【改稿版】お兄ちゃんができました   作:ちびっこ

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雲雀の溜息

 廊下を歩いていると視線を感じ、ヒナは首を傾げた。ちょっぴり端の方へとより、鏡で髪の毛や顔をチェック。特に変なところはない。再び歩き始めてもやはり視線を感じる。

 

 ……注目を浴びるようなことがあったかな?

 

「あ!」

 

 すっかり忘れていた!とヒナはショックを受ける。草壁が有名だと知り、送り迎えについて相談しようと思っていたのだ。いろいろあって忘れてしまった。しかし、ほんのちょっぴりの時間でこんなにも噂になってしまうなんて……。

 

 また草壁に迷惑をかけてしまったとヒナは肩を落とす。そして教室に行けばもっと好奇な目で見られるだろう。尻込みしたくなるが、今弁当を取りに行かなければ、優しい草壁が気をつかって取りに行きそうである。そうなればますます悪化してしまう。ヒナは気合いを入れて教室のドアをくぐった。

 

「ぅぅ……」

 

 さっきの気合いはどこへ行ったというぐらい、ヒナはおどおどしていた。想像以上の視線であっさりと心が折れかけていた。

 

 とにかく弁当さえ確保出来ればいい。ヒナはおどおどしながらも足早に自分の席へと向かう。

 

「え、ちょっと待って。……うわぁ!」

「きゃ!」

 

 焦った声にヒナは顔を向ければ、ツナが至近距離にいた。ただの至近距離なら良かったのだが、ヒナにぶつかりそうな勢いだった。咄嗟の判断が遅いヒナは避けれるはずもなく、ツナとぶつかり一緒に倒れこむ。

 

「ご、ごめん! 雪宮さん、大丈夫!?」

「ああぁぁ……!」

 

 ツナはヒナの反応に違和感があった。頭でも打ったかもしれないと焦るが、ヒナの視線で自身の手がどこに置いているのかに気付く。

 

「うぁぁぁ! ごめん! わ、わざとじゃ……!」

 

 ヒナが教室にいない事に不思議に思っていただけで、ツナはヒナが注目の的になる理由をよく知らなかった。だから教室の空気がかわったことに疑問を感じていた。それがなぜか幼馴染が居ないので周りに聞こうとしただけなのに、探って来いと勢いよく背を押されたのだ。ツナにそんなつもりはなかった。……柔らかいとは思ったけれども。

 

 変態、サイテーなどの声が聞こえるが、ツナはさすがに今回は逃げ出さなかった。本当は逃げ出したいが、ヒナの方が逃げ出したいだろう。たとえ逃げ出したとしても、ヒナの後だ。

 

「……だ、大丈夫」

 

 そう言ってるものの、ヒナが明らかに無理をしているのは一目瞭然。なんとか身体を起こすことは出来たが、前向き思考のヒナでもこれはきつい。立ち上がるのは厳しかった。

 

 この空気の中、2人に駆け寄る人物がいた。

 

「雪宮、大丈夫か? ツナもいけっか?」

「山本ォー!」

 

 声をかけてくれた山本をツナは救世主のように見つめる。実際、この状況に進んで仲裁に入ってくれるのは幼馴染の姫川ぐらいだったのだ。クラスの人気者の山本も仲裁に入ってはくれるだろうが、今までなら周りのフォローだった。当事者の間に入ってフォローしてくれたのは、朝の自殺騒動で少し仲良くなった影響だ。もっともツナはパニック中なので気付かないが。

 

「2人とも立てそうか?」

 

 スッとヒナの前に山本は手を差し伸べた。ツナだけじゃなくヒナにも山本が救世主に見えてくる。普段なら断っていただろうが、おどおどしながらも手を出し立ち上がろうと足に力を入れる。その助けをするかのようにグィッと引っ張られて簡単に立ち上がれた。

 

「あ、ありがとう! えぇっと、山本君?」

「ああ! 山本武って言うんだ。よろしくなっ!」

 

 爽やかな笑顔の自己紹介にヒナも自然と笑顔になる。山本はニカッと笑った後、次はツナに手を差し伸べた。ツナも立ち上がる頃には、山本が出す空気で落ち着いたようで、再びヒナに向き合った。

 

「ほんと、ごめんっ!」

「だ、大丈夫だよ。……出来れば、もう忘れてほしいの」

「そ、そうだよね! ごめっ、オレ、気付かなくて……」

 

 果たしてあの柔らかさを忘れることが出来るのかと疑問に思いながらも、ツナはもう話題にすることをやめた。それぐらいなら出来る。

 

