転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

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憂鬱の日曜日(7)

職員が持ってきた報告は、短いものだった。

 

東京の地下鉄事故現場で、悪魔召喚アプリを使用したと思われる少年少女を三名確認。

民間人でありながら悪魔を撃退。

現在、ジプス関係者が接触中。

 

それだけなら、乙女にとっては緊急時の追加情報でしかなかったかもしれない。

 

けれど俺にとっては違う。

 

久世響希。

志島大地。

新田維緒。

 

物語の中心にいる三人が、原作通り動き出したということだ。

 

「……夢で見たことがあります」

 

俺がそう言うと、乙女はしばらく黙った。

 

疑っている。

 

当然だ。

 

俺だって逆の立場なら疑う。

悪魔が現れた初日に、コハルを救った謎の幼女が、ジプスもニカイアも知っていて、東京の悪魔使い三人にも心当たりがある顔をしている。

 

怪しさで言えば満点だ。

 

乙女は職員に短く指示を出した。

 

「その三人の詳細が入り次第、こちらにも回して。大阪側の悪魔使い……月読アイの件と照合するわ」

 

「了解しました」

 

職員が去る。

 

俺は内心で顔をしかめた。

 

「大阪側の悪魔使い」か。

 

もう完全に登録されている。

 

「嫌そうな顔ね」

 

乙女が言う。

 

「そりゃ嫌ですよ。初日にいきなりジプスの観察対象とか、どんな罰ゲームですか」

 

「あなたが目立つことをしたからでしょう」

 

「コハルを助けただけです」

 

「女神アルテミスを伴って、悪魔を撃退して、ニカイアとジプスを知っていて、東京の三人にも反応した。十分すぎるほど目立っているわ」

 

「言い返せねぇ……」

 

俺は額を押さえた。

 

コハルが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 

「アイちゃん、具合悪い?」

 

「精神的にな」

 

「お母さん、アイちゃんいじめちゃだめだよ」

 

「いじめてないわ。必要な確認をしているだけ」

 

「それをいじめって言う場合もある」

 

「アイ」

 

「はい、すみません」

 

乙女の目が普通に怖かった。

 

アルテミスは横で妙に楽しそうにしている。

 

「そなた、言葉の戦は不得手だな」

 

「うるせぇ。俺は口が悪いだけで口が上手いわけじゃねぇんだよ」

 

「なるほど。悪態特化か」

 

「分析すんな」

 

「悪くない。戦場では勢いも武器だ」

 

「問診では武器にならねぇんだよ」

 

そんな話をしていると、乙女がふと真面目な顔に戻った。

 

「アイ。ひとつ確認するわ」

 

「何ですか」

 

「あなたが夢で見たという東京の三人。危険な存在?」

 

その質問に、俺はすぐには答えられなかった。

 

危険かどうか。

 

久世響希たちは悪人ではない。

少なくとも、原作の中心にいる人間として、世界の終わりに立ち向かう側だ。

 

けれど、危険ではないかと聞かれたら、違う。

 

悪魔召喚アプリを持ち、これからセプテントリオンと戦い、ルート次第では世界の形すら変える連中だ。

 

危険ではない、とは言えない。

 

俺は嘘と本当を混ぜることにした。

 

「危険ではあります」

 

乙女の目が細くなる。

 

「敵という意味で?」

 

「違います。巻き込まれた側です。ただ……たぶん、大きい出来事の中心に近い」

 

「その夢では、彼らは何をするの?」

 

「分かりません」

 

嘘だ。

 

分かることは多い。

けれど、言えない。

 

「でも、たぶん必要な人たちです」

 

これは本当。

 

久世響希は、この世界の分岐点になる。

 

乙女は俺を見つめる。

 

「曖昧ね」

 

「夢なので」

 

「便利な言葉ね」

 

「さっきも言われました」

 

「何度でも言うわ」

 

俺は肩をすくめた。

 

その時、ガラケーが小さく震えた。

 

びくりと身体が跳ねる。

 

ニカイアか。

 

そう思って急いで開くと、違った。

 

