冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第100話

珈琲の香りが満ちる居間。

 

束の間の平穏。

 

笑い声。

 

談笑。

 

そして――

 

ブラッドレイは空になったカップを静かに置いた。

 

「さて」

 

その一言で空気が変わる。

 

「一息ついたし」

 

究極眼の男は周囲を見渡した。

 

征服王。

 

英雄王。

 

騎士。

 

魔術師。

 

代行者。

 

暗殺者。

 

そして家族達。

 

かつて命を賭けて戦った者達だった。

 

「戦友諸君」

 

静かな声。

 

だが力強い。

 

「そろそろ仕事をするかね?」

 

沈黙。

 

そして。

 

イスカンダルが真っ先に笑った。

 

「ハハハハハ!!」

 

立ち上がる。

 

その巨体だけで空気が震える。

 

「待ちくたびれたぞ!」

 

征服王の瞳は輝いていた。

 

「久しぶりの大仕事だ!」

 

ディルムッドも静かに立ち上がる。

 

「御意」

 

その姿はまさに騎士だった。

 

ランスロットも頷く。

 

「準備は整っている」

 

切嗣は煙草をしまう。

 

「移動手段は?」

 

時臣が答えた。

 

「時計塔が協力している」

 

魔術師らしい冷静な声。

 

「北欧までの転移経路は確保済みだ」

 

「流石だな」

 

ブラッドレイは頷いた。

 

一方。

 

シエルは既に端末を確認していた。

 

完全に仕事モードである。

 

「現地の埋葬機関部隊とも合流可能です」

 

「被害状況は?」

 

切嗣が聞く。

 

シエルの表情が僅かに曇る。

 

「芳しくありません」

 

誰も驚かない。

 

「祖級反応は依然として複数」

 

「うむ」

 

「アンデルセン神父は継続交戦中」

 

「うむ」

 

「アーカードも依然として確認中」

 

「うむ」

 

ブラッドレイは頭を抱えた。

 

「本当にあの二人だけで戦っているのか?」

 

「報告上は」

 

「現地が可哀想だな」

 

本日何度目か分からない感想だった。

 

その時。

 

ギルガメッシュが立ち上がる。

 

黄金の王は不敵に笑った。

 

「良い」

 

赤い瞳が輝く。

 

「雑種共の宴も悪くなかった」

 

イスカンダルが笑う。

 

「ほう?」

 

「だが」

 

英雄王は王らしく宣言した。

 

「怪物共が好き勝手しているというなら話は別だ」

 

その言葉に。

 

征服王も笑う。

 

「違いない!」

 

二人の王が並び立つ。

 

それだけで凄まじい威圧感だった。

 

凛は呆れながら額を押さえた。

 

「もう誰が怪物なのか分からなくなってきたわ」

 

「安心しろ」

 

綺礼が真顔で言う。

 

「私もだ」

 

誰も否定できなかった。

 

その時。

 

桜が立ち上がる。

 

「皆さん」

 

全員が振り返る。

 

桜は少し心配そうな顔をしていた。

 

「気を付けてくださいね」

 

静かな言葉だった。

 

だが。

 

それは不思議と力を与える。

 

ランスロットが優しく頷く。

 

雁夜も微笑む。

 

アイリスフィールも同じだった。

 

彼らは戦う者達を見送る側でもある。

 

だからこそ分かる。

 

無事に帰ってきてほしいと。

 

ブラッドレイは小さく笑った。

 

「もちろんだ」

 

そして。

 

軍刀型サーベルを腰へ下げる。

 

かつての戦場の顔へ戻る。

 

「全員」

 

その声に。

 

自然と視線が集まる。

 

「目的は討伐ではない」

 

誰もが真剣な表情になる。

 

「まず状況確認」

 

「うむ」

 

「情報収集」

 

「うむ」

 

「必要なら戦う」

 

「うむ」

 

そして。

 

ブラッドレイは少しだけ苦笑した。

 

「できればアンデルセンとアーカードの被害拡大を止める」

 

沈黙。

 

数秒後。

 

シエルが真顔で言った。

 

「それが一番難しそうですね」

 

「同感だ」

 

ブラッドレイも即答した。

 

居間に小さな笑いが起こる。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

その場の全員が立ち上がった。

 

第四次聖杯戦争を生き延びた者達。

 

時計塔。

 

埋葬機関。

 

教会。

 

そして英雄達。

 

それぞれの武器を取り。

 

それぞれの覚悟を胸に。

 

再び歩き出す。

 

北欧で待つのは。

 

死徒二十七祖か。

 

真祖か。

 

あるいはそれ以上の怪物か。

 

まだ誰にも分からない。

 

だが一つだけ確かな事がある。

 

