冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第22話

冬木新都・旧地下水路区画。

 

深夜。

 

地上ではネオンが瞬いている。

 

だが、その遥か下。

 

人の目が届かぬ地下深くには、別世界が広がっていた。

 

湿った空気。

 

腐臭。

 

赤黒く濁った水。

 

老朽化したコンクリート壁には、何かを引き摺ったような血痕が残されている。

 

時折、どこからともなく響く水音。

 

そして。

 

耳を澄ませば聞こえる。

 

微かな泣き声。

 

人間の本能へ直接訴えかけるような、嫌悪と不快。

 

まるで地下そのものが腐っているようだった。

 

その最前列を歩くのは、ブラッドレイ。

 

軍帽を深く被り、片手を軍刀へ添えたまま、静かに暗闇を進んでいく。

 

後方には切嗣。

 

更に少し離れてライダー陣営、ランサー陣営。

 

全員が警戒していた。

 

狭い。

 

暗い。

 

視界が悪い。

 

キャスターの工房としては理想的過ぎる地形。

 

いつどこから異形が飛び出してもおかしくない。

 

ウェイバーは既に顔色が悪かった。

 

「う、うぇ……臭っ……」

 

「坊主、吐くなよ?」

 

「無理かもしれない……」

 

イスカンダルですら顔をしかめている。

 

「これは酷いな」

 

血の臭いだけではない。

 

腐敗。

臓物。

魔力。

死臭。

 

様々な臭気が混ざり合い、“生き物が居てはならない空間”を形成していた。

 

その時だった。

 

ブラッドレイが不意に足を止める。

 

空気が張る。

 

ディルムッドが即座に槍を構えた。

 

切嗣もコンテンダーへ手を添える。

 

だが。

 

ブラッドレイは静かに鼻を鳴らした。

 

「……この先か」

 

低い声。

 

隻眼が暗闇の奥を見据える。

 

「嗅ぎなれた匂いがする」

 

ウェイバーが震えた。

 

その言葉が妙に恐ろしかった。

 

嗅ぎなれている?

 

この地獄のような臭いを?

 

ブラッドレイは薄く笑う。

 

「血と火薬、腐肉の臭いだ」

 

静かな声。

 

「戦場ではよくある」

 

その一言に、地下空間が僅かに冷える。

 

切嗣は無言だった。

 

だが理解している。

 

この男は本当に、こういう世界を生きてきた。

 

人間が壊れ。

死体が積み上がり。

腐臭が日常になる場所を。

 

だからこそ。

 

この異常空間ですら、ブラッドレイにとっては“慣れた臭い”でしかない。

 

「さて」

 

ブラッドレイが軍刀を僅かに抜く。

 

キィ――ン。

 

鋼の音が地下へ響いた。

 

「行くかね」

 

その瞬間だった。

 

――グチャ。

 

前方の暗闇で、水音とは違う何かが蠢く。

 

次の瞬間。

 

壁。

 

天井。

 

水路。

 

あらゆる場所から、“それ”が現れた。

 

肉塊。

 

目玉。

 

触手。

 

人間と魚と獣を無理矢理混ぜ合わせたような異形。

 

キャスターの魔物。

 

「■■■■■■■■――――ッ!!」

 

耳障りな咆哮。

 

ウェイバーが悲鳴を上げる。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

「下がっていろ坊主!!」

 

イスカンダルが前へ出る。

 

ランサーも槍を構える。

 

だが。

 

その瞬間には、既に終わっていた。

 

――斬。

 

一閃。

 

銀光。

 

次の瞬間、最前列の魔物達が“ずれた”。

 

上半身と下半身が。

 

遅れて血飛沫。

 

肉塊が崩れる。

 

ブラッドレイだった。

 

速い。

 

あまりにも。

 

地下という閉所。

 

普通なら動きが制限されるはずの空間。

 

だがブラッドレイは違う。

 

むしろ加速していた。

 

壁を蹴る。

 

水面を滑る。

 

最短距離で首だけを落とす。

 

一切の無駄が無い。

 

「ほう……!」

 

ディルムッドの目が見開かれる。

 

剣技ではない。

 

これは“殺術”だ。

 

戦場で人を殺すためだけに研ぎ澄まされた動き。

 

芸術的ですらある。

 

ブラッドレイは笑っていた。

 

「遅い」

 

斬。

 

「脆い」

 

斬。

 

「醜い」

 

斬。

 

肉片が舞う。

 

血が噴き出す。

 

異形達が次々と崩れていく。

 

だが。

 

その奥。

 

更に暗い通路の向こうから。

 

ズル……ズル……と。

 

巨大な何かが近付いてくる。

 

空気が震える。

 

濃密な魔力。

 

腐臭。

 

呪詛。

 

切嗣の目が鋭くなる。

 

「来るぞ」

 

その瞬間。

 

地下水路奥から、狂った歓喜の声が響いた。

 

「おおおおお!!」

 

キャスター。

 

ジル・ド・レェ。

 

「素晴らしい!! 素晴らしいですぞセイバーァァ!!」

 

狂気に満ちた叫び。

 

「その剣!! その殺意!! なんと美しい!!」

 

暗闇の奥。

 

無数の蝋燭の火。

 

血文字。

 

巨大魔法陣。

 

そして。

 

その中央で両腕を広げる、青髭の怪物。

 

雨生龍之介は腹を抱えて笑っていた。

 

「ヤッベぇ!! 超面白ぇ!!」

 

その周囲には。

 

鎖に繋がれた子供達。

 

泣いている。

 

震えている。

 

生きている。

 

その瞬間。

 

切嗣の目から感情が消えた。

 

ブラッドレイの笑みも消える。

 

地下空間が静まり返る。

 

ただ一つ。

 

殺気だけが膨れ上がる。

 

ブラッドレイはゆっくり軍刀を構えた。

 

隻眼が細まる。

 

「……なるほど」

 

低い声。

 

「確かに、死ぬまで斬る必要がありそうだ」

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