北欧――
吹雪が舞う前線観測拠点。
転移門を抜けたブラッドレイ達を待っていたのは、想像以上に緊迫した空気だった。
遠方。
雪原を横切りながら数人の人影が近付いてくる。
最初に見えたのは長身の女性。
黒い外套を纏った埋葬機関長。
ナルバレックだった。
その隣には。
魔術礼装を展開したケイネス。
そして。
大量の資料と地図を抱えたウェイバー。
さらに。
その後方。
雪景色の中から影が現れる。
一人。
二人。
三人。
十人。
十五人。
誰も気配を感じさせない。
ハサン達だった。
「全員揃ったか」
ブラッドレイが呟く。
ケイネスが鼻を鳴らす。
「随分遅かったな」
「珈琲を飲んでいたのでね」
「……」
「……」
ウェイバーが吹き出した。
ナルバレックが呆れた顔をする。
「お前達らしいな」
だが。
すぐに表情が変わる。
現場指揮官の顔だった。
「時間が無い」
誰も異論を唱えない。
雪原の中央。
仮設会議卓の上に巨大な地図が広げられる。
全員が集まった。
時計塔。
埋葬機関。
第四次聖杯戦争生存者。
ハサン達。
異例中の異例の混成部隊だった。
ナルバレックが最初に報告を始める。
「現状確認だ」
地図上の赤い印を指差す。
「アインナッシュ本体はここだ」
全員の視線が集まる。
そこには。
都市一つを飲み込める規模の領域が描かれていた。
ウェイバーが補足する。
「直径およそ三十五キロ」
「拡大中」
「成長速度は予測を上回っています」
凛が顔を引き攣らせた。
「森というより国家じゃない」
「その認識で概ね正しい」
ケイネスが答える。
次にナルバレック。
「次」
今度は別の印。
「祖級死徒」
「確認済み六体」
居並ぶ面々の空気が変わる。
「六体か」
ブラッドレイが呟く。
「そのうち二体は既に消滅」
ナルバレックが続ける。
「原因は」
全員が理解していた。
「アンデルセン」
「アーカード」
その場の全員が溜息を吐いた。
ナルバレックですら額を押さえる。
「一体ずつ討伐した」
「相変わらずですねぇ♪」
マルグリットが苦笑する。
「残る祖級は?」
シエルが聞く。
ウェイバーが資料を開く。
「四体」
「ただし」
「問題はそこじゃない」
全員が見る。
ウェイバーの顔色が悪い。
「何を見た」
切嗣が聞く。
ウェイバーは地図の中央を指差した。
アインナッシュの中心部。
「ここだ」
沈黙。
「祖達が集まっている」
「何?」
時臣が眉をひそめる。
「争っていないのか?」
普通ならあり得ない。
祖同士は協力など滅多にしない。
だが。
ハサンの一人が前へ出る。
“百貌のハサン”だった。
「確認済みです」
静かな声。
「祖級複数が中心部へ向かっている」
「戦闘の形跡はありません」
吹雪の音だけが響く。
ケイネスが低く呟く。
「つまり」
「目的が同じだ」
ブラッドレイも同じ結論に達していた。
そして。
最後の報告を行ったのはナルバレックだった。
埋葬機関長は表情を険しくする。
「ここからが本題だ」
空気が張り詰める。
「アーカードから情報提供があった」
その瞬間。
全員が注目した。
ナルバレックが続ける。
「森の最深部で」
「何かが目覚めようとしている」
沈黙。
「何だ?」
イスカンダルが問う。
ナルバレックは首を横に振った。
「不明だ」
「だが」
一拍置く。
「アーカードが見た瞬間」
「笑うのをやめた」
静寂。
誰も喋らない。
あのアーカードが。
戦場を楽しむ怪物が。
笑うのをやめた。
それだけで十分だった。
そして。
ナルバレックは最後に告げた。
「アンデルセンは現在」
「七度目の突撃を敢行中だ」
全員が天を仰いだ。
ブラッドレイだけは静かに呟く。
「八度目に行く前に捕まえるぞ」
その言葉に。
この場にいた全員が。
心の底から同意した。
雪原を吹き抜ける風が唸る。
地図の上には無数の情報。
祖級死徒。
アインナッシュ。
森の最深部の異変。
どれも重要だった。
だが――
ブラッドレイは地図から顔を上げた。
「まずは」
全員が見る。
「アーカードとアンデルセンに合流するぞ」
即答だった。
ナルバレックも異論を挟まない。
むしろ当然という顔をしている。
ケイネスが腕を組む。
「理由は?」
ブラッドレイは真顔だった。
「放置すると危険だからだ」
「アインナッシュがか?」
「いや」
一拍。
「アンデルセンが」
全員が頷いた。
満場一致だった。
シエルですら否定しない。
「正しい判断です」
「今の神父様なら森の中心部まで単独で突撃しかねません」
マルグリットも笑顔で言う。
「しかねないどころか、たぶんやりますねぇ♪」
「既に七回やっている」
ブラッドレイが溜息を吐く。
