冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第102話

北欧――

 

吹雪が舞う前線観測拠点。

 

転移門を抜けたブラッドレイ達を待っていたのは、想像以上に緊迫した空気だった。

 

遠方。

 

雪原を横切りながら数人の人影が近付いてくる。

 

最初に見えたのは長身の女性。

 

黒い外套を纏った埋葬機関長。

 

ナルバレックだった。

 

その隣には。

 

魔術礼装を展開したケイネス。

 

そして。

 

大量の資料と地図を抱えたウェイバー。

 

さらに。

 

その後方。

 

雪景色の中から影が現れる。

 

一人。

 

二人。

 

三人。

 

十人。

 

十五人。

 

誰も気配を感じさせない。

 

ハサン達だった。

 

「全員揃ったか」

 

ブラッドレイが呟く。

 

ケイネスが鼻を鳴らす。

 

「随分遅かったな」

 

「珈琲を飲んでいたのでね」

 

「……」

 

「……」

 

ウェイバーが吹き出した。

 

ナルバレックが呆れた顔をする。

 

「お前達らしいな」

 

だが。

 

すぐに表情が変わる。

 

現場指揮官の顔だった。

 

「時間が無い」

 

誰も異論を唱えない。

 

雪原の中央。

 

仮設会議卓の上に巨大な地図が広げられる。

 

全員が集まった。

 

時計塔。

 

埋葬機関。

 

第四次聖杯戦争生存者。

 

ハサン達。

 

異例中の異例の混成部隊だった。

 

ナルバレックが最初に報告を始める。

 

「現状確認だ」

 

地図上の赤い印を指差す。

 

「アインナッシュ本体はここだ」

 

全員の視線が集まる。

 

そこには。

 

都市一つを飲み込める規模の領域が描かれていた。

 

ウェイバーが補足する。

 

「直径およそ三十五キロ」

 

「拡大中」

 

「成長速度は予測を上回っています」

 

凛が顔を引き攣らせた。

 

「森というより国家じゃない」

 

「その認識で概ね正しい」

 

ケイネスが答える。

 

次にナルバレック。

 

「次」

 

今度は別の印。

 

「祖級死徒」

 

「確認済み六体」

 

居並ぶ面々の空気が変わる。

 

「六体か」

 

ブラッドレイが呟く。

 

「そのうち二体は既に消滅」

 

ナルバレックが続ける。

 

「原因は」

 

全員が理解していた。

 

「アンデルセン」

 

「アーカード」

 

その場の全員が溜息を吐いた。

 

ナルバレックですら額を押さえる。

 

「一体ずつ討伐した」

 

「相変わらずですねぇ♪」

 

マルグリットが苦笑する。

 

「残る祖級は?」

 

シエルが聞く。

 

ウェイバーが資料を開く。

 

「四体」

 

「ただし」

 

「問題はそこじゃない」

 

全員が見る。

 

ウェイバーの顔色が悪い。

 

「何を見た」

 

切嗣が聞く。

 

ウェイバーは地図の中央を指差した。

 

アインナッシュの中心部。

 

「ここだ」

 

沈黙。

 

「祖達が集まっている」

 

「何?」

 

時臣が眉をひそめる。

 

「争っていないのか?」

 

普通ならあり得ない。

 

祖同士は協力など滅多にしない。

 

だが。

 

ハサンの一人が前へ出る。

 

“百貌のハサン”だった。

 

「確認済みです」

 

静かな声。

 

「祖級複数が中心部へ向かっている」

 

「戦闘の形跡はありません」

 

吹雪の音だけが響く。

 

ケイネスが低く呟く。

 

「つまり」

 

「目的が同じだ」

 

ブラッドレイも同じ結論に達していた。

 

そして。

 

最後の報告を行ったのはナルバレックだった。

 

埋葬機関長は表情を険しくする。

 

「ここからが本題だ」

 

空気が張り詰める。

 

「アーカードから情報提供があった」

 

その瞬間。

 

全員が注目した。

 

ナルバレックが続ける。

 

「森の最深部で」

 

「何かが目覚めようとしている」

 

沈黙。

 

「何だ?」

 

イスカンダルが問う。

 

ナルバレックは首を横に振った。

 

「不明だ」

 

「だが」

 

一拍置く。

 

「アーカードが見た瞬間」

 

「笑うのをやめた」

 

静寂。

 

誰も喋らない。

 

あのアーカードが。

 

戦場を楽しむ怪物が。

 

笑うのをやめた。

 

