転生したら月読アイだった件 ―なお世界はデビルサバイバー2で、相棒は拳で戦う女神アルテミスです―   作:宇迦之たま猫

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憂鬱の日曜日(9)

 

南側通路から響いた警報は、短く、嫌な音だった。

 

ビー、ビー、と二度鳴って、臨時拠点の照明が一段暗くなる。

 

「南側通路、悪魔反応!」

 

「避難者を奥へ! 医療区画を閉鎖!」

 

職員たちが一斉に動き出した。

 

だが、避難者はそう簡単には動けない。

 

怪我人がいる。

泣き叫ぶ子供がいる。

足を引きずる老人がいる。

何が起きているのか理解できず、その場に固まる者もいる。

 

俺はガラケーを握りしめながら、南側通路を睨んだ。

 

通路の奥。

非常灯の赤い光の中で、影が三つ揺れた。

 

まず飛び出してきたのは、小柄な悪魔が二体。

 

細い手足。

嫌に素早い動き。

人間の足元をすり抜けるように、左右へ散る。

 

「闘鬼ピルヴィス……二体」

 

そして、その背後から、重い足音が響いた。

 

ずしん、と床が鳴る。

冷気をまとった巨体が、通路の奥から姿を現した。

 

白く凍りついたような皮膚。

獣じみた体躯。

飢えた目。

 

「邪鬼ウェンディゴ……!」

 

思わず声が漏れた。

 

ピルヴィス二体で避難者の列を乱し、ウェンディゴで正面から押し潰す。

単純だが、ここでは最悪に近い組み合わせだ。

 

「敵を倒すより、まず人を動かす方が先か……」

 

乙女が俺を見る。

 

「分かっているなら、前に出ないこと」

 

「分かってますよ。今回は後ろで嫌がらせします」

 

「言い方」

 

「状態異常付与役なんて、だいたい嫌がらせ担当でしょ」

 

「否定はしないわ」

 

乙女は携帯を開いた。

 

「サラスヴァティ」

 

澄んだ音が鳴った。

 

水面を指で弾いたような、透明な音。

その響きとともに、乙女の背後へ清らかな光が満ちる。

 

女神サラスヴァティ。

 

彼女が現れた瞬間、泣き叫んでいた子供の声が少しだけ弱まった。

怪我人たちの荒い呼吸も、わずかに整う。

 

「……音で落ち着かせてるのか」

 

乙女は短くうなずく。

 

「パニックを抑える。完全には無理でも、避難の指示が通るようになるわ」

 

「めちゃくちゃ医療向きですね」

 

「あなたのアルテミスとは方向性が違うでしょう?」

 

「うちの女神は方向性が拳ですからね」

 

ガラケーの画面が淡く光る。

 

『聞こえているぞ、小さき月よ』

 

「起きてたのかよ」

 

『そなたが呼ぶ前から騒がしい』

 

「悪い、短時間だけ頼む。今回は正面突破じゃない。避難路の確保だ」

 

『よかろう』

 

月光がこぼれ、アルテミスが姿を現す。

 

完全な顕現ではない。

輪郭は少し淡く、長くは保たないのが見て分かる。

 

それでも、女神は女神だった。

 

腕に装着されたクロスボウ型の神具が、淡い月光を帯びる。

 

「アルテミス、ピルヴィスを避難者に近づけるな。ウェンディゴは足止め優先」

 

「承知した」

 

アルテミスは、いきなり殴りには行かなかった。

 

腕の神具を掲げ、通路の天井付近へ月光の矢を撃ち込む。

矢は敵ではなく、崩れかけた配管を射抜いた。

 

配管が外れ、白い蒸気が噴き出す。

 

南側通路の視界が一気に悪くなった。

 

「敵の視界を潰すのか」

 

「ピルヴィスは素早い。目で追うより、動線を狭めた方がよい」

 

「やればできるじゃねぇか、武人女神」

 

「当然だ」

 

「ちょっと嬉しそうにすんな」

 

蒸気の向こうで、二体のピルヴィスが左右へ分かれた。

 

一体は壁際を走り、避難者の足元へ潜り込もうとしている。

もう一体は照明盤へ向かっていた。

 

「照明を落とす気か!」

 

明かりが消えれば、避難は一気に崩れる。

怪我人が転び、列が乱れ、ウェンディゴにまとめて潰される。

 

俺はガラケーを構えた。

 

スキル欄に浮かぶ文字。

 

パララレイ

 

攻撃魔法じゃない。

敵を焼くわけでも、撃ち抜くわけでもない。

中確率で麻痺を与える、状態異常付与魔法。

 

通るかどうかは運が絡む。

 

けれど、今必要なのは火力じゃない。

一瞬の停止だ。

 

「止まれ……!」

 

ボタンを押す。

 

「パララレイ!」

 

光弾は飛ばない。

雷も落ちない。

 

