冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第23話

地下水路最奥部。

 

そこは既に、“工房”などと呼べる場所ではなかった。

 

地獄。

 

あるいは。

 

狂人の脳内をそのまま形にしたような空間。

 

壁一面へ描かれた血文字。

 

積み上げられた肉塊。

 

水路へ沈む無数の骨。

 

天井から吊るされた内臓。

 

そして中央では、巨大な魔法陣が脈動している。

 

赤黒く。

 

生き物のように。

 

その中心に立つキャスター――ジル・ド・レェは、恍惚とした表情で両腕を広げていた。

 

「おお……!!」

 

濁った瞳がブラッドレイを見つめる。

 

「素晴らしい……!! なんと完成された殺意!!」

 

その声は震えていた。

 

狂気。

歓喜。

信仰。

 

あらゆる感情が混ざり合っている。

 

一方。

 

ブラッドレイは静かだった。

 

あまりにも静かに、その空間を見回している。

 

隻眼がゆっくりと動く。

 

血痕。

 

魔力の流れ。

 

子供達の位置。

 

魔物の配置。

 

脱出経路。

 

全てを一瞬で把握していく。

 

その後で。

 

彼は、ほんの少しだけ笑った。

 

「なるほど」

 

低い声。

 

その一言だけで、地下空間の空気が僅かに軋む。

 

「醜さだけなら、死徒以上だな」

 

ウェイバーが息を呑む。

 

死徒。

 

吸血鬼。

 

人を喰らう怪物。

 

その名を、ブラッドレイはまるで“見慣れたもの”のように口にした。

 

ケイネスの目が細まる。

 

(知っているのか……?)

 

時計塔ですら上位機密に近い存在。

 

だがブラッドレイの口ぶりは明らかだった。

 

遭遇したことがある。

 

あるいは。

 

殺したことがある。

 

その異様さに、空気が重くなる。

 

だが。

 

ブラッドレイは続けた。

 

「だが――」

 

隻眼がキャスターを見る。

 

「強さが釣り合っていないな」

 

静かな断言。

 

その瞬間。

 

空気が凍った。

 

キャスターの笑みが止まる。

 

雨生龍之介が目を瞬かせる。

 

イスカンダルだけが豪快に笑った。

 

「ぬはははは!! 言うではないかセイバー!!」

 

だが。

 

ブラッドレイは本気だった。

 

彼には分かっている。

 

この空間は異常だ。

 

魔力量も凄まじい。

 

魔術師としてなら、キャスターは確かに危険。

 

だが。

 

“戦士”として見た瞬間、その本質が露呈する。

 

遅い。

 

脆い。

 

隙だらけ。

 

積み重ねてきた殺しの密度が違い過ぎる。

 

ブラッドレイは戦場を知っている。

 

人間が本気で殺し合う場所を。

 

一瞬の油断で死ぬ世界を。

 

だからこそ。

 

目の前のキャスターには、決定的な欠落が見えていた。

 

「貴様」

 

ブラッドレイが一歩前へ出る。

 

その瞬間。

 

キャスターの周囲の空気が揺れた。

 

魔物達が一斉に咆哮する。

 

だが。

 

ブラッドレイは止まらない。

 

「人を殺してはいる」

 

軍刀を構える。

 

「だが、自分が死ぬ覚悟が薄い」

 

その言葉に。

 

キャスターの瞳が歪む。

 

「――ッ!!」

 

怒り。

 

あるいは恐怖。

 

図星だった。

 

ジル・ド・レェは狂人だ。

 

だが根底には、“神秘への酔い”がある。

 

儀式。

怪物。

虐殺。

 

それらに陶酔している。

 

だが。

 

ブラッドレイは違う。

 

彼は本当に“死ぬ世界”を知っている。

 

だから理解できる。

 

この男は、修羅場が浅い。

 

「戦場ではな」

 

ブラッドレイの声が響く。

 

「本当に強い者ほど静かだ」

 

次の瞬間。

 

――消えた。

 

ウェイバーの目には見えなかった。

 

否。

 

サーヴァント達ですら、一瞬遅れた。

 

速い。

 

地下という閉所。

 

足場の悪い水路。

 

そんな条件を無視するように、ブラッドレイは一直線に踏み込む。

 

キャスターの目が見開かれる。

 

「な――」

 

斬。

 

銀光。

 

次の瞬間。

 

キャスターの肩口から血が噴き出した。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

肉が裂ける。

 

骨が軋む。

 

キャスターが吹き飛ぶ。

 

速過ぎる。

 

詠唱も。

迎撃も。

防御も。

 

何一つ間に合わない。

 

ディルムッドの瞳が震える。

 

(この男……!)

 

剣士ではない。

 

処刑人だ。

 

相手へ何もさせないまま殺すためだけに完成されている。

 

キャスターが絶叫する。

 

「アアアアアアッ!!」

 

魔力爆発。

 

触手が地面から噴き出す。

 

巨大魔物達が殺到する。

 

だが。

 

ブラッドレイは笑っていた。

 

「そうだ」

 

斬。

 

「それでいい」

 

斬。

 

「死に物狂いになれ」

 

斬。

 

肉塊が弾ける。

 

血が飛ぶ。

 

異形が崩れる。

 

まるで嵐だった。

 

否。

 

暴風そのもの。

 

その姿を見ながら、切嗣は静かに確信する。

 

(強い)

 

分かっていた。

 

だが想像以上だ。

 

セイバー――キング・ブラッドレイ。

 

この英霊は、“対軍”ではない。

 

“対人特化”。

 

一対一。

 

あるいは閉所殲滅。

 

その領域では、異常なまでに完成されている。

 

綺礼もまた、地下入口からアサシン越しにその光景を見ていた。

 

そして。

 

静かに笑う。

 

「……美しい」

 

人間のまま。

 

極限まで人間を研ぎ澄ませた剣。

 

それが、あのセイバー。

 

だからこそ綺礼は理解できない。

 

なぜ、そんな怪物が。

 

まだ“人間”であろうとするのかを。

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