「八回目は止める」
イスカンダルが豪快に笑う。
「ハハハハハ!!」
「戦略目標が神父の確保とは面白い!」
ギルガメッシュは鼻で笑った。
「雑種共の中で最も制御が難しいとはな」
その評価に反論できる者はいなかった。
ナルバレックが地図を指差す。
「二人の現在位置だ」
地図上。
アインナッシュ外縁部から十五キロ。
通常なら既に危険地帯。
しかし。
その地点には。
異常な空白地帯が描かれていた。
ウェイバーが説明する。
「二人が通った後です」
「……なるほど」
切嗣が眉をひそめる。
地図を見る。
そこだけ森が消えている。
文字通り。
消滅していた。
「幅五百メートル」
「長さ六キロ」
ウェイバーが淡々と説明する。
「アーカードとアンデルセンの進行経路です」
凛が絶句した。
「何それ」
「私も聞きたい」
ウェイバーも疲れた顔だった。
ブラッドレイは地図を見ながら呟く。
「相変わらずだな」
すると。
百貌のハサンが前へ出た。
「報告」
「聞こう」
「五分前」
全員が耳を傾ける。
「アンデルセンが再び突撃」
「八回目か」
「はい」
誰も驚かない。
そして。
次の報告で空気が変わった。
「アーカードも追従」
ブラッドレイが眉を上げる。
珍しい。
「アンデルセンを止めに行ったのか?」
「不明」
百貌のハサンが首を横に振る。
「ですが」
少し間。
「二人とも笑っていたとの事」
沈黙。
嫌な予感しかしない。
ケイネスが額を押さえた。
「何を見つけた」
「分かりません」
ナルバレックが答える。
「だからこそ急ぐ」
その言葉に全員が頷く。
そして。
ブラッドレイは腰の双剣を確認した。
「よし」
戦場の顔になる。
「編成を組む」
「先行組」
「私」
「シエル」
「マルグリット」
「ランスロット」
「ディルムッド」
全員が頷く。
祖級との遭遇を考えれば妥当だ。
「第二陣」
「イスカンダル」
「切嗣」
「ハサン達」
「状況に応じて支援」
「うむ」
征服王が笑う。
「後方」
「時臣」
「ケイネス」
「ウェイバー」
「観測と転移支援」
魔術師達も異論はない。
そして。
ブラッドレイは吹雪の向こうを見た。
遠く。
森の奥。
何かが蠢いている。
そのさらに奥。
かすかに。
聞き覚えのある声が響いた。
「アァァァァァメンッ!!」
轟音。
木々が吹き飛ぶ。
数秒後。
別の笑い声。
「フフフフフ……!」
今度はアーカードだ。
そして。
森そのものが震えた。
まるで巨大な生物が苦痛に呻いているように。
ブラッドレイは目を細めた。
「見つけたな」
その声に。
シエルも表情を引き締める。
マルグリットの笑みも消える。
これは祖級相手の戦場だ。
だが。
何より先に。
第四次聖杯戦争の生存者達は。
森を切り裂きながら暴走する二人の怪物――
アーカードとアンデルセンの元へ向かって駆け出した。
吹雪の中。
ブラッドレイは双剣の柄に手を添えた。
その眼には、かつて第四次聖杯戦争を戦い抜いた頃と同じ鋭さが宿っている。
「ギルガメッシュ」
黄金の王が振り返る。
「君は遊撃だ」
ブラッドレイは小さく笑った。
「自由に頼む」
その言葉に。
英雄王は不敵に口元を吊り上げた。
「言われるまでもない」
黄金の瞳が森の奥を見据える。
「我の気が向いた時に、気が向いた敵を始末してやろう」
「期待している」
「当然だ」
実に英雄王らしい返答だった。
イスカンダルが豪快に笑う。
「ハハハハハ!!」
「遊撃という名の放し飼いではないか!」
「違いない」
切嗣が呆れたように呟く。
誰も否定しなかった。
そして。
ブラッドレイは改めて全員を見渡した。
シエル。
マルグリット。
ランスロット。
ディルムッド。
イスカンダル。
ギルガメッシュ。
切嗣。
ハサン達。
時計塔。
埋葬機関。
教会。
かつて敵同士だった者達。
だが今は違う。
同じ脅威に立ち向かう戦友達だった。
ブラッドレイは静かに言った。
「さて、諸君」
吹雪が唸る。
遠方では再び轟音が響いた。
おそらくアンデルセンだ。
その直後に聞こえる愉快そうな笑い声はアーカードだろう。
相変わらずである。
ブラッドレイは思わず苦笑した。
「久しぶりの戦場だ」
究極眼が戦場を見渡す。
森の動き。
雪の流れ。
隠れた気配。
全てを捉える。
そして。
ゆっくりと一歩前へ出た。
「楽しませて頂こう」
その瞬間。
イスカンダルが吼えた。
「征くぞ!!」
ランスロットが剣を抜く。
ディルムッドの双槍が閃く。
シエルが黒鍵を構える。
マルグリットは嬉しそうに笑う。
「久しぶりの大仕事ですねぇ♪」
そして。
森の奥から。
再び声が響いた。
「我らは神の代理人!!
