『魔術師殺しの答え』
アインツベルン城。
深夜。
暖炉の火だけが静かに揺れている。
部屋の中には重い沈黙があった。
アサシン脱落。
その情報は既に各陣営へ広がっている。
誰もが一つの結論へ辿り着こうとしていた。
“戦争が次の段階へ入った”。
だが。
衛宮切嗣だけは違った。
彼は最初から疑っている。
アサシンは死んでいない。
これは偽装だ。
つまり。
敵は未だこちらを監視している。
「さて――」
ブラッドレイがソファへ深く腰掛けながら呟く。
「切嗣、どうするかね?」
低い声。
だが。
その問いには重みがあった。
部屋の空気が静かに張り詰める。
切嗣は煙草へ火をつける。
紫煙。
僅かな沈黙。
そして。
「……静観だ」
舞弥が目を細める。
「動かないのですか」
「ああ」
切嗣は淡々としていた。
「今動くのは悪手だ」
ブラッドレイは小さく笑う。
「理由は」
「相手が“動かしたがっている”からだ」
その一言だった。
魔術師殺し。
衛宮切嗣。
彼は罠を読む。
戦場の流れを読む。
今回のアサシン脱落。
あれは明らかに不自然だ。
ならば。
狙いは何か。
「各陣営へ、“アーチャーが危険だ”と印象付ける」
切嗣が地図へ視線を落とす。
「同時に、“監視役が消えた”と思わせる」
舞弥が静かに頷く。
「つまり」
「自由に動かせる」
切嗣の声は冷静だった。
「情報戦で最も強い駒を、“死んだこと”にした」
「……厄介ですね」
「ああ」
ブラッドレイは楽しそうに笑った。
「良いな」
「何がだ」
「聖杯戦争らしい」
切嗣は呆れたように煙を吐く。
「お前、本当に戦場好きだな」
「嫌いではない」
ブラッドレイは静かに目を細める。
「特に、頭の回る敵はな」
⸻
沈黙。
暖炉が爆ぜる。
その時。
イリヤが小さく口を開いた。
「ねえ」
切嗣とブラッドレイが視線を向ける。
「そのアサシンって人、生きてるの?」
切嗣は少しだけ黙った。
そして。
「恐らくな」
「なんで嘘つくの?」
子供らしい疑問。
だが。
それは本質だった。
ブラッドレイが答える。
「戦争だからだ」
イリヤは首を傾げる。
ブラッドレイは続けた。
「戦争では、“知らない”ことが死に繋がる」
「……」
「敵が居ると分かっていれば警戒する。だが、“居ない”と思えば油断する」
静かな声。
経験から来る言葉。
「つまり、“死んだフリ”は強い」
イリヤは少し考え。
「ずるい」
と呟いた。
切嗣が苦笑する。
「戦争はずるい奴が生き残る」
「嫌だね」
「同感だ」
ブラッドレイが即答した。
その返答に、イリヤが少し笑う。
⸻
舞弥が新しい資料を机へ置く。
「港湾部周辺で魔力反応増加」
「キャスターか」
切嗣が呟く。
「可能性は高いです」
ブラッドレイの眼が細くなる。
「血の臭いがするな」
「分かるのか」
「嫌な気配には慣れている」
セイバーは静かに立ち上がった。
軍服が揺れる。
その姿だけで空気が変わる。
戦場の人間。
それも。
最前線を生き続けた怪物。
「キャスターは放置するな」
ブラッドレイが低く言う。
「いずれ民間人を巻き込む」
切嗣は煙草を灰皿へ押し潰した。
「同感だ」
衛宮切嗣は合理主義者だ。
だが。
同時に。
“子供が死ぬ光景”を何より嫌っている。
だから。
キャスター陣営だけは危険だった。
龍之介。
そして青髭。
あの手の狂人は必ず一般人を巻き込む。
「先に潰すか?」
ブラッドレイが問う。
切嗣は少し考える。
その沈黙は長かった。
もし動けば。
他陣営も動く。
戦争は一気に加速する。
だが。
放置すれば被害が出る。
「……まだだ」
切嗣が低く言う。
「証拠が足りない」
ブラッドレイは笑った。
「昔より慎重だな」
「歳を取った」
「違うな」
セイバーは静かに言う。
「背負うものが増えた」
切嗣は何も答えなかった。
ただ。
イリヤを見た。
その視線だけで十分だった。
⸻
その頃。
冬木教会。
綺礼は静かに報告を受けていた。
「――アインツベルン陣営、動き無し」
「……」
「――セイバー、アサシン生存を推測」
綺礼は小さく目を細めた。
やはり。
気付いている。
「――衛宮切嗣も同様」
「そうか」
綺礼は静かに笑った。
「流石だ」
その時。
黄金の光。
ギルガメッシュが現れる。
「見抜かれたか」
「ええ」
「ならば尚更面白い」
王は愉快そうだった。
「黒い剣士、実に良い」
綺礼は黙る。
そして。
静かに思う。
あの男は。
どこまで人間でいられるのか。
怪物を斬り続け。
血を浴び続け。
それでもなお。
“人間”を名乗れるのか。
綺礼には分からない。
だからこそ。
見届けたかった。
この戦争の果てを。