悪魔召喚アプリの画面。

アルテミスの名前の横に、赤い警告のような表示が出ている。

 

MAG消耗増大

長時間顕現不可

 

「……あー、やっぱり来たか」

 

アルテミスが画面を覗き込む。

 

「限界が近いようだな」

 

「高性能武人女神、燃費悪すぎ問題」

 

「そなたの器が未熟なのだ」

 

「事実を言うな。傷つく」

 

「鍛えればよい」

 

「出たよ、すぐ鍛えさせようとする」

 

乙女が端末から顔を上げる。

 

「アルテミスの顕現を維持できないの?」

 

「たぶん、今の俺だと無理ですね。戦闘中は出せるけど、ずっと実体化させるのはきついです」

 

「それは身体への負担?」

 

「たぶん。頭が熱いし、胸が重い。魔力切れってこういう感じなのかは知りませんけど」

 

乙女はすぐに医者の顔になった。

 

「座って。脈を見せて」

 

「また問診ですか」

 

「診察」

 

「似たようなもんじゃないですか」

 

「文句を言わない」

 

「はい」

 

俺は大人しく椅子に座った。

 

足が床につかないのは、もう一回腹が立ったので見ないことにした。

 

乙女が脈を取り、目の動きや顔色を確認する。

その手際は早い。優しいけれど、逃げ道がない。

 

「疲労が強いわね。発熱はまだないけど、無理をしたら倒れる」

 

「倒れるほど戦ってないですけど」

 

「アルテミスを維持して、パララレイを使って、精神的にも負荷がかかっている。あなたの今の身体は子供なのよ」

 

「中身はそこそこ大人です」

 

「身体が子供なら、限界も子供基準よ」

 

正論だった。

 

俺は黙るしかない。

 

アルテミスが静かに言った。

 

「ならば、私は一度退こう」

 

「いいのか?」

 

「必要ならば呼べ。そなたが狩るべき死を定めるなら、私は応じよう」

 

「だから救助だって……いや、もういい」

 

アルテミスは少しだけ笑った。

 

「小さき月よ。口は悪くとも、今は休め」

 

「女神様にまで子供扱いされると腹立つな」

 

「実際、今のそなたは子供の身体だ」

 

「分かってるっての」

 

腕に装着されたクロスボウ型の神具が淡く光り、アルテミスの姿が月光みたいに薄れていく。

 

完全に消える直前、彼女はコハルへ視線を向けた。

 

「コハル。そなたも休め。恐怖の後には、心も傷つく」

 

コハルはこくりとうなずいた。

 

「うん。ありがとう、アルテミスさん」

 

「うむ」

 

最後に俺を見て、アルテミスは言った。

 

「無茶をするな」

 

「善処する」

 

「下手な嘘だ」

 

「みんなそれ言うな!」

 

アルテミスは少し愉快そうに微笑んで、ガラケーの中へ戻るように消えた。

 

途端に、身体が少し軽くなる。

 

同時に、どっと疲労が来た。

 

「うわ……」

 

視界が一瞬揺れる。

 

コハルが慌てて俺の腕を掴んだ。

 

「アイちゃん!」

 

「平気。ちょっとクラッとしただけ」

 

乙女が俺の肩を支える。

 

「平気じゃないわ。簡易ベッドに横になって」

 

「いや、まだ話が」

 

「横になって」

 

「はい」

 

逆らえなかった。

 

簡易ベッドに寝かされる。

 

悔しい。

見た目通りの子供みたいに扱われている。

 

でも、身体は正直だった。

 

背中を預けた瞬間、力が抜ける。

 

「くそ……情けねぇ……」

 

「情けなくないよ」

 

コハルが椅子を持ってきて、ベッドの横に座った。

 

「アイちゃん、ずっと走ってくれたもん」

 

「お前を助けに行っただけだ」

 

「それがすごいんだよ」

 

「そういう素直な褒め方やめろ。反応に困る」

 

「じゃあ、ありがとう」

 

「もっと困る」

 

コハルは少し笑った。

 

その笑顔を見ると、まあいいかと思ってしまう。

 