神罰の地上代行者ァァァァァ!!」
アンデルセン。
続いて。
「フフフフフ……!
実に愉快だな、アンデルセン!」
アーカード。
その直後。
アインナッシュの森全体が震えた。
まるで何かに怯えるように。
ブラッドレイは目を細める。
「なるほど」
祖級の怪物ですら。
あの二人を相手にすれば被害者側になるらしい。
「急ぐぞ」
そう言うや否や。
キング・ブラッドレイを先頭に。
第四次聖杯戦争を生き延びた戦友達は、吹雪と生ける森の中へと駆け出した。
その先には。
狂信者。
吸血鬼。
死徒二十七祖。
そして――
アインナッシュの最深部で目覚めつつある、まだ見ぬ何かが待っていた。
吹雪を切り裂きながら。
ブラッドレイ達はアインナッシュ内部へ突入した。
その瞬間だった。
森そのものが反応する。
地面が蠢く。
雪の下から無数の根が飛び出した。
鋭い棘を持つ血色の蔦。
獲物を拘束し血を吸い尽くす捕食器官。
アインナッシュそのものだった。
「来たか」
ブラッドレイは笑う。
次の瞬間。
消えた。
否。
常人の目にはそう見えた。
究極眼が全てを見切る。
双剣が閃く。
ザァァァァァッ!!
数十本の蔦が同時に切断された。
切断面から黒い血が噴き出す。
「遅い」
ブラッドレイは止まらない。
そのまま森の奥へ突き進む。
ランスロットも続いた。
漆黒の騎士が剣を振るう。
轟音。
巨大な樹木がまとめて吹き飛ぶ。
ディルムッドの双槍が閃けば。
死徒化した植物が次々に貫かれていく。
その後方。
シエルは黒鍵を投擲した。
「第五列排除」
黒鍵が雨のように降り注ぐ。
樹木型の使い魔達が次々に崩壊した。
マルグリットは楽しそうに笑う。
「ふふふ♪」
巨大な処刑槍が振るわれる。
直径数メートルの大樹がまとめて吹き飛んだ。
まるで台風だった。
一方。
別方向。
イスカンダルが突撃する。
「蹂躙せよ!!」
雷鳴のような咆哮。
その一撃で樹海が割れた。
切嗣は冷静に後方支援を続ける。
ハサン達は影のように死徒を狩る。
そして。
ギルガメッシュ。
英雄王は退屈そうに歩いていた。
「フン」
門が開く。
黄金の宝具が空を埋めた。
次の瞬間。
数百の樹木が消し飛ぶ。
「邪魔だ」
それだけだった。
森が泣いているように見えた。
そして。
さらに奥へ。
進めば進むほど異常が増していく。
死徒達の死骸。
祖級の残骸。
吹き飛んだ森。
巨大なクレーター。
まるで嵐が通過した後だった。
シエルが顔を引き攣らせる。
「これ……」
マルグリットも苦笑する。
「アンデルセンよねぇ」
ブラッドレイは溜息を吐いた。
「間違いない」
そして。
さらに進む。
すると。
死徒の死骸が変わり始めた。
通常の死徒ではない。
上級。
最上級。
祖に近い個体。
それらが無残に破壊されている。
ある者は引き裂かれ。
ある者は串刺し。
ある者は消滅。
ブラッドレイが立ち止まる。
死体を見下ろす。
「祖級だな」
シエルが確認する。
「間違いありません」
死徒二十七祖には届かない。
だが。
通常の埋葬機関なら総力戦になる相手。
それが何体も転がっている。
しかも。
一方的に。
その時。
遠方から轟音が響いた。
森全体が揺れる。
続いて。
聞き覚えのある絶叫。
「アァァァァァメンッッッ!!」
アンデルセン。
そして。
大地を震わせる笑い声。
「フハハハハハハハハ!!」
アーカード。
近い。
かなり近い。
ブラッドレイは目を細めた。
「見えてきたな」
吹雪の向こう。
空が赤く染まっている。
戦闘の余波だった。
だが。
次の瞬間。
全員の表情が変わる。
森の奥。
アインナッシュ中心部。
そこから現れた。
巨大だった。
あまりにも巨大だった。
樹木。
いや。
山に匹敵する巨木。
その表面には無数の顔。
無数の目。
無数の口。
そして。
森全体を震わせる咆哮。
アインナッシュ自身だった。
シエルが息を呑む。
「中心核……!」
ブラッドレイも表情を険しくする。
「ようやく本体か」
そして。
その巨大な怪物の前で。
まるで恐れる様子もなく立つ二つの影が見えた。
赤いコート。
黒い神父服。
アーカード。
アレクサンド・アンデルセン。
二人とも満身創痍。
それでも笑っている。
そして。
彼らの背後。
アインナッシュの中心核のさらに奥。
そこには――
何かがあった。
祖級達が集まり。
アインナッシュが守り。
アーカードが警戒し。
アンデルセンが喜んでいる。
何か。
まだ誰も正体を知らない”何か”が。