照明盤へ向かっていたピルヴィスの輪郭に、ざらついたノイズのような魔力が絡みついた。

 

ピルヴィスの動きが、びくりと乱れる。

 

完全に止まったわけじゃない。

だが、照明盤へ伸ばしかけた腕が一瞬だけ空を掻いた。

 

「通った!」

 

「よい」

 

アルテミスは敵へ飛び込まなかった。

 

代わりに、腕のクロスボウ型神具から月光の矢を床へ撃ち込む。

 

矢はピルヴィスの足元ではなく、床の金属板の継ぎ目を射抜いた。

跳ね上がった床板が、ピルヴィスの進路を塞ぐ。

 

体勢を崩したピルヴィスへ、アルテミスが踏み込む。

 

拳ではない。

腕の神具を横に払うように使い、ピルヴィスを壁へ叩きつける。

 

「弓で殴った」

 

「神具で打ったのだ」

 

「同じだろ」

 

ピルヴィスは霧のように消えた。

 

だが、もう一体が避難者の列へ滑り込んでいた。

 

小さい。

速い。

ウェンディゴのような圧はないが、こういう混乱した場所では厄介すぎる。

 

乙女が即座に指示を出す。

 

「避難列を止めないで! サラスヴァティ、左側を塞いで!」

 

サラスヴァティが手をかざす。

 

澄んだ旋律が、通路の左側に流れ込んだ。

音が重なり、透明な膜のような壁を作る。

 

ピルヴィスは避難者の足元へ飛び込もうとしたが、その音の壁に弾かれて進路を逸らした。

 

「支援と妨害が上手すぎる……!」

 

「感心している場合?」

 

「今してる場合じゃなかった!」

 

俺はガラケーを握り直す。

だが、さっきパララレイを使ったばかりで、胸が重い。

 

連発はきつい。

 

そこへ、ウェンディゴが動いた。

 

巨体が一歩踏み出すだけで、床が軋む。

サラスヴァティの音の壁を無視するように、正面から押し込んでくる。

 

「ウェンディゴが来る!」

 

「サラスヴァティ、防壁!」

 

乙女の声に応じ、サラスヴァティが両手を広げる。

 

水面のような音の膜が、ウェンディゴの前に展開された。

 

ウェンディゴの腕が防壁を殴る。

 

鈍い衝撃。

音の膜が大きく波打つ。

 

乙女の表情がわずかに歪んだ。

 

「長くは持たないわ」

 

「アルテミス、正面に――いや、待て!」

 

俺は途中で叫びを変えた。

 

ウェンディゴの視線が、避難者ではなく拠点の奥へ向いている。

 

そこには医療用の酸素ボンベが並んでいた。

 

「ボンベ狙いかよ!」

 

ウェンディゴが防壁を破って暴れれば、避難者を直接襲わなくても十分な被害が出る。

酸素ボンベが倒れ、破裂でもすれば、救護区画ごと終わる。

 

「乙女さん、ボンベを守ってください!」

 

「分かってるわ。サラスヴァティ!」

 

サラスヴァティの音の壁が、ウェンディゴの正面からボンベ側へ一部移動する。

 

その瞬間、防壁が薄くなる。

 

ウェンディゴの腕が、音の膜を押し破りかけた。

 

「アルテミス、押し返すな! 横にずらせ!」

 

「よかろう!」

 

アルテミスが真正面から突っ込む。

 

ただし、力比べはしない。

 

腕のクロスボウ型神具をウェンディゴの腕に引っかけ、身体を滑り込ませるようにして突進の角度をずらす。

 

ウェンディゴの爪がボンベではなく、床を抉った。

 

火花が散る。

 

「今のうちに避難者を奥へ!」

 

乙女が叫ぶ。

 

サラスヴァティの旋律が広がり、人々の足音を一定のリズムに整えていく。

恐怖で乱れた列が、少しだけ流れを取り戻した。

 

だが、残ったピルヴィスがその隙を狙った。

 

ウェンディゴの影に隠れ、サラスヴァティの防壁の横を抜けようとしている。

 

「こいつ、まだいたのかよ……!」

 

俺はガラケーを見る。

 

パララレイはもう一発撃てるか分からない。

撃てても、外れるかもしれない。

 

でも、ここを抜かれたら避難列が崩れる。

 

「……攻撃じゃなくていい。倒せなくていい。半歩でいいから遅れろ」

 

ボタンを押す。

 

「パララレイ!」

 

魔力のノイズがピルヴィスへ走る。

 

一瞬、外れたかと思った。

 

ピルヴィスは止まらない。

 

だが、その足運びがわずかに乱れた。

半歩だけ、踏み込みが遅れる。

 

それで十分だった。

 

「アルテミス!」

 

「見えている」

 

アルテミスはウェンディゴから一瞬だけ離れ、腕の神具を逆手に振るう。

月光の弧が走り、ピルヴィスを横から打ち払った。

 

