地下水路最奥部。
そこは既に、“工房”などと呼べる場所ではなかった。
地獄。
あるいは。
狂人の脳内をそのまま形にしたような空間。
壁一面へ描かれた血文字。
積み上げられた肉塊。
水路へ沈む無数の骨。
天井から吊るされた内臓。
そして中央では、巨大な魔法陣が脈動している。
赤黒く。
生き物のように。
その中心に立つキャスター――ジル・ド・レェは、恍惚とした表情で両腕を広げていた。
「おお……!!」
濁った瞳がブラッドレイを見つめる。
「素晴らしい……!! なんと完成された殺意!!」
その声は震えていた。
狂気。
歓喜。
信仰。
あらゆる感情が混ざり合っている。
一方。
ブラッドレイは静かだった。
あまりにも静かに、その空間を見回している。
隻眼がゆっくりと動く。
血痕。
魔力の流れ。
子供達の位置。
魔物の配置。
脱出経路。
全てを一瞬で把握していく。
その後で。
彼は、ほんの少しだけ笑った。
「なるほど」
低い声。
その一言だけで、地下空間の空気が僅かに軋む。
「醜さだけなら、死徒以上だな」
ウェイバーが息を呑む。
死徒。
吸血鬼。
人を喰らう怪物。
その名を、ブラッドレイはまるで“見慣れたもの”のように口にした。
ケイネスの目が細まる。
(知っているのか……?)
時計塔ですら上位機密に近い存在。
だがブラッドレイの口ぶりは明らかだった。
遭遇したことがある。
あるいは。
殺したことがある。
その異様さに、空気が重くなる。
だが。
ブラッドレイは続けた。
「だが――」
隻眼がキャスターを見る。
「強さが釣り合っていないな」
静かな断言。
その瞬間。
空気が凍った。
キャスターの笑みが止まる。
雨生龍之介が目を瞬かせる。
イスカンダルだけが豪快に笑った。
「ぬはははは!! 言うではないかセイバー!!」
だが。
ブラッドレイは本気だった。
彼には分かっている。
この空間は異常だ。
魔力量も凄まじい。
魔術師としてなら、キャスターは確かに危険。
だが。
“戦士”として見た瞬間、その本質が露呈する。
遅い。
脆い。
隙だらけ。
積み重ねてきた殺しの密度が違い過ぎる。
ブラッドレイは戦場を知っている。
人間が本気で殺し合う場所を。
一瞬の油断で死ぬ世界を。
だからこそ。
目の前のキャスターには、決定的な欠落が見えていた。
「貴様」
ブラッドレイが一歩前へ出る。
その瞬間。
キャスターの周囲の空気が揺れた。
魔物達が一斉に咆哮する。
だが。
ブラッドレイは止まらない。
「人を殺してはいる」
軍刀を構える。
「だが、自分が死ぬ覚悟が薄い」
その言葉に。
キャスターの瞳が歪む。
「――ッ!!」
怒り。
あるいは恐怖。
図星だった。
ジル・ド・レェは狂人だ。
だが根底には、“神秘への酔い”がある。
儀式。
怪物。
虐殺。
それらに陶酔している。
だが。
ブラッドレイは違う。
彼は本当に“死ぬ世界”を知っている。
だから理解できる。
この男は、修羅場が浅い。
「戦場ではな」
ブラッドレイの声が響く。
「本当に強い者ほど静かだ」
次の瞬間。
――消えた。
ウェイバーの目には見えなかった。
否。
サーヴァント達ですら、一瞬遅れた。
速い。
地下という閉所。
足場の悪い水路。
そんな条件を無視するように、ブラッドレイは一直線に踏み込む。
キャスターの目が見開かれる。
「な――」
斬。
銀光。
次の瞬間。
キャスターの肩口から血が噴き出した。
「がぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
肉が裂ける。
骨が軋む。
キャスターが吹き飛ぶ。
速過ぎる。
詠唱も。
迎撃も。
防御も。
何一つ間に合わない。
ディルムッドの瞳が震える。
(この男……!)
剣士ではない。
処刑人だ。
相手へ何もさせないまま殺すためだけに完成されている。
キャスターが絶叫する。
「アアアアアアッ!!」
魔力爆発。
触手が地面から噴き出す。
巨大魔物達が殺到する。
だが。
ブラッドレイは笑っていた。
「そうだ」
斬。
「それでいい」
斬。
「死に物狂いになれ」
斬。
肉塊が弾ける。
血が飛ぶ。
異形が崩れる。
まるで嵐だった。
否。
暴風そのもの。
その姿を見ながら、切嗣は静かに確信する。
(強い)
分かっていた。
だが想像以上だ。
セイバー――キング・ブラッドレイ。
この英霊は、“対軍”ではない。
“対人特化”。
一対一。
あるいは閉所殲滅。
その領域では、異常なまでに完成されている。
綺礼もまた、地下入口からアサシン越しにその光景を見ていた。
そして。
静かに笑う。
「……美しい」
人間のまま。
極限まで人間を研ぎ澄ませた剣。
それが、あのセイバー。
だからこそ綺礼は理解できない。
なぜ、そんな怪物が。
まだ“人間”であろうとするのかを。