

乙女はそれを分かっていて言っているのかもしれない。

 

「……ずるいですね」

 

「何のこと?」

 

「何でもないです」

 

乙女は否定も肯定もしなかった。

 

こういう人は、やっぱり怖い。

 

 

---

 

大阪本局への移動は、ジプスの車両で行われた。

 

外の大阪は、夜の街というより、災害後の都市だった。

 

ところどころで電気が落ち、道路には放置された車や割れた看板が残っている。

遠くでサイレンが鳴り、ジプスの車両や警察らしき車が走っている。

 

俺は車内で窓の外を見ていた。

 

コハルは隣。

乙女は向かい。

ガラケーは俺の膝の上。

 

アルテミスは沈黙している。

だが、気配だけは薄く感じる。

 

『小さき月よ』

 

不意に、ガラケーの奥から声がした。

 

「何だよ」

 

『今のうちに休め』

 

「みんなそればっかだな」

 

『皆が言うならば、そなたに必要なことなのだろう』

 

「正論で殴るな。あんたは物理だけにしろ」

 

『私は武人だが、愚か者を諭すこともある』

 

「誰が愚か者だ」

 

乙女がこちらを見る。

 

「アルテミスと話しているの?」

 

「はい。休めって説教されてました」

 

「正しいわね」

 

「乙女さんまで」

 

「私も医者だから」

 

「医者と女神に同じこと言われるの、何か嫌だな……」

 

コハルがくすっと笑った。

 

少しだけ、空気が緩む。

 

でも、それも長くは続かなかった。

 

車はやがて、ジプス大阪本局へ到着した。

 

外見は、一見すると普通の大きな施設に見えた。

だが、近づけば分かる。

 

警備の密度が違う。

職員の動きが違う。

空気が違う。

 

一般人が迷い込む場所ではない。

 

「……ここが大阪本局」

 

俺が呟くと、乙女がうなずいた。

 

「ええ。ようこそ、とは言いづらい場所だけれど」

 

「でしょうね」

 

車を降りる。

 

その瞬間、視線を感じた。

 

ジプス職員たちが俺を見る。

 

幼い少女。

ライトブラウンの髪。

薄紫の瞳。

ガラケーを握った、口の悪い悪魔使い。

 

しかも契約悪魔は女神アルテミス。

 

そりゃ見る。

 

「見世物じゃねぇぞ……」

 

小声で呟くと、乙女がすぐに言った。

 

「アイ、口」

 

「すみません」

 

コハルが俺の手を握る。

 

「大丈夫だよ」

 

「何が」

 

「私もいるから」

 

「……そうだな」

 

本局の入口を通ろうとした時だった。

 

廊下の奥から、ばたばたと足音が近づいてきた。

 

「柳谷先生ーっ!」

 

やたら元気な声。

 

振り向くと、黒髪の女性局員が走ってきていた。

 

長い黒髪。

まっすぐな姫カット。

ぱっちりした大きな瞳。

背が高く、ジプスの制服がよく似合っている。

 

美人だ。

可愛い系の美人。

 

だが、走り方と表情が、どうにも落ち着きに欠けていた。

 

「こら、森部さん。廊下を走らない」

 

乙女が即座に注意する。

 

女性局員はぴたっと止まった。

 

「はっ! すみません! 急いでいたのでつい!」

 

「急いでいても走らない」

 

「はい!」

 

元気がいい。

 

元気が良すぎる。

 

俺は少しだけ嫌な予感がした。

 

乙女は俺に向き直る。

 

「紹介するわ。彼女は森部綺羅子。大阪本局所属の局員よ」

 

「森部綺羅子です!」

 

彼女はびしっと背筋を伸ばした。

 

「本日より、月読アイさんの同行補佐兼監視……あっ、監視って言っちゃ駄目でしたっけ!?」

 

「駄目ね」

 

乙女が淡々と言う。

 

森部は口を押さえた。

 

「すみません!」

 

俺は半眼になった。

 

「今、監視って言ったよな」

 

「言ってません!」

 

「言っただろ」

 

「心の中では補佐って言いました!」

 

「口に出た方が本音だろ」

 

森部は大きな瞳をさらに大きくして、あわあわした。

 

「ち、違うんです! 私はアイさんのお世話……じゃなくて、保護……じゃなくて、えっと、同行支援担当です!」

 

「全部怪しいんだよなぁ」

 

「怪しくないです! ジプス公認です!」

 

「ジプス公認がまず怪しい」

 

乙女が小さくため息をついた。

 

「アイ、この子に悪気はないわ」

 

「悪気がないタイプの厄介さを感じます」

 

「否定はしないわ」

 

「柳谷先生!?」

 

森部がショックを受けた顔をした。

 

コハルは俺の後ろから森部を見上げている。

 

「綺羅子さん?」

 

森部はその瞬間、ぱっと表情を明るくした。

 

「はい! コハルちゃんですね! 柳谷先生から聞いてます! 無事で本当によかったです!」

 

「ありがとう」

 

「それにしても……」

 

森部の視線が、俺へ移る。

 

嫌な予感が強くなる。

 

「月読アイさん……」

 

「何だよ」

 

森部は両手を胸の前で握った。

 

「ちっちゃい……!」

 

「おい」

 

「可愛い……!」

 

「おい」

 

「でも口が悪い……!」

 

「おい!」

 

森部ははっとする。

 

「あ、すみません! つい!」

 

「ついで言うな! 初対面で言うことか!」

 

「でも、見た目はすごく可愛らしいのに、話し方が想定の三倍くらい荒くて……!」

 

「やかましいわ!」

 

「はい!」

 

