転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

6 / 14
憂鬱の日曜日(6)

 

 

臨時拠点に入った瞬間、俺は思った。

 

これは病院じゃない。

避難所でもない。

完全に、軍の施設に近い。

 

白いパーテーション。簡易ベッド。医療機材。

その奥に、ジプスの職員らしき連中が忙しなく動いている。

 

怪我人の手当てをする者。

携帯を片手に各地の被害状況を確認する者。

悪魔の出現地点らしきものを地図に書き込む者。

 

表向きは臨時救護所。

けれど、奥に行くほど空気が変わる。

 

一般人を避けるように、情報と命令が飛び交っている。

 

「……完全にジプスじゃねぇか」

 

小さく呟くと、乙女がこちらを見た。

 

「やっぱり知っているのね」

 

「……言葉の綾です」

 

「下手な嘘」

 

「今のは練習です」

 

「本番ではもう少し上手にお願いね」

 

くそ。

この人、やっぱり怖い。

 

乙女はコハルを近くの椅子に座らせた。

 

「コハル、少しここで待っていて。すぐ戻るから」

 

「アイちゃんは?」

 

「アイには少し話を聞くわ」

 

コハルが不安そうに俺を見る。

 

俺は肩をすくめた。

 

「大丈夫だ。たぶん取って食われたりはしない」

 

「たぶん……」

 

「コハル、その子の言葉を全部真に受けないでいいからね」

 

乙女が苦笑する。

 

「お母さん、アイちゃんに意地悪しない?」

 

「しないわ」

 

「ほんと?」

 

「約束する」

 

コハルはそれでもしばらく俺の服の裾を掴んでいたが、やがて小さく手を離した。

 

「……ちゃんと戻ってきてね」

 

「戻る。逃げるとしても、お前を置いてはいかねぇよ」

 

「逃げるの?」

 

「言葉の綾だ」

 

乙女がすぐに言う。

 

「今のも下手な嘘ね」

 

「うるさいですね、問診前から」

 

アルテミスが横で静かに笑った。

 

「小さき月よ。そなた、すでに負けているのではないか」

 

「まだ始まってねぇよ」

 

「始まる前から劣勢というやつだな」

 

「黙ってろ、拳の女神」

 

「武人女神と言え」

 

そんなやり取りをしながら、俺は乙女に連れられて奥の簡易診察スペースへ入った。

 

パーテーションで区切られただけの小部屋。

机、椅子、簡易ベッド。

そして記録用の端末。

 

乙女は椅子を示した。

 

「座って」

 

「立ったままでもいいですけど」

 

「診察も兼ねるから座って」

 

「はい」

 

逆らう気が失せた。

 

俺は椅子に腰かける。

足が床につかない。

 

「……くそ」

 

「何か言った?」

 

「何でもないです」

 

乙女は俺の様子を見て、少しだけ目を細めた。

 

たぶん、見た目相応の子供として扱うべきか、それとも異常な情報を持つ悪魔使いとして扱うべきか、測っている。

 

俺も俺で、腹を括るしかなかった。

 

全部は話さない。

 

転生者であること。

この世界がゲームだったこと。

久世響希たちの今後。

セプテントリオンやポラリスの核心。

 

そこまで話したら終わる。

 

だから、嘘と本当を混ぜる。

 

完全な嘘はすぐバレる。

でも、本当の中に少しだけ嘘を混ぜれば、相手は全部を否定できない。

 

「まず名前」

 

乙女が言った。

 

「月読アイ」

 

「年齢は?」

 

「……見た目通りで」

 

「曖昧にしない」

 

「分かりません」

 

乙女の手が止まる。

 

「分からない?」

 

「少なくとも、今の身体の年齢は分かりません。記憶が……少し混ざってるんです」

 

これは半分本当だ。

 

この身体の生活記憶はある。

でも、俺自身の前世の記憶もある。

年齢を正確に答えると、余計に面倒になる。

 

乙女は表情を変えずに続けた。

 

「記憶障害?」

 

「それに近いです。気づいたら、この身体で目が覚めてました。前からの生活の記憶もあります。でも、別の記憶もある」

 

「別の記憶」

 

「夢みたいなものです」

 

これは嘘。

 

夢なんかじゃない。

前世の記憶だ。

 

でも“夢”と言っておけば、精神的な混乱やニカイアの影響に見せられる。

 

乙女は端末に何かを入力した。

 

「その夢の中で、ジプスを知った?」

 

「はい」

 

嘘と本当の境目を曖昧にする。

 

「ニカイアも?」

 

「はい」

 

「私の名前も?」

 

「……はい」

 

「コハルの名前も?」

 

「それは、死に顔動画を見た時に分かりました」

 

これは嘘だ。

実際には原作知識で推測した。

 

だが、ニカイアの動画に名前表示が混じっていたことにすれば、まだ通る。

 