これが縁というやつなら、なかなか面倒だ。

 

乙女は俺の状態を記録しながら言った。

 

「少し休みなさい。詳しい聴取は後にするわ」

 

「寝てる間に拘束とかしません?」

 

「しない」

 

「本当に?」

 

「コハルの前で約束したでしょう」

 

「なら信じます」

 

「コハルの信用頼りなのね」

 

「今の俺の最大の保険なので」

 

乙女は少し呆れたように笑った。

 

「自覚があるなら結構」

 

そこへ、また職員が来た。

 

今度は少し緊張した顔をしている。

 

「柳谷先生。東京の三名について、追加情報です」

 

乙女は俺を一瞥した。

 

「ここで話して」

 

「よろしいのですか?」

 

「この子も悪魔召喚アプリの使用者よ。完全に部外者ではないわ」

 

職員は迷ったが、報告を始めた。

 

「東京で確認された三名は、ジプスの保護下に入りました。少年二名、少女一名。うち一名、久世響希という少年が、戦闘時に高い適応を示したとのことです」

 

心臓が跳ねた。

 

久世響希。

 

その名前を実際に聞くと、妙な重さがあった。

 

ゲームやアニメのキャラクターじゃない。

この世界に生きている人間だ。

 

「久世……響希……」

 

コハルが小さく名前を繰り返す。

 

乙女は俺を見る。

 

「反応したわね」

 

「夢で見た名前なので」

 

またそれで押し通す。

 

「その夢では、彼は何者?」

 

俺は少しだけ迷った。

 

ここで“主人公”なんて言うわけにはいかない。

でも、完全に知らないふりも無理だ。

 

「たぶん、中心になる人です」

 

「中心?」

 

「この騒ぎの中で、色んなものを選ぶことになる人」

 

乙女は黙る。

 

職員は怪訝そうに俺を見た。

 

「柳谷先生、この子は?」

 

「大阪で確認された悪魔召喚アプリの使用者。こちらで保護中よ」

 

「この子が……?」

 

まあ、そういう反応になる。

 

見た目は幼女。

口は悪い。

今は簡易ベッドで寝かされている。

 

悪魔使いと言われても説得力は薄い。

 

俺はガラケーを持ち上げる。

 

「何だよ。見世物じゃねぇぞ」

 

職員がぎょっとした。

 

「す、すみません」

 

乙女がため息をつく。

 

「アイ、口」

 

「すみません」

 

「素直でよろしい」

 

「扱いが完全に子供なんだよなぁ……」

 

コハルが隣でくすっと笑う。

 

職員は報告を続けた。

 

「東京の三名は、今後本局の指示下で詳しい説明を受ける予定です。また、各地で悪魔召喚アプリの起動者が散発的に確認されています」

 

各地。

 

つまり、原作通り他の仲間たちも動き出す。

 

大阪なら、和久井啓太と九条緋那子。

名古屋なら、伴亜衣梨と鳥居純吾。

他にも、ジプス関係者や民間の悪魔使いが次々と出てくる。

 

俺はそれを知っている。

 

知っているけど、全部は言えない。

 

「……広がってるな」

 

俺が呟くと、乙女が聞き逃さなかった。

 

「何が?」

 

「悪魔召喚アプリの使用者です。東京だけじゃないなら、これからもっと増えます」

 

「それも夢?」

 

「半分は予想です」

 

これは本当。

 

原作知識を抜きにしても、状況から予想はできる。

 

乙女は職員へ言った。

 

「各地の使用者情報を集めて。特に大阪周辺の未保護者を優先して」

 

「了解しました」

 

職員が去ると、部屋の空気が少しだけ重くなった。

 

乙女は椅子に座り直し、俺を見た。

 

「アイ。あなたの夢では、これから何が起きるの?」

 

来た。

 

核心に近い質問。

 

俺は目を閉じた。

 

どこまで話す。

 

全部は駄目だ。

でも、何も言わなければ備えられない。

 

嘘と本当を混ぜる。

 

「大きな災害が続きます」

 

「悪魔によるもの?」

 

