転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

8 / 14
憂鬱の日曜日(8)

 

眠りは浅かった。

 

意識の底に沈むたび、地下街の暗い照明がちらつく。

コハルの死に顔動画。

コハルの携帯に映った俺の死に顔動画。

悪魔の影。

パララレイが通った一瞬。

アルテミスの拳。

 

何度も何度も、同じ光景が頭の奥で再生された。

 

身体は眠っているのに、心だけがずっと走り続けているみたいだった。

 

「……っ」

 

目を開ける。

 

天井は白い。

簡易ベッド。薄い毛布。消毒液の匂い。遠くのざわめき。

 

ジプス大阪側の臨時拠点。

 

一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなった。

次に、今の身体のことを思い出す。

 

ライトブラウンの髪。

薄紫の瞳。

小さな身体。

 

月読アイ。

 

「……夢じゃねぇのかよ」

 

声は、相変わらず可愛らしかった。

中身の苛立ちとまったく釣り合っていない。

 

枕元を見る。

 

ガラケーがある。

画面は暗い。

その中に、アルテミスがいる感覚だけが薄く残っていた。

 

ベッド横では、コハルが椅子に座ったまま眠っていた。

 

俺の手を握ったまま。

 

「……ずっといたのかよ」

 

小さく呟く。

 

時計を見る。

 

17時30分。

 

浅い眠りについたのは、ちょうどその頃だったらしい。

 

窓の外はもう夕方の色になりかけている。

終末の一日目は、まだ終わっていない。

 

「最悪だな……夕方まで生きてるだけで偉業みたいな気がしてきた」

 

手を動かすと、コハルがぴくりと反応した。

 

「ん……アイちゃん……?」

 

「起こしたか」

 

「ううん……大丈夫。起きたの?」

 

「見りゃ分かるだろ」

 

「よかった」

 

コハルは眠そうな目をこすりながら、ほっとしたように笑った。

 

その顔を見て、俺は言葉に詰まる。

 

死に顔動画で見た顔とは違う。

ちゃんと生きて、眠くて、安心している顔だ。

 

「……心配しすぎだ」

 

「だって、アイちゃんの死に顔動画、見たから」

 

「まあ、それは……うん。重いな」

 

「重い?」

 

「かなり」

 

コハルは俺の手をぎゅっと握った。

 

「でも、変えられたよ」

 

「……そうだな」

 

変えられた。

 

少なくとも一つは。

 

その時、パーテーションの向こうから足音が聞こえた。

乙女だ。

 

白衣の上に防災用の簡易ベストを羽織っている。

顔には疲れが見えるが、目はまだ鋭い。

 

「起きたのね、アイ」

 

「ちょうど今」

 

「気分は?」

 

「最悪寄りの普通です」

 

「分かりにくいわね」

 

「俺もそう思います」

 

乙女は慣れた手つきで俺の額に触れ、脈を確認する。

 

「熱はない。けれど疲労は残っているわ。アルテミスの再召喚は、できれば避けたいところね」

 

「避けられる状況なら避けます」

 

「つまり、必要なら呼ぶ気ね」

 

「呼ばなきゃ死ぬ場面なら」

 

「正直でよろしい」

 

「嘘ついてもバレそうなんで」

 

乙女は少しだけ笑った。

でもすぐ、表情を引き締める。

 

「東京の件で続報が入ったわ」

 

俺は身体を起こした。

 

「響希たちですか」

 

口にしてから、しまったと思った。

 

乙女の目が細くなる。

 

「やっぱり名前を知っているのね」

 

「……夢で見ました」

 

「便利な夢ね」

 

「ですよね」

 

もうこの言い訳、長持ちしない気がする。

 

乙女は深く追及せず、話を続けた。

 

「東京で保護された三人、久世響希、志島大地、新田維緒。彼らはジプス東京支局に一時保護された」

 

そこまでは原作通り。

 

俺は息を呑む。

 

「それで?」

 

「その後、逃げ出したそうよ」

 

コハルが驚いた顔をする。

 

「逃げたの?」

 

乙女はうなずく。

 

「支局内で、峰津院大和局長と迫真琴局員の会話を偶然聞いたらしいわ」

 

来た。

 

俺は奥歯を噛む。

 

そうだ。

そこだ。

 

ジプスに保護された三人は、すぐに安心できるわけじゃない。

ヤマトの発言を聞いてしまう。

 

民間人が悪魔召喚アプリを持つのは危険。

ならば独房に閉じ込めろ。

 

真琴は反対する。

彼らは民間人だ、と。

巻き込まれただけだ、と。

 

だが、ヤマトの命令には逆らえない。

 

その会話を聞いた響希たちは、ジプスを危険な組織だと判断して逃げる。

 

「……まあ、逃げるよな」

 

俺が呟くと、乙女がこちらを見た。

 

「あなたなら?」

 

「逃げますね」

 

即答した。

 

「こっちの事情もろくに説明されないまま、民間人だから危険、独房に閉じ込めろ、なんて聞いたら、そりゃ逃げます」

 

「そうね」

 

乙女の声は少し重かった。

 

