冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

101 / 102
第101話

ブラッドレイはシエルの説明を聞き終えると、静かに腕を組んだ。

 

「予想していた敵よりも、よほどタチが悪いな」

 

誰も否定しなかった。

 

祖級の強敵。

 

それだけならまだいい。

 

だがアインナッシュは違う。

 

個体ではなく災害。

 

軍勢ですらない。

 

環境そのものが敵だ。

 

「急ぐとしよう」

 

ブラッドレイは時臣へ視線を向けた。

 

「時臣」

 

「何だね」

 

「ケイネスとウェイバーは転移先に居るのかね?」

 

時臣はすぐに答えなかった。

 

手元の魔術通信端末を確認する。

 

ブラッドレイは続けた。

 

「私からは北欧に集合してくれとしか伝えていなかったのでね」

 

「そうだったな」

 

数秒後。

 

時臣は通信記録を確認し終えた。

 

そして小さく頷く。

 

「既に現地入りしている」

 

「ほう」

 

「正確には」

 

時臣は少し苦笑した。

 

「ケイネスが予定より早く到着した」

 

居間の何人かが納得した顔になる。

 

いかにもケイネスらしい。

 

「弟子に先を越されるのが嫌だったのでしょうね」

 

シエルが呟く。

 

「あり得るな」

 

ブラッドレイも頷く。

 

時臣は報告を続ける。

 

「ウェイバーも同行している」

 

「無事か?」

 

「問題ない」

 

そして。

 

少し表情を変えた。

 

「ただし」

 

嫌な予感がする。

 

「到着から二時間後」

 

「うむ」

 

「アインナッシュの外縁部を観測」

 

「うむ」

 

「現在は現地魔術師達と共に封鎖結界の維持に協力している」

 

時臣は通信内容を読み上げる。

 

「ケイネスからの伝言だ」

 

ブラッドレイが聞く。

 

「何と?」

 

時臣は苦笑した。

 

そして。

 

そのまま読み上げる。

 

『ブラッドレイへ』

 

『君の言う通りだった』

 

『これは死徒ではない』

 

『災害だ』

 

居間が静まる。

 

時臣はさらに続きを読む。

 

『追伸』

 

『ウェイバーが森を見て青ざめている』

 

その瞬間。

 

イスカンダルが大笑いした。

 

「ハハハハハハハ!!」

 

「笑い事ではないぞ征服王!」

 

ウェイバーが居れば抗議していただろう。

 

「弟子は健全な反応をしているだけだ!」

 

時臣も少し笑う。

 

だが。

 

その次の報告で再び空気が変わった。

 

「さらに追加だ」

 

「何だ」

 

ブラッドレイが問う。

 

時臣は読み上げる。

 

『現地にて埋葬機関部隊と合流』

 

『シエル及びマルグリットの到着を待機中』

 

『なお』

 

少し間。

 

時臣の眉が動く。

 

「……なるほど」

 

「何だ?」

 

ブラッドレイが聞く。

 

時臣はゆっくり顔を上げた。

 

『アレクサンド・アンデルセンは現在も健在』

 

それは誰も驚かない。

 

問題は次だった。

 

『本日確認しただけでアインナッシュ内部へ五度突撃』

 

沈黙。

 

「五度?」

 

切嗣が聞き返す。

 

「五度だ」

 

「五度」

 

「五度だ」

 

凛が頭を抱えた。

 

「何やってるのあの人」

 

シエルは真顔だった。

 

「通常運転です」

 

マルグリットも頷く。

 

「アハハハハ、相変わらずねぇ♪」

 

そして最後の一文。

 

時臣は読み上げる。

 

『なお、六度目へ向かうところを現地代行者十二名が総出で止めている』

 

沈黙。

 

ブラッドレイは目を閉じた。

 

深い溜息。

 

そして。

 

「間に合えば良いのだがな」

 

誰に向けた言葉でもなかった。

 

アインナッシュのためか。

 

現地の代行者達のためか。

 

あるいはアンデルセン本人のためか。

 