乙女は俺をじっと見た。

 

「死に顔動画に名前が表示されたの?」

 

「はっきりじゃないです。断片的に。映像と、文字と、音が混ざった感じで」

 

「便利な説明ね」

 

「俺もそう思います」

 

疑われている。

当然だ。

 

でも完全には否定されていない。

 

乙女は次にアルテミスへ視線を向けた。

 

「あなたは、アルテミスで間違いないのね」

 

アルテミスは静かにうなずいた。

 

「我が名はアルテミス。月と狩りを司る女神なり」

 

「アイとはどういう契約を?」

 

「この者は死の兆しを見てなお、走ることを選んだ。ゆえに私は手を貸した」

 

「悪魔召喚アプリによる召喚ではなく?」

 

「それも媒介ではある。だが、契約はそれだけではない」

 

乙女が俺を見る。

 

「だそうだけど?」

 

「俺にもよく分かりません」

 

これは本当。

 

アルテミスがどうして最初から来たのか、俺にも完全には分からない。

月読アイという名前。

月の器。

アルテミスの月属性。

 

理由をこじつけることはできる。

でも確証はない。

 

「ただ、気づいたら携帯に悪魔召喚アプリが入っていて、アルテミスが来た。俺はコハルを助けるために契約した。それだけです」

 

「その携帯を見せて」

 

来た。

 

俺は一瞬ためらった。

 

ガラケーを渡すのは怖い。

これが俺の命綱だ。

 

けれど、ここで拒否すれば疑いが濃くなる。

 

「変なことしないでくださいよ」

 

「しないわ。確認するだけ」

 

俺はガラケーを開いて、乙女に見せる。

 

ニカイア。

悪魔召喚アプリ。

スキル欄には、パララレイ。

 

乙女は画面を見て、すぐに眉をひそめた。

 

「パララレイ。状態異常付与ね」

 

「はい。攻撃魔法じゃないです。麻痺を与えるだけ。しかも確率です」

 

「さっき悪魔の動きが止まったのは、これ?」

 

「そうです。コハルが見た俺の死に顔動画を外せたのも、これと、コハルの声と、アルテミスのおかげです」

 

そこは本当だ。

 

乙女の表情が少しだけ和らいだ。

 

「コハルを助けた理由は?」

 

「見捨てたら寝覚めが悪いから」

 

「それだけ?」

 

「それだけです」

 

これは、本当。

 

原作知識だとか、乙女を味方につけるためだとか、そういう計算も少しはある。

 

でも最初に走った理由は、それだけだ。

 

動画を見てしまった。

知らない子が死ぬところを見た。

それを無視できなかった。

 

乙女はしばらく黙っていた。

 

それから、静かに言う。

 

「あなた、嘘をついているわね」

 

心臓が跳ねた。

 

俺は顔に出さないようにした。

 

「いきなりですね」

 

「全部が嘘とは言わない。でも、ところどころ隠している。違う?」

 

「……隠してます」

 

ここで否定すると終わる。

 

だから認める。

 

「でも、敵じゃないです」

 

「それは信じてほしい?」

 

「はい」

 

「根拠は?」

 

俺は少し考えた。

 

そして、正直に答えた。

 

「コハルを助けました」

 

乙女の目が細くなる。

 

「それを盾にするの?」

 

「盾じゃなくて、証拠です。俺が敵なら、あの子を見捨てるか、人質にするか、もっと楽なやり方があった」

 

「……そうね」

 

「俺はジプスの味方とは言いません。まだ信用してないので」

 

乙女が少し笑った。

 

「正直ね」

 

「でも、コハルと乙女さんを敵に回したいわけでもない。だから、話せる範囲で話してます」

 

「話せない範囲は?」

 

「俺自身も整理できてないこと。今話したら、たぶん俺が危険になること。それから……話すことで未来が悪化するかもしれないこと」

 

最後は本当だ。

 

俺が知っている未来は、ゲームの未来だ。

けれど、俺が動いた時点でズレ始めている。

 

不用意に話せば、その知識自体が罠になる。

 

乙女は俺の言葉を聞いて、深く息を吐いた。

 

「未来、ね」

 

「ニカイアの動画も、未来の一種でしょう」

 

「それを拡大解釈しているだけ?」

 

「そう思ってもらって構いません」

 

嘘ではない。

でも全部ではない。

 

乙女は腕を組んだ。

 

「あなたを完全に信用はできない」

 

「でしょうね」

 

「でも、敵とも断定できない」

 

「助かります」

 

「それに、コハルがあなたを信じている」

 

それが一番重かった。

 

乙女は母親だ。

ジプスの医師でもあるが、まずコハルの母親だ。

 

コハルが俺を信じた。

それが、今の俺の最大の保険になっている。

 

「だから、今は保護対象として扱うわ。拘束はしない。ただし、この拠点から勝手に出るのは禁止」

 

