――乾いた銃声よりも、さらに速く。
龍之介の視界が、不意に横へと崩れた。
「――え?」
間の抜けた声が漏れる。
次の瞬間、彼の身体は地面へ叩きつけられていた。
切断されたわけではない。
ただ、異様なまでに正確な一撃。
サーベル――キング・ブラッドレイの軍刀が、龍之介の脚を“刈った”のだ。
骨を断たず、筋肉と腱だけを正確に潰し、完全に行動不能へ変える斬撃。
鮮血が地下水路の床へ飛び散る。
「ぎっ――ぁ、あぁぁぁぁッ!?」
龍之介が転げ回る。
その悲鳴を、誰も哀れまなかった。
子供達の血が染み込んだ魔術工房。
腐臭。
肉塊。
泣き声すら失った犠牲者達。
その中心にいた男へ向けるには、あまりにも当然の報いだった。
だが。
衛宮切嗣は、僅かに目を細めた。
自分が引き金を引くよりも先に。
サーヴァントが動いた。
しかも――殺すためではなく、“止める”ために。
龍之介は床を這いながら笑っていた。
「な、なんだよぉ……びっくりしたぁ……」
「てっきり頭吹っ飛ぶと思ったのにさぁ……」
血塗れの顔で笑う。
正気ではない。
最初から。
人間の倫理も、死への恐怖も、理解していない。
だからこそ切嗣は、この男を“処理”する対象としてしか見ていなかった。
会話の余地などない。
救済などありえない。
だが。
サーベルは違った。
キング・ブラッドレイは静かに軍刀を振り、血を払った。
その動作は機械的ですらあったが、不思議と粗暴さはない。
ただ、冷たい。
徹底的に。
恐ろしいほどに。
合理的だった。
「貴様は死ぬ」
低い声。
龍之介を見下ろす片眼は、冬の鋼のようだった。
「だが、今ではない」
「えぇー?」
龍之介が子供のように首を傾げる。
「なんで?」
「貴様には聞くべきことがある」
「へぇ……尋問ってやつ?」
「違う」
即答だった。
「貴様が“何を理解できなかったのか”を確認する」
その言葉に。
切嗣は僅かに視線を動かした。
地下空間の奥。
助け出された子供達を舞弥達が運び出している。
泣き崩れる者。
虚ろな者。
もう反応すらない者。
遅かった命もある。
間に合った命もある。
そして、この男は。
その全てを、“芸術”と呼んだ。
龍之介は痛みに顔を歪めながら、それでも笑っていた。
「理解ぃ?」
「そんな難しいこと考えたことないなぁ」
「人が死ぬのってさぁ、綺麗じゃない?」
「ぐちゃぐちゃで、赤くて、最後に変な音して」
「すっげぇ“生きてる”感じするんだよ」
地下の空気が冷えた。
否。
冷えたように感じたのは、そこにいた人間達だけだった。
サーベルは、一歩だけ前へ出る。
その軍靴の音だけで、龍之介の笑みが僅かに止まった。
「……なんだよ」
「貴様は」
サーベルは静かに言った。
「命を理解していない」
「は?」
「死も理解していない」
龍之介の顔から、少しずつ笑みが消える。
怒気ではない。
威圧でもない。
サーベルの声には、“本物の軽蔑”があった。
「貴様はただ、壊しているだけだ」
「子供が虫を潰すのと変わらん」
「そこに思想も、美学も、覚悟もない」
「……」
「キャスターは狂っていた」
「だが、あれでも騎士だった」
ギル・ド・レェ。
堕ち果てながらも、最後の瞬間だけは、かつての残滓を見せた男。
サーベルは、その最期に十字を切った。
哀れみを与えた。
だが。
目の前の男には、それすらない。
「貴様は空だ」
「空っぽのまま、人を殺している」
龍之介の喉が、小さく鳴った。
理解できない。
だが。
初めて。
この男は、自分を“見透かされた”と感じていた。
衛宮切嗣は黙って煙草へ火をつけた。
白煙が立ち昇る。
その横顔は変わらず冷徹だったが。
内心では、僅かな違和感を覚えていた。
(……妙だな)
キング・ブラッドレイ。
完璧な殺人者。
戦場に最適化された怪物。
だというのに。
この男は時折、人間よりも人間らしい。
救う価値などない相手へ。
理解など不要な外道へ。
それでも“問い”を向ける。
まるで。
完全に人間であることを、まだ捨てきれていないかのように。
遠く。
地下通路の出口近く。
言峰綺礼は、その光景を静かに眺めていた。
闇の中。
口元だけが、微かに歪む。
「なるほど……」
愉悦ではない。
興味だった。
「貴様は、“殺すこと”と“裁くこと”を分けているのか」
それは綺礼には理解できない感覚だった。
だからこそ。
酷く興味深かった。