その場にいた誰にも分からなかった。

 

だが。

 

少なくとも一つだけは確かだった。

 

早く行かなければならない。

 

さもないと。

 

アインナッシュより先に。

 

アンデルセンが何かとんでもない事をやらかす可能性が高かった。

 

ブラッドレイは報告を聞き終えると――

 

不意に笑った。

 

「ハハハ」

 

低く、どこか呆れたような笑いだった。

 

「アンデルセンらしいな」

 

頭を振る。

 

「まったく」

 

五度突撃。

 

六度目を止められている。

 

聞けば聞くほど、あの神父らしい。

 

シエルも疲れたような顔で頷いた。

 

「否定できません」

 

「出来ないわねぇ♪」

 

マルグリットも苦笑している。

 

しかし。

 

ブラッドレイはそこで周囲を見渡した。

 

「だが諸君、安心しろ」

 

全員が顔を上げる。

 

「ヘルシング機関のアーカードは普通に話が分かる」

 

沈黙。

 

数秒後。

 

切嗣が聞いた。

 

「本当か?」

 

「本当だ」

 

「吸血鬼だろう?」

 

「吸血鬼だ」

 

「ドラキュラ本人だろう?」

 

「本人だ」

 

「……」

 

切嗣は黙った。

 

ブラッドレイは肩を竦める。

 

「少なくとも会話は成立する」

 

「ブラッドレイ?比較対象が悪いのよ♪」

 

マルグリットが笑う。

 

その瞬間。

 

全員が納得した。

 

比較対象。

 

アレクサンド・アンデルセン。

 

なるほど。

 

それならアーカードの方が話が通じる。

 

「問題はアンデルセンだけだ」

 

ブラッドレイは断言した。

 

シエル。

 

マルグリット。

 

綺礼。

 

埋葬機関関係者全員が頷いた。

 

それだけで説得力があった。

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハハハ!!」

 

「何がおかしい」

 

ブラッドレイが聞く。

 

「怪物の王が安心材料になっている事だ!」

 

征服王は実に愉快そうだった。

 

確かにその通りだった。

 

普通なら。

 

アーカードがいる時点で大問題である。

 

しかし今回は。

 

アンデルセンがいる。

 

それだけで基準がおかしくなっていた。

 

ギルガメッシュが鼻で笑う。

 

「フン」

 

黄金の王は立ち上がる。

 

「ならば行くぞ」

 

「うむ」

 

ブラッドレイも頷いた。

 

そして。

 

時臣へ視線を向ける。

 

「時臣」

 

「何だね」

 

「転移陣まで案内を頼む」

 

時臣は静かに立ち上がった。

 

「承知した」

 

魔術師としての顔へ戻る。

 

「既に準備は完了している」

 

その一言で空気が変わる。

 

休息は終わりだ。

 

再び戦場へ向かう時間だった。

 

凛が深呼吸する。

 

切嗣は装備を確認する。

 

ディルムッドは槍を手に取る。

 

ランスロットも静かに立ち上がった。

 

イスカンダル。

 

ギルガメッシュ。

 

シエル。

 

マルグリット。

 

それぞれが戦う者の顔へ戻る。

 

そして。

 

時臣が先頭に立つ。

 

「こちらだ」

 

遠坂邸の地下。

 

かつて聖杯戦争のために作られた魔術工房。

 

その最深部へ向かう。

 

長い階段を降りる中。

 

ブラッドレイはふと呟いた。

 

「さて」

 

誰に向けた言葉でもない。

 

「死徒二十七祖」

 

「アインナッシュ」

 

「アンデルセン」

 

「アーカード」

 

そして小さく笑う。

 

「随分と豪華な顔触れになったものだ」

 

その言葉に。

 

戦友達も笑った。

 

そして一行は。

 

北欧の戦場へ繋がる転移陣の光の中へと歩みを進めた。

 

転移陣へ続く地下通路。

 

足音だけが静かに響く。

 

その中でブラッドレイが口を開いた。

 

「おそらく――」

 

全員が耳を傾ける。

 

