冬木の番外次席   作:甘めのコーヒー

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第28話

――乾いた銃声よりも、さらに速く。

 

 龍之介の視界が、不意に横へと崩れた。

 

「――え?」

 

 間の抜けた声が漏れる。

 

 次の瞬間、彼の身体は地面へ叩きつけられていた。

 

 切断されたわけではない。

 

 ただ、異様なまでに正確な一撃。

 

 サーベル――キング・ブラッドレイの軍刀が、龍之介の脚を“刈った”のだ。

 

 骨を断たず、筋肉と腱だけを正確に潰し、完全に行動不能へ変える斬撃。

 

 鮮血が地下水路の床へ飛び散る。

 

「ぎっ――ぁ、あぁぁぁぁッ!?」

 

 龍之介が転げ回る。

 

 その悲鳴を、誰も哀れまなかった。

 

 子供達の血が染み込んだ魔術工房。

 

 腐臭。

 

 肉塊。

 

 泣き声すら失った犠牲者達。

 

 その中心にいた男へ向けるには、あまりにも当然の報いだった。

 

 だが。

 

 衛宮切嗣は、僅かに目を細めた。

 

 自分が引き金を引くよりも先に。

 

 サーヴァントが動いた。

 

 しかも――殺すためではなく、“止める”ために。

 

 龍之介は床を這いながら笑っていた。

 

「な、なんだよぉ……びっくりしたぁ……」

「てっきり頭吹っ飛ぶと思ったのにさぁ……」

 

 血塗れの顔で笑う。

 

 正気ではない。

 

 最初から。

 

 人間の倫理も、死への恐怖も、理解していない。

 

 だからこそ切嗣は、この男を“処理”する対象としてしか見ていなかった。

 

 会話の余地などない。

 

 救済などありえない。

 

 だが。

 

 サーベルは違った。

 

 キング・ブラッドレイは静かに軍刀を振り、血を払った。

 

 その動作は機械的ですらあったが、不思議と粗暴さはない。

 

 ただ、冷たい。

 

 徹底的に。

 

 恐ろしいほどに。

 

 合理的だった。

 

「貴様は死ぬ」

 

 低い声。

 

 龍之介を見下ろす片眼は、冬の鋼のようだった。

 

「だが、今ではない」

 

「えぇー?」

 

 龍之介が子供のように首を傾げる。

 

「なんで?」

 

「貴様には聞くべきことがある」

 

「へぇ……尋問ってやつ?」

 

「違う」

 

 即答だった。

 

「貴様が“何を理解できなかったのか”を確認する」

 

 その言葉に。

 

 切嗣は僅かに視線を動かした。

 

 地下空間の奥。

 

 助け出された子供達を舞弥達が運び出している。

 

 泣き崩れる者。

 

 虚ろな者。

 

 もう反応すらない者。

 

 遅かった命もある。

 

 間に合った命もある。

 

 そして、この男は。

 

 その全てを、“芸術”と呼んだ。

 

 龍之介は痛みに顔を歪めながら、それでも笑っていた。

 

「理解ぃ?」

「そんな難しいこと考えたことないなぁ」

 

「人が死ぬのってさぁ、綺麗じゃない?」

 

「ぐちゃぐちゃで、赤くて、最後に変な音して」

「すっげぇ“生きてる”感じするんだよ」

 

 地下の空気が冷えた。

 

 否。

 

 冷えたように感じたのは、そこにいた人間達だけだった。

 

 サーベルは、一歩だけ前へ出る。

 

 その軍靴の音だけで、龍之介の笑みが僅かに止まった。

 

「……なんだよ」

 

「貴様は」

 

 サーベルは静かに言った。

 

「命を理解していない」

 

「は?」

 

「死も理解していない」

 

 龍之介の顔から、少しずつ笑みが消える。

 

 怒気ではない。

 

 威圧でもない。

 

 サーベルの声には、“本物の軽蔑”があった。

 

「貴様はただ、壊しているだけだ」

 

「子供が虫を潰すのと変わらん」

 

「そこに思想も、美学も、覚悟もない」

 

「……」

 

「キャスターは狂っていた」

「だが、あれでも騎士だった」

 

 ギル・ド・レェ。

 

 堕ち果てながらも、最後の瞬間だけは、かつての残滓を見せた男。

 

 サーベルは、その最期に十字を切った。

 

 哀れみを与えた。

 

 だが。

 

 目の前の男には、それすらない。

 

「貴様は空だ」

 

「空っぽのまま、人を殺している」

 

 龍之介の喉が、小さく鳴った。

 

 理解できない。

 

 だが。

 

 初めて。

 

 この男は、自分を“見透かされた”と感じていた。

 

 衛宮切嗣は黙って煙草へ火をつけた。

 

 白煙が立ち昇る。

 

 その横顔は変わらず冷徹だったが。

 

 内心では、僅かな違和感を覚えていた。

 

(……妙だな)

 

 キング・ブラッドレイ。

 

 完璧な殺人者。

 

 戦場に最適化された怪物。

 

 だというのに。

 

 この男は時折、人間よりも人間らしい。

 

 救う価値などない相手へ。

 

 理解など不要な外道へ。

 

 それでも“問い”を向ける。

 

 まるで。

 

 完全に人間であることを、まだ捨てきれていないかのように。

 

 遠く。

 

 地下通路の出口近く。

 

 言峰綺礼は、その光景を静かに眺めていた。

 

 闇の中。

 

 口元だけが、微かに歪む。

 

「なるほど……」

 

 愉悦ではない。

 

 興味だった。

 

「貴様は、“殺すこと”と“裁くこと”を分けているのか」

 

 それは綺礼には理解できない感覚だった。

 

 だからこそ。

 

 酷く興味深かった。

 

 

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