返事だけはいい。

 

俺は乙女を見た。

 

「この人、本当に俺のお付きですか?」

 

「ええ」

 

「人選ミスでは?」

 

「能力はあるわ」

 

「能力は?」

 

「能力は」

 

「そこ強調するのやめません?」

 

森部は胸を張った。

 

「お任せください! 事務処理、連絡、施設案内、簡易的な護衛、だいたいできます!」

 

「だいたい」

 

「だいたいです!」

 

「不安だなぁ……」

 

「でも頑張ります!」

 

「頑張りでどうにかなる世界じゃねぇんだよなぁ……」

 

そう言うと、森部は少しだけ真面目な顔になった。

 

「分かっています」

 

その声は、さっきまでより少し低かった。

 

「今日、大阪でもたくさんの人が巻き込まれました。東京でも、大きな戦闘があったと聞いています。私もジプス局員です。状況が軽くないことくらいは分かっています」

 

「……」

 

「だから、月読アイさん。あなたが子供の姿でも、普通じゃない情報を持っていても、女神アルテミスと契約していても、私はジプス局員としてあなたを支援します」

 

その言葉は、意外なくらいまっすぐだった。

 

猪突猛進。

ちょっとアホの子。

 

でも、芯がないわけではない。

 

「……へぇ」

 

俺が思わずそう漏らすと、森部はまたぱっと笑った。

 

「そして個人的には、めちゃくちゃ可愛いのでちゃんとご飯を食べて寝てほしいです!」

 

「前言撤回。やっぱ不安だわ」

 

「なぜですか!?」

 

「距離感だよ!」

 

コハルが小さく笑った。

 

乙女も少しだけ肩の力を抜いている。

 

なるほど。

 

この森部綺羅子という局員は、たぶん空気を明るくする役でもあるのだろう。

終末の中で、こういう真っ直ぐで騒がしい人間は貴重かもしれない。

 

俺にとっては、少し疲れるが。

 

森部は改めて、俺の前に膝をついた。

 

目線を合わせるためだろう。

 

「月読アイさん」

 

「何だよ」

 

「これからしばらく、私があなたの担当になります。移動、連絡、食事、休憩、ジプス内での手続き、あと怖い人が来た時の緩衝材も頑張ります」

 

「怖い人ってヤマトか?」

 

森部の笑顔が一瞬固まった。

 

「……峰津院局長相手の緩衝材は、ちょっと自信ないです」

 

「正直だな」

 

「はい!」

 

「そこは嘘でも頑張りますって言えよ」

 

「無理なものは無理です!」

 

「この人、やっぱ正直すぎる……」

 

森部はにこっと笑って、手を差し出した。

 

「よろしくお願いします、アイさん」

 

俺はその手を見た。

 

高身長の女性局員。

元気で、うるさくて、たぶん少し抜けている。

でも、悪意はない。

 

ジプスの人間だ。

警戒は必要だ。

 

でも、完全に拒む必要もない。

 

俺は小さな手で、その手を握った。

 

「……よろしく、森部さん」

 

森部の顔がぱあっと明るくなる。

 

「はい!」

 

「あと、可愛い可愛い連呼したらパララレイ撃つからな」

 

「麻痺するやつですよね!?」

 

「知ってるのか」

 

「資料で見ました!」

 

「じゃあ気をつけろ」

 

「はい! でも可愛いと思った時は顔に出るかもしれません!」

 

「出すな!」

 

乙女が静かに言った。

 

「相性は悪くなさそうね」

 

「どこを見てそう思ったんですか」

 

「少なくとも、あなたが言い返せているから」

 

「俺、誰にでも言い返しますけど」

 

「本当に嫌なら、もっと冷たい言い方をするでしょう?」

 

図星だった。

 

俺は顔を背ける。

 

「……医者の観察眼、ほんと嫌ですね」

 

「慣れなさい」

 

コハルが俺の袖を引いた。

 

「アイちゃん、綺羅子さんいい人そうだね」

 

「そうだな。ちょっと騒がしいけど」

 

「そこがいいのでは!?」

 

森部が割り込む。

 

「自分で言うな」

 

大阪本局の自動扉が開く。

 

奥には、ジプスの施設が広がっていた。

 

白く無機質な廊下。

忙しく行き交う職員。

何重ものセキュリティ。

そして、これから俺を待つ聴取と検査と、たぶん面倒ごとの山。

 

俺はガラケーを握り直した。

 

パララレイ。

耐氷結。

アルテミス。

乙女。

コハル。

そして、森部綺羅子。

 

また一つ、縁が増えた。

 

「……本当に、面倒くさいことになってきたな」

 

ガラケーの中で、アルテミスが静かに笑った気がした。

 

『縁とは、狩りの道標にもなる』

 

「何でも狩りにするな、拳の女神」

 

「えっ、女神様と会話してるんですか!? すごい! やっぱりアイさん可愛いだけじゃなくて神秘的ですね!」

 

「森部さん」

 

「はい!」

 

「うるさい」

 

「すみません!」

 

元気な返事が、本局の廊下に響いた。

 

終末の一日目の夜。

俺はようやく、大阪本局へ足を踏み入れた。

 

そして、俺のお付きになったジプス局員は、想像以上に騒がしく、想像以上に真っ直ぐな女だった。

 





森部綺羅子ちゃんはいわゆるモブ局員ちゃんです。
見た目はそのまんま女性モブ局員の見た目にキラキラしたパッチリ瞳の可愛い系
名前はモブキャラからもじった。
モブキャラ→モブキラ→もぶきら→それっぽく漢字を選んで森部綺羅子って感じ
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