ブラッドレイはシエルの説明を聞き終えると、静かに腕を組んだ。
「予想していた敵よりも、よほどタチが悪いな」
誰も否定しなかった。
祖級の強敵。
それだけならまだいい。
だがアインナッシュは違う。
個体ではなく災害。
軍勢ですらない。
環境そのものが敵だ。
「急ぐとしよう」
ブラッドレイは時臣へ視線を向けた。
「時臣」
「何だね」
「ケイネスとウェイバーは転移先に居るのかね?」
時臣はすぐに答えなかった。
手元の魔術通信端末を確認する。
ブラッドレイは続けた。
「私からは北欧に集合してくれとしか伝えていなかったのでね」
「そうだったな」
数秒後。
時臣は通信記録を確認し終えた。
そして小さく頷く。
「既に現地入りしている」
「ほう」
「正確には」
時臣は少し苦笑した。
「ケイネスが予定より早く到着した」
居間の何人かが納得した顔になる。
いかにもケイネスらしい。
「弟子に先を越されるのが嫌だったのでしょうね」
シエルが呟く。
「あり得るな」
ブラッドレイも頷く。
時臣は報告を続ける。
「ウェイバーも同行している」
「無事か?」
「問題ない」
そして。
少し表情を変えた。
「ただし」
嫌な予感がする。
「到着から二時間後」
「うむ」
「アインナッシュの外縁部を観測」
「うむ」
「現在は現地魔術師達と共に封鎖結界の維持に協力している」
時臣は通信内容を読み上げる。
「ケイネスからの伝言だ」
ブラッドレイが聞く。
「何と?」
時臣は苦笑した。
そして。
そのまま読み上げる。
『ブラッドレイへ』
『君の言う通りだった』
『これは死徒ではない』
『災害だ』
居間が静まる。
時臣はさらに続きを読む。
『追伸』
『ウェイバーが森を見て青ざめている』
その瞬間。
イスカンダルが大笑いした。
「ハハハハハハハ!!」
「笑い事ではないぞ征服王!」
ウェイバーが居れば抗議していただろう。
「弟子は健全な反応をしているだけだ!」
時臣も少し笑う。
だが。
その次の報告で再び空気が変わった。
「さらに追加だ」
「何だ」
ブラッドレイが問う。
時臣は読み上げる。
『現地にて埋葬機関部隊と合流』
『シエル及びマルグリットの到着を待機中』
『なお』
少し間。
時臣の眉が動く。
「……なるほど」
「何だ?」
ブラッドレイが聞く。
時臣はゆっくり顔を上げた。
『アレクサンド・アンデルセンは現在も健在』
それは誰も驚かない。
問題は次だった。
『本日確認しただけでアインナッシュ内部へ五度突撃』
沈黙。
「五度?」
切嗣が聞き返す。
「五度だ」
「五度」
「五度だ」
凛が頭を抱えた。
「何やってるのあの人」
シエルは真顔だった。
「通常運転です」
マルグリットも頷く。
「アハハハハ、相変わらずねぇ♪」
そして最後の一文。
時臣は読み上げる。
『なお、六度目へ向かうところを現地代行者十二名が総出で止めている』
沈黙。
ブラッドレイは目を閉じた。
深い溜息。
そして。
「間に合えば良いのだがな」
誰に向けた言葉でもなかった。
アインナッシュのためか。
現地の代行者達のためか。
あるいはアンデルセン本人のためか。
その場にいた誰にも分からなかった。
だが。
少なくとも一つだけは確かだった。
早く行かなければならない。
さもないと。
アインナッシュより先に。
アンデルセンが何かとんでもない事をやらかす可能性が高かった。
ブラッドレイは報告を聞き終えると――
不意に笑った。
「ハハハ」
低く、どこか呆れたような笑いだった。
「アンデルセンらしいな」
頭を振る。
「まったく」
五度突撃。
六度目を止められている。
聞けば聞くほど、あの神父らしい。
シエルも疲れたような顔で頷いた。
「否定できません」
「出来ないわねぇ♪」
マルグリットも苦笑している。
しかし。
ブラッドレイはそこで周囲を見渡した。
「だが諸君、安心しろ」
全員が顔を上げる。
「ヘルシング機関のアーカードは普通に話が分かる」
沈黙。
数秒後。
切嗣が聞いた。
「本当か?」
「本当だ」
「吸血鬼だろう?」
「吸血鬼だ」
「ドラキュラ本人だろう?」
「本人だ」
「……」
切嗣は黙った。
ブラッドレイは肩を竦める。
「少なくとも会話は成立する」
