冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第19話

礼拝堂に重苦しい沈黙が落ちていた。

 

燭台の火が揺れる。

 

その小さな炎の音すら聞こえそうなほど、空気は張り詰めている。

 

誰もが互いを警戒していた。

 

共闘。

 

口ではそう言う。

 

だが、この場にいるのは聖杯を奪い合う敵同士だ。

 

ほんの僅かな隙。

呼吸。

視線。

 

それ一つで殺し合いに変わりかねない。

 

そんな中。

 

長椅子へ腰掛けていたブラッドレイが、静かに口を開いた。

 

「――場所の目星はついているのかね?」

 

低い声だった。

 

だが、その一言だけで礼拝堂の空気が変わる。

 

全員の視線が、言峰璃正へ向く。

 

ブラッドレイは足を組み、軍帽の鍔へ指を添えたまま動かない。

 

だが隻眼だけは鋭い。

 

獲物を見据える老獣の目。

 

綺礼は、その姿を無言で見つめていた。

 

まるで人間ではない。

 

いや。

 

人間だからこそ異様だった。

 

あれほど濃密な殺気を纏いながら、なお理性で制御している。

 

激情ではない。

 

狂乱でもない。

 

“必要だから殺す”。

 

ただそれだけで存在している兵器。

 

綺礼の口元が、ほんの僅かに歪む。

 

一方。

 

璃正は静かに答えた。

 

「完全な特定には至っておらん」

 

その言葉にケイネスが露骨に顔をしかめる。

 

「それで討伐戦などと言っていたのか?」

 

苛立ちを隠さない声。

 

だが璃正は続ける。

 

「しかし、絞り込みは済んでいる」

 

その瞬間。

 

礼拝堂奥の壁へ、綺礼が地図を広げた。

 

冬木市全域図。

 

赤い印が複数描かれている。

 

「失踪者発生地点」

 

綺礼が淡々と言う。

 

「遺体発見箇所」

 

次々と赤線が結ばれる。

 

そして最後に。

 

全てが、一点へ収束した。

 

新都地下。

 

未使用下水処理区画。

 

ウェイバーが息を呑む。

 

「地下……?」

 

「魔力反応も一致している」

 

綺礼は説明を続ける。

 

「特に深夜帯、大量の魔力流動が確認されている」

 

「加えて」

 

切嗣が低く口を開いた。

 

全員の視線が彼へ向く。

 

「警察の失踪記録とも重なる」

 

ケイネスの目が細まる。

 

「貴様、警察を探っていたのか」

 

「当然だ」

 

切嗣は即答した。

 

「一般人の異常死は隠蔽の限界がある」

 

その声に感情は無い。

 

だが。

 

ブラッドレイだけは分かっていた。

 

この男は怒っている。

 

静かに。

深く。

 

だからこそ余計に冷たい。

 

「下水道内部の構造は?」

 

ブラッドレイが再び問う。

 

綺礼が地図を切り替える。

 

古い地下水路構造図。

 

複雑だった。

 

入り組んだ配管。

旧式処理施設。

封鎖区域。

 

「厄介だな」

 

ランサーが低く言う。

 

「ああ」

 

ケイネスも同意した。

 

「典型的な迎撃向きの地形だ」

 

狭所。

 

暗所。

 

視界不良。

 

更に相手はキャスター。

 

結界や魔物召喚を仕込んでいる可能性が高い。

 

つまり。

 

真正面から踏み込めば危険。

 

その時だった。

 

「ならば私が先行しよう」

 

ブラッドレイが立ち上がる。

 

空気が僅かに軋む。

 

「セイバー?」

 

アイリスフィールが思わず声を漏らした。

 

ブラッドレイは静かに地図を見る。

 

「狭所戦ならば問題ない」

 

事実だった。

 

むしろ彼の領域だ。

 

超感覚。

剣技。

反応速度。

 

閉所であればあるほど、ブラッドレイの殺傷能力は増す。

 

ランサーの目が鋭くなる。

 

(強い……)

 

騎士として理解していた。

 

この男は、“戦場慣れ”の次元が違う。

 

積み重ねてきた殺しの密度が異常。

 

イスカンダルは笑う。

 

「ハッハッハ! 頼もしいではないかセイバー!」

 

「お前は後ろで騒いでいろ、ライダー」

 

「ぬはは! 辛辣よな!」

 

空気が僅かに緩む。

 

だが。

 

切嗣だけは静かに地図を見ていた。

 

思考している。

 

地下構造。

逃走経路。

伏兵。

監視。

 

そして。

 

綺礼。

 

「……」

 

切嗣は気付いていた。

 

綺礼が妙に静かだ。

 

説明はしている。

 

情報も出している。

 

だが、“出し過ぎている”。

 

それが気に入らない。

 

「言峰」

 

不意に切嗣が口を開く。

 

綺礼が見る。

 

「何でしょう」

 

「アサシンは何人配置している」

 

礼拝堂の空気が止まる。

 

ケイネスの目が細まる。

 

ウェイバーは青ざめる。

 

綺礼だけは、微笑した。

 

「さて」

 

「答えろ」

 

「監視に必要な数だけです」

 

曖昧な返答。

 

だが。

 

それだけで十分だった。

 

この男は、今回の討伐戦ですら“監視”を優先している。

 

つまり。

 

キャスター討伐そのものより。

 

“その時、誰がどう動くか”を見ている。

 

ブラッドレイが静かに笑った。

 

「相変わらず嫌な男だ」

 

綺礼も笑う。

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

その瞬間だった。

 

――ズン。

 

教会全体が揺れた。

 

全員の視線が上を向く。

 

次の瞬間。

 

遠くから、低い振動音が響く。

 

まるで巨大な何かが蠢くような。

 

魔力。

 

濃密で。

異質で。

腐臭のような気配。

 

ランサーが槍を構える。

 

ライダーの笑みが消える。

 

切嗣の目が鋭くなる。

 

そして。

 

ブラッドレイだけは、静かに軍刀へ手を添えた。

 

「……見つかったようだな」

 

綺礼が窓の外を見る。

 

夜の冬木。

 

その地下深くから。

 

明確な“怪物の気配”が溢れ始めていた。

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