ヒナは交番に居た。
用があったわけではない。補導されたのだ。
警察官に質問されるたびに、どうしてこうなったのとヒナは泣きそうになっていた。
ただ、明るいうちに地理を覚えて、帰りに買い物をしようとしただけなのに。そう思っていても言葉に出すことは出来ず、大人しく答えるしかない。
一方、ヒナを保護した警察官も困っていた。最初に名を聞けば素直に答えたが、それ以外ははっきりと答えない。家は「並盛中学校の近く」というが、近くに『雪宮』という名字の家はない。父親は「いない」母親は「海外」。
それでも少しは絞ることが出来た。父親に対する質問で「いない」の後に「でも出来るかもしれない」という言葉が続いたからだ。
これは恐らく再婚問題。
警察官の脳内で物語が出来上がっていく。新しい父親が嫌、もしくは母親をとられると思ったのか、あるいは母親がこの子を放置しているのか。原因は詳しくわからないが、学校をサボってかまってもらおうと思ったのだろう。ちょうど難しい年頃だ。
ヒナの家庭環境を思えば、わかる気持ちもある。だが、警察官としてヒナを無事に家に届けなければならない。
そうはいっても、ヒナが真面目に答えないので話は進まない。どうしたものかと頭を悩ませる。荷物を見せてもらったが、住所になるようなヒントはない。ケイタイは海外の物で許可を貰って操作しようとしても警察官には読めなかった。もちろん本人に頼んで母親へかけてもらったが、電源が入っていなかった。ただし、ヒナが本当に母親のケイタイにかけているのかはわからない。
「困ったな……」
警察官の声でヒナは肩をはねた。本当のことしか話していないのに、信じてもらえない。ヒナはどうすればいいのかわからない。警察官に補導されたのは初めてで、ヒナは軽いパニックになっていた。
その時、ふと雲雀の存在を思い出した。
「お、お兄ちゃん!!」
「お兄ちゃんがいるの?」
警察官の声に必死に頷くヒナ。母親が日本にいない今、頼れるのは雲雀しかいない。
「お兄ちゃんに電話してもいい……?」
警察官は頷く。両親との関係が複雑なことを考えると、甘えれる兄妹がいることはいいことだ。無理に両親を呼ぶより、兄に来てもらう方がいいかもしれないと判断したのだ。もちろんヒナの兄と話をすることにはなるだろうが。
「もしもし……? お兄ちゃん、ごめんなさい……。警察官に捕まっちゃった……。わ、悪いことはしてないよ! 外に歩いてただけなの。……うん、商店街の交番」
ヒナの言葉に耳を傾け、警察官は上手くいきそうだと思った。案の定、顔をあげたヒナはホッとしていた。
「お兄ちゃんと仲がいいんだね」
気をきかせたつもりだが、ヒナは曖昧に笑った。そのことに疑問をもちながら、警察官は新たな話題をふる。交番には子どもが時間を潰せるようなものがないので、話し相手になるしかないのだ。
しばらくするとヒナが嬉しそうな表情に変わる。振り返らなくてもわかる。迎えが来たのだろう。
「ヒナちゃんのお兄さん……」
だね?と続けようとした言葉が止まる。警察官は振り返ってしまい、現れた相手……雲雀を見てしまったのだ。
「お兄ちゃん!」
パタパタと駆け寄ってくるヒナに眉を寄せたが、雲雀はトンファーをかまえることはなかった。警察官は目の前の光景が信じられず、遠慮のない視線を送り続ける。
「……っひ!」
ただ雲雀に目を向けられただけ。武器を向けられたわけでもない。それなのに警察官は喉に何か詰まったように、息が出来なくなる。頭を下げなければならないとわかっているのだが、身体も自分の意思で動かない。
そんな警察官の様子に興味を失った雲雀は、ヒナに目を向ける。
「どうして外に出たの?」
「道を覚えようと思ったの……それに買い物もしたくて……」
ヒナはどんどん声が小さくなっていく。雲雀に迷惑かけるつもりはなかったのだろう。さらにヒナの行動はこれからこの町で生活するには必要なことであり、警察官も職務を全うしただけだ。雲雀もある程度向かってる間にこのことを想像ついていたため、特に何も思わなかった。あるとすれば、授業している時間にヒナが外に出たことだろう。
「今回は許してあげるけど、今の時間は授業中だからね」
明日からは学校に通うので関係がなくなるのだが、面倒な目にあってるのは事実なので言わずには言われなかった。しかし当の本人は首を傾げて言った。
「午後からの授業は選択制じゃないの?」
「……日本では午後も授業があるよ」
ヒナの驚いた顔を見て、雲雀は溜息を吐いた。本当に知らなかったらしい。
「……あれ? お兄ちゃん、学校! 授業が!!」
「気にしなくていい」
授業を受けていない雲雀はそれは問題ない。だが、ヒナは雲雀が気をつかってると思い、両肩が下がる。そのことに雲雀は気付いていたが、説明するのが面倒だったので放置した。雲雀は早く終わらせたいのだ。
「帰るよ」
「うん!」
雲雀の言葉に優しさを感じ元気になったヒナだが、警察官に捕まっていたことを思い出す。しかし雲雀は外に出てしまった。どうしよう……とヒナは警察官の方を見れば、痛めそうなぐらいに勢いよく首を縦に振っていた。もう行ってもいいらしい。
「えっと、ご迷惑かけました」
日本の目上への謝り方を思い出しながらヒナは頭を下げる。そして、ヒナは雲雀を追いかけるために外に出たのだった。
ちなみにヒナは頭を下げている間、警察官は勢いよく首を横に振り、目には涙が溜まっていた。
雲雀の姿を発見したヒナは走って追いかける。そして追いついたヒナは雲雀に礼を言う。謝るより礼を伝えた方がいいと思ったのだ。
「お兄ちゃん、ありがとう!」
雲雀からの反応はないが、ヒナはご機嫌だった。仲良くすることは出来ないと聞いていた雲雀が、学校を早退してまで来てくれたことが嬉しかったのだ。そして言葉でも伝えたが、何か雲雀のためにしたいと思った。しかしヒナに出来ることは限られている。
雲雀の歩くスピードが速いため、小走りしながら考える。そして思いつき、声をかけるために再び走って雲雀の前にまわりこむ。
「晩ご飯、何がいい? ヒナ、頑張るよ!」
しかし無情にもヒナの横を雲雀は通り過ぎた。これには流石のヒナも落ち込み、トボトボと雲雀の後を歩く。
そして気付けば、家の前に居た。
「ありがとう、お兄ちゃん」
先程より元気はなかったが門のところでもう1度礼をしっかり伝え、ヒナは雲雀を見送る。
「……ハンバーグ」
「ふぇ?」
「ハンバーグ」
再びそれだけ言うと雲雀は学校へ戻っていった。ヒナが言葉の意味を理解するころには、雲雀の姿はもう小さくなっていた。ヒナは上機嫌に戻り、家に入る。頭の中はハンバーグでいっぱいだった。
だからヒナは最後まで気付かなかった。ヒナの歩くスピードが落ちたことに気付いた雲雀が、ヒナが見失わない距離を保ちながら歩いていたことに……。