もし本当に世界規模の脅威が現れたとしても――

 

今ここに集まった者達は。

 

かつて聖杯戦争を共に生き抜いた戦友達だった。

 

ブラッドレイは立ち上がったまま、ふと思い出したように懐から携帯電話を取り出した。

 

「その前に」

 

全員が足を止める。

 

「アーカードに一言伝えておくか」

 

何気ない口調だった。

 

だが――

 

その場にいた全員が固まった。

 

「……は?」

 

凛が最初に反応した。

 

「今なんて言った?」

 

ブラッドレイは当然のように答える。

 

「アーカードに電話する」

 

沈黙。

 

居間が静まり返る。

 

イスカンダルですら目を瞬かせた。

 

ギルガメッシュが眉をひそめる。

 

切嗣が聞き返した。

 

「待て」

 

「何だ」

 

「何故連絡先を知っている」

 

「昔少しな」

 

少しではない気がする。

 

全員そう思った。

 

そして。

 

ブラッドレイは本当に発信した。

 

プルルルル――

 

数回の呼び出し音。

 

誰も喋らない。

 

埋葬機関の面々ですら驚いている。

 

シエルなど完全に固まっていた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

そして。

 

電話が繋がった。

 

直後。

 

受話器の向こうから低く愉快そうな声が響く。

 

「フフフ……」

 

その笑いだけで空気が変わる。

 

「これは珍しいな」

 

穏やかで。

 

傲慢で。

 

どこか楽しげな声。

 

「キング・ブラッドレイ」

 

居間の全員が息を呑んだ。

 

「貴様から連絡とは」

 

ブラッドレイは平然としている。

 

「久しいな」

 

『ああ』

 

受話器の向こうで笑う気配。

 

『数年振りか』

 

「そのくらいだな」

 

普通に会話している。

 

凛は頭を抱えた。

 

周りの者達は現実逃避を始めている。

 

シエルは額を押さえた。

 

「本当に知り合いだったんですね……」

 

マルグリットが小声で言う。

 

「私も初めて知ったわ」

 

そして。

 

ブラッドレイは本題へ入った。

 

「北欧の件だ」

 

『ああ』

 

途端にアーカードの声が変わる。

 

戦場の声になる。

 

『面白いぞ』

 

「それは聞いた」

 

ブラッドレイは溜息を吐いた。

 

「アンデルセンも似たような事を言っている」

 

電話の向こうで愉快そうな笑い声。

 

『神父もいる』

 

「知っている」

 

『相変わらず元気だ』

 

「死徒側が可哀想になる程度にはな」

 

その言葉に。

 

アーカードは大笑いした。

 

『違いない!』

 

その笑いはどこか楽しそうだった。

 

だが。

 

次の言葉で空気が変わる。

 

『だがな』

 

ブラッドレイの目が細まる。

 

『今回は少々厄介だ』

 

居間が静まり返る。

 

アーカードが。

 

厄介と言った。

 

それだけで十分だった。

 

「何がいる」

 

短い問い。

 

数秒の沈黙。

 

そして。

 

アーカードはゆっくり答えた。

 

『森だ』

 

ブラッドレイの表情が変わる。

 

『生きた森』

 

シエルも息を呑む。

 

マルグリットの笑みが消える。

 

『巨大な思考する森』

 

受話器の向こうで風の音が聞こえる。

 

そして。

 

アーカードはどこか楽しそうに告げた。

 

『貴様なら分かるだろう?』

 

ブラッドレイは静かに呟いた。

 

「……アインナッシュか」

 

居間が凍り付く。

 

死徒二十七祖。

 

第七位。

 

腑海林。

 

思考林。

 

森そのものが怪物である災害級存在。

 

電話の向こうで。

 

アーカードは満足そうに笑った。

 

『話が早い』

 

そして。

 

その直後だった。

 

受話器の向こうから。

 

聞き覚えのある絶叫が響く。

 

「アァァァァァァメンッッッ!!!」

 

建物ごと震わせるような大音声。

 

全員が顔を引き攣らせる。

 

アーカードが呆れたように笑う。

 

『神父がまた森に突撃した』

 

「そうか」

 

『三回目だ』

 

「そうか」

 

『今度は木を引き抜いて殴っている』

 

居間の全員が沈黙した。

 

ブラッドレイはゆっくり目を閉じる。

 

そして。

 

深い深い溜息を吐いた。

 

「……急ぐぞ諸君」

 

今度ばかりは。

 

誰一人として反論しなかった。

 

ブラッドレイは額を押さえながら深く息を吐いた。

 

「シエル」

 

「はい」

 

「皆にアインナッシュの説明を頼む」

 

