礼拝堂に重苦しい沈黙が落ちていた。
燭台の火が揺れる。
その小さな炎の音すら聞こえそうなほど、空気は張り詰めている。
誰もが互いを警戒していた。
共闘。
口ではそう言う。
だが、この場にいるのは聖杯を奪い合う敵同士だ。
ほんの僅かな隙。
呼吸。
視線。
それ一つで殺し合いに変わりかねない。
そんな中。
長椅子へ腰掛けていたブラッドレイが、静かに口を開いた。
「――場所の目星はついているのかね?」
低い声だった。
だが、その一言だけで礼拝堂の空気が変わる。
全員の視線が、言峰璃正へ向く。
ブラッドレイは足を組み、軍帽の鍔へ指を添えたまま動かない。
だが隻眼だけは鋭い。
獲物を見据える老獣の目。
綺礼は、その姿を無言で見つめていた。
まるで人間ではない。
いや。
人間だからこそ異様だった。
あれほど濃密な殺気を纏いながら、なお理性で制御している。
激情ではない。
狂乱でもない。
“必要だから殺す”。
ただそれだけで存在している兵器。
綺礼の口元が、ほんの僅かに歪む。
一方。
璃正は静かに答えた。
「完全な特定には至っておらん」
その言葉にケイネスが露骨に顔をしかめる。
「それで討伐戦などと言っていたのか?」
苛立ちを隠さない声。
だが璃正は続ける。
「しかし、絞り込みは済んでいる」
その瞬間。
礼拝堂奥の壁へ、綺礼が地図を広げた。
冬木市全域図。
赤い印が複数描かれている。
「失踪者発生地点」
綺礼が淡々と言う。
「遺体発見箇所」
次々と赤線が結ばれる。
そして最後に。
全てが、一点へ収束した。
新都地下。
未使用下水処理区画。
ウェイバーが息を呑む。
「地下……?」
「魔力反応も一致している」
綺礼は説明を続ける。
「特に深夜帯、大量の魔力流動が確認されている」
「加えて」
切嗣が低く口を開いた。
全員の視線が彼へ向く。
「警察の失踪記録とも重なる」
ケイネスの目が細まる。
「貴様、警察を探っていたのか」
「当然だ」
切嗣は即答した。
「一般人の異常死は隠蔽の限界がある」
その声に感情は無い。
だが。
ブラッドレイだけは分かっていた。
この男は怒っている。
静かに。
深く。
だからこそ余計に冷たい。
「下水道内部の構造は?」
ブラッドレイが再び問う。
綺礼が地図を切り替える。
古い地下水路構造図。
複雑だった。
入り組んだ配管。
旧式処理施設。
封鎖区域。
「厄介だな」
ランサーが低く言う。
「ああ」
ケイネスも同意した。
「典型的な迎撃向きの地形だ」
狭所。
暗所。
視界不良。
更に相手はキャスター。
結界や魔物召喚を仕込んでいる可能性が高い。
つまり。
真正面から踏み込めば危険。
その時だった。
「ならば私が先行しよう」
ブラッドレイが立ち上がる。
空気が僅かに軋む。
「セイバー?」
アイリスフィールが思わず声を漏らした。
ブラッドレイは静かに地図を見る。
「狭所戦ならば問題ない」
事実だった。
むしろ彼の領域だ。
超感覚。
剣技。
反応速度。
閉所であればあるほど、ブラッドレイの殺傷能力は増す。
ランサーの目が鋭くなる。
(強い……)
騎士として理解していた。
この男は、“戦場慣れ”の次元が違う。
積み重ねてきた殺しの密度が異常。
イスカンダルは笑う。
「ハッハッハ! 頼もしいではないかセイバー!」
「お前は後ろで騒いでいろ、ライダー」
「ぬはは! 辛辣よな!」
空気が僅かに緩む。
だが。
切嗣だけは静かに地図を見ていた。
思考している。
地下構造。
逃走経路。
伏兵。
監視。
そして。
綺礼。
「……」
切嗣は気付いていた。
綺礼が妙に静かだ。
説明はしている。
情報も出している。
だが、“出し過ぎている”。
それが気に入らない。
「言峰」
不意に切嗣が口を開く。
綺礼が見る。
「何でしょう」
「アサシンは何人配置している」
礼拝堂の空気が止まる。
ケイネスの目が細まる。
ウェイバーは青ざめる。
綺礼だけは、微笑した。
「さて」
「答えろ」
「監視に必要な数だけです」
曖昧な返答。
だが。
それだけで十分だった。
この男は、今回の討伐戦ですら“監視”を優先している。
つまり。
キャスター討伐そのものより。
“その時、誰がどう動くか”を見ている。
ブラッドレイが静かに笑った。
「相変わらず嫌な男だ」
綺礼も笑う。
「お褒めに預かり光栄です」
その瞬間だった。
――ズン。
教会全体が揺れた。
全員の視線が上を向く。
次の瞬間。
遠くから、低い振動音が響く。
まるで巨大な何かが蠢くような。
魔力。
濃密で。
異質で。
腐臭のような気配。
ランサーが槍を構える。
ライダーの笑みが消える。
切嗣の目が鋭くなる。
そして。
ブラッドレイだけは、静かに軍刀へ手を添えた。
「……見つかったようだな」
綺礼が窓の外を見る。
夜の冬木。
その地下深くから。
明確な“怪物の気配”が溢れ始めていた。