たぶん、真琴側の気持ちも分かるのだろう。

民間人を守りたい。

けれど、ジプスの命令系統は甘くない。

 

「真琴さんは反対したんですよね」

 

「……それも知っているの?」

 

「夢です」

 

「本当に便利ね」

 

「自分でも嫌になります」

 

乙女は少し沈黙した後、静かに言った。

 

「ええ。迫局員は反対したそうよ。三人は民間人であり、保護すべき対象だと。ただ、峰津院局長の判断は違った。悪魔召喚アプリを持つ民間人を野放しにするのは危険。だから拘束すべきだと」

 

「ヤマトらしいですね」

 

「その言い方だと、彼のことも知っているように聞こえるわ」

 

「……夢で、少しだけ」

 

乙女はもう何も言わなかった。

ただ、俺を見る目はさらに鋭くなった。

 

コハルが不安そうに俺の袖を引く。

 

「アイちゃん、その三人って悪い人なの?」

 

「悪くはない」

 

俺は少し考えてから答えた。

 

「むしろ、巻き込まれた側だ。お前や俺と同じ」

 

「じゃあ、逃げても仕方ないね」

 

「そうだな」

 

コハルは素直にそう言った。

 

乙女はそんなコハルを見て、少しだけ苦笑する。

 

「でも、ジプス側から見れば危険でもあるわ。悪魔召喚アプリは普通の力じゃない。使い方を間違えれば、人を簡単に傷つけられる」

 

「それは分かります」

 

俺はガラケーを見る。

 

パララレイ。

状態異常付与。

攻撃魔法ではないが、それでも悪用すれば十分危険だ。

 

まして、響希たちはこれからもっと強い悪魔を扱うことになる。

 

ヤマトの言っていることは、冷たいが完全に間違いではない。

 

民間人にそんな力を持たせて放置するのは危険。

 

けれど。

 

「正しいからって、納得できるとは限らねぇんだよな」

 

俺は呟いた。

 

乙女が少しだけ目を伏せる。

 

「そうね」

 

ヤマトの合理。

真琴の倫理。

巻き込まれた民間人の恐怖。

 

その全部が分かるから、面倒くさい。

 

誰か一人が完全に間違っているなら楽なのに、そうじゃない。

 

「……で、響希たちは今どこに?」

 

「東京支局から逃走中。詳細な位置は不明。ただし、ジプスも追跡している」

 

「そりゃそうか」

 

「あなた、心配しているの?」

 

「多少は」

 

「会ったことがないのに?」

 

「これから会うかもしれないので」

 

「また“これから”ね」

 

しまった。

また言葉が滑った。

 

乙女は深く息を吐く。

 

「アイ。あなたの話は、嘘と本当が混ざっているわ」

 

「……否定はしません」

 

「でも、今のところ、人を傷つけるための嘘ではない」

 

「そう思ってもらえるなら助かります」

 

「だから、ひとつだけ答えて」

 

乙女の表情が真剣になる。

 

「東京の三人を、今すぐジプスが捕まえるべきだと思う?」

 

俺は黙った。

 

難しい質問だ。

 

捕まえれば安全かもしれない。

少なくとも、悪魔召喚アプリを勝手に使う危険は減る。

 

でも、閉じ込めれば響希たちはジプスを信用しなくなる。

原作でも、そこから不信が始まる。

 

特に響希は、力で押さえつけられることを良しとしない。

 

「……無理に捕まえたら、たぶん逆効果です」

 

俺は言った。

 

「理由は?」

 

「彼らはまだ何も知らない。悪魔も、ジプスも、ニカイアも、世界がどうなるかも。そこにいきなり独房って単語を聞いたら、そりゃ敵だと思う」

 

「では放置?」

 

「それも駄目です。死ぬかもしれないし、誰かを巻き込むかもしれない」

 

「ならどうする?」

 

俺は少し考える。

 

ヤマトなら拘束。

真琴なら説得。

俺なら?

 

「追い詰めない距離で見守る。危険が来たら助ける。説明は、命令じゃなくて交渉にする」

 

乙女は黙って聞いている。

 

「少なくとも、“お前たちは危険だから閉じ込める”じゃなくて、“お前たちには力がある。使い方を間違えれば死ぬ。だから情報を共有しよう”って言うべきです」

 

「あなたがそれを言うの?」

 

「俺が言っても説得力ないですよ。俺も保護対象だし、ジプスを信用してないので」

 

「自覚はあるのね」

 

「あります」

 

乙女は少しだけ笑った。

 

「でも、悪くない意見だわ」

 

「ヤマトが聞くとは思いませんけど」

 

「でしょうね」

 

乙女はあっさり言った。

 

「でしょうね、なんだ……」

 

「峰津院局長は、合理性を重んじる人よ。民間人の感情に配慮して判断を遅らせるタイプではないわ」

 

「知ってます」

 

「また」

 

「夢です」

 

「はいはい」

 

雑に流された。

 

コハルが首を傾げる。

 

「そのヤマトって人、怖い人?」

 

俺は少し考えた。

 

「怖い」

 

「悪い人?」

 

「……悪い人、とは言い切れない」

 

