しょぼんとしながらヒナは学校に向かう準備をする。
雲雀に勉強について相談しようと思っているが、タイミングが合わず出来なかった。一昨日はあまりにも雲雀が帰ってくるのが遅く電話すれば、今日は帰らないと言われたのだ。理由を聞こうとしてもすぐに電話を切られ、まともに話すら出来なかった。そして次の日も帰ってこなかった。
雲雀が何をしていたかというとグラウンドの整備、さらに根津の学歴詐称の件で忙しく、ヒナにかまってる時間は無かった。実際、電話があるまですっかり存在を忘れていた。ちなみに雲雀は地震の影響で地面が割れたと思い、ツナの存在には気付かなかった。まさか1人の力で割れたとは思わなかったのである。……ヒナとちゃんと話をしていれば、真実を知ることが出来ただろうが。
そして昨日やっと帰ってきたと思ったら、雲雀はさっさと寝てしまい、相談する時間がなかったのた。今朝はいつもより一時間も早く起きたが、雲雀の姿はもうなかったのである。
ヒナは弁当に視線を向ける。今日は雲雀に持っていく日ではなかったが、疲れているだろうと予想し雲雀の分も用意したのだ。いつもより起きる時間が早かったため、栄養たっぷりの弁当を用意したのである。
戸締りを終え、学校に向かおうと一歩踏み出そうとした時、見知った顔があった。
「ふ、副委員長さん!!」
「おはようございます」
「わわっ、おはようございます!」
草壁に頭を下げられ、慌ててヒナも頭を下げる。これに驚いたのは草壁だ。しかしどこか納得する気持ちもあった。ヒナは雲雀と正反対といっていいほど性格が違う。雲雀のように堂々と付き従わせることが出来ないのだ。今後ヒナが不必要に頭を下げさせないためにも、草壁は挨拶をする時に頭を下げない方がいいだろうと記憶する。
「……お兄ちゃんに、何かあったの……?」
無意識に弁当を持つ手に力が入る。草壁が今この場に現れた理由はそれしか思いつかなかった。
雲雀とはあまり話せていないが、草壁とは話せて退学の件についてはお礼を言い終わっている。ヒナ自身はもっとお礼をしたかったが、草壁には丁重に断られていたのだ。そのため、不服だが退学の件は片付いている。なので、わざわざ草壁がヒナに会いにくる用はない。
ヒナは疲れているだろう雲雀に何かあったとしか思えなかった。
真っ青な顔をしているヒナを落ち着かせるために、優しく草壁は声をかけた。
「大丈夫ですよ」
ヒナの安心するように息を吐いたのを見て、草壁も気付かれないように息を吐いた。身体の小さなヒナが真っ青な顔をしていれば、倒れてしまいそうで怖いのだ。
「えっと、どうしたの?」
「今日から風紀委員が雪宮さんの送り迎えをします。出来るだけ私が来れるようにしますので……」
「えっ!? 道は覚えたよ!」
ヒナは護衛という意味に気付かず、ただ単に迷子の心配をしているのだと思った。ヒナは今まで護衛という言葉と無縁の生活を送っていたのだ。無理もないだろう。
しかしだからといって、ヒナを1人で通わせることは出来ない。根津の件のような例もある。
護衛する方の立場からすれば、護衛対象は守られていることをしっかりと自覚して動いてもらいたい。だが、今のヒナにそれを強要するのは酷だ。言葉を濁し、それでいて強引に話を進めることを草壁は選んだ。
「雪宮さんは私達がいれば気をつかうと思います。ですが、風紀のためにご協力をお願いします」
しっかりと頭を下げる。挨拶と違うので、ヒナは頭を下げ返すことはしないだろう。そして草壁の予想通り、ヒナは驚いた声をあげてオロオロとしているが、頭を下げなかった。
「ふ、風紀委員さんと一緒に行くぐらいなら……」
いつまでも頭をあげそうにない草壁に、ヒナは根負けした。迷惑をかけてるというより、草壁の言葉で風紀に協力しているという印象が強いのもあった。
