冬木教会の空気は、既に完全に戦場のそれへ変わっていた。
地下から響く異様な魔力振動。
窓の外に滲み始める瘴気。
遠くから聞こえる、何か巨大なものが蠢くような低音。
まるで街の地下に“臓物”が脈打っているかのようだった。
その不快な気配の中で。
ブラッドレイだけは、妙に静かだった。
軍帽を被り直し、白い手袋を軽く引き締める。
その所作には一切の無駄がない。
何十年。
何百回。
同じように戦場へ赴いてきた者の動きだった。
そして彼は、集まったマスター達とサーヴァント達を見回し、静かに言い放つ。
「まったく、私が先行するんだ」
低い声。
だが礼拝堂全体へ鋭く響いた。
「うち漏らしなど、期待するな」
空気が張る。
ディルムッドの瞳が細まり。
イスカンダルは愉快そうに笑い。
ケイネスは露骨に顔をしかめた。
ブラッドレイは続ける。
「キャスターを見つけ、マスター諸共首を刎ねて終わりだ」
その声音には、何の誇張も無かった。
当然のように。
ただ“処理手順”を説明するように。
それが逆に恐ろしい。
ウェイバーは思わず息を呑む。
(この人、本気だ……)
いや。
本気などという次元ではない。
この男は最初から、“それ以外の結末”を想定していない。
「それで死なんなら」
ブラッドレイの口元が僅かに吊り上がる。
隻眼が、獣のように細まる。
「死ぬまで斬るだけだ」
沈黙。
その一言だけで、礼拝堂の温度が数度下がったようだった。
殺意。
圧倒的な殺意。
だが不思議なことに、それは狂気ではない。
冷静なのだ。
徹底的に。
だからこそ恐ろしい。
綺礼は、その姿を見つめながら思う。
(人間だ)
あれは英雄譚の怪物ではない。
神代の神秘でもない。
ただ一人の“人間”が、戦場で磨き上げた殺戮技術だけで、英霊の座に届いている。
その事実が異様だった。
綺礼の胸中に、説明不能な熱が生まれる。
興味。
執着。
あるいは羨望。
「フッ……」
思わず笑みが漏れる。
ブラッドレイの隻眼が僅かに動いた。
「何がおかしい、神父」
「いえ」
綺礼は静かに微笑む。
「あなたは実に合理的だと思いまして」
「当然だ」
ブラッドレイは即答する。
「戦場で最も愚かな行為は、“敵を生かすこと”だ」
空気が重くなる。
それは修羅の実感だった。
慈悲。
躊躇。
油断。
そういったものが何を招くか、この男は知り尽くしている。
「一秒で殺せるなら、一秒で殺す」
軍刀へ手を添える。
「十秒かかるなら、十秒間斬り続ける」
殺気が溢れる。
「死ぬまでな」
その瞬間だった。
――ゾワリ。
礼拝堂の全員が、本能的な悪寒を感じた。
まるで目の前に“死”そのものが立っているような感覚。
ディルムッドですら無意識に槍を強く握る。
騎士として理解してしまう。
この男は危険だ。
純粋に強い。
技量だけではない。
“殺し合いへの覚悟”が異常。
ランサーが静かに口を開く。
「……貴公は」
ブラッドレイが見る。
「随分と死に慣れている」
その言葉に。
ブラッドレイは少しだけ笑った。
「当然だろう」
あまりにも自然な返答。
「私の日常は戦場だった」
静かな声。
だが、その一言に凄まじい重みがあった。
血。
硝煙。
怒号。
裏切り。
暗殺。
戦争。
それら全てを呼吸のように潜り抜けてきた男。
「化け物と呼ばれたこともある」
隻眼が細まる。
「だがな」
口元が吊り上がる。
「人間ほどよく出来た生き物はいない」
綺礼の目が僅かに見開かれる。
その答えは予想外だった。
ブラッドレイは続ける。
「欲望がある」
「怒りがある」
「恐怖がある」
「執念がある」
静かな声。
「だから強い」
その瞬間。
切嗣だけは、黙ってブラッドレイを見ていた。
理解できる。
この男は、怪物ではない。
怪物になり切れなかった人間だ。
だからこそ。
今も“人間”へ執着している。
「……セイバー」
切嗣が低く呼ぶ。
ブラッドレイが振り返る。
「地下は狭い」
「ああ」
「キャスターは恐らく魔物を大量配置している」
「だろうな」
「単独先行は危険だ」
普通なら当然の忠告。
だが。
ブラッドレイは笑った。
心底愉快そうに。
「切嗣」
「何だ」
「私はな」
軍刀を僅かに抜く。
鋼の音が鳴る。
「狭い場所の方が得意なんだ」
次の瞬間。
――消えた。
誰より先に。
誰より速く。
礼拝堂の入口へ。
ウェイバーが目を見開く。
「は……?」
見えなかった。
移動が。
イスカンダルだけが豪快に笑う。
「ぬはははは!! 良い!!」
征服王の目が獰猛に輝く。
「やはり貴様、最高だセイバー!!」
ブラッドレイは背を向けたまま、片手を軽く振る。
「褒め言葉として受け取っておこう」
そして。
軍靴の音が鳴る。
一歩。
また一歩。
その姿は、まるで処刑場へ向かう死神のようだった。
地下深く。
狂気の巣。
そこへ。
“人間の怪物”が、静かに狩りへ向かう。