勢いよく飛び出したヒナだったが、雲雀の顔が浮かび立ち止る。慌ててまわりを見渡し、ホッと息を吐く。
「邪魔しちゃダメ、目の前で群れちゃダメ、風紀を乱しちゃダメ」
口に出して確認し、頷く。今度は間違えないように、ヒナは応接室へ向かって歩き出した。
応接室には無事に着いたが、ノックをしても返事がなく鍵もかかっていた。ヒナは草壁に雲雀の弁当を預けたので応接室にいるだろうという考えで、向かっていただけである。扉が閉まっているという事態を想定していなかった。
「……どうしよう」
雲雀に聞くという手もあるが、私情といっていい内容で電話するのは躊躇してしまう。それに今すぐは無理でも放課後には必ず会えるのだ。雲雀に頼むことは出来なかった。
結果、ヒナは応接室の前で待つしかなかった。何度も世話になってるのに、ヒナは草壁のことを知らないのだから。
何時間も外で雲雀の帰りを待つことが出来るヒナは、辛抱強い。咄嗟の判断は遅いかもしれないが、同じことの繰り返しを続けられるタイプだった。だから草壁を待つためならば、今回も何時間も待つことが出来ただろう。朝のHRが始まる予鈴のチャイムさえ鳴らなければ……。
会えなかったことは残念ではあるが、前向き思考のヒナは次の休憩時間にまた行けばいい、それに雲雀にも会えるかもしれないとすぐに切り替えることが出来た。そして、無事に本鈴が鳴ると同時に戻ってこれたので安心し教室に入る。
「あれ?」
ヒナは首を傾げた。誰もいない。
すぐにグラウンドを覗いたが、誰もいない。そもそも教室に戻る際に人の気配がしたので、全校集会や学年集会とかではないだろう。現に今も隣のクラスからは声が聞こえる。
じゃぁみんなはどこに行ったの?
首を傾げたところで答えがわかるわけがない。しかしヒナは動かない。もう少し時間が必要そうだ。
「……そうだ、職員室!」
名案というばかりに顔を輝かせる。が、他の人ならば、もっと早く気付くだろう考えである。
意気揚々と職員室に向かうヒナ。その後姿を見回りをしていた彼は偶然にも捉えた。
「何してるの?」
その声は低く、機嫌の悪そうな声だった。
「……お兄ちゃん!」
しかしヒナは気付かずに振り返り、雲雀の姿を見ると嬉しそうにパタパタと駆け寄った。そんなヒナの行動に雲雀は眉をひそめた。雲雀にしては気にかけてる方だが、一般的に考えるとヒナの扱いは雑だろう。いったいどこに懐く要素があったのか、雲雀からすれば謎でしかない。
「それで、何してるの?」
「えっとね、教室に誰もいないの。お兄ちゃん、知ってる?」
チラリと視線を教室に向ける。確かに誰もいない。しかし荷物はある。雲雀の記憶では集会の予定はない。何かあったのかもしれない。
「誰とも会っていないの?」
「ううん。ちょっぴり教室から離れて帰ってきたら、誰もいなかったんだ」
事件の可能性が高まった。
「何か変わったことはなかった?」
「あ! あったよ!」
「なに」
「あのね、みんな変だったよ。愛ちゃん以外、誰もヒナに話しかけようとしなかったんだ」
事実だが、言葉が足りない。教室にヒナ以外がいないというのは、ヒナだけが置いていかれたとも取れるのだから。
「……お兄ちゃん?」
恐る恐るヒナは声をかけた。雲雀が無言でジッとヒナを見つめているからだ。
「今まで僕は君みたいな弱いタイプとは関わらなかったし、面倒を見ることなんて一度もなかった。だから咬み殺せば何でも解決すると考えていた僕は、不満が全て弱い立場に行くと草壁から聞いてもよくわからなかった。あまりにもうるさいから登下校の許可はしたけど。でも……理解したよ」
コテンと首を傾げる。何の話をしているのかヒナにはわからない。
「ついてきなよ」
頭の中は疑問でいっぱいだが、ヒナは言うとおり雲雀の後を着いていく。すると、先程まで居た応接室の前まで戻ってきた。
「授業うけにくいんだよね?」
「……あれ? お兄ちゃん、知ってたの?」
「さすがに気付くよ」
ヒナは恥ずかしそうに下を向く。まさか授業についていけないほど日本語がわからないと雲雀に気付かれているとは思わなかったのだ。
「……ごめんなさい」
「謝らなくていい、君が悪いわけじゃない」
事実、雲雀への不満がヒナに向くのはヒナのせいではない。どちらかというと雲雀のせいだ。だからといって、雲雀にとって譲れないものなので咬み殺すのは止めるつもりはない。雲雀がするのは、少しでもヒナが平和に学校生活を送れるようにすることだ。
「ここで勉強すればいい。わからなければ、僕か草壁に聞けばいいよ」
「で、でもお兄ちゃん達の授業が……!」
「問題ないよ。僕達は授業をうけなくていいから」
日本の教育システムを覚えていなかったヒナは、試験にさえ合格すれば問題ないと考え、雲雀の言葉に特に疑問に思わなかった。
「本当にいいの……?」
「いいよ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」
パッと顔を輝かせ、ヒナは雲雀の後を追いかけ応接室に入っていった。
不思議なことに話が繋がってしまう。
原因:言葉が圧倒的に足りないから。