冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第21話

冬木教会の空気は、既に完全に戦場のそれへ変わっていた。

 

地下から響く異様な魔力振動。

 

窓の外に滲み始める瘴気。

 

遠くから聞こえる、何か巨大なものが蠢くような低音。

 

まるで街の地下に“臓物”が脈打っているかのようだった。

 

その不快な気配の中で。

 

ブラッドレイだけは、妙に静かだった。

 

軍帽を被り直し、白い手袋を軽く引き締める。

 

その所作には一切の無駄がない。

 

何十年。

何百回。

 

同じように戦場へ赴いてきた者の動きだった。

 

そして彼は、集まったマスター達とサーヴァント達を見回し、静かに言い放つ。

 

「まったく、私が先行するんだ」

 

低い声。

 

だが礼拝堂全体へ鋭く響いた。

 

「うち漏らしなど、期待するな」

 

空気が張る。

 

ディルムッドの瞳が細まり。

 

イスカンダルは愉快そうに笑い。

 

ケイネスは露骨に顔をしかめた。

 

ブラッドレイは続ける。

 

「キャスターを見つけ、マスター諸共首を刎ねて終わりだ」

 

その声音には、何の誇張も無かった。

 

当然のように。

 

ただ“処理手順”を説明するように。

 

それが逆に恐ろしい。

 

ウェイバーは思わず息を呑む。

 

(この人、本気だ……)

 

いや。

 

本気などという次元ではない。

 

この男は最初から、“それ以外の結末”を想定していない。

 

「それで死なんなら」

 

ブラッドレイの口元が僅かに吊り上がる。

 

隻眼が、獣のように細まる。

 

「死ぬまで斬るだけだ」

 

沈黙。

 

その一言だけで、礼拝堂の温度が数度下がったようだった。

 

殺意。

 

圧倒的な殺意。

 

だが不思議なことに、それは狂気ではない。

 

冷静なのだ。

 

徹底的に。

 

だからこそ恐ろしい。

 

綺礼は、その姿を見つめながら思う。

 

(人間だ)

 

あれは英雄譚の怪物ではない。

 

神代の神秘でもない。

 

ただ一人の“人間”が、戦場で磨き上げた殺戮技術だけで、英霊の座に届いている。

 

その事実が異様だった。

 

綺礼の胸中に、説明不能な熱が生まれる。

 

興味。

 

執着。

 

あるいは羨望。

 

「フッ……」

 

思わず笑みが漏れる。

 

ブラッドレイの隻眼が僅かに動いた。

 

「何がおかしい、神父」

 

「いえ」

 

綺礼は静かに微笑む。

 

「あなたは実に合理的だと思いまして」

 

「当然だ」

 

ブラッドレイは即答する。

 

「戦場で最も愚かな行為は、“敵を生かすこと”だ」

 

空気が重くなる。

 

それは修羅の実感だった。

 

慈悲。

躊躇。

油断。

 

そういったものが何を招くか、この男は知り尽くしている。

 

「一秒で殺せるなら、一秒で殺す」

 

軍刀へ手を添える。

 

「十秒かかるなら、十秒間斬り続ける」

 

殺気が溢れる。

 

「死ぬまでな」

 

その瞬間だった。

 

――ゾワリ。

 

礼拝堂の全員が、本能的な悪寒を感じた。

 

まるで目の前に“死”そのものが立っているような感覚。

 

ディルムッドですら無意識に槍を強く握る。

 

騎士として理解してしまう。

 

この男は危険だ。

 

純粋に強い。

 

技量だけではない。

 

“殺し合いへの覚悟”が異常。

 

ランサーが静かに口を開く。

 

「……貴公は」

 

ブラッドレイが見る。

 

「随分と死に慣れている」

 

その言葉に。

 

ブラッドレイは少しだけ笑った。

 

「当然だろう」

 

あまりにも自然な返答。

 

「私の日常は戦場だった」

 

静かな声。

 

だが、その一言に凄まじい重みがあった。

 

血。

硝煙。

怒号。

裏切り。

暗殺。

戦争。

 

それら全てを呼吸のように潜り抜けてきた男。

 

「化け物と呼ばれたこともある」

 

隻眼が細まる。

 

「だがな」

 

口元が吊り上がる。

 

「人間ほどよく出来た生き物はいない」

 

綺礼の目が僅かに見開かれる。

 

その答えは予想外だった。

 

ブラッドレイは続ける。

 

「欲望がある」

 

「怒りがある」

 

「恐怖がある」

 

「執念がある」

 

静かな声。

 

「だから強い」

 

その瞬間。

 

切嗣だけは、黙ってブラッドレイを見ていた。

 

理解できる。

 

この男は、怪物ではない。

 

怪物になり切れなかった人間だ。

 

だからこそ。

 

今も“人間”へ執着している。

 

「……セイバー」

 

切嗣が低く呼ぶ。

 

ブラッドレイが振り返る。

 

「地下は狭い」

 

「ああ」

 

「キャスターは恐らく魔物を大量配置している」

 

「だろうな」

 

「単独先行は危険だ」

 

普通なら当然の忠告。

 

だが。

 

ブラッドレイは笑った。

 

心底愉快そうに。

 

「切嗣」

 

「何だ」

 

「私はな」

 

軍刀を僅かに抜く。

 

鋼の音が鳴る。

 

「狭い場所の方が得意なんだ」

 

次の瞬間。

 

――消えた。

 

誰より先に。

 

誰より速く。

 

礼拝堂の入口へ。

 

ウェイバーが目を見開く。

 

「は……?」

 

見えなかった。

 

移動が。

 

イスカンダルだけが豪快に笑う。

 

「ぬはははは!! 良い!!」

 

征服王の目が獰猛に輝く。

 

「やはり貴様、最高だセイバー!!」

 

ブラッドレイは背を向けたまま、片手を軽く振る。

 

「褒め言葉として受け取っておこう」

 

そして。

 

軍靴の音が鳴る。

 

一歩。

 

また一歩。

 

その姿は、まるで処刑場へ向かう死神のようだった。

 

地下深く。

 

狂気の巣。

 

そこへ。

 

“人間の怪物”が、静かに狩りへ向かう。

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