「ブラッドレイ?比較対象が悪いのよ♪」
マルグリットが笑う。
その瞬間。
全員が納得した。
比較対象。
アレクサンド・アンデルセン。
なるほど。
それならアーカードの方が話が通じる。
「問題はアンデルセンだけだ」
ブラッドレイは断言した。
シエル。
マルグリット。
綺礼。
埋葬機関関係者全員が頷いた。
それだけで説得力があった。
イスカンダルが豪快に笑う。
「ハハハハハ!!」
「何がおかしい」
ブラッドレイが聞く。
「怪物の王が安心材料になっている事だ!」
征服王は実に愉快そうだった。
確かにその通りだった。
普通なら。
アーカードがいる時点で大問題である。
しかし今回は。
アンデルセンがいる。
それだけで基準がおかしくなっていた。
ギルガメッシュが鼻で笑う。
「フン」
黄金の王は立ち上がる。
「ならば行くぞ」
「うむ」
ブラッドレイも頷いた。
そして。
時臣へ視線を向ける。
「時臣」
「何だね」
「転移陣まで案内を頼む」
時臣は静かに立ち上がった。
「承知した」
魔術師としての顔へ戻る。
「既に準備は完了している」
その一言で空気が変わる。
休息は終わりだ。
再び戦場へ向かう時間だった。
凛が深呼吸する。
切嗣は装備を確認する。
ディルムッドは槍を手に取る。
ランスロットも静かに立ち上がった。
イスカンダル。
ギルガメッシュ。
シエル。
マルグリット。
それぞれが戦う者の顔へ戻る。
そして。
時臣が先頭に立つ。
「こちらだ」
遠坂邸の地下。
かつて聖杯戦争のために作られた魔術工房。
その最深部へ向かう。
長い階段を降りる中。
ブラッドレイはふと呟いた。
「さて」
誰に向けた言葉でもない。
「死徒二十七祖」
「アインナッシュ」
「アンデルセン」
「アーカード」
そして小さく笑う。
「随分と豪華な顔触れになったものだ」
その言葉に。
戦友達も笑った。
そして一行は。
北欧の戦場へ繋がる転移陣の光の中へと歩みを進めた。
転移陣へ続く地下通路。
足音だけが静かに響く。
その中でブラッドレイが口を開いた。
「おそらく――」
全員が耳を傾ける。
「アーカードがアンデルセンと共に討伐した祖級の死徒は」
ゆっくりと歩きながら続けた。
「アインナッシュの復活を利用していたのだろう」
「利用?」
凛が聞く。
ブラッドレイは頷いた。
「ああ」
「勢力拡大」
「あるいは単純に暴れたかった」
「その手の連中は珍しくない」
シエルも同意した。
「死徒社会には一定数います」
「特に祖級ともなるとねぇ♪」
マルグリットも続ける。
「自分の力を過信する人が多いんですよぉ」
時臣も考え込む。
「確かに理屈は通るな」
魔術師らしく冷静な分析だった。
「アインナッシュが目覚めれば周辺は混乱する」
「うむ」
「時計塔も教会も対応に追われる」
「うむ」
「その隙に勢力を拡大する」
切嗣が続ける。
「あるいはライバルを排除する」
「そういう事だ」
ブラッドレイは頷いた。
そして。
少し険しい顔になる。
「だが」
その一言で空気が変わる。
「その程度なら話は簡単だった」
全員が見る。
「何故だ?」
ランスロットが問う。
ブラッドレイは即答した。
「アーカードとアンデルセンが居るからだ」
沈黙。
数秒後。
イスカンダルが笑った。
「違いない!」
誰も否定しない。
祖級が一体。
二体。
三体。
それでも。
アーカードとアンデルセンが現地に居る。
普通の祖ならそれだけで十分脅威だった。
しかし。
ブラッドレイは首を横に振る。
「問題はその先だ」
究極眼の男の表情が険しくなる。
「実はな、さっきアーカードが私に連絡を寄越した」
「うむ」
「そして奴はアインナッシュの話より先に」
一拍。
「その背後になにか居ると言っていた」
シエルの顔から笑みが消える。
それは重要だった。
「確かに」
「そうですね」
アーカードほどの怪物が。
何かいると、わざわざ報告するだろうか。
答えは否だ。
つまり。
本当に問題視しているのは別にある。
「アインナッシュそのものか」
時臣が呟く。
「あるいは」
ブラッドレイが続ける。
「誰かがアインナッシュを利用している」
空気が重くなる。
切嗣も同じ結論に至った。
「黒幕か」