それだけで十分だった。

 

そして。

 

ナルバレックは最後に告げた。

 

「アンデルセンは現在」

 

「七度目の突撃を敢行中だ」

 

全員が天を仰いだ。

 

ブラッドレイだけは静かに呟く。

 

「八度目に行く前に捕まえるぞ」

 

その言葉に。

 

この場にいた全員が。

 

心の底から同意した。

 

雪原を吹き抜ける風が唸る。

 

地図の上には無数の情報。

 

祖級死徒。

 

アインナッシュ。

 

森の最深部の異変。

 

どれも重要だった。

 

だが――

 

ブラッドレイは地図から顔を上げた。

 

「まずは」

 

全員が見る。

 

「アーカードとアンデルセンに合流するぞ」

 

即答だった。

 

ナルバレックも異論を挟まない。

 

むしろ当然という顔をしている。

 

ケイネスが腕を組む。

 

「理由は?」

 

ブラッドレイは真顔だった。

 

「放置すると危険だからだ」

 

「アインナッシュがか?」

 

「いや」

 

一拍。

 

「アンデルセンが」

 

全員が頷いた。

 

満場一致だった。

 

シエルですら否定しない。

 

「正しい判断です」

 

「今の神父様なら森の中心部まで単独で突撃しかねません」

 

マルグリットも笑顔で言う。

 

「しかねないどころか、たぶんやりますねぇ♪」

 

「既に七回やっている」

 

ブラッドレイが溜息を吐く。

 

「八回目は止める」

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハハハ!!」

 

「戦略目標が神父の確保とは面白い!」

 

ギルガメッシュは鼻で笑った。

 

「雑種共の中で最も制御が難しいとはな」

 

その評価に反論できる者はいなかった。

 

ナルバレックが地図を指差す。

 

「二人の現在位置だ」

 

地図上。

 

アインナッシュ外縁部から十五キロ。

 

通常なら既に危険地帯。

 

しかし。

 

その地点には。

 

異常な空白地帯が描かれていた。

 

ウェイバーが説明する。

 

「二人が通った後です」

 

「……なるほど」

 

切嗣が眉をひそめる。

 

地図を見る。

 

そこだけ森が消えている。

 

文字通り。

 

消滅していた。

 

「幅五百メートル」

 

「長さ六キロ」

 

ウェイバーが淡々と説明する。

 

「アーカードとアンデルセンの進行経路です」

 

凛が絶句した。

 

「何それ」

 

「私も聞きたい」

 

ウェイバーも疲れた顔だった。

 

ブラッドレイは地図を見ながら呟く。

 

「相変わらずだな」

 

すると。

 

百貌のハサンが前へ出た。

 

「報告」

 

「聞こう」

 

「五分前」

 

全員が耳を傾ける。

 

「アンデルセンが再び突撃」

 

「八回目か」

 

「はい」

 

誰も驚かない。

 

そして。

 

次の報告で空気が変わった。

 

「アーカードも追従」

 

ブラッドレイが眉を上げる。

 

珍しい。

 

「アンデルセンを止めに行ったのか?」

 

「不明」

 

百貌のハサンが首を横に振る。

 

「ですが」

 

少し間。

 

「二人とも笑っていたとの事」

 

沈黙。

 

嫌な予感しかしない。

 

ケイネスが額を押さえた。

 

「何を見つけた」

 

「分かりません」

 

ナルバレックが答える。

 

「だからこそ急ぐ」

 

その言葉に全員が頷く。

 

そして。

 

ブラッドレイは腰の双剣を確認した。

 

「よし」

 

戦場の顔になる。

 

「編成を組む」

 

「先行組」

 

「私」

 

「シエル」

 

「マルグリット」

 

「ランスロット」

 

「ディルムッド」

 

全員が頷く。

 

祖級との遭遇を考えれば妥当だ。

 

「第二陣」

 

「イスカンダル」

 

「切嗣」

 

「ハサン達」

 

「状況に応じて支援」

 

「うむ」

 

征服王が笑う。

 

「後方」

 

「時臣」

 

「ケイネス」

 

「ウェイバー」

 

「観測と転移支援」

 

魔術師達も異論はない。

 

そして。

 

ブラッドレイは吹雪の向こうを見た。

 

遠く。

 

森の奥。

 

何かが蠢いている。

 

そのさらに奥。

 

かすかに。

 

聞き覚えのある声が響いた。

 

「アァァァァァメンッ!!」

 

轟音。

 

 