ピルヴィスは壁に叩きつけられ、消える。

 

残るはウェンディゴのみ。

 

巨体が唸る。

冷気が床を這う。

近くの金属棚に白い霜がついた。

 

「寒っ……こいつ、近くにいるだけで体力持っていかれるタイプかよ」

 

「長引かせるべきではないわ」

 

乙女が言う。

 

「避難者は?」

 

「ほぼ奥へ下がった。けれど、医療区画はまだ完全には閉じられていない」

 

「じゃあ、ここで止めるしかないですね」

 

俺はガラケーを握る。

 

もうパララレイは撃ちたくない。

身体が重い。

視界の端がちらつく。

 

だから、今度は撃たない。

 

「アルテミス、ウェンディゴの右足。床、凍ってる」

 

「滑らせるか」

 

「そう。殴って倒すんじゃなくて、崩せ」

 

「承知した」

 

アルテミスが低く踏み込む。

 

ウェンディゴは腕を振り上げる。

その巨体の一撃を、アルテミスは真正面から受けない。

 

腕のクロスボウ型神具で軌道を逸らし、身体を沈める。

そして、ウェンディゴの凍りついた右足首へ月光をまとった蹴りを叩き込んだ。

 

足場が割れる。

 

ウェンディゴの巨体が傾いた。

 

「サラスヴァティ!」

 

乙女の声。

 

サラスヴァティの音の波が、ウェンディゴの倒れる方向をさらに押し込む。

避難区画とは逆。

空になった通路側へ。

 

ウェンディゴが膝をついた。

 

その一瞬。

 

アルテミスの腕部クロスボウに月光が集まる。

 

今度こそ矢を撃つのかと思った。

 

だが、アルテミスはその月光を拳にまとわせた。

 

「結局殴るのかよ……!」

 

「これが早い」

 

一撃。

 

派手な連撃ではなかった。

銀河烈星拳でもない。

 

ウェンディゴの中心を見定めた、重い一撃。

 

月光をまとった拳が、邪鬼の胸部を打ち抜く。

 

ウェンディゴの身体に亀裂が走り、内側から白い光が漏れた。

次の瞬間、その巨体は霧のように崩れ落ちた。

 

通路に残ったのは、蒸気と冷気と、荒い呼吸だけだった。

 

俺はガラケーを握ったまま、膝から崩れそうになる。

 

乙女がすぐに支えてきた。

 

「また無理をしたわね」

 

「二発目は、半歩遅らせただけです」

 

「それを無理と言うの」

 

「ですよね」

 

コハルが奥から駆け寄ってくる。

 

「アイちゃん!」

 

「生きてる。今回はちゃんと後ろにいただろ」

 

「でも顔色悪い」

 

「元からこういう顔だ」

 

「嘘」

 

「……はい」

 

サラスヴァティの旋律が、拠点内に残った緊張をゆっくりほどいていく。

避難者たちの呼吸が落ち着き、職員たちが通路の確認に走る。

 

アルテミスは俺の隣に立ち、腕の神具を下ろした。

 

「小さき月よ。今回は、よく戦場を見ていた」

 

「珍しく褒めるじゃねぇか」

 

「事実だ」

 

「でも最後は殴ったな」

 

「必要だった」

 

「まあ、今回は否定しねぇよ」

 

アルテミスは少しだけ満足そうに笑った。

 

俺は南側通路を見る。

 

闘鬼ピルヴィス二体。

邪鬼ウェンディゴ一体。

 

倒した。

避難路は守った。

医療区画も、酸素ボンベも無事。

 

ただ敵を止めて殴るだけじゃない。

 

サラスヴァティで人を落ち着かせ、音で守り、アルテミスで動線を制御し、パララレイで一瞬だけズラす。

 

「……なるほどな」

 

俺は小さく呟いた。

 

「俺の役目、火力じゃねぇわ」

 

乙女が俺を見る。

 

「何か分かったの?」

 

「少しだけ」

 

俺はガラケーを閉じる。

 

「俺は倒す係じゃない。敵の動きと人の流れを見て、必要な一瞬を作る係です」

 

「重要な役割ね」

 

「地味ですけどね」

 

「地味な役割を軽く見ない方がいいわ」

 

乙女は静かに言った。

 

「医療も避難も、そういう地味な積み重ねで人が生き残るの」

 

それは、妙に重い言葉だった。

 

俺は少しだけ目を逸らす。

 

「……覚えときます」

 

アルテミスが穏やかに笑う。

 

「よい学びだ、小さき月よ」

 

「だから子供扱いするな」

 

「実際、今は子供の身体であろう」

 

「うるせぇ、拳の女神」

 

「武人女神と言え」

 

コハルがくすっと笑った。

 

前と同じ戦いじゃない。

ただ敵を止めて、アルテミスが殴るだけでもない。

 

俺は少しだけ、この世界での戦い方を覚え始めていた。

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