転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

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憂鬱の日曜日(5)

 

 

乙女が救護所のスタッフに指示を出し、俺たちは移動を始める。

 

大阪の街は、まだ混乱の中にあった。

 

逃げ惑う人々。

鳴り止まないサイレン。

ところどころで立ち上る煙。

そして、普通の人間には見えていないのか、それとも見えていても理解できていないのか、路地の奥にちらつく悪魔の影。

 

コハルは俺の手を握ったまま、離そうとしなかった。

 

「……アイちゃん、痛くない?」

 

「何が」

 

「手。強く握っちゃってるかも」

 

「平気だ。俺もわりと握ってる」

 

「そっか」

 

コハルは少しだけ安心したようにうなずく。

 

俺はその横顔を見て、内心でため息をついた。

 

コハルは助かった。

俺の死に顔動画も、コハルの声のおかげで外せた。

 

まずは一勝。

 

本当に小さな、小さな勝利だ。

 

けれど、それだけで終わるわけがない。

 

デビルサバイバー2の一日目は、ここからもっと広がっていく。

東京では今ごろ、久世響希、志島大地、新田維緒が原作通り地下鉄ホームから逃げ出した頃のはずだ。

 

あいつらは、主人公側の物語を始めている。

 

そして俺は、大阪で乙女とコハルに拾われる。

 

原作にはない流れだ。

 

「……やべぇな」

 

思わず呟く。

 

アルテミスが隣でこちらを見る。

 

「何がだ」

 

「俺がここで乙女さんに保護されるのは、原作には無い展開だ」

 

「そなたは先ほどから“原作”という言葉を使うな」

 

「気にすんな」

 

「無理がある」

 

「だよな」

 

アルテミスは深く追及しない。

それがありがたいようで、怖くもあった。

 

この女神はたぶん、俺が何かを隠していることに気づいている。

でも、今は問わない。

 

問うべき時を待っている。

 

そういう目をしている。

 

少し前を歩いていた乙女が、携帯で誰かと短く連絡を取っていた。

 

「ええ、こちらは柳谷。救護所付近で悪魔を確認。民間人の被害は最小限に抑えたわ。……ええ、悪魔使いも確認している」

 

俺の耳がぴくりと反応する。

 

悪魔使い。

 

乙女の視線が一瞬こちらへ向いた。

 

「年齢は……見た目だけなら子供。けれど、契約悪魔は女神アルテミス。詳細は不明。ニカイアと悪魔召喚アプリについても知っている様子」

 

「全部報告されてんじゃねぇか……」

 

「当然でしょ」

 

通話を切った乙女が、さらっと言う。

 

「あなた、重要参考人どころか最重要保護対象よ」

 

「言い方がもう怖い」

 

「安心して。少なくとも私は、あなたを実験材料にするつもりはないわ」

 

「“少なくとも私は”って言い方やめません?」

 

「正直な方がいいでしょう」

 

「正直すぎて嫌なんだよなぁ……」

 

コハルが不安そうに乙女を見上げる。

 

「お母さん、アイちゃんに怖いことしないよね?」

 

乙女の表情が少し柔らかくなった。

 

「しないわ。約束する」

 

「ほんと?」

 

「ええ。コハルを助けてくれた子だもの」

 

「うん」

 

コハルは安心したように、また俺の手を握り直した。

 

重い。

 

信頼が重い。

 

でも、不思議と嫌ではなかった。

 

「……ったく」

 

「どうしたの、アイちゃん?」

 

「何でもねぇよ」

 

乙女は俺たちを見て、小さく息を吐いた。

 

「ただ、アイ。あなたには聞かなければいけないことが山ほどあるわ」

 

「ですよね」

 

「ニカイアをどこで知ったのか。どうしてコハルの名前を知っていたのか。なぜ私の名前を知っているのか。なぜジプスの存在を知っているのか。そして、その身体と口調の不一致は何なのか」

 

「最後のは個性で押し通せません?」

 

「無理ね」

 

「ですよねぇ」

 

俺は頭を抱えたくなった。

 

言い訳が足りない。

どう考えても足りない。

 

未来から来た。

転生者です。

この世界がゲームだったことを知っています。

 

そんなことを正直に言ったら、まともに信じてもらえる気がしない。

 

でも、全部隠して立ち回れるほど俺は器用じゃない。

嘘と本当を混ぜて、それっぽく誤魔化すしかない。

 

「……話せることは話します」

 

俺は言った。

 

「でも、全部は無理です。今言っても信じてもらえないし、俺自身も整理できてない」

 

乙女は少し黙った後、うなずいた。

 

「いいわ。まずは安全な場所に移動してから」

 

「助かります」

 

「ただし、逃げないこと」

 

「努力します」

 

「逃げる気ある返事ね」

 

「正直なので」

 

乙女が呆れたように笑う。

 

その時、乙女の携帯が再び震えた。

 

彼女は画面を確認し、表情を引き締める。

 

「……東京でも、悪魔使いが確認されたそうよ」

 

俺は思わず足を止めかけた。

 

来た。

 

「東京……」

 

「地下鉄事故の現場付近。少年二人と少女一人。悪魔召喚アプリを使用した可能性あり」

 

久世響希。

志島大地。

新田維緒。

 

間違いない。

 

原作通りだ。

 

乙女は俺の反応を見逃さなかった。

 

「知っている顔?」

 

「……まだ会ったことはありません」

 

「まだ?」

 

まずい。

 

また言葉を間違えた。

 

乙女の目が鋭くなる。

 

「あなた、本当に何を知っているの?」

 