木々が吹き飛ぶ。

 

数秒後。

 

別の笑い声。

 

「フフフフフ……!」

 

今度はアーカードだ。

 

そして。

 

森そのものが震えた。

 

まるで巨大な生物が苦痛に呻いているように。

 

ブラッドレイは目を細めた。

 

「見つけたな」

 

その声に。

 

シエルも表情を引き締める。

 

マルグリットの笑みも消える。

 

これは祖級相手の戦場だ。

 

だが。

 

何より先に。

 

第四次聖杯戦争の生存者達は。

 

森を切り裂きながら暴走する二人の怪物――

 

アーカードとアンデルセンの元へ向かって駆け出した。

 

吹雪の中。

 

ブラッドレイは双剣の柄に手を添えた。

 

その眼には、かつて第四次聖杯戦争を戦い抜いた頃と同じ鋭さが宿っている。

 

「ギルガメッシュ」

 

黄金の王が振り返る。

 

「君は遊撃だ」

 

ブラッドレイは小さく笑った。

 

「自由に頼む」

 

その言葉に。

 

英雄王は不敵に口元を吊り上げた。

 

「言われるまでもない」

 

黄金の瞳が森の奥を見据える。

 

「我の気が向いた時に、気が向いた敵を始末してやろう」

 

「期待している」

 

「当然だ」

 

実に英雄王らしい返答だった。

 

イスカンダルが豪快に笑う。

 

「ハハハハハ!!」

 

「遊撃という名の放し飼いではないか!」

 

「違いない」

 

切嗣が呆れたように呟く。

 

誰も否定しなかった。

 

そして。

 

ブラッドレイは改めて全員を見渡した。

 

シエル。

 

マルグリット。

 

ランスロット。

 

ディルムッド。

 

イスカンダル。

 

ギルガメッシュ。

 

切嗣。

 

ハサン達。

 

時計塔。

 

埋葬機関。

 

教会。

 

かつて敵同士だった者達。

 

だが今は違う。

 

同じ脅威に立ち向かう戦友達だった。

 

ブラッドレイは静かに言った。

 

「さて、諸君」

 

吹雪が唸る。

 

遠方では再び轟音が響いた。

 

おそらくアンデルセンだ。

 

その直後に聞こえる愉快そうな笑い声はアーカードだろう。

 

相変わらずである。

 

ブラッドレイは思わず苦笑した。

 

「久しぶりの戦場だ」

 

究極眼が戦場を見渡す。

 

森の動き。

 

雪の流れ。

 

隠れた気配。

 

全てを捉える。

 

そして。

 

ゆっくりと一歩前へ出た。

 

「楽しませて頂こう」

 

その瞬間。

 

イスカンダルが吼えた。

 

「征くぞ!!」

 

ランスロットが剣を抜く。

 

ディルムッドの双槍が閃く。

 

シエルが黒鍵を構える。

 

マルグリットは嬉しそうに笑う。

 

「久しぶりの大仕事ですねぇ♪」

 

そして。

 

森の奥から。

 

再び声が響いた。

 

「我らは神の代理人!!

 

神罰の地上代行者ァァァァァ!!」

 

アンデルセン。

 

続いて。

 

「フフフフフ……!

 

実に愉快だな、アンデルセン!」

 

アーカード。

 

その直後。

 

アインナッシュの森全体が震えた。

 

まるで何かに怯えるように。

 

ブラッドレイは目を細める。

 

「なるほど」

 

祖級の怪物ですら。

 

あの二人を相手にすれば被害者側になるらしい。

 

「急ぐぞ」

 

そう言うや否や。

 

キング・ブラッドレイを先頭に。

 

第四次聖杯戦争を生き延びた戦友達は、吹雪と生ける森の中へと駆け出した。

 

その先には。

 

狂信者。

 

吸血鬼。

 

死徒二十七祖。

 

そして――

 

アインナッシュの最深部で目覚めつつある、まだ見ぬ何かが待っていた。

 

吹雪を切り裂きながら。

 

ブラッドレイ達はアインナッシュ内部へ突入した。

 

その瞬間だった。

 

森そのものが反応する。

 

地面が蠢く。

 

雪の下から無数の根が飛び出した。

 

鋭い棘を持つ血色の蔦。

 

獲物を拘束し血を吸い尽くす捕食器官。

 

アインナッシュそのものだった。

 

「来たか」

 

ブラッドレイは笑う。

 

次の瞬間。

 

消えた。

 

否。

 

常人の目にはそう見えた。

 

究極眼が全てを見切る。

 

双剣が閃く。

 

ザァァァァァッ!!

