冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第27話

地下工房は崩壊を始めていた。

 

天井から砂埃が落ちる。

 

亀裂が走る。

 

赤黒く脈動していた魔法陣も、既に光を失いつつある。

 

キャスター消滅。

 

それによって、この狂気の空間そのものが維持できなくなっているのだ。

 

だが。

 

その場にいた誰も、すぐには動かなかった。

 

視線は自然と、一人の男へ集まっていた。

 

雨生龍之介。

 

キャスターのマスター。

 

大量殺人鬼。

 

血塗れの床へ座り込んだまま、彼はぽかんとした顔で虚空を見ている。

 

つい先ほどまで、あれほど楽しそうに笑っていた男が。

 

今は妙に静かだった。

 

「……あー」

 

龍之介が間の抜けた声を漏らす。

 

「死んじゃった」

 

軽い。

 

あまりにも軽い声。

 

まるで遊び相手を失った子供のような口調。

 

ウェイバーが顔をしかめた。

 

「こいつ……」

 

普通ではない。

 

狂っている。

 

人が何十人死のうが、英霊が消えようが、本気で何も感じていない。

 

その異常性に、本能的な嫌悪を覚える。

 

龍之介は血塗れの手を眺めながら、少し笑った。

 

「いやー、でもマジですげぇもん見れたなぁ」

 

その視線が、ブラッドレイへ向く。

 

純粋な感動の目。

 

恐怖ではない。

 

憎悪でもない。

 

ただ心底“綺麗なものを見た”という顔だった。

 

「アンタ超ヤバいね、おじさん」

 

地下空間が静まり返る。

 

ブラッドレイは無言で龍之介を見下ろしていた。

 

その隻眼には感情が無い。

 

怒りすら無い。

 

ただ観察している。

 

目の前の人間を。

 

龍之介は笑う。

 

「なんつーかさぁ」

 

血溜まりへ指を突っ込みながら。

 

「キャスターの旦那って、“芸術家”だったんだよね」

 

「人殺しで、美を作る感じ?」

 

「でもアンタ違うじゃん」

 

ケラケラ笑う。

 

「もっとこう……」

 

言葉を探すように首を傾げ。

 

そして、嬉しそうに言った。

 

「自然なんだよなぁ」

 

その瞬間。

 

切嗣の目が冷える。

 

完全に。

 

この男は危険だ。

 

理解不能。

 

快楽殺人鬼ですらない。

 

もっと根本的に壊れている。

 

倫理も。

善悪も。

罪悪感も。

 

最初から存在していない。

 

龍之介は立ち上がる。

 

ふらふらと。

 

まるで散歩でもするように。

 

「いやーでも困ったなぁ」

 

頭を掻く。

 

「旦那いなくなっちゃったし」

 

その瞬間。

 

ブラッドレイが静かに口を開いた。

 

「さて」

 

低い声。

 

地下空間へ静かに響く。

 

「キャスターのマスター」

 

龍之介が顔を上げる。

 

ブラッドレイは軍刀へ手を添えたまま、真っ直ぐ彼を見る。

 

「サーヴァントは消えた」

 

沈黙。

 

「貴様はどうする?」

 

その言葉に。

 

空気が変わった。

 

ウェイバーが息を呑む。

 

ケイネスが目を細める。

 

切嗣だけは無言。

 

龍之介は数秒きょとんとしていた。

 

だが次の瞬間。

 

吹き出した。

 

「ぷっ――あははははは!!」

 

腹を抱えて笑い始める。

 

「何それ!! 超面白い!!」

 

涙を浮かべながら笑う。

 

「普通さぁ!? そこは“死ね”とか言う場面じゃん!?」

 

ブラッドレイは答えない。

 

ただ見ている。

 

龍之介は笑いながら続けた。

 

「いやー、やっぱアンタ最高だわ」

 

血塗れの顔で笑う。

 

「俺さ、人殺しって大好きなんだよね」

 

ウェイバーが青ざめる。

 

ディルムッドの殺気が膨らむ。

 

だが龍之介は気付かない。

 

いや、気にしていない。

 

「でもさぁ」

 

嬉しそうにブラッドレイを見る。

 

「アンタみたいな人殺し、初めて見た」

 

ブラッドレイは静かに聞いている。

 

「キャスターの旦那は、壊れてた」

 

「俺も多分壊れてる」

 

「でもアンタ違うんだよ」

 

龍之介の笑みが深くなる。

 

「ちゃんと“人間”なのに、人を殺してる」

 

沈黙。

 

その言葉は、妙に核心を突いていた。

 

綺礼が目を細める。

 

切嗣も無意識にブラッドレイを見る。

 

龍之介は楽しそうだった。

 

「それって超キモくない?」

 

笑う。

 

「だって普通、人いっぱい殺したら壊れるじゃん?」

 

「なのにアンタ、“普通のおじさん”みたいな顔してるもん」

 

その瞬間。

 

ブラッドレイが少しだけ笑った。

 

「そうか」

 

静かな声。

 

「なら貴様は、壊れ方が浅い」

 

龍之介の笑みが止まる。

 

地下空間が静まり返る。

 

ブラッドレイはゆっくり歩き出す。

 

軍靴が血を踏む。

 

一歩。

 

また一歩。

 

「本当に壊れた人間はな」

 

隻眼が龍之介を見据える。

 

「自分が壊れていることに気付かん」

 

龍之介の笑顔が、初めて僅かに引き攣った。

 

ブラッドレイはその目の前で止まる。

 

「貴様は、まだ自分を楽しんでいる」

 

低い声。

 

「つまり半端者だ」

 

その瞬間。

 

龍之介の瞳から笑みが消えた。

 

初めてだった。

 

理解された。

 

否。

 

“見透かされた”。

 

それが彼には不快だった。

 

地下空間へ沈黙が落ちる。

 

そして。

 

ブラッドレイは静かに軍刀へ手を添えた。

 

「で?」

 

隻眼が冷たく光る。

 

「答えはどうした」

 

龍之介は数秒黙っていた。

 

だが。

 

次の瞬間。

 

また笑った。

 

今度は少し静かに。

 

「んー」

 

肩を竦める。

 

「じゃ、逃げる」

 

その瞬間。

 

切嗣がコンテンダーを抜いた。

 

だが。

 

ブラッドレイの方が速かった。

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