「悪魔だけじゃないです。もっと別の、説明しづらいもの」

 

セプテントリオンとは言わない。

 

まだ早い。

 

「人がたくさん死ぬ?」

 

「……はい」

 

そこは嘘をつけなかった。

 

乙女の表情が固くなる。

 

コハルが俺の手を握る。

 

「アイちゃん……」

 

俺はコハルを見ないまま続けた。

 

「でも、全部が決まってるわけじゃない。ニカイアの動画と同じです。見たから変えられることもある」

 

「あなたは、それを変えようとしているの?」

 

「自分が死にたくないだけです」

 

「それだけ?」

 

「それだけ、ってことにしてください」

 

乙女は静かに俺を見つめた。

 

俺も目を逸らさなかった。

 

ここは譲れない。

 

俺は聖人じゃない。

世界を救う英雄でもない。

原作主人公でもない。

 

でも、見てしまった死を放っておけないくらいには、たぶん馬鹿だ。

 

乙女は小さく息を吐いた。

 

「分かったわ。今はそれでいい」

 

助かった。

 

たぶん、見逃してくれた。

 

「ただし」

 

「まだあるんですか」

 

「あなたが何かを知っていて、それが人命に関わるなら、可能な範囲で教えなさい」

 

「可能な範囲で、なら」

 

「約束できる?」

 

俺はコハルの手の感触を意識した。

 

小さな手。

さっき、俺の死を変えてくれた手。

 

「約束します」

 

今度は、ほとんど本当だった。

 

全部は話せない。

でも、人が死ぬと分かっていて黙るのは、やっぱり無理だ。

 

乙女はうなずく。

 

「なら、今日は休みなさい」

 

「いや、まだ東京の三人が」

 

「休みなさい」

 

「はい」

 

二度目は逆らわないことにした。

 

コハルが俺の隣で、ほっとしたように笑う。

 

「アイちゃん、寝ていいよ」

 

「子守唄でも歌う気か?」

 

「歌えないけど、手は握ってる」

 

「それはそれで重い」

 

「嫌?」

 

「……嫌じゃねぇよ」

 

コハルは嬉しそうにうなずいた。

 

俺は天井を見上げる。

 

ガラケーは枕元。

その中にはアルテミス。

スキル欄にはパララレイ。

外ではジプスが動き、東京では久世響希が保護された。

 

一日目は、まだ終わっていない。

 

これからセプテントリオンが来る。

ポラリスの試練が始まる。

それぞれの思想がぶつかり、仲間たちは選択を迫られる。

 

俺はその全部を知っているようで、もう知っているとは言い切れない。

 

コハルを助けた。

乙女に保護された。

アルテミスと契約した。

 

それだけで、原作の外側に一本、知らない道ができた。

 

「……クソゲーだな、ほんと」

 

小さく呟く。

 

コハルが首を傾げる。

 

「くそげー?」

 

「難しすぎるゲームって意味」

 

「アイちゃん、ゲーム好きなの?」

 

「まあな」

 

「じゃあ、クリアできる?」

 

俺は少しだけ考えた。

 

クリア。

 

この世界でそれは、何を意味するんだろう。

 

生き残ることか。

コハルを守ることか。

久世響希たちと合流することか。

それとも、世界の結末を変えることか。

 

分からない。

 

だから、今言えることだけを言った。

 

「ゲームなら、投げなきゃいつかは進む」

 

「じゃあ、投げない?」

 

「投げねぇよ」

 

コハルは安心したように笑った。

 

「うん」

 

俺は目を閉じる。

 

眠気が、ようやく意識を引っ張り始めた。

 

遠くでサイレンが鳴っている。

誰かの怒鳴り声が聞こえる。

ジプスの職員が走る足音がする。

 

終末は、まだ進んでいる。

 

それでも、コハルの手がある。

 

枕元のガラケーには、月の女神がいる。

 

「……まずは、一日目を生き残る」

 

誰に言うでもなく呟いた。

 

その言葉を最後に、俺の意識は浅い眠りへ沈んでいった。

 

時計の針は17時半を指していた。

 

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