 

数十本の蔦が同時に切断された。

 

切断面から黒い血が噴き出す。

 

「遅い」

 

ブラッドレイは止まらない。

 

そのまま森の奥へ突き進む。

 

ランスロットも続いた。

 

漆黒の騎士が剣を振るう。

 

轟音。

 

巨大な樹木がまとめて吹き飛ぶ。

 

ディルムッドの双槍が閃けば。

 

死徒化した植物が次々に貫かれていく。

 

その後方。

 

シエルは黒鍵を投擲した。

 

「第五列排除」

 

黒鍵が雨のように降り注ぐ。

 

樹木型の使い魔達が次々に崩壊した。

 

マルグリットは楽しそうに笑う。

 

「ふふふ♪」

 

巨大な処刑槍が振るわれる。

 

直径数メートルの大樹がまとめて吹き飛んだ。

 

まるで台風だった。

 

一方。

 

別方向。

 

イスカンダルが突撃する。

 

「蹂躙せよ!!」

 

雷鳴のような咆哮。

 

その一撃で樹海が割れた。

 

切嗣は冷静に後方支援を続ける。

 

ハサン達は影のように死徒を狩る。

 

そして。

 

ギルガメッシュ。

 

英雄王は退屈そうに歩いていた。

 

「フン」

 

門が開く。

 

黄金の宝具が空を埋めた。

 

次の瞬間。

 

数百の樹木が消し飛ぶ。

 

「邪魔だ」

 

それだけだった。

 

森が泣いているように見えた。

 

そして。

 

さらに奥へ。

 

進めば進むほど異常が増していく。

 

死徒達の死骸。

 

祖級の残骸。

 

吹き飛んだ森。

 

巨大なクレーター。

 

まるで嵐が通過した後だった。

 

シエルが顔を引き攣らせる。

 

「これ……」

 

マルグリットも苦笑する。

 

「アンデルセンよねぇ」

 

ブラッドレイは溜息を吐いた。

 

「間違いない」

 

そして。

 

さらに進む。

 

すると。

 

死徒の死骸が変わり始めた。

 

通常の死徒ではない。

 

上級。

 

最上級。

 

祖に近い個体。

 

それらが無残に破壊されている。

 

ある者は引き裂かれ。

 

ある者は串刺し。

 

ある者は消滅。

 

ブラッドレイが立ち止まる。

 

死体を見下ろす。

 

「祖級だな」

 

シエルが確認する。

 

「間違いありません」

 

死徒二十七祖には届かない。

 

だが。

 

通常の埋葬機関なら総力戦になる相手。

 

それが何体も転がっている。

 

しかも。

 

一方的に。

 

その時。

 

遠方から轟音が響いた。

 

森全体が揺れる。

 

続いて。

 

聞き覚えのある絶叫。

 

「アァァァァァメンッッッ!!」

 

アンデルセン。

 

そして。

 

大地を震わせる笑い声。

 

「フハハハハハハハハ!!」

 

アーカード。

 

近い。

 

かなり近い。

 

ブラッドレイは目を細めた。

 

「見えてきたな」

 

吹雪の向こう。

 

空が赤く染まっている。

 

戦闘の余波だった。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

全員の表情が変わる。

 

森の奥。

 

アインナッシュ中心部。

 

そこから現れた。

 

巨大だった。

 

あまりにも巨大だった。

 

樹木。

 

いや。

 

山に匹敵する巨木。

 

その表面には無数の顔。

 

無数の目。

 

無数の口。

 

そして。

 

森全体を震わせる咆哮。

 

アインナッシュ自身だった。

 

シエルが息を呑む。

 

「中心核……!」

 

ブラッドレイも表情を険しくする。

 

「ようやく本体か」

 

そして。

 

その巨大な怪物の前で。

 

まるで恐れる様子もなく立つ二つの影が見えた。

 

赤いコート。

 

黒い神父服。

 

アーカード。

 

アレクサンド・アンデルセン。

 

二人とも満身創痍。

 

それでも笑っている。

 

そして。

 

彼らの背後。

 

アインナッシュの中心核のさらに奥。

 

そこには――

 

何かがあった。

 

祖級達が集まり。

 

アインナッシュが守り。

 

アーカードが警戒し。

 

アンデルセンが喜んでいる。

 

何か。

 

まだ誰も正体を知らない”何か”が。

 

 

 

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