「可能性はある」
シエルが頷く。
「アインナッシュは知性を持ちます」
「ですが合理的な怪物です」
「無意味に目覚める存在ではありません」
その言葉に。
ブラッドレイの究極眼が細くなる。
「なるほど」
そして。
転移陣の光が見えてきた。
遠坂家最深部。
巨大な魔法陣が淡く輝いている。
時臣が立ち止まる。
「到着した」
全員の視線が集まる。
転移陣の向こう。
北欧。
アインナッシュ。
祖級死徒。
アンデルセン。
アーカード。
そして未だ見えぬ何者か。
ブラッドレイは光る魔法陣を見つめながら静かに言った。
「もし黒幕が居るなら」
腰の双剣に手を添える。
「今頃、自分の運の悪さを呪っているだろう」
イスカンダルが豪快に笑った。
「ハハハハハ!!」
ギルガメッシュも不敵に笑う。
「当然だ」
シエルは苦笑する。
マルグリットは楽しそうだ。
切嗣は呆れた顔をしている。
だが。
誰も否定しなかった。
何故なら。
第四次聖杯戦争の生存者達。
時計塔。
埋葬機関。
そして現地には既に。
アーカードとアンデルセンが居る。
黒幕が存在するなら。
確かに同情したくなる状況だった。
ブラッドレイは転移陣の前に立った。
淡い蒼光が地下工房を照らしている。
その向こうには北欧。
アインナッシュ。
祖級死徒。
そして――
アーカードとアンデルセン。
ブラッドレイは小さく笑った。
「賑やかになるぞ?」
誰に向けた言葉かは分からない。
アインナッシュか。
黒幕か。
あるいは北欧そのものか。
だが、その場にいた全員が何となく理解した。
「覚悟したまえ」
イスカンダルが豪快に笑う。
「違いない!」
ギルガメッシュも鼻で笑った。
「フン。覚悟すべきは我らではなく敵の方だ」
ランスロットは静かに剣へ手を添える。
ディルムッドもまた戦場へ赴く騎士の顔になっていた。
シエルは黒鍵を確認し。
マルグリットは楽しそうに微笑む。
切嗣は装備を最終確認。
凛と綺礼は互いに視線を交わした。
そして。
ブラッドレイは振り返る。
「時臣」
遠坂家当主は静かに頷いた。
既に魔術回路は起動している。
床一面に刻まれた術式が輝き始めた。
「始めてくれ」
「承知した」
時臣が杖を掲げる。
古き魔術師の詠唱が響いた。
魔力が奔流となって地下工房を満たす。
転移陣の光が一段階強くなる。
二段階。
三段階。
やがて眩いほどの輝きへ変わった。
「座標固定」
時臣の声。
「北欧北部」
「時計塔前線基地」
「埋葬機関共同観測拠点」
次々と術式が起動していく。
凛が感嘆した。
「相変わらず凄いわね、お父様」
「失敗は許されないのでね」
時臣は静かに答える。
そして。
最後の術式が完成する。
転移門の向こうに雪景色が見えた。
吹雪。
針葉樹林。
灰色の空。
遠くで何か巨大な影が蠢いている。
見ただけで分かる。
異常事態だ。
その時だった。
通信術式が勝手に反応した。
「……?」
時臣が眉をひそめる。
次の瞬間。
聞き覚えのある大音声が響いた。
「我らは神の代理人!!
神罰の地上代行者ァァァァァッ!!」
全員が顔を引き攣らせた。
アンデルセンだった。
さらに続く。
「逃げるな化け物共!!
アァァァァァァメンッ!!」
轟音。
爆発音。
木々が吹き飛ぶ音。
何か巨大なものが崩れる音。
そして――
別の声が聞こえた。
低く。
愉快そうな笑い声。
「フフフフフ……
アンデルセン、少しは待て」
アーカードだった。
「獲物を独り占めする気か?」
「黙れ吸血鬼ィィィ!!
あの化け物は我らイスカリオテの獲物だ!!」
通信越しなのにうるさい。
ブラッドレイは目を閉じた。
深い溜息。
シエルも額を押さえている。
マルグリットは笑いを堪えていた。
イスカンダルは大爆笑している。
「ハハハハハハハ!!」
そして。
ブラッドレイはゆっくりと目を開いた。
転移門の向こう。
既に戦場になっている。
いや。
戦場以上だった。
「諸君」
静かな声。
だが全員が聞いた。
「どうやら」
双剣へ手を添える。
「思った以上に急いだ方が良さそうだ」
誰も反論しなかった。
そして。
第四次聖杯戦争を生き延びた戦友達は。
雪と怪物と狂信者と吸血鬼が待つ北欧の地へ――
1歩を踏み出した。