「じゃあ、いい人?」

 

「それも違う」

 

コハルは困った顔をした。

 

「難しいね」

 

「この世界、そういう奴ばっかだよ」

 

乙女が静かに言う。

 

「アイ。あなたは峰津院局長を危険だと思っている?」

 

「はい」

 

これは即答だった。

 

「でも、必要な人でもあると思っています」

 

「それはなぜ?」

 

「強いから。判断が早いから。情報と組織を持っているから。あと……この状況で、何もかもを感情だけで動かす人よりはマシだから」

 

乙女は少し意外そうに俺を見た。

 

「嫌っているわけではないのね」

 

「嫌いになるほど会ってません。夢では腹立つ奴だと思いましたけど」

 

「また夢」

 

「便利なので」

 

「本音は?」

 

「……敵に回したくない」

 

これは本当だ。

 

ヤマトは危険だ。

合理的で、強くて、人を平然と選別する。

 

でも、敵に回せる相手ではない。

少なくとも今の俺では。

 

アルテミスを呼べば戦えるかもしれない。

だが、それは戦闘の話だ。

組織、情報、政治力、全部含めたら、勝負にならない。

 

「今の俺は、パララレイで一瞬止めてアルテミスに殴ってもらうくらいしかできない雑魚ですからね」

 

「自分で雑魚と言うのはやめなさい」

 

乙女が眉をひそめる。

 

「事実です」

 

「事実でも、言い方があるわ」

 

「口が悪いので」

 

「知ってるわ」

 

なぜか少しだけ会話が軽くなった。

 

その時、拠点の外で警報が鳴った。

 

短い電子音。

次に、職員たちの声。

 

「悪魔反応、南側通路!」

 

「避難者を奥へ!」

 

「戦闘班は前へ!」

 

乙女の顔が一気に切り替わる。

 

医者から、ジプスの人間へ。

 

「アイ、コハルと一緒に奥へ」

 

「嫌です」

 

即答した。

 

乙女の目が鋭くなる。

 

「アイ」

 

「俺のパララレイは攻撃じゃない。でも、足止めはできます。避難者を逃がす時間くらいなら作れる」

 

「あなたは休んだばかりよ」

 

「17時半に浅く寝ただけです。休んだうちに入りません」

 

「ならなおさら駄目」

 

「でも、ここを抜かれたらコハルも危ない」

 

コハルが息を呑む。

 

乙女は黙った。

 

俺はガラケーを握る。

 

「アルテミスは長く出せない。でも一瞬なら呼べる。パララレイで止めて、アルテミスで叩く。さっきと同じです」

 

「それで倒れたら?」

 

「倒れないようにします」

 

「下手な嘘ね」

 

「すみません」

 

乙女は迷っていた。

 

医者としては止めたい。

母親としても、コハルの近くにいてほしい。

でも、ジプスの人間としては、戦力を無視できない。

 

「……後方支援だけ」

 

乙女は言った。

 

「前には出ない。パララレイは一回だけ。アルテミスの顕現も短時間。危険だと判断したら私の指示で下がること」

 

「了解」

 

「本当に分かってる?」

 

「分かってます」

 

コハルが俺の手をぎゅっと握った。

 

「アイちゃん、死なない?」

 

「死なない」

 

今度は、たぶんと付けなかった。

 

「約束」

 

「約束」

 

コハルが手を離す。

 

俺はガラケーを開いた。

 

画面に悪魔召喚アプリが浮かぶ。

アルテミスの名前はまだ薄く表示されている。

 

「悪い、起こすぞ」

 

画面の奥で、月光が揺れた。

 

『休めと言ったはずだが』

 

声だけが聞こえる。

 

「状況が変わった」

 

『そなたの状況はいつも変わるな』

 

「文句は後で聞く。短時間でいい。力を貸せ」

 

一拍置いて、アルテミスの声が返る。

 

『よかろう』

 

月光が溢れる。

 

完全な顕現ではない。

姿は薄く、輪郭も淡い。

それでも、女神の気配は確かにそこにあった。

 

腕に装着されたクロスボウ型の神具が光る。

 

「小さき月よ。今度の狩りは何だ」

 

「避難誘導の時間稼ぎ」

 

「ならば救助だな」

 

珍しく、最初から言い直した。

 

俺は少しだけ笑う。

 

「分かってきたじゃねぇか、拳の女神」

 

「武人女神と言え」

 

南側通路から、悪魔の影が現れた。

 

俺は震える指で、パララレイを選ぶ。

 

攻撃じゃない。

ただの麻痺付与。

通るかどうかは分からない。

 

でも、通れば一瞬が作れる。

 

その一瞬で、人が逃げられるなら。

 

「やる価値はある」

 

俺は小さく呟いた。

 

乙女が避難者を誘導する。

コハルが奥で祈るように俺を見ている。

アルテミスが隣に立つ。

 

そして俺は、迫る悪魔にガラケーを向けた。

 

「来いよ、終末」

 

声は震えていた。

 

けれど、足は下がらなかった。

 

「一回寝たくらいで、こっちが大人しくなると思うなよ

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。