俺は沈黙した。

 

答えられない。

 

少なくとも、今ここでは。

 

代わりに、アルテミスが静かに言った。

 

「乙女よ。今は詰問よりも移動を優先すべきだ。周囲にまだ獣の気配が残っている」

 

乙女はアルテミスを見た。

 

相手は女神だ。

それも、実際に悪魔を殴り飛ばした武闘派女神。

 

普通なら怯んでもおかしくない。

 

だが、乙女は医者らしい冷静さでうなずいた。

 

「そうね。話はあとにしましょう」

 

助かった。

 

俺は小さく息を吐く。

 

アルテミスが俺を見る。

 

「そなたは口がよく滑るな」

 

「うるせぇ。自覚してる」

 

「ならば少し黙ることを覚えよ」

 

「無理かもしれん」

 

「難儀な契約者だ」

 

「契約解除したくなったか?」

 

「いや」

 

アルテミスは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「面白い」

 

「面白がるな、拳の女神」

 

「武人女神と言え」

 

そのやり取りに、コハルがまた小さく笑った。

 

乙女がそんなコハルを見て、少しだけ安心したような顔をする。

 

たぶん、乙女にとってはそれが一番大きかったのだろう。

 

コハルが生きていること。

怖がりながらも、笑えていること。

 

それだけで、俺への態度はかなり変わっている。

 

「アイ」

 

乙女が俺を呼ぶ。

 

「何ですか」

 

「コハルを守ってくれてありがとう」

 

不意打ちだった。

 

俺は少しだけ言葉に詰まる。

 

「……見捨てたら寝覚めが悪かっただけです」

 

「それでも、ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

素直に礼を言われるのは苦手だ。

 

特に、こんな小さい身体になってからだと、妙に照れくさい。

 

俺は誤魔化すようにガラケーを開いた。

 

スキル欄には、相変わらずパララレイの文字がある。

 

攻撃魔法ではない。

状態異常付与。

中確率の麻痺。

 

頼りない。

 

けれど、さっき俺の命を繋いだスキルだ。

 

「……しばらくはこれで何とかするしかねぇか」

 

「そなたには私がいる」

 

アルテミスが言った。

 

「高燃費すぎるんだよ、あんた」

 

「高性能と言え」

 

「高性能だけど燃費最悪の武人女神」

 

「それならば許そう」

 

「許すのかよ」

 

乙女がそのやり取りを聞いて、不思議そうに言う。

 

「仲がいいのね」

 

「どこがですか」

 

「信頼関係はあるように見えるわ」

 

俺はアルテミスを見る。

 

アルテミスも俺を見る。

 

「……まあ」

 

「そうだな」

 

俺たちは同時に、微妙な顔でそう答えた。

 

移動先は、ジプス大阪本局に近い臨時拠点だった。

 

完全な本局へ入れる前に、まずは一時的な保護と検査。

乙女いわく、混乱の中で保護した民間人や、悪魔絡みの接触者を一時的に集めている場所らしい。

 

「俺、完全に厄介者枠じゃねぇか」

 

「自覚があって助かるわ」

 

「乙女さん、結構言いますね」

 

「あなたほどじゃないわ」

 

「それはそう」

 

コハルが俺の手を引く。

 

「アイちゃん、一緒にいてね」

 

「逃げられそうにないしな」

 

「逃げるの?」

 

「逃げない。今は」

 

「今は?」

 

「そこ拾わなくていい」

 

コハルは少しむっとした顔をした。

 

「アイちゃん、すぐそういう言い方する」

 

「性格が悪いんだよ」

 

「悪くないよ」

 

「いや、悪いぞ」

 

「悪くない」

 

妙なところで頑固だ。

 

俺が困っていると、アルテミスが横から言った。

 

「そなたは口が悪いだけで、性根は悪くない」

 

「女神様まで何言ってんだ」

 

「事実だ」

 

「やめろ。そういう評価は落ち着かない」

 

乙女が小さく笑った。

 

終末の一日目。

 

街は崩れ、悪魔が現れ、人の死が動画で予告される。

 

そんな最悪の日なのに。

 

コハルを助け、乙女に保護され、アルテミスと口喧嘩をしているこの瞬間だけは、妙に現実味があった。

 

だからこそ、怖い。

 

この日常に似た何かは、すぐ壊れる。

 

デビルサバイバー2は、そういう世界だ。

 

俺は空を見上げる。

 

遠く東京では、久世響希たちが動き出している。

 

ここ大阪では、俺がジプスに足を踏み入れようとしている。

 

まだ出会ってはいない。

 

まだ通信も繋がっていない。

 

でも、物語の中心と外側は、確実に同じ終末へ向かって進み始めていた。

 

「……さて」

 

俺はガラケーを閉じる。

 

「次は事情聴取か」

 

「覚悟しなさい」

 

乙女が穏やかに言う。

 

「医者の問診は、意外と逃げ道がないわよ」

 

「悪魔より怖いこと言わないでください」

 

コハルが俺の手をぎゅっと握る。

 

「大丈夫だよ。お母さん、優しいから」

 

「優しい人間が一番鋭いんだよなぁ……」

 

アルテミスが隣で静かに笑った。

 

「そなたの次の戦場は、言葉の場か」

 

「一番苦手なやつだよ」

 

「ならば、せいぜい足掻け。小さき月よ」

 

俺は深くため息をついた。

 

「転生初日から、悪魔退治に子守りに事情聴取かよ」

 

それでも、足は止めなかった。

 

止めれば、もっと悪い未来が来る。

 

それだけは、もう分かっていた。

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