「ありがとうございます」
強引に進めることができ安心した草壁が、立ち位置や話題に困るまで後少し……。
今日の教科書はもう教室に運ばれると知ったヒナは、真っ直ぐに教室に向かうことにした。ちなみに雲雀の弁当は草壁が申し出たのでお願いした。今の時間は見回りしているので応接室に行っても雲雀と会えないだろうと言われ、草壁は鍵を持ってるので応接室に入れるのもあり、すれ違いを防ぎたかったのである。
「ありがとうございました」
「お気になさらずに。では、また放課後に」
「応接室に行けばいいの?」
「いえ、私が教室まで伺います」
「うん!」
普段のヒナならば遠慮するが、嬉しそうに頷いた。草壁と帰るのが楽しみでそこまで気が回らなかった。実は道中の話題に困った草壁が、唯一ヒナとの接点である雲雀の話をしたのである。雲雀のことをよく知らないヒナは、草壁の話はとても新鮮でもっと聞きたいと思っていたのだ。
教室の前で草壁と別れたヒナは、教室のドアを開けた。そして首を傾げた。
ヒナが入ってきた途端、一斉に目を向けられたのだ。それだけならまだ、転校生に対する反応だと思えただろう。だが、今は遠巻きにヒナを見るだけで、誰一人声をかけようとしない。昨日までの質問攻めがウソのようだ。
「……おはよう」
この空気にお節介の愛は耐えれなかった。つい世話を焼き、声をかけてしまう。ヒナが雲雀と一緒に住んでいるのを知っているのも多少は関係あっただろうが。
「愛ちゃん! おはよう!」
ヒナはパッと明るい顔になり、愛に返事をかえす。そして気になることを聞いてみた。
「あのね、愛ちゃん。みんな、変じゃない?」
あなたのせいよ!と心の中で文句をいいながらも教える。運動神経がいい愛でも、雲雀恭弥には絶対に敵わないと知っているから。
「草壁哲也と一緒に居たせいよ。もう少し考えて行動しなさいよ」
それでもいつもの癖で口調が強くなる。ツナと自分の平穏のためにも、ヒナには余計なことをしないでほしいのだ。今だって教室の空気の変わりようにツナは不思議そうにしている。後でフォローするのは愛の役目になるのだから。
「草壁哲也って?」
「何で知らないのよ! 一緒に登校したんでしょ!」
「そういえば、校長先生が呼んでたかも。副委員長さんの名前は草壁哲也さん……覚えたよ!」
そんな報告はいらない。愛は自分の顔が引きつっているのがわかった。
「あれ? 何で一緒に登校したことを知ってるの?」
「……私の話を聞きなさいよ。はぁ、もういいわ。草壁哲也は有名なの! すぐ噂になるの、わかった?」
小さな子どもに聞かせるように愛は話す。ヒナもわかりやすく話してくれたおかげですぐに理解できた。……間違った方向に。
「副委員長さんって、有名なんだ……」
雲雀恭弥が率いている風紀委員の副委員長だから有名であって、草壁自身が有名なわけではない。しかしそのことを知らないヒナは、草壁が凄いと錯覚したのだ。
……そうだよね、副委員長さん優しいもん。
ヒナのように困っている人を何度も手助けしてくれるのだろう。ほんのちょっぴり自分が特別じゃなかったんだとショックをうけているが、尊敬する気持ちの方がはるかに強く、ヒナは気付かない。
「……あれ? 大変!」
「ちょっとぉ!?」
愛の驚いた声が聞こえたが、ヒナは教室から出て行くのを止めれなかった。ヒナは必死だったのだ。
すぐに噂になるほど草壁が有名なら、毎日の送り迎えは草壁にとって不利益な噂が流れてしまう。ヒナはいいが、草壁は困ることになるだろう、と。
「副委員長さんに会わないと……!」
雲雀と風紀委員のことをよく知らないヒナは、間違った方向に突き進んでいくのだった。