地下から響く不気味な振動。
空気そのものを腐らせるような魔力。
教会のステンドグラスが微かに震え、燭台の炎が揺らめく。
その場にいた全員が理解していた。
――始まった。
キャスターが動いた。
あるいは。
こちらへ気付いたのか。
どちらにせよ、もはや猶予は無い。
張り詰めた空気の中。
最初に動いたのは、ブラッドレイだった。
椅子から静かに立ち上がる。
軍靴が石床を鳴らす。
その音だけで、礼拝堂の空気が変わった。
まるで“戦場”が起動するように。
ブラッドレイは腰の軍刀へ手を添えながら、口元を僅かに吊り上げる。
「さて、行くか」
低い声。
だが、その声音には奇妙な高揚が混じっていた。
隻眼が細まる。
「まさか、サーヴァントとしての初仕事が、化け物討伐だとはな」
誰へ向けた訳でもない独白。
だが。
その場にいた全員が、自然と彼へ視線を向けていた。
ブラッドレイは静かに笑う。
「生前と何ら変わらん」
その笑みは、どこか愉快そうですらあった。
まるで皮肉を楽しむ老兵のように。
ウェイバーが思わず呟く。
「……何なんだよ、あの人」
恐ろしい。
間違いなく恐ろしい。
なのに。
何故か目を離せない。
殺気は凄まじい。
今この場で殺し合いになれば、真っ先に血を見るのは自分だと本能が警告している。
それでも。
ブラッドレイから感じるのは、狂気ではなく“完成”だった。
戦うために完成された人間。
その異様さに、ウェイバーは寒気を覚えていた。
イスカンダルは豪快に笑う。
「ハッハッハ!! 良いではないかセイバー!」
征服王の目は輝いている。
「貴様、本当に気に入ったぞ!」
「気色の悪いことを言うなライダー」
「ぬははは!」
だが。
その笑いの奥で、イスカンダルも理解していた。
ブラッドレイは危険だ。
純粋な武。
純粋な殺し。
英雄としての逸話ではない。
“現実の戦場”を生き抜いた怪物。
それがあのセイバー。
ディルムッドもまた、静かにブラッドレイを見ていた。
騎士として。
戦士として。
理解してしまう。
あの男は、自分達とは少し違う。
誇りや名誉を超えた場所で戦い続けた者だ。
だからこそ、隙が無い。
「……ランサー」
ケイネスが低く言う。
「決して単独で近付くな」
「心得ています」
即答だった。
それほどまでに、ブラッドレイから放たれる圧は異常だった。
一方。
切嗣は無言でセイバーを見ていた。
ブラッドレイは笑っている。
楽しそうに。
だが切嗣には分かる。
この男は、決して戦いを“快楽”で楽しんでいる訳ではない。
むしろ逆だ。
戦うしかないから戦う。
殺すべき敵だから殺す。
それだけだ。
戦場が日常になり過ぎた結果、“命懸けの状況”に違和感を抱かなくなっている。
それがブラッドレイという男だった。
だからこそ。
切嗣は小さく呟く。
「……頼むぞ、セイバー」
ブラッドレイの隻眼が僅かに動く。
「珍しいな」
「何がだ」
「お前が他人を頼るとは」
切嗣は煙草へ火をつける。
「勘違いするな」
紫煙が揺れる。
「合理的判断だ」
「ふっ」
ブラッドレイは笑った。
「そういうことにしておこう」
その瞬間。
再び地響き。
今度は更に強い。
礼拝堂の窓ガラスへ亀裂が走る。
ウェイバーが悲鳴を上げた。
「うわぁ!?」
綺礼が静かに窓の外を見る。
冬木新都。
地下方向。
そこから、明確な魔力の柱が立ち昇り始めていた。
禍々しい。
吐き気を催すほど濃密な瘴気。
璃正が顔をしかめる。
「……早過ぎる」
「恐らく」
切嗣が低く言う。
「俺達の動きを察知した」
キャスターは狂人だ。
だが同時に、高位魔術師でもある。
これだけのサーヴァントが集まれば、魔力反応で気付かれて当然。
つまり。
向こうも迎撃準備へ入った。
ブラッドレイが軍刀を僅かに抜く。
キィン――。
鋼の音。
その瞬間。
空気が裂けた。
殺気。
純度の高過ぎる死の気配。
ウェイバーが凍り付く。
アイリスフィールですら息を呑む。
綺礼の目が細まった。
(美しい)
思わずそう感じてしまうほど、洗練された殺意だった。
一切の迷いが無い。
一切の躊躇が無い。
人を斬るためだけに研ぎ澄まされた剣。
ブラッドレイは刀身を戻す。
「では確認だ」
静かな声。
「地下へ突入後、キャスター及びマスターを発見次第、即座に排除する」
誰も異論を挟まない。
「途中で裏切るなら好きにしろ」
その瞬間。
空気が冷える。
ブラッドレイは笑っていた。
「だが――」
隻眼が全員を見る。
「その時は、私が斬る」
沈黙。
脅しではない。
事実として告げている。
だからこそ恐ろしい。
ライダーだけが笑った。
「ぬははは!! 実に良い!」
征服王は嬉しそうだった。
強者。
修羅。
戦鬼。
そういう存在を心から好む。
「ならば余も暴れよう!」
「建物ごと潰すなよ」
切嗣が即座に釘を刺す。
「む、難しい注文だな」
「市民を巻き込むな」
その声だけは、異様に重かった。
切嗣の瞳には、冷たい怒りが宿っている。
キャスターへの怒り。
そして。
これ以上、誰も死なせたくないという執念。
ブラッドレイはそれを横目で見ながら、小さく笑う。
「まったく」
軍帽を深く被る。
「お前はつくづく、人間臭い男だよ。衛宮切嗣」
そして。
冬木の怪物達は、ついに狩りへ向かう。
地下深く。
狂気の巣食う闇へ。