冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第20話

地下から響く不気味な振動。

 

空気そのものを腐らせるような魔力。

 

教会のステンドグラスが微かに震え、燭台の炎が揺らめく。

 

その場にいた全員が理解していた。

 

――始まった。

 

キャスターが動いた。

 

あるいは。

 

こちらへ気付いたのか。

 

どちらにせよ、もはや猶予は無い。

 

張り詰めた空気の中。

 

最初に動いたのは、ブラッドレイだった。

 

椅子から静かに立ち上がる。

 

軍靴が石床を鳴らす。

 

その音だけで、礼拝堂の空気が変わった。

 

まるで“戦場”が起動するように。

 

ブラッドレイは腰の軍刀へ手を添えながら、口元を僅かに吊り上げる。

 

「さて、行くか」

 

低い声。

 

だが、その声音には奇妙な高揚が混じっていた。

 

隻眼が細まる。

 

「まさか、サーヴァントとしての初仕事が、化け物討伐だとはな」

 

誰へ向けた訳でもない独白。

 

だが。

 

その場にいた全員が、自然と彼へ視線を向けていた。

 

ブラッドレイは静かに笑う。

 

「生前と何ら変わらん」

 

その笑みは、どこか愉快そうですらあった。

 

まるで皮肉を楽しむ老兵のように。

 

ウェイバーが思わず呟く。

 

「……何なんだよ、あの人」

 

恐ろしい。

 

間違いなく恐ろしい。

 

なのに。

 

何故か目を離せない。

 

殺気は凄まじい。

 

今この場で殺し合いになれば、真っ先に血を見るのは自分だと本能が警告している。

 

それでも。

 

ブラッドレイから感じるのは、狂気ではなく“完成”だった。

 

戦うために完成された人間。

 

その異様さに、ウェイバーは寒気を覚えていた。

 

イスカンダルは豪快に笑う。

 

「ハッハッハ!! 良いではないかセイバー!」

 

征服王の目は輝いている。

 

「貴様、本当に気に入ったぞ!」

 

「気色の悪いことを言うなライダー」

 

「ぬははは!」

 

だが。

 

その笑いの奥で、イスカンダルも理解していた。

 

ブラッドレイは危険だ。

 

純粋な武。

 

純粋な殺し。

 

英雄としての逸話ではない。

 

“現実の戦場”を生き抜いた怪物。

 

それがあのセイバー。

 

ディルムッドもまた、静かにブラッドレイを見ていた。

 

騎士として。

 

戦士として。

 

理解してしまう。

 

あの男は、自分達とは少し違う。

 

誇りや名誉を超えた場所で戦い続けた者だ。

 

だからこそ、隙が無い。

 

「……ランサー」

 

ケイネスが低く言う。

 

「決して単独で近付くな」

 

「心得ています」

 

即答だった。

 

それほどまでに、ブラッドレイから放たれる圧は異常だった。

 

一方。

 

切嗣は無言でセイバーを見ていた。

 

ブラッドレイは笑っている。

 

楽しそうに。

 

だが切嗣には分かる。

 

この男は、決して戦いを“快楽”で楽しんでいる訳ではない。

 

むしろ逆だ。

 

戦うしかないから戦う。

 

殺すべき敵だから殺す。

 

それだけだ。

 

戦場が日常になり過ぎた結果、“命懸けの状況”に違和感を抱かなくなっている。

 

それがブラッドレイという男だった。

 

だからこそ。

 

切嗣は小さく呟く。

 

「……頼むぞ、セイバー」

 

ブラッドレイの隻眼が僅かに動く。

 

「珍しいな」

 

「何がだ」

 

「お前が他人を頼るとは」

 

切嗣は煙草へ火をつける。

 

「勘違いするな」

 

紫煙が揺れる。

 

「合理的判断だ」

 

「ふっ」

 

ブラッドレイは笑った。

 

「そういうことにしておこう」

 

その瞬間。

 

再び地響き。

 

今度は更に強い。

 

礼拝堂の窓ガラスへ亀裂が走る。

 

ウェイバーが悲鳴を上げた。

 

「うわぁ!?」

 

綺礼が静かに窓の外を見る。

 

冬木新都。

 

地下方向。

 

そこから、明確な魔力の柱が立ち昇り始めていた。

 

禍々しい。

 

吐き気を催すほど濃密な瘴気。

 

璃正が顔をしかめる。

 

「……早過ぎる」

 

「恐らく」

 

切嗣が低く言う。

 

「俺達の動きを察知した」

 

キャスターは狂人だ。

 

だが同時に、高位魔術師でもある。

 

これだけのサーヴァントが集まれば、魔力反応で気付かれて当然。

 

つまり。

 

向こうも迎撃準備へ入った。

 

ブラッドレイが軍刀を僅かに抜く。

 

キィン――。

 

鋼の音。

 

その瞬間。

 

空気が裂けた。

 

殺気。

 

純度の高過ぎる死の気配。

 

ウェイバーが凍り付く。

 

アイリスフィールですら息を呑む。

 

綺礼の目が細まった。

 

(美しい)

 

思わずそう感じてしまうほど、洗練された殺意だった。

 

一切の迷いが無い。

 

一切の躊躇が無い。

 

人を斬るためだけに研ぎ澄まされた剣。

 

ブラッドレイは刀身を戻す。

 

「では確認だ」

 

静かな声。

 

「地下へ突入後、キャスター及びマスターを発見次第、即座に排除する」

 

誰も異論を挟まない。

 

「途中で裏切るなら好きにしろ」

 

その瞬間。

 

空気が冷える。

 

ブラッドレイは笑っていた。

 

「だが――」

 

隻眼が全員を見る。

 

「その時は、私が斬る」

 

沈黙。

 

脅しではない。

 

事実として告げている。

 

だからこそ恐ろしい。

 

ライダーだけが笑った。

 

「ぬははは!! 実に良い!」

 

征服王は嬉しそうだった。

 

強者。

修羅。

戦鬼。

 

そういう存在を心から好む。

 

「ならば余も暴れよう!」

 

「建物ごと潰すなよ」

 

切嗣が即座に釘を刺す。

 

「む、難しい注文だな」

 

「市民を巻き込むな」

 

その声だけは、異様に重かった。

 

切嗣の瞳には、冷たい怒りが宿っている。

 

キャスターへの怒り。

 

そして。

 

これ以上、誰も死なせたくないという執念。

 

ブラッドレイはそれを横目で見ながら、小さく笑う。

 

「まったく」

 

軍帽を深く被る。

 

「お前はつくづく、人間臭い男だよ。衛宮切嗣」

 

そして。

 

冬木の怪物達は、ついに狩りへ向かう。

 

地下深く。

 

狂気の巣食う闇へ。

 

 

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