「アーカードがアンデルセンと共に討伐した祖級の死徒は」

 

ゆっくりと歩きながら続けた。

 

「アインナッシュの復活を利用していたのだろう」

 

「利用?」

 

凛が聞く。

 

ブラッドレイは頷いた。

 

「ああ」

 

「勢力拡大」

 

「あるいは単純に暴れたかった」

 

「その手の連中は珍しくない」

 

シエルも同意した。

 

「死徒社会には一定数います」

 

「特に祖級ともなるとねぇ♪」

 

マルグリットも続ける。

 

「自分の力を過信する人が多いんですよぉ」

 

時臣も考え込む。

 

「確かに理屈は通るな」

 

魔術師らしく冷静な分析だった。

 

「アインナッシュが目覚めれば周辺は混乱する」

 

「うむ」

 

「時計塔も教会も対応に追われる」

 

「うむ」

 

「その隙に勢力を拡大する」

 

切嗣が続ける。

 

「あるいはライバルを排除する」

 

「そういう事だ」

 

ブラッドレイは頷いた。

 

そして。

 

少し険しい顔になる。

 

「だが」

 

その一言で空気が変わる。

 

「その程度なら話は簡単だった」

 

全員が見る。

 

「何故だ?」

 

ランスロットが問う。

 

ブラッドレイは即答した。

 

「アーカードとアンデルセンが居るからだ」

 

沈黙。

 

数秒後。

 

イスカンダルが笑った。

 

「違いない!」

 

誰も否定しない。

 

祖級が一体。

 

二体。

 

三体。

 

それでも。

 

アーカードとアンデルセンが現地に居る。

 

普通の祖ならそれだけで十分脅威だった。

 

しかし。

 

ブラッドレイは首を横に振る。

 

「問題はその先だ」

 

究極眼の男の表情が険しくなる。

 

「実はな、さっきアーカードが私に連絡を寄越した」

 

「うむ」

 

「そして奴はアインナッシュの話より先に」

 

一拍。

 

「その背後になにか居ると言っていた」

 

シエルの顔から笑みが消える。

 

それは重要だった。

 

「確かに」

 

「そうですね」

 

アーカードほどの怪物が。

 

何かいると、わざわざ報告するだろうか。

 

答えは否だ。

 

つまり。

 

本当に問題視しているのは別にある。

 

「アインナッシュそのものか」

 

時臣が呟く。

 

「あるいは」

 

ブラッドレイが続ける。

 

「誰かがアインナッシュを利用している」

 

空気が重くなる。

 

切嗣も同じ結論に至った。

 

「黒幕か」

 

「可能性はある」

 

シエルが頷く。

 

「アインナッシュは知性を持ちます」

 

「ですが合理的な怪物です」

 

「無意味に目覚める存在ではありません」

 

その言葉に。

 

ブラッドレイの究極眼が細くなる。

 

「なるほど」

 

そして。

 

転移陣の光が見えてきた。

 

遠坂家最深部。

 

巨大な魔法陣が淡く輝いている。

 

時臣が立ち止まる。

 

「到着した」

 

全員の視線が集まる。

 

転移陣の向こう。

 

北欧。

 

アインナッシュ。

 

祖級死徒。

 

アンデルセン。

 

アーカード。

 

そして未だ見えぬ何者か。

 

ブラッドレイは光る魔法陣を見つめながら静かに言った。

 

「もし黒幕が居るなら」

 

腰の双剣に手を添える。

 

「今頃、自分の運の悪さを呪っているだろう」

 

イスカンダルが豪快に笑った。

 

「ハハハハハ!!」

 

ギルガメッシュも不敵に笑う。

 

「当然だ」

 

シエルは苦笑する。

 

マルグリットは楽しそうだ。

 

切嗣は呆れた顔をしている。

 

だが。

 

誰も否定しなかった。

 

何故なら。

 

第四次聖杯戦争の生存者達。

 

時計塔。

 

埋葬機関。

 

そして現地には既に。

 

アーカードとアンデルセンが居る。

 