「そういや、雪宮はどこ行ってたんだ?」

 

 山本も空気を読み、話題をかえた。ただし、クラスの代弁するほど空気を読んではいない。ただの純粋な疑問である。

 

「えぇっとね、応接室なの」

「応接室?」

「そうなの。日本語が読めなくて、そこで教えてもらってるの」

 

 へぇーと2人は感心したような声をあげる。数日間の質問攻めで2人の耳にもヒナが小学校の低学年からイタリアにいったという情報が入っていたのだ。読めないこと自体に驚きはしないし、このような救済処置がない方が変だよなーと今更ながら気付き、感心したのである。

 

「ん? ならよ、今日の朝に風紀委員と一緒に居たのは……」

「ヒナもよくわかんない。風紀のためだって」

「そっか、そっか」

 

 山本が納得したが、ツナとヒナはよくわからず首をかしげる。2人は山本を見ているので気付かなかったが、クラス中が納得していた。……風紀の乱れを防ぐため、生活に慣れるまでつくことにしたのか、と。

 

 同じ転校生の獄寺についていないのは、根津を締め上げた時点で理解できる範囲だ。そして多分もう目をつけられてそうだという推測まで出来てしまった。

 

 山本が説明しようと口を開きかけたところでチャイムが鳴り響く。慌てて席へと戻るツナ達。ヒナも慌てて弁当を取りに行く。

 

「じゃあね、雪宮さん。頑張ってね」

「うん!」

「なんで親しくなってるのよー!?」

 

 この休憩時間に教室にいなかっただけなのに、戻ってきたら親しそうなツナとヒナの姿が目に入ったのだ。距離が離れているにも関わらず、姫川は誰に向かって言い放ったかはヒナ以外察した。クラスメイトも慣れたものである。

 

 察しなかったヒナはもう教室から出ていった。残ったツナは姫川に詰め寄られ、さらにヒナの前では言えなかったセクハラ内容をクラスメイトにからかわれ、姫川の耳に入ってしまう。

 

 ツナは無意識に後ずさる。別にただの幼馴染であって、付き合ってはないのだが、この展開は今までの経験上、嫌な予感しかしない。

 

「ツ、ツナ君なら……触っていいわよ」

 

 プルプルと真っ赤な顔をしながら言った姫川の言葉に、おお!とクラスメイトの声があがる。特に一部コアなファンはきたー!と盛り上がっている。普段から気の強い姫川がツナ限定でもこのような一面を見せるのは滅多にないのだ。もちろん女子はそこには冷たい視線を向ける。が、それも彼らにはご褒美なので早々に止むることになるのだ。カオス。

 

 そんな言葉をかけられたツナはというと、いくら鈍くてもどこかはわかる。無意識に視線が向くのは男子なら仕方がない反応だろう。

 

 が、許されるのはここまでであった。

 

 ヒナと比べれば、小さい。というか、ペッタン。

 

「ツナ君……」

 

 ヒクッとツナは聞こえた声に頬をひきつらせる。な、何も言ってないよね?と周りに確認するが、クラスメイトからは左右に首を振られる。視線でバレバレだ、と。

 

 やはりそこは気の強い姫川である。たとえ好きな人でも、グーパンチをお見舞いした。

 

 

 

 ヒナは足早に応接室に向かっていた。授業のチャイムが鳴ったのもあるが、未だに立ち直れてなかったのだ。その証拠に無意識に胸を隠すようにお弁当を抱えていた。

 

「雪宮さん!」

 

 聞こえた声にアワアワしながらも立ち止まる。ヒナがホッと一息を入れるころには声の主は目の前に居た。

 

「すみません。驚かせてしまいました」

「だ、大丈夫だよ!」

「……教室に行かれたのですか?」

 

 ほんの少し低くなってしまったようで、ヒナは半歩ほど後ずさった。それを見た草壁は何をやってる!と自身を叱った。

 

「ごめんなさい!」

 

 ガバッと頭をさげるヒナ。草壁は急激に頭が冷えた。反省は後でも出来るのだ、フォローを先にするべきだった。

 

 冷静になった草壁はヒナの性格を考慮し声をかける。本当は謝りたくて仕方ないが。

 

「謝る必要はありません。……教室では何もなかったでしょうか?」

 

 草壁の言葉にホッとして顔をあげたヒナだが、続いた言葉で視線を落とすことに。落ち込んだのではなく、胸をみていたのだ。

 

「な、何にもないよ!!」

 