「出たくなったら?」

 

「私に言いなさい」

 

「許可くれます?」

 

「理由次第」

 

「厳しい」

 

「当然よ」

 

乙女はガラケーを俺に返した。

 

「それはあなたが持っていていい。ただし、何か通知が来たらすぐ報告すること」

 

「ニカイアも?」

 

「もちろん」

 

「……分かりました」

 

「それと、アルテミス」

 

乙女が女神を見上げる。

 

「この子を守れる?」

 

アルテミスは静かに答えた。

 

「契約者を守るのは当然であろう」

 

「無茶をしたら止められる?」

 

アルテミスは俺を見る。

 

「それは難しい」

 

「おい」

 

「そなたは止めても走る」

 

「否定できねぇのが腹立つ」

 

乙女が小さく笑った。

 

「じゃあ、できるだけ止めて」

 

「承知した」

 

「勝手に保護者会すんな」

 

俺が文句を言うと、乙女は立ち上がった。

 

「問診はここまで。詳しい話は後でまた聞くわ」

 

「まだあるんですか」

 

「山ほど」

 

「地獄かよ」

 

「生きている証拠よ」

 

そう言われると、返しづらい。

 

俺は椅子から降りようとして、足が床につかないことにまた腹が立った。

 

「……くそ」

 

アルテミスが手を差し出す。

 

「下ろしてやろうか」

 

「自分で降りる」

 

「意地を張るな」

 

「張らせろ。数少ない尊厳なんだよ」

 

何とか椅子から降りると、パーテーションの外でコハルが待っていた。

 

俺を見るなり、ぱっと顔を明るくする。

 

「アイちゃん!」

 

「だからちゃん付けは……」

 

言いかけたところで、コハルが駆け寄ってきて俺の手を握った。

 

「大丈夫だった?」

 

「取って食われはしなかった」

 

「お母さん、怖くなかった?」

 

「怖いというより鋭い」

 

「お母さん、すごいんだよ」

 

「知ってる」

 

また口が滑った。

 

乙女の視線が背中に刺さる。

 

俺は咳払いした。

 

「……今知った」

 

「下手な嘘ね」

 

乙女の声が飛んできた。

 

「うるさいです」

 

コハルが不思議そうに俺と乙女を交互に見る。

 

「アイちゃん、お母さんと仲良くなった?」

 

「どこを見たらそうなる」

 

「喧嘩してないから」

 

「それは仲良し判定が甘すぎる」

 

アルテミスが言った。

 

「悪くはなかろう。縁は広がった」

 

「縁って言葉、便利に使いすぎなんだよ」

 

そう言いながらも、俺は少しだけ安心していた。

 

全部は話していない。

嘘も混ぜた。

かなり怪しまれている。

 

けれど、今すぐ拘束されることはなさそうだ。

 

コハルは生きている。

乙女とも最悪の形ではない。

アルテミスも隣にいる。

 

一日目としては、かなり上出来だ。

 

そう思った瞬間だった。

 

拠点の奥が慌ただしくなる。

 

職員のひとりが走ってきて、乙女に耳打ちした。

 

乙女の表情が変わる。

 

「……東京で確認された三人の悪魔使い、ジプスが接触したそうよ」

 

俺は反射的に息を止めた。

 

久世響希。

志島大地。

新田維緒。

 

原作の中心が、ジプスに捕捉された。

 

乙女が俺を見る。

 

「あなた、心当たりがある顔をしているわね」

 

俺は少しだけ沈黙してから、答えた。

 

「……夢で見たことがあります」

 

また嘘と本当を混ぜた。

 

乙女は何も言わなかった。

 

ただ、その目は明らかにこう言っていた。

 

あとで詳しく聞く、と。

 

俺は内心で頭を抱える。

 

「マジで初日から情報量多すぎんだろ……」

 

アルテミスが隣で静かに笑う。

 

「足掻け、小さき月よ」

 

「言われなくても足掻いてる」

 

コハルが俺の手を握ったまま、不安そうに聞いた。

 

「アイちゃん、また怖いこと?」

 

「たぶんな」

 

「でも、大丈夫?」

 

俺は少しだけ考えてから、答えた。

 

「大丈夫とは言わねぇ」

 

コハルの手を握り返す。

 

「でも、何とかする」

 

嘘と本当を混ぜて生き延びる。

 

この世界では、綺麗な正直さだけじゃたぶん死ぬ。

でも、全部を嘘にしたら、今度は守りたいものまで失う。

 

だから俺は、必要な嘘をつく。

 

そして、本当に譲れないところだけは曲げない。

 

「……まずは、東京の三人がどう動くかだな」

 

誰にも聞こえないくらい小さく、俺は呟いた。

 

物語の中心が動き出す。

 

そして俺は、原作の外側から、その流れを見つめていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。