転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

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憂鬱の日曜日(4)

 

 

「そんなもん、意地でも外してやる」

 

そう吐き捨てた瞬間、悪魔たちが一斉に動いた。

 

三体。

 

いや、奥にもう一体いる。

救護所の入口を塞ぐように、影が揺れている。

 

怪我人がいる。

乙女がいる。

コハルがいる。

 

俺の死に顔動画は、たぶんここで起きる。

 

俺が前に出る。

コハルか乙女をかばう。

そこで悪魔に追いつかれる。

 

だったら、やることは単純だ。

 

「俺が前に出なきゃいい……って言えたら楽なんだけどな!」

 

悪魔の一体が、逃げ遅れた怪我人へ向かって跳ねた。

 

「アルテミス、右!」

 

「承知」

 

アルテミスが踏み込む。

 

腕に装着されたクロスボウ型の神具が月光を帯びた。

今度は矢を撃つかと思ったら、女神はまた距離を詰めた。

 

「だから殴りに行くなって!」

 

「近い」

 

「近いからって殴るな!」

 

アルテミスの膝が悪魔の胴を打ち上げる。

そのまま空中で身をひねり、踵を落とす。

 

「サマーソルト」

 

「それサマーソルトって動きか!? いや、もういい!」

 

悪魔が吹き飛び、救護所の外へ転がる。

 

だが、残り二体が左右から回り込んでくる。

 

アルテミスは強い。

強すぎるくらい強い。

 

でも、今は守る対象が多すぎる。

しかも俺の身体が小さいせいで、指示を出すだけでも人混みに埋もれる。

 

「くそっ……!」

 

ガラケーを開く。

 

スキル欄に浮かぶ文字。

 

パララレイ

 

攻撃じゃない。

撃ち抜くわけでも、焼き払うわけでもない。

 

ただ、相手の神経を乱して、麻痺させるだけ。

それも中確率。

 

外れるかもしれない。

通らないかもしれない。

 

でも、通れば一瞬止まる。

 

その一瞬で、アルテミスなら届く。

 

「左のやつ……止まれ!」

 

ボタンを押す。

 

「パララレイ!」

 

ガラケーの画面が淡く明滅した。

 

光の弾が飛ぶわけじゃない。

稲妻が敵を焼くわけでもない。

 

ただ、悪魔の身体の輪郭に、ざらついたノイズみたいなものが走った。

 

悪魔の足が一瞬だけもつれる。

 

「通った!」

 

「よい」

 

アルテミスが横から飛び込む。

 

腕のクロスボウ型神具を振るい、悪魔の進路を叩き潰す。

続けて拳。肘。蹴り。

 

あっという間に一体が消える。

 

「あと一体!」

 

俺が叫ぶより早く、最後の一体が動いた。

 

狙いは俺じゃない。

 

コハルだ。

 

「っ……!」

 

コハルは乙女に抱き寄せられていた。

でも、悪魔は人混みの隙間を縫うようにして、まっすぐそちらへ向かっている。

 

動画と同じだ。

 

俺がコハルの前に出る。

そして、俺が死ぬ。

 

「させるかよ!」

 

足が勝手に動いた。

 

小さい身体で、人の隙間を抜ける。

前世の感覚より遅い。

でも、今だけは遅いなんて言ってられない。

 

「アイちゃん!」

 

コハルが叫んだ。

 

その声に、俺は思い出す。

 

コハルは見たのだ。

俺の死に顔動画を。

 

つまり、俺より先に“俺がどう死ぬか”を見ている。

 

「コハル! 俺はどっちからやられた!」

 

叫ぶと、コハルが一瞬だけ固まった。

 

でも、すぐに顔を上げた。

 

「右! アイちゃんの右から、黒いのが来てた!」

 

右。

 

俺は反射的に左へ跳んだ。

 

直後、さっきまで俺がいた場所を、黒い影がかすめた。

 

「うおっ……!」

 

足がもつれて、床に転がる。

痛い。普通に痛い。

 

でも、生きている。

 

「アルテミス!」

 

「見えている!」

 

アルテミスが初めて、はっきりと腕の弓を構えた。

 

クロスボウ型の神具に月光が集まる。

矢が形を取る。

 

放たれた光が、悪魔の足元を貫いた。

 

悪魔の動きが止まる。

 

そこへ、アルテミスが踏み込む。

 

「銀河烈星拳」

 

月光の連撃が、悪魔を正面から押し返した。

 

拳。

膝。

肘。

踵。

腕の神具による打撃。

 

十五の流星みたいな打撃が叩き込まれ、最後の悪魔が霧のように消えた。

 

救護所に、静けさが戻る。

 

いや、正確には静かじゃない。

 

誰かの泣き声。

怪我人のうめき声。

遠くのサイレン。

崩れた街のざわめき。

 