 触られたが、あれは事故である。それに知られたくない。しかしヒナが必死になればなるほど、草壁は勘繰ってしまう。

 

「雪宮さん……わかりました。何も聞きません。その代わり、次から教室へ向かう時は声をかけてください」

「うん!」

 

 草壁が妥協したことで、ヒナの目が輝く。涙目だったので、本当にキラキラと輝いていた。そこまでの反応をされれば草壁はもう折れるしかなかった。実は妥協案を出したものの、スキあらば聞き出そうとしていたのだが。

 

 心の中で草壁が溜息を吐いている一方で、ヒナはニコニコと草壁と一緒に歩いていた。草壁の約束も日本語を理解出来るまでの間は応接室で勉強を見てもらえる。つまり明日から教室に行くかも怪しい。なんて優しい妥協案なんだろうとしか思えなかった。

 

 ご機嫌だったヒナだったが、応接室に戻って今から勉強する時にやっと思い出す。草壁は有名だったことを。

 

「た、大変!」

「どうかしましたか?」

「あのね、副委員長さんと一緒に居れば迷惑がかかっちゃうの!」

 

 理解するのに草壁は数秒時間がかかった。ヒナのためを思って声をかけたなら、草壁と一緒に居ないようにと言うだろう。しかしそれなら風紀委員と言わず、草壁と限定するのはおかしな話だ。雲雀の妹であるヒナに何かしようとして、ヒナの意思で1人になったところを狙う気だったのか。もしそうならヒナの純粋な部分を利用しようとしたことを意味する。

 

「……誰から聞きましたか?」

「愛ちゃん! 副委員長さんが有名って教えてくれたよ!」

「オ……私が有名ですか?」

「うん! 噂になるって聞いたよ! 副委員長さんは優しいと知っていたのにヒナはすぐ思いつかなかったの……。ヒナのせいでごめんなさい!」

 

 草壁はたどたどしいヒナの説明でも、なんとか真実にたどり着いた。そこに至るまでの行程が何個も抜けている。抜けるだけならいいが、おかしな方向へ進みすぎだ。雲雀の簡潔な説明で慣れていなければ、勘違いしていたかもしれない。……もしかするとこの話以外にも勘違いしている内容があるかもしれない。気をつけなければ。

 

勉強は後回しにし、草壁は有名なのは雲雀であると一から教えた。草壁の丁寧な説明で、ヒナはある程度修正できた。ある程度なのは草壁が有名というヒナの謎の自信が邪魔をしたからである。……有名だけで済めばいいのたが。

 

「いえ、ですから私は雪宮さんが思っているようなことはありません」

「副委員長さんは自分のことだからわからないだけだよ! 愛ちゃんは副委員長さんのフルネーム知ってたよ!」

「その女子生徒が珍しいのです」

 

 むぅとスネた反応するヒナ。純粋で素直だと思っていたが、妙なところで頑固だった。出来れば、他の場所で発揮してほしい。切実に草壁は思った。

 

 草壁が説明に悩んでいると、苛立ちを発散し落ち着いてきた雲雀が戻ってきた。

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

 雲雀の帰りに嬉しそうにヒナは駆け寄った。草壁はすぐさま立ち上がり、出迎えの挨拶をする。これはいつものことで大事なこと。先ほども咬み殺されなければしていただろう。……だから止めれなかった。

 

「副委員長さんって優しいよね! お兄ちゃんもそう思うでしょ!」

 

 雲雀にチラッと視線を向けられ、草壁は必死に違うと目で訴える。そもそもなぜ優しいと聞いたのか、せめて有名と聞いてくれれば弁解しやすかった。

 

 草壁と付き合いが長い雲雀は察した。サボっていたわけでもないし、ヒナがおかしな勘違いをしていると訴えていることも。だが、相手は雲雀である。察したからといって何かするわけでもない。

 

「……君がそう思うならそれでいい」

 

 ただ煩わしい会話を終えたかった雲雀の回答である。

 

 それを良い方向に受け取ったヒナは嬉しそうに笑い、悪い方向に受け取った草壁は真っ青な顔をした。

 

 雲雀は草壁の反応を予想出来るのもあり、何となくヒナの顔を見ていた。

 

「お兄ちゃん?」

「……いつまでサボってるの?」

「ご、ごめんなさい! ヒナ、頑張る!」

 

 気合いを入れ直し勉強に戻ったヒナの姿に、雲雀は溜息をこぼした。これからの未来を想像して……。

 

 気分転換しても、結局同じ結論に至ってしまった雲雀がこの時初めてヒナとまともに向き合った瞬間だった。

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