その言葉にシエルは静かに頷いた。

 

そして。

 

居間に集まった面々を見渡す。

 

時計塔の魔術師。

 

英霊達。

 

切嗣達。

 

全員が真剣な表情だった。

 

シエルはゆっくり口を開く。

 

「まず最初に言っておきます」

 

その声は普段より硬い。

 

「アインナッシュは普通の死徒ではありません」

 

「祖級か?」

 

ディルムッドが聞く。

 

「ええ」

 

シエルは頷く。

 

「ですが、その認識でも少し足りません」

 

空気が重くなる。

 

「死徒二十七祖第七位」

 

静かな声。

 

「腑海林――アインナッシュ」

 

その名を聞いた瞬間。

 

時臣の表情が変わる。

 

切嗣も目を細めた。

 

「聞いたことがある」

 

「当然です」

 

シエルは頷く。

 

「時計塔でも危険指定されています」

 

そして。

 

彼女は続けた。

 

「ただし」

 

少し間を置く。

 

「皆さんが想像しているような祖ではありません」

 

「どういう意味だ?」

 

イスカンダルが聞く。

 

シエルは即答した。

 

「人型ではありません」

 

沈黙。

 

「は?」

 

凛が聞き返す。

 

「森です」

 

「……森?」

 

「森です」

 

「森?」

 

「森です」

 

三回言った。

 

だが事実だった。

 

ギルガメッシュが腕を組む。

 

「続けよ」

 

シエルは頷く。

 

「アインナッシュは意思を持った巨大な森そのものです」

 

部屋が静まる。

 

「数十キロ規模に及ぶ森林」

 

「全ての樹木」

 

「全ての植物」

 

「全てが一つの生命体」

 

ディルムッドが顔を引き攣らせる。

 

「待ってくれ」

 

「はい」

 

「森全部が敵なのか?」

 

「その通りです」

 

即答だった。

 

ディルムッドは頭を抱えた。

 

それはもう個人ではない。

 

災害だった。

 

シエルは続ける。

 

「現在のアインナッシュは初代ではありません」

 

「ほう」

 

時臣が興味深そうに聞く。

 

「数百年前」

 

「真祖の姫君――」

 

アルクェイド・プリュンスタッド

 

「が初代アインナッシュを討伐しました」

 

「だが死ななかった」

 

ブラッドレイが言う。

 

「はい」

 

シエルは頷く。

 

「その血を吸った植物が変異し」

 

「新たなアインナッシュになった」

 

「なるほど」

 

切嗣が納得する。

 

だから異質なのだ。

 

普通の死徒ではない。

 

植物と死徒が融合した怪物。

 

シエルは続けた。

 

「最も危険なのは領域能力です」

 

その言葉に時臣が姿勢を正した。

 

魔術師として本能的に理解したのだ。

 

これは重要だと。

 

「森の内部では」

 

「大気中のマナが全てアインナッシュに支配されます」

 

沈黙。

 

時臣。

 

凛。

 

全員の顔色が変わった。

 

「待て」

 

時臣が聞く。

 

「それはつまり」

 

「はい」

 

シエルは静かに答えた。

 

「通常の魔術はほぼ使えません」

 

時計塔組が完全に黙った。

 

魔術師にとって最悪の情報だった。

 

マナが使えない。

 

つまり。

 

ホームグラウンドで戦えない。

 

イスカンダルが笑う。

 

「なるほど!」

 

「笑い事ではありません」

 

シエルが即答した。

 

「埋葬機関でも正面攻略は避けます」

 

今度は英霊達も表情を変えた。

 

埋葬機関ですら避ける。

 

それだけで十分だった。

 

そして。

 

シエルは最後に言った。

 

「皆さん」

 

全員が見る。

 

「アインナッシュを相手にするという事は」

 

静かな声だった。

 

だが。

 

誰も目を逸らさない。

 

「死徒一体を相手にする事ではありません」

 

一拍。

 

「生きた森そのものを相手にするという事です」

 

沈黙。

 

誰も喋らない。

 

数秒後。

 

イスカンダルが腕を組む。

 

「ふむ」

 

珍しく真面目な顔だった。

 

「それは確かに面倒だな」

 

「面倒どころではありません」

 

シエルは即答する。

 

すると。

 

ブラッドレイが小さく笑った。

 

「なるほど」

 

全員が見る。

 

究極眼の男は静かに立ち上がった。

 

「これで分かった」

 

「何がだ?」

 

切嗣が聞く。

 

ブラッドレイは窓の外を見た。

 

そして。

 

苦笑した。

 

「アンデルセンが三回突撃しても終わらなかったわけだ」

 

沈黙。

 

 

その場にいた全員が、心の底から納得した。

 

 

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