でも、少なくとも今この場で、悪魔はいなくなった。

 

俺は床に転がったまま、天井を見上げる。

 

「……死に顔動画、外したか?」

 

コハルが駆け寄ってきた。

 

「アイちゃん!」

 

「だから、ちゃん付けは……」

 

言いかけたところで、コハルに抱きつかれた。

 

小さな身体に、小さな腕が回る。

 

「生きてる……!」

 

「生きてるよ。痛ぇけど」

 

「よかった……!」

 

コハルの声は震えていた。

 

泣いている。

 

さっきまで俺が助ける側だったのに、今度はコハルが俺を助けた。

 

右から来ると教えてくれなかったら、たぶん動画通りになっていた。

 

「……ありがとな」

 

俺が小さく言うと、コハルは首を横に振った。

 

「私も、助けたかったから」

 

「そっか」

 

それ以上、何を言えばいいのか分からなかった。

 

アルテミスが近づいてくる。

 

「よい判断だった、小さき月よ。そして、コハル」

 

コハルが顔を上げる。

 

「私も……?」

 

「そなたが見た死を、そなた自身の声で変えた。誇るがよい」

 

コハルは泣きながら、小さくうなずいた。

 

その時、乙女がこちらへ歩いてきた。

 

白衣は埃で汚れている。

けれど、その目ははっきりしていた。

 

医者の目だ。

そして、ジプスの人間の目でもある。

 

「コハルから離れて、とは言わないわ」

 

乙女は静かに言った。

 

「あなたがこの子を助けてくれたのは分かった。さっきも、ここにいた人たちを守ってくれた」

 

「だったら話が早いですね」

 

俺は起き上がりながら、ガラケーを握り直す。

 

「俺たちを見逃してください」

 

乙女は目を細めた。

 

「それは無理」

 

「ですよねぇ」

 

思わずため息が出た。

 

まあ、そうなる。

 

悪魔召喚アプリを持った謎の幼女。

相棒は女神アルテミス。

しかも柳谷乙女の名前を知っていて、ジプスのことも知っている。

 

これで見逃してくれたら、逆にジプスが心配になる。

 

乙女はしゃがみ、俺と目線を合わせた。

 

「あなた、名前は?」

 

「月読アイ」

 

「本名?」

 

「少なくとも今は」

 

「変な答えね」

 

「よく言われます」

 

「その見た目で、口調がずいぶん荒いのも気になるわ」

 

「生まれつきです」

 

「そう」

 

絶対に信じていない顔だった。

 

乙女の視線が、俺のガラケーへ向く。

 

「その携帯に入っているのは、悪魔召喚アプリね」

 

「たぶん」

 

「たぶん?」

 

「俺も今日入ったばっかなんですよ。チュートリアルも説明書もなしで悪魔に襲われて、スキルクラックして、パララレイで麻痺が通ったから何とか生きてるだけです」

 

「パララレイ……状態異常付与ね」

 

「ああ。攻撃じゃないです。止めるだけ。しかも確率」

 

乙女は一瞬だけ考える顔をした。

 

たぶん、情報を組み立てている。

 

その間に、コハルが乙女の服を掴んだ。

 

「お母さん、アイちゃんを怒らないで」

 

乙女の表情が柔らかくなる。

 

「怒ってないわ。心配してるの」

 

「でも、アイちゃんは助けてくれたよ」

 

「分かってる」

 

乙女はコハルの頭を撫でた。

 

その仕草は、ジプスの医師ではなく、ただの母親だった。

 

「だからこそ、ここで放っておけないの」

 

俺は舌打ちしたいのをこらえた。

 

分かる。

 

正しい。

乙女は正しい。

 

でも、ジプスに保護されるのはまずい。

 

いや、いずれ接触は必要だ。

響希たちも最終的にはジプスに関わる。

 

だけど、今の俺は説明できないことが多すぎる。

 

転生者。

原作知識。

久世響希のこと。

セプテントリオンのこと。

ポラリスのこと。

 

下手に話せば、ただの頭のおかしい子供か、危険な予言者扱いだ。

 

「……アルテミス」

 

「何だ」

 

「今、逃げられると思うか」

 

「私のみなら可能だ。そなたとコハルを連れては難しい」

 

「だよな」

 

「それに、逃げればこの娘の母を敵に回す」

 

「それが一番面倒くせぇ」

 

乙女が眉を上げる。

 

「相談は終わった?」

 

「聞こえてました?」

 

「そこそこ」

 

「最悪だ」

 

乙女は小さく笑った。

 

「安心して。少なくとも、あなたをいきなり拘束するつもりはないわ」

 

「少なくとも?」

 

「保護はする。事情聴取もする。けれど、コハルの命の恩人を乱暴に扱うほど、私は冷たくないつもりよ」

 

