【改稿版】お兄ちゃんができました   作:ちびっこ

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雪宮ヒナ

 今日もいつもと同じような日々が始まると草壁は思っていた。

 

 雲雀から書類を受け取るまでは。

 

「転入手続きですか……?」

「そうだけど?」

 

 書類が転入届だと草壁は理解していたが、気付けばそんな言葉を発していた。しかし、すぐに草壁は口を閉ざした。僕が書いたものに何か文句でもあるの?というような視線を向けられたのだ。雲雀の機嫌を損ねれば、風紀委員の副委員長の立場でも咬み殺されるのである。

 

「必要な物は全部用意して。身長は150cmぐらいで細身」

「……わかりました」

 

 返事をしたが、草壁は混乱していた。

 

 委員長自ら女子の転入手続きを。……ありえない。一体、何が。

 

 これ以上雲雀の前で取り乱すのは危険と判断した草壁は、部室の応接室から出る。そして廊下に出た途端、書類を凝視した。が、草壁が欲した情報は少なすぎた。書類には雪宮ヒナという名と12歳という年齢しか書いてなかったのだ。

 

 せめて、せめて写真を。

 

 雲雀が手続きをしたということは、雪宮ヒナという女子を気に入ったのは間違いないだろう。あの誰もが恐れる雲雀が、だ。

 

 目の前で雲雀が書き上げた姿を見た草壁でさえ、未だ信じられない光景なのだ。この女子のことを知りたいと思うのは至極真っ当な考えである。

 

 だが、いくら書類を凝視しても内容がかわるわけもなく、草壁は諦めて転入の準備に動き出したのだった。

 

 

 

 二時間後。

 

 全ての準備が終わったので、草壁は雲雀に声をかけた。

 

「明日の登校に必要なものは?」

「こちらに」

 

 草壁が示したものを雲雀はおもむろに持ち上げた。これに驚いたのは草壁だ。

 

「っ委員長!」

 

 雲雀が持つなら自身が持つ。そう思い、声をかけた草壁だったが。

 

「いいよ。出かけてくる」

 

 唖然。

 

 雲雀が自ら届けるということがどれだけ異例なことか草壁は知っていた。しばらくの間、開いた口が塞がらなかった。

 

 

 

 一時間ほど立つと雲雀が戻ってきたので、いつものように草壁は出前の準備をする。動揺していたが、一時間もあれば平常心に戻ることが出来たのだ。

 

「委員長、今日は何にしまょう?」

「いいよ。食べてきたから」

 

 その言葉にピクリと反応する。雲雀が外に出ていたついでにどこかで食べてくることはある。時間も一時を過ぎていたので可能性は高いだろう。しかし先程まで雲雀が転入生のところへ行っていたことを知っている草壁は、そこで食べてきたのかもしれないという憶測が生まれたのだ。その一方で、雲雀に限ってそんなことあるはずがないという考えもあった。

 

 草壁の考えを知ってか知らずか、雲雀は思い出したように口にした。

 

「サイズ、あってたよ」

 

 実際、雲雀は草壁の顔を見て思い出したのだが、草壁はそのことを知るはずもなく驚くしかない。

 

「どうしたの?」

「……いえ、何でもありません」

 

 雲雀に「彼女の制服姿を見たのですか?」と聞けるはずもなく、そう答えるしかなかった。

 

 

 その後、草壁は学校の見回りを雲雀に命じられ廊下を歩いていた。普段の草壁なら、学校に不審なところがないかと真面目に目を光らせているのだが、気付けば顔も見たことがない『雪宮ヒナ』のことばかり考えている。

 

 これではダメだと草壁も思ったのか、屋上へ向かう。並盛の景色を見て、雲雀にどこまでもついて行くと決めた時の気持ちに戻ろうかと思ったのだ。

 

 屋上に着いた草壁は、冷や汗を流した。雲雀が眠っていたのである。

 

 雲雀の眠りを妨げれば、咬み殺される。これは風紀委員であれば誰でも知っていることだ。そして葉の落ちる音で目を覚めるほど雲雀は神経質だった。草壁の扉を開けた音で起きなかったのが奇跡である。

 

 一歩もその場から動けなくなった草壁だったが、雲雀の眠る姿を見て何も変わらないことに気付く。たとえ雲雀に彼女が出来たとしても、雲雀はこの学校を、この並盛の風紀を守る。

 

 それに気付いた草壁は、『雪宮ヒナ』という存在を受け入れることが出来た。そして、苦笑した。どこかで草壁は『雪宮ヒナ』という人物に嫉妬していたのだ。雲雀について行くと決めた自分達を見ず、『雪宮ヒナ』を見ていたことに。

 

 なんて恐れ多いことを抱いていたのだろうと草壁は思った。勝手について行くと決めた自分達を雲雀は視界に入れることを許してくれているのに、おこがましい。

 

 草壁が反省していると、雲雀のケイタイが鳴り響く。

 

「……もしもし?」

 

 視界の端に草壁が見えたが、起こされた原因はケイタイの着信音(校歌)だと判断し、雲雀は電話に出た。これでくだらない用件だったら直々に咬み殺しに行こうと思いながら。

 

 雲雀の機嫌が見る見るうちに悪くなっていくのが草壁にはわかった。

 

 距離があった草壁には電話の内容までは聞き取れなかったが、相手が女性ということはわかる。もっとも、女性というよりは少女のような声だったが。

 

 相手はほぼ間違いなく『雪宮ヒナ』なのだろう。それに気付いても、草壁はもう動揺することはなかった。

 

 はぁ。と怒りを静めるように雲雀は溜息を吐いて、電話に向かって言った。

 

「今どこ。むかえに行くよ」

 

 その声はどこか疲れてるように思えた。

 

 電話を切ってからの雲雀の行動は早い。すぐに起き上がり、草壁に声をかけた。

 

「出かけてくる」

 

 任せてください、と。いつものように草壁は頭をさげ、雲雀を見送った。

 

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