黒幕が存在するなら。

 

確かに同情したくなる状況だった。

 

ブラッドレイは転移陣の前に立った。

 

淡い蒼光が地下工房を照らしている。

 

その向こうには北欧。

 

アインナッシュ。

 

祖級死徒。

 

そして――

 

アーカードとアンデルセン。

 

ブラッドレイは小さく笑った。

 

「賑やかになるぞ?」

 

誰に向けた言葉かは分からない。

 

アインナッシュか。

 

黒幕か。

 

あるいは北欧そのものか。

 

だが、その場にいた全員が何となく理解した。

 

「覚悟したまえ」

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「違いない!」

 

ギルガメッシュも鼻で笑った。

 

「フン。覚悟すべきは我らではなく敵の方だ」

 

ランスロットは静かに剣へ手を添える。

 

ディルムッドもまた戦場へ赴く騎士の顔になっていた。

 

シエルは黒鍵を確認し。

 

マルグリットは楽しそうに微笑む。

 

切嗣は装備を最終確認。

 

凛と綺礼は互いに視線を交わした。

 

そして。

 

ブラッドレイは振り返る。

 

「時臣」

 

遠坂家当主は静かに頷いた。

 

既に魔術回路は起動している。

 

床一面に刻まれた術式が輝き始めた。

 

「始めてくれ」

 

「承知した」

 

時臣が杖を掲げる。

 

古き魔術師の詠唱が響いた。

 

魔力が奔流となって地下工房を満たす。

 

転移陣の光が一段階強くなる。

 

二段階。

 

三段階。

 

やがて眩いほどの輝きへ変わった。

 

「座標固定」

 

時臣の声。

 

「北欧北部」

 

「時計塔前線基地」

 

「埋葬機関共同観測拠点」

 

次々と術式が起動していく。

 

凛が感嘆した。

 

「相変わらず凄いわね、お父様」

 

「失敗は許されないのでね」

 

時臣は静かに答える。

 

そして。

 

最後の術式が完成する。

 

転移門の向こうに雪景色が見えた。

 

吹雪。

 

針葉樹林。

 

灰色の空。

 

遠くで何か巨大な影が蠢いている。

 

見ただけで分かる。

 

異常事態だ。

 

その時だった。

 

通信術式が勝手に反応した。

 

「……?」

 

時臣が眉をひそめる。

 

次の瞬間。

 

聞き覚えのある大音声が響いた。

 

「我らは神の代理人!!

 

神罰の地上代行者ァァァァァッ!!」

 

全員が顔を引き攣らせた。

 

アンデルセンだった。

 

さらに続く。

 

「逃げるな化け物共!!

 

アァァァァァァメンッ!!」

 

轟音。

 

爆発音。

 

木々が吹き飛ぶ音。

 

何か巨大なものが崩れる音。

 

そして――

 

別の声が聞こえた。

 

低く。

 

愉快そうな笑い声。

 

「フフフフフ……

 

アンデルセン、少しは待て」

 

アーカードだった。

 

「獲物を独り占めする気か?」

 

「黙れ吸血鬼ィィィ!!

 

あの化け物は我らイスカリオテの獲物だ!!」

 

通信越しなのにうるさい。

 

ブラッドレイは目を閉じた。

 

深い溜息。

 

シエルも額を押さえている。

 

マルグリットは笑いを堪えていた。

 

イスカンダルは大爆笑している。

 

「ハハハハハハハ!!」

 

そして。

 

ブラッドレイはゆっくりと目を開いた。

 

転移門の向こう。

 

既に戦場になっている。

 

いや。

 

戦場以上だった。

 

「諸君」

 

静かな声。

 

だが全員が聞いた。

 

「どうやら」

 

双剣へ手を添える。

 

「思った以上に急いだ方が良さそうだ」

 

誰も反論しなかった。

 

そして。

 

第四次聖杯戦争を生き延びた戦友達は。

 

雪と怪物と狂信者と吸血鬼が待つ北欧の地へ――

 

1歩を踏み出した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。