「ジプスが同じ判断するとは限らない」

 

乙女の目が少しだけ鋭くなった。

 

「ジプスを知っているのね」

 

「あー……」

 

やらかした。

 

コハルが不安そうに俺を見る。

 

アルテミスは面白そうにこちらを見ている。

 

助けろよ、女神。

 

「そなたの舌が滑ったのだ。己で何とかせよ」

 

「心読むな」

 

「顔に出ている」

 

「くそっ……」

 

俺は頭をかいた。

 

どうする。

 

全部話すのは無理。

でも、何も知らないふりももう無理だ。

 

なら、少しだけ出す。

 

信じさせるために、必要最低限だけ。

 

「……ニカイア」

 

俺がその名を出すと、乙女の表情が変わった。

 

「死に顔動画を送ってくるサイトです。コハルに届いたのは俺の死に顔動画。俺に届いたのはコハルの死に顔動画」

 

コハルが小さく息を呑む。

 

「俺はそれを見て、コハルを助けに来た。コハルは俺の動画を見て、右から来るって教えてくれた。だから俺は助かった」

 

乙女は黙って聞いている。

 

「それ以上は、今は言えません。言っても信じてもらえないし、説明してる時間もない」

 

「時間がない?」

 

「はい」

 

俺は空を見上げた。

 

救護所の外。

崩れた街の向こう。

雲の形がおかしい。

 

原作知識が、嫌でも頭をよぎる。

 

これはまだ一日目だ。

序章にすぎない。

 

東京では響希たちが覚醒している。

ジプスは動き出している。

そして、セプテントリオンが来る。

 

「今日だけじゃ終わらない」

 

俺は言った。

 

「これからもっと酷くなる」

 

乙女の顔から、冗談を受け流すような柔らかさが消えた。

 

「根拠は?」

 

「言えません」

 

「それで信じろと?」

 

「信じなくていい。でも、備えてください」

 

自分でも無茶苦茶だと思う。

 

でも、今言えるのはここまでだ。

 

乙女はしばらく俺を見つめていた。

 

それから、短く息を吐く。

 

「分かったわ」

 

「信じるんですか?」

 

「信じるというより、無視できない。あなたは実際にコハルを助けた。悪魔召喚アプリを持っていて、女神を使役している。そして、ニカイアを知っている」

 

「使役って言うとアルテミスが怒りそう」

 

アルテミスが静かに言った。

 

「使役ではない。契約だ」

 

「ほら」

 

乙女は少しだけ苦笑した。

 

「では、契約している。ともかく、あなたを保護対象として扱うわ」

 

「やっぱ保護か……」

 

「嫌でも来てもらう。ここにいるよりは安全よ」

 

「その安全が信用できねぇんだよなぁ」

 

「口が悪いわね、本当に」

 

「すみません。性分です」

 

乙女はコハルを見る。

 

「コハル、あなたも一緒に来なさい」

 

「アイちゃんも?」

 

「ええ」

 

コハルの表情が少しだけ明るくなる。

 

「じゃあ行く」

 

「俺はおまけかよ」

 

「アイちゃんが一緒なら、怖くないから」

 

その言葉に、何も返せなくなった。

 

アルテミスが小さく笑う。

 

「ずいぶんと信頼されたな、小さき月よ」

 

「重いんだよ、こういうの」

 

「だが、嫌ではなかろう」

 

「……うるせぇ」

 

俺はガラケーを閉じる。

パララレイ。

状態異常付与。

一瞬だけ敵を止める、今の俺の唯一の札。

 

コハルが俺の死に顔動画を見たことで、俺たちは互いに互いの死を知った。

 

俺はコハルを助けた。

コハルは俺を助けた。

 

これでもう、ただの“これから親しくなる相手”じゃない。

 

縁は結ばれた。

 

逃げられないくらい、はっきりと。

 

「……分かりました」

 

俺は乙女に言った。

 

「ひとまず、ついて行きます」

 

乙女がうなずく。

 

「いい判断ね」

 

「ただし、変なことされたら逃げます」

 

「子供の言う台詞じゃないわ」

 

「見た目だけです」

 

「その話も、あとで聞かせてもらうわね」

 

「墓穴掘った……」

 

コハルが俺の手を握った。

 

「大丈夫だよ、アイちゃん。お母さん、怖くないよ」

 

「いや、たぶんお前の母ちゃん、かなり怖い側の人だぞ」

 

「え?」

 

「何でもない」

 

乙女が救護所のスタッフに指示を出し、俺たちは移動を始める。

 

大阪の街はまだ混乱していた。

悪魔の気配も、完全には消えていない。

 

けれど、ひとまずコハルは助かった。

俺も死に顔動画を外した。

 